インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第152回は、高騰する金(ゴールド)価格の背景を読み解く。

「金は最強」ゴールドバグの信仰の理由

 金庫に眠る美術品やアンティークなどの整理作業をしていた主人公・財前孝史は、巨大な金のインゴットを実際に持ってみて、その重さに驚く。主将の渡辺は金の歴史を振り返り、投資先としての金の重要性を強調する。

 貴金属の重さには「トロイオンス」という独特の単位が使われる。1トロイオンスは約31.1グラム。投資部員たちが扱っている特大の金塊「ラージバー」の重さは400トロイオンス(約12.5キロ)。金本位制時代の遺物で、作中で渡辺が指摘するように、ニューヨーク連銀などの地下金庫に大量に眠っている。

 この希少なラージバー、実はロンドンのイングランド銀行に行けば実物にお目にかかれるだけでなく、重さまで実体験できる。銀行内の博物館でインゴットが持ち上げられるのだ。

 ロンドン駐在時代、散歩がてら立ち寄ってはたまに手を伸ばしていた。財前が体感したように、サイズと重さのギャップに毎度驚かされる。保管ケースには片手しか入らない。手首を痛めないようにご用心を。

「金は永遠」「最強の資産」と断言する渡辺は、どうやらかなりの「ゴールドバグ(黄金虫)」のようだ。

 ゴールドバグは、国家の信用に支えられたフィアット・マネー(不換貨幣)に根源的不信感を持ち、希少性を持つ金の物理的価値を信頼する人々を指す。金への投資を好むというレベルから、金本位制復帰を本気で求める強硬派まで「信仰」に濃淡はある。

金が買われるのはロクでもない

漫画インベスターZ 18巻P7漫画インベスターZ 18巻P7

 ゴールドバグはここ十数年、強烈な追い風を受けてきた。2008年のグローバル金融危機以降、フィアット・マネーへの信頼が揺らいでいるからだ。

 ドル建て金価格は1トロイオンス2600ドル台と過去10年で6倍超になった。直近1年だけでも3割近く上昇している。グラム単位で表示する慣例の円建て価格は現在1グラムで1万4000円前後。円安の相乗効果もあって史上最高値を記録している。

 金以上の高騰を見せているのは「デジタルゴールド」とも呼ばれるビットコインに代表される暗号資産(仮想通貨)。米国の金融当局はこれまで暗号資産のサポートに及び腰だったが、トランプ政権で風向きが一気に変わりそうで、ビットコインは昨秋の大統領選以降に急騰している。

 金が渡辺が言うように「最強の資産」かどうかは議論が分かれるところだが、「金が買われるのはロクでもない」が私の長年の持論だ。冷戦終結後、2000年代半ばまで金相場は長期の低迷期にあった。中国やロシアなど旧共産圏が世界経済に組み込まれ、「平和の配当」で世界経済の安定成長が続いたからだ。

 その後、世界の政治と経済が不安定化するにつれて金にマネーが流れ込んだ。以前紹介した私の論考「2005年が人類のピークだった説」の傍証の一つは、この金へのマネー回帰だ。新興国の中央銀行が外貨準備としてドル離れを進め、金にシフトする流れもしばらく止まりそうもない。

 私は本来、新たな価値の創造に繋がらない金への投資を好まない。だが、「世界がロクでもない場所になっていくリスクへの保険」として、そこそこの金を保有している。2025年以降も、不本意ながら、この保険を手放すわけにはいかないだろうと覚悟を決めている。

漫画インベスターZ 18巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 18巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク