【習作】ショートショートを書きました。遠慮なく感想を投稿して下さい。 【現場】 警邏中の野崎は、警察無線の緊急呼び出しで、現場となる民家に駆け付けた。 「先輩お疲れ様です。初めての案件なので助かります」 同じ交番に勤務する田口が、先にPC(パトロールカーの略)で現場に到着していた。 「駅前の警邏中に指示を受けてな、遅れて悪い。通報者は?」 「今、PCの中で話を聴いています。取り乱し方が尋常で無くて」 家族が行方知れずと110番通報した家人である。 表札を見ると住民の名前が刻んである。○○、キエ、源三郎。 「そうか、落ち着くまでの間、現場を見ておくか」 「念の為、鑑識班に調べて貰っています」 鑑識班の山村が、鑑識作業を終えて玄関を後にする。 「ヤマさん。お疲れ様です」 「おお、長さん(巡査部長の略)お疲れ。」 山村警部は、野崎巡査部長の卒配後に勤務した地域課の先輩である。 「ヤマさん、それで現場は」 「ああ、もう入っていいぞ。紋取り(指紋採取)に出張って来たが、俺たちの事件じゃないな」 山村の言葉を聞いた田口が、玄関から屋内に入っていく。 山村が野崎の制服の階級章に視線を向ける。 「いい加減出世しないと、下がやり辛いぞ」 「自分は、あの派閥が苦手で…」 「ああ、例のオヤジと副さんの派閥な…お前さんみたいなタイプじゃ酷な話だよな」 オヤジは署長、副さんは副署長を差す警察用語である。 「現場に入るのか?」 「勿論…ゴホッ!ゴホゴホッ!」 野崎が突然激しく咳き込む。 「ほら、お前さんじゃ無理だ。田口のボンボンに任せとけ」 「そんな訳には…あいつ、初めてで…」 目には薄っすらと涙を浮かべている。 「厭、お前さんには無理な現場だ。忠告はしたからな」 鑑識作業を終えた鑑識班達が、機材を抱えて現場を後にする。 野崎は玄関で活動靴を脱ぎ、持参したシューズカバーに履き替えて屋内に入った。 リビングには、源三郎さんのベッドが確認できた。 「寝たきりです」 田口が状況を説明する。 「当然、証言は無理だな」 「先輩、何馬鹿な事を」 「冗談だよ冗談。俺だって冗談位言うさ」 現場に入る前に、冗談位言わないと気が滅入りそうになる野崎であった。 田口に案内された現場は2階の部屋だった。 野崎はドアノブに手を掛けて引いてみる?開かない。 「先輩、押すんです」 押すのか?訝しげにドアを押し開けてみる。 部屋の中は強烈な臭気が立ち込め、野崎は思わず口に手を当てる。 檻に囲まれた異常な現場。再三無理だと忠告された現場だけの事はある、息をすることが出来ない。 「先輩、無理なら止めて下さい」 大丈夫だ。声に出せない野崎は、ジェスチャーで応える。 半開きのドアに目をやると、内側にはドアノブが無い。 『これじゃぁ、まるで監禁だ』 臭気に耐えながら、僅かに開いた窓に近づく。 「先輩、これ以上は無理です!上司として命令します」 わかったわかったと頷きながら、野崎は開いている窓を閉めた。 念の為、窓の鍵を掛けるのも忘れない。 「先輩、無茶しないで下さい」 「悪かった…まあこれでハッキリした…」 状況を説明しながら階下に移動すると、寝たきりの筈の源三郎さんの様子があきらかに変だ。 「おい拙いぞ、家人に連絡だ」 「はい。それとこの事件どうします?」 「ただの日報案件だ、後で書き方教える。早く伝えろ!」 ったく、家族扱いとはいえ、飼い猫が脱走して110番通報はどうかしている。 通信指令室も連れ去り事件と早とちりして、この大騒ぎだ。 拙い、蕁麻疹が現れ始めた。 「ミルクの時間みたいです。キエさんお母さんが、母乳で授乳するので、内田婦警に立ち会いは任せました。フフッ、赤ちゃん可愛いですね。顔真っ赤にして泣いてました」 「そうか」 大事なくてなりよりだった。 「先輩、実は来春の移動が決まりました。盗犯係の係長配属です」 「良い話じゃないか」 「先輩もいい加減に署長と副所長と上手くやって下さいよ」 「俺には無理な相談だ」 「やっぱり無理そうですよね今日の様子じゃ」 「ああ、そうだな。お前、いやハコ長は平気なのか?」 田口警部補は、交番の責任者(ハコ長)として配属されている。 野崎は、機動隊時代に卒配された田口の先輩指導員であった。 「おかげさまで動物は平気なんです。犬派の署長や猫派の副所長とも良くして貰ってます」 「羨ましい限りだな」 犬猫動物アレルギーの野崎にとって、正に地獄の様な現場であった。 突然、装備している警察無線機から通報が入った。 「プシッ…警邏中のPM(警察官の意味)各位、警邏中のPM各位、至急○○町○○丁目に移動されたし。野生の猿が住宅街にて…繰り返す…至急現場に…至急現場に急行せよ」 やれやれだ。 おしまい