オペラ座の怪人 映画版と舞台版両方を何度か見ています その上でまた色々疑問に思ったことを質問させていただきます。 映画版の質問 ①ラウルとクリスティーヌについて ラウルはクリスティーヌを大事に思っているのだろうなとは勿論思うのですが、それにしては仮面舞踏会のシーンでクリスティーヌを置いてどっかに行ってしまったり(武器を取りに行っていたんだと後で分かりましたが) ドン・ファンの勝利の演目でクリスティーヌに囮になってもらおう的なことを言い出したり、その辺が少ししっくりきません あと、クリスティーヌはクリスティーヌで墓場の決闘シーンでラウルが負傷しても全く心配してなさそうに見えて本当にこの二人ちゃんと愛し合ってるの?と疑問に思ってしまいました ②ピアンジ入れ替わりについて 舞台では長いローブにフードを被って完全にピアンジに成りすましていましたが映画ではほぼ本人がそのまま出てきてバレバレです… 何故舞台と演出を変えたんでしょうか? ③ドンファンの曲の出だしについて 出演者が歌い始めた瞬間、お客さんのリアクションを見ていると驚いているというよりも不快そうに顔をしかめているような感じに見えたのですが何ででしょう? 作曲家があのオペラ座の怪人だから…的な先入観のせいでしょうか ④マダムジリーがラウルを地下へ案内したとき、私はこれ以上は行けませんと言ってラウルを一人で行かせてしまいましたが何故でしょうか?? (まぁ別についてきてもらったところで戦力的に微妙ですが地下の仕掛けとか詳しそうだから教えてくれるんじゃないかと…実際ラウルが水に落ちて溺れ死にかけてしまいましたし) ⑤ラストの方の地下でのやり取りで「罪も犯していないのにただ顔が醜いというだけで忌み嫌われて」的なことを言っていますが まぁ顔については誰のせいでもないので仕方ないにしても何も罪を犯してないなんてことはないですよね?汗 日本語字幕が変なのかそれとも本気で何も悪いことしてないのに…って思い込んでるのかどちらなんでしょうか? 映画と舞台共通の質問 ①カルロッタってなんで嫌われてるんでしょうか? 以前も知恵袋で質問したところ歌が下手というわけではない(むしろちゃんと実力はある)そうですし 確かに序盤からイライラしている描写が多いですが、彼女が来てから何度も舞台上のトラブルが頻発しているのに幽霊の仕業だなんて言ってろくに改善する努力もしないってむしろ劇団の方が実力あるベテラン歌手に対して失礼じゃないかと思うんですが。 ②ピアンジが殺害された理由について 大道具の人は自分の陰口を言っていたから、という理由なのはまだ分かりますが何故ピアンジが殺されないといけなかったのか何度見ても分かりません… 入れ替わるだけなら殴って気絶させておくだけでも全然良いですよね? ③舞台版映画版ともにラスト地下に下りてきて仮面を見つけるのはクリスティーヌの友人のメグの役割ですが、何故彼女なんですか? ストーリー的にマダムジリーの方が適任なんじゃないかなと思ったんですが… ④墓場でのシーンでクリスティーヌの貴方は父親か友達か音楽の天使か怪人なのかといった四択の問いかけがありますが ここに来てもまだクリスティーヌ、「音楽の天使」というものを信じてるんでしょうか??汗 この場面、音楽の天使なんていなかったしお父さんはもうこの世にはいない、という現実を受け止めて前を向こうとするシーンなのかそれでもまだお父さんのことが忘れられなくて本心では守ってほしいと思っている(からこそお墓参りに来た)のかどっちの解釈なのかなーと見る度に悩んでいます ⑤そもそも原作のオペラ座の怪人は顔半分ではなく全体が醜いという設定だと聞きました。 では何故映画や舞台では顔半分だけが醜いという設定に変わっているんでしょうか? の割に劇団四季のポスターとかでは顔全体を覆うタイプの仮面なのも疑問です 長くなりましたがご回答お待ちしておりますm(__)m