「辶」は、当用漢字が略字を採用する前のシンニョウの正しい形です。
これは明朝体のデザインです。
楷書体では、「ヽ+ヽ+フ」の2画目の「ヽ」が3画目の「フ」とつながり、「ヽ+ろ」のように書かれていました。
当用漢字を決めた人たちはこのことを知ってか知らずか、
“みんな点は1個しか書いていない。点が二つあると学童が書き取りで書く字と不一致になるから、点を一つにしよう”
というわけで、明朝体に「近」「道」「進」などの新字体をこしらえたのです。
それなら楷書体 (教科書体) も「ろ」はやめて「ヽ+フ」にすべきなのに、「ヽ+ろ」のままです(*)。
当用漢字を決めた人たちは、公式な文書では当用漢字以外の漢字の使用を認めず、「輿論」は「世論」、「分娩」は「分べん」と書かせる方針でしたから、使うことのない「邂逅」などの字をどうするかなど顧慮しなかったのは当然ですね。
XPまでのMS明朝は JIS X 0208-1983 (最終的には JIS90) によっています。
このJISは、独自の判断で第一水準の表外字「逢迂迦逗遡遜腿辿槌鎚辻遁這樋逼蓬迄」のシンニョウの点を一個にしてしまいました。
紙に印刷された国語辞典の多くははそれらを許容していません。
“勝手に略字を作るな”との批判を受けて、2004年の改正で「祇」「葛」などとともに正字に戻されました。
Windows Vista はJIS2004に準拠したので、上に掲げた字は、今この画面で点二つのシンニョウになって表示されています。
(*)
この結果大変困ったことが起こりました。
フォントメーカーで楷書体のフォントを作る際、常用漢字「近」の楷書体のシンニョウが「ヽ+ろ」であるなら、
表外漢字「逅」のシンニョウは点が一つ多いのだから、「ヽ+ヽ+ろ」としなければいけない。
こうして楷書体に「二点シンニョウ」なるものがでっち上げられるに至ったのです。
この「ウソ字」造りをしなかったのは、リコーのHG(P)教科書体/楷書体/正楷書体/行書体、祥南行書体、モリサワ新正楷書体などごく少数のフォントです。