まあ、それって結局、「社会正義とは?」という話につながっていくからだろうね。
「社会にとっての良い行い」と、「個人がやりたい行い」、、、世の中には大きく分けて2通りあるわけですよ。
人間は、社会にとっての行動を死ぬまでずっと取るべきなのか?それとも、ひたすら個人にとっての行動を優先しまくっても良いのか?という二項対立的問題があるわけですね。
基本的に、それぞれの社会には「社会正義」というものが存在する。その社会に住む人間の大多数のコンセンサスで成り立つ価値観ですね。
社会正義を優先した人生を送った場合、周囲はその人には「自己責任」なんてことは言わないわけですよ。それで頑張りすぎて病気になったとしても、「ここまでよく頑張りましたね。尊敬に値します!」って言われるわけ。
でも、逆に、、、社会正義とは関係なく、自分のやりたいことを優先した人生を送って病気になると、周囲からは「そんなことばっかりやっているから病気になるんだ!そんなの自己責任だ!」って言われるんですよ。
つまり、社会に尽くす人生を生きて、人から誉められるのが良いのか、それとも自分の都合を優先して、最終的に人から「そんなの自己責任だ!」という評価を受けて死んでいくのか?
結局、人からの評価を気にしない、、、自分の好きなことをやって、その結末を自分で受け入れる度量のある人は、別に、自己責任って言葉も気にせずに生きていけるんじゃないかな?って思うわけですよ。
でも、社会には、そんな度量の広い人間ばかりではなく、、、、自分では社会に尽くして生きてきた気分でいても、周囲からは、「そんなの自分勝手な生き方だ!」と評価されてしまって、悪い結果になった際には「自己責任だから、受け入れろ!俺らは知らん!」って言われ続けると、、受け入れることができなくてブチギレちゃう人間達もいるってことなんだと思うね。
自分の考える生き方の方向性が、周囲の見え方と合致せずに、社会正義の基準から外れて見えてしまうと、そう言う事が起きてしまうと、、、、まあ、そう言うことかなと思いますね。