坂本龍一、亡くなる20日前の対談も収録。彼の思索・行動の源泉が分かる『坂本図書』は、“本を読む愉しさ”も改めて教えてくれた
公開日:2023/12/27
鈴木 ちなみに、今、読書の時間はどれくらいですか?
坂本 2、3時間くらいかな。観たい映画もドラマもあるし、聴きたい音楽もあるし。本当に大変ですよ。忙しくて(笑)。
上記の文章は『坂本図書』(坂本龍一:企画・原案、伊藤総研:文・構成/バリューブックス・パブリッシング)に収録された、坂本龍一さんと鈴木正文さん(編集者、ジャーナリスト)の対談の結びの一節だ。
この対談が収録されたのは2023年3月8日。坂本さんが亡くなった3月28日から、たった20日前のことだ。
坂本さんはステージ4のがんと闘病中も、長く創作活動を続けたことで知られている。本書を読むと、彼が亡くなる直前まで、書籍に音楽、映像作品と、さまざまなアートを楽しみ続けていたことも分かり、まずその生き様に胸を打たれる。
そして本書は、書籍から得た気づきをアート作品にも取り入れて発表し、社会的な活動も行ってきた坂本龍一という人物を、より深く知れる内容になっている。また、本を読んで新しい物事を知る喜び、思索にふける愉しさを、読者に教えてくれる本にもなっている。
教養に溢れた文章に知的好奇心を刺激される
本書『坂本図書』のもとになったのは、坂本さん自身の読書体験を語り起こした全36回の雑誌連載。そこでは彼の蔵書1万冊から毎回1冊の本が選ばれ、その書籍に関連した人物評が綴られている。
ロベール・ブレッソン、夏目漱石、ジャック・デリダ、大島渚、九鬼周造、福岡伸一、武満徹、中上健次、斎藤幸平……。
取り上げられた人物の一部を列挙しただけでも、坂本さんがアートの分野にとどまらない、古き良き“教養”を持った人物であり、いま自分たちが生きている社会に関心を持ち続けている人物であることが分かるだろう。
そして、ひとつひとつの選書と、その読み方も非常におもしろい。
たとえば坂本さんは、コロナ禍に『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』(ジェームズ・C・スコット/みすず書房)という本を読み、人類が疫病の蔓延しやすい農耕生活を始めた歴史まで振り返る。その農耕生活のはじまりに気候変動が関係していたこと、農耕生活において国家権力の原型が育まれたことなどに触れ、「僕は人類の発明の中で最悪なものが国家だと思っており、広大な面積を単一の種で覆ってしまう農耕は、人類最初の環境破壊だと思っている」と続ける……。
こうした本書の文章は、知的好奇心を刺激する読み物として非常におもしろいし、最晩年も神宮外苑の再開発を憂慮していた坂本さんの思想・行動の源泉も知ることができる。
そして、坂本さんの語りを伊藤総研さんが構成した文章も美しい。以下は小津安二郎の映画を評したもので、全方位的にアートに通じた音楽家の坂本さんらしさが溢れた文章といえるだろう。
さまざまな映画を通して執拗に繰り返される家族のストーリーというより、コンポジション(構成)、アンビエントな画の流れ、ミニマルミュージックを聴いているような心地よい静かさ。何度見ても飽きない極上の写真集のページを繰っているようでもある。ストーリーにではなく、コンポジション自体に僕は涙してしまう。映画は一枚の絵ではないし、本でもない。映画ならではの持続性の中の光と影。そこに感情と音が絡み合いながら流れていく。
そして本書は、歳を重ねてから古書に惹かれ、書籍の「美術品、オブジェとしての良さ」も愛した坂本さんの書籍らしく、装丁もデザインも美しい。その点で「本を所有する喜び」も味わえる1冊になっている。
文=古澤誠一郎