1950年生まれ。フランス文学・思想。東京外語大学大学院地域文化研究科教授。
(最終更新:2010年4月23日)
[鼎談]
...し、建築的には、結局それは退屈なんですよ。 西谷修──二〇〇一年という記念すべき年に、都市を睥... ...ないものはB級だと言っているように感じます。 西谷修氏「絶対現場」としての建築零年 西谷──卑近...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.54-72
[都市ノ民族誌 4]
演奏会じゃねぇんだよ! フェスなんだよ! うたえよ、お前ら自身うたったらどうだよ、ただ聞いてるだけじゃよぉ、犬か猫と同じじゃねぇかよ 「’71 日本幻野...シー『無為の共同体──バタイユの恍惚から』(西谷修訳、朝日出版社、一九八五)。 ★五──このパ...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.39-42
[映画の地理学 8]
例えば俳優に台詞を渡し、それを初見で声を出して読んでもらうとする。俳優が意味を考えず、書いてある台詞を字句通りの音として読むことのみに専念させる。それを撮影し、...異が生なましく露呈し、たがいをさらし合う」(西谷修)という〈分有〉を意識しつつ行なわれる事柄...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.27-29
[映像/写真 1]
この五月に三原港からフェリーで三〇分弱の瀬戸内海上に浮かぶ佐木島で「鷺ポイエーシスI──映画と建築の接線」なる野心的なセミナーが開催された。舞台となったのは鈴木...ぐって」挑発的な言葉を連ね、詩人の吉増剛造と西谷修がレヴィナスや宮古島について意外なまでに熱...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.30-31
[批評]
1 風景の使用法 ランドスケープとは「風景」を示すが、そこには習慣的に「自然環境」あるいは単に「自然」との観念的な結びつきが前提とされている。「自然」への耽美...ェル・シュリヤ『ジョルジュ・バタイユ伝 上』西谷修・中谷信一・川竹英克訳、河出書房新社、一九...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.100-111