ぜぜ日記

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農作物の価格について、あるいはペティ=クラークの法則の行き詰まり

今月、尊敬するお二人が続けて新刊を出すことを知った。

1つは農業研究者の篠原信先生による「そのとき、日本は何人養える-食料安全保障から考える社会のしくみ」

もう一つは茨城県の生産者でもある久松達央さんの「農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ 」

お二人とも直接の知り合いではないけれど、共通の知り合いがいたり、ご著書を通して卓見を伺ったり、とある Facebook グループで活発に投稿されているのをみたりしていた*1。

一見すると逆の狙いのようにも見えてしまうかもしれないけれど、どちらの本も通底するものがあるはず。そして、これまで自分が仕事などで生産者さんたちと接する中で考えていた問題意識と近そうで楽しみ。 それぞれ読んで「答え合わせ」をするまえにタイトルから連想される自分の考えを書いてみる。

農業問題 - 目標と現状

農業に関係する問題は複雑で、さまざまな因子が絡んでいる。 全部を整理して語ることは自分にはとてもできないので、まあまあ多くの人に同意してもらえる大きな目標のひとつと、それにまつわる誤解されがちな話題について書いてみる。

まず目指される目標のひとつは、「長期的に食糧供給を安定させること」として多くの方も方向性については納得してもらえると思う。食糧不足からなる飢饉によって、これまでも多くの人が亡くなってきたし、文明も滅びてきた*2。人類が磨き上げてきた慣行農業の生産力はまさにこのためだし、有機農業の意義も、低インプットで環境負荷を小さくして持続可能な農業を目指すという点で目指すものは同じはず*3。これを避けて人類社会を持続させたいというのは多くの人もわかってもらえると思う。少なくとも自身や子どもたちが生きている間は食うに困りたくはない。

この目標のレベルや、手段についてはさまざまな議論があるけれど、そのために主食の生産のうちのある程度を国内で安定して続けられるようにするというのも原理主義的な新自由主義者でもなければ合意できると思う。

ただ、ここからは議論が難しい。まず、しばしば食糧自給率が低いことが問題だ、と言われるけれど、これを指標とすることは好ましくはない。これは、カロリーベースであっても金額ベースであっても、家畜の飼料や、作物の生産に必要な農薬や肥料の輸入分は計算に入っていないという批判や高価なものを海外から輸入している分もあるという問題があるから。 自給率をあげるには牛肉の輸入量を減らすことが手っ取り早いけれど(実現可能性はさておき)、それでめでたしとはならない。

とにかくも食糧供給について、現実を把握するために具体的な数字をみていく。まず、農業従事者は2015年から2022年までで30%、52万人も減っていて、さらに70%が65歳以上となっている。いかに高齢化社会とはいえ、産業として厳しいと感じると思う。
農林水産省 - 農業労働力に関する統計

そして、生産の基盤である土地についてみていくと、耕作面積はピーク時から25%以上減っている。
農林水産省 - 荒廃農地の現状と対策について.pdf

これだけ高齢化もあって、農地も減っていると食糧供給は大丈夫か、と心配になるけれど、問題は食糧供給だけではない。 「農業の多面的機能」という、耳慣れないだろう言葉によっても説明されるように、農業には食糧生産以外のいろんな機能がある(いわゆる外部経済というやつです)。

わかりやすいのは、農地の維持が水害対策になったり地域の文化をはぐくんだり里山を維持することで生物多様性を維持していたりするというもの(ちなみにあらゆる農業は環境に悪影響を与える側面もあります)。

詳しくはこちら(農林水産省 - 農業・農村の有する多面的機能)。めちゃめちゃリンクのあるけれど大人向けパンフレットがおすすめ。写真が強い。

もちろん、この多面的機能だけではなく食糧供給こそ重要というのもわかるけれど、国内生産が増えることでこれら多面的機能も維持されるということで、ここからは本丸の食糧生産にフォーカスしていく。

この生産減少の原因はさまざまあるけれど、生産物の価格が大きな要素だと思っている。

農作物の価格をめぐって

たとえば米についてみてみると、このデフレ時代とは言え、米価はこの30年で半分程度まで下がってきているし、今年はさらにやばそう。
農林水産省 - 米をめぐる関係資料.pdf 早場米、宮崎産が3年連続下落 小売需要伸び悩む: 日本経済新聞

米だけでもなく青果も似たり寄ったり。スーパーでは、たいてい一番最初のエリアにある野菜は、客寄せとして安売りしていて原価割れしているものもあるという*4。

これだけ価格が減っていると、同じだけの量をつくっても手取りは減るし経営は厳しい。 逆に、もし価格が一時的にではなく定常的に向上すれば、農業で食っていきやすくなるということで家業の農業をついだり新しく農業をはじめる人もでてくるだろう。

本当にそうなるかどうかはさておき、価格と供給について考えていく際に、悩ましいフードロス問題についても触れておく。

自分も、ごはんを残してはいけないという規範を親や社会から埋め込まれているので、廃棄される食品や食べ残しに忌避感は持つし、資源の無駄遣いだし環境負荷もあるよな~、とは思うけれど、かといってフードロスがなくなるということは農作物の消費・需要が減るということで、より価格は下がってしまうし、つまり生産者の手取りも減ってしまう。これについてはジレンマを感じていて、身近なフードロス削減には取り組むけれど、統計として現れるフードロスを直視できないでいる。

さて、フードロス問題に目をつむって、価格について考える。生産が減っていくと、農作物の価格は本当にあがるのだろうか。 短期的な相場の上下はあるだろうにせよ、長期的には経済発展によって農業部門は縮小していくというのは、古今東西多くの社会で観察され、ペティ=クラークの法則としても知られている。 これは、経済発展の速度差と説明されるけれど、さらに、マーケットからは生産性の改善が求められ、効率化をすすめることで生産量が増えて価格が下がってしまうという現象もある。

(この価格競争については、先月お亡くなりになった佐賀の百姓である山下惣一さんの名著「いま、米について」で生産者視点での苦しい状況が描かれています。古い本ですが、米以外の農業や補助金の問題についても今なお色あせていないのでみなさん買って読んでください。kindle にあります)

ただ、この今後の経済発展も見込めない日本で(人口減少以上のスピードで)生産量が減っていくとどうなるかはわからない。ミクロ経済学の最初に学ぶこととして、需要より相対的に供給が減ることで、価格は上がるとなっている。石黒耀先生による傑作カタストロフSF、「死都日本」では以下の一文があった。

食糧は10パーセント不足すると2倍、20パーセント不足すると3倍の価格になると言われる。1973年に日本で大豆が10パーセント不足した時は2.5倍に跳ね上がった。

農業経済学の分野では、農作物の価格弾力性が1より小さいことから生産量を需要と近いと仮定すると、価格変化率が生産量変化率より大きいと説明されている*5。

生産量が減り続けると、価格も安定的に上がる・・・と、期待してもいいかもしれない。 そうすると、資材や人件費も高騰している中で、生産者の経営も改善するだろうし、そうなると新規参入者の増加と定着も改善するはず。

もちろんこれは楽観的な見方で、国内の所得は低迷しているなかでの買い手優位な取引関係のため値段は抑え続けられるかもしれないし、これまで鮮度の都合や国産志向で主流にはなっていなかった農作物の輸入が進むことで価格は変わらず、引き続き離農者は増えて国内生産も下がり続けるかもはしれない。

それに、もし価格があがったとしても、それは消費者の生活を直撃することになるので、アメリカのように野菜は贅沢で、ファーストフードが相対的により安価になって貧困者の肥満(と、富裕層からの軽蔑)が社会問題化することもありえる。

このあたりにジレンマを感じつつも、いま日本が直面している生産者の高齢化や耕作放棄地の増加は、供給量の適性化という意味で必ずしも悪いことだけではないのではないか、というのが現在の自分の考え。

いっぽう、農政としては小売価格の向上のための輸入抑止とか価格維持などがんばっていただければ・・・と思っています。

気候変動について

と、・・・お金のことばかり書いて文章を締めそうになったので、急いで気候変動と農業についても今の考えを書いておきます。

まず、化学肥料生産に使われる多量の化石燃料や畜産(牛のゲップや排泄物のメタン)は温室効果ガス排出における大きなシェアをしめていて問題。

前者について、長期的にはクリーンで安定した発電方法、つまり核融合を発明しないといけないように思われる(太陽光発電や風力発電も補助的に意義はあるけれど面積当たりの発電量が低いのと、バッテリーの技術革新も大きく期待できず主力にはなれない)。畜産について、自分も食肉文化は好きだけれど、世界全体で消費を減らしていくようにしないといけないだろう。ただ市場経済のもとでどうやるかはまったくわからない(価格がカギだとは思う)。

このあたり、読みやすいものとして、みんな大好きビル・ゲイツという、巨大企業の創業者にして慈善事業化にして技術オタクという稀有な人間が書いた「地球の未来のため僕が決断したこと」とか「エネルギーをめぐる旅」があっておすすめです。

そして、これらの気候変動についてゲイツが思いついてはいたはずだけれど、著書で微塵もにおわせていない解決策が浮かんで暗澹たる気持ちになってしまう・・・。 これについては、文章で妥当に表現する表現力をもっていないので悪しからず。

お二人の新著でなにかヒントが見つかるのを楽しみにしています。

dai.hateblo.jp

おことわり

自分は、農業の流通や環境負荷、生産者の経営あたりに関心があり、生産者の受注・販売管理の負荷を下げるためにファーモという販売管理ソフトを開発したりしています。 そのつながりで多くの生産者さんに接したことが自分の考えに影響をもたらしていそうですが、本記事は自分個人の意見です。

本記事やファーモについてご関心のある方、お気軽にお声かけくださいませ!

ファーモ | 農家のための無料で使える販売管理

*1:「キレイゴトぬきの農業論」はおすすめです。

*2:「人類と気候の10万年史」によると、栄華を誇ったマヤ文明も、9年の間に6回もの干ばつが襲う時期があったことが原因になっているという推測があるそうです。

*3:有機農業の基本理念は、有機農業の推進に関する法律の第三条に明記されています

有機農業の推進は、農業の持続的な発展及び環境と調和のとれた農業生産の確保が重要 であり、有機農業が農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質 の循環に依存し、かつ、これを促進する機能をいう。)を大きく増進し、かつ、農業生産に由 来する環境への負荷を低減するものであることにかんがみ、農業者が容易にこれに従事するこ とができるようにすることを旨として、行われなければならない。

https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/sesaku-1.pdf

*4:八百屋を経営する尊敬する友人や、スーパーに勤めていた親戚も同じことを言っていた

*5:例えば、荏開津先生の「農業経済学」。ただ、というもの。ただ、商品の価格弾力性を厳密に計算はできないので価格変化率の予測には使えないし、生産量と需要量を近似しているという仮定はちょっと乱暴すぎでは、と思ったりしています