曇りなき眼で見定めブログ

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おすすめの記事

 当ブログは論理学を中心とした哲学・数学・計算機科学の勉強記録と、アニメの批評・感想を中心に書いております。おすすめの記事は以下です。

 

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 アニメにもジェンダーやフェミニズムを考えるうえで示唆に富んだ作品はたくさんありますよ、という記事です。いろいろな作品を紹介しています。本当の目的はアニメ一般に対する「前時代的」という批判への反論です。私の調べが進むにつれてアップデートされていきます。

 

 私の研究対象である線形論理というのの入門解説です。

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 藤井聡太先生の脳内には将棋盤がないという説を、様々なインタビューや棋士の証言をもとに検証しています。

 

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 マンガ『チェンソーマン』第43話に出てくるロシア語の歌を翻訳しています。元ネタはなんなのかもちょいと考察しています。

 

あとはカテゴリーから見てみてください。

『MEMORIES』リバイバイル上映を観てきた!(大友克洋)

 1995年のアニメ映画『MEMORIES』のリバイバル上映を観てきた!

 大友克洋原作の3本のオムニバス。昔レンタルで見たことあったが、ひさしぶりに見た。

 1本目の「彼女の想いで…」は、アニメ史上最高のスタッフが揃ったんとちゃうかというぐらい豪華な布陣で有名。監督は森本晃司、脚本は今敏、キャラクターデザイン・作画監督は井上俊之、音楽は菅野よう子、小物の設定が磯光雄。アナログアニメの作画の頂点のような作品だが、見返すとデジタル加工した絵との合成でできた画面がおもしろい。この時期はデジタル技術の黎明期で、森本氏はけっこういろいろ試していた。また、井上氏のキャラクターデザインというのはなかなかなく、それも貴重でおもしろい。

 2本目の「最臭兵器」は、馬鹿馬鹿しい話を物凄いクオリティで作るとより馬鹿馬鹿しさが際立つおもしろさ。初期の大友漫画っぽいナンセンスな感じが楽しめます。

 3本目の「大砲の街」は、大友自身が監督。最近アートアニメーションにも興味があるワタシ的には、前に見たときよりもっともっとおもしろく感じた。大友は『AKIRA』の後は絵本みたいな新しい絵柄を開拓したが、それが映像になっている。これもデジタル技術を上手く使って撮影しているんだと思う。また、今回気づいたのだが、キリル文字っぽい文字や、ロシア・アヴァンギャルドっぽい絵が出てくるのがおもしろい。

なにが令和人文主義だコノヤロウ!

 TBSラジオは平日の深夜に「JUNK」というタイトルで芸人の番組を放送しており、月曜日は伊集院光、火曜日は爆笑問題、水曜日は山里亮太、木曜日はおぎやはぎ、金曜日はバナナマンが担当している。水〜金は、月火のベテランと比較してごく一部で「ヤングJUNK」と呼ばれていたらしい。あくまでごく一部で。それを知った火曜の爆笑問題の太田がやけにこれにキレていて、執拗に「なにがヤングJUNKだコノヤロウ!」と言っていた。ヤングJUNKという言葉自体、メディアではほぼ太田しか言っていなかったのだが、太田が執拗にキレるうちにわりと定着していった。

 小峰ひずみさんという批評家が「令和人文主義」なるものを批判しているのが話題になったとき、この太田のヤングJUNKディスを思い出した。

note.com

令和人文主義ってなんだよって話である。哲学者の谷川嘉浩先生が提唱しているらしいが、知らなかった。だれも知らないのに、「なにが令和人文主義だコノヤロウ!」とかっていう批判が話題になったことで、むしろ定着した。

 

 加えてもう一つ言いたいことがある。

 小峰さんのnote記事は、長いのでザザッと読んだのだが、どうも気になる点がある。谷川先生の提唱した「令和人文主義」なる概念への批判が主で、個々の令和人文主義者、その個々の著作の個々の議論への批判が希薄なのである。批判が宙に浮いているというか、そもそも存在の怪しい令和人文主義なる概念への批判なので、藁人形っぽくもある。

 思えば昔の「セカイ系」論とかオタク論もそうであった。批評家が勝手に概念を作ってこねくり回すだけで、具体的な作品論とかアニメ論がなかなか成熟しなかった。批評家って個々の作品とか個々の議論にはあまり興味ないのである。

 いま細田守監督『果てしなきスカーレット』がネットで酷評されていて話題だが、「SNSで映画を語るにはどうすべきか?」論ばかりが蔓延って、アニメそのもの、作品そのものの議論がどうも希薄な気がする。令和人文主義批判もそんな感じ。

『羅小黒戦記2 〜ぼくらが望む未来〜』感想その7 編集の切れ味、絵作りの妙、その他

 ↓の続きです。

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 作画というよりもうちょっと細かいポイントについても書いておく。

 今作は転送門というのを使ってワープするシーンが何度もあるのだが、その「ヒュンッ」って感じの切れ味がいい。門に立つと電流みたいなのとともに姿が消えて、次の瞬間ワープしている。前に『エヴァ』のリバイバルを観たとき、セリフの言い終わりとともにカットが変わる、みたいな編集の切れ味が良いなと改めて思ったのだが、羅小黒戦記もそれに近い感じ。切れ味。電流みたいなのと言えば、序盤の戦いシークエンスでも電撃が落ちるところがあるのだが、それもなかなかかっこいい。

 ルーイエたちにだけ見える霊力の痕跡みたいなのも良いね。赤い点で表現するやつ。ルーイエが電柱の上に立った瞬間にふっと色が変わるシーンも切れ味があった。

 あとバトルシーンについて書き漏らしていたことがあるので少しだけ。廃工場のシーンの、赤いレーザーみたいなのでルーイエの攻撃を妨害するシーンがたいへん良かった。レーザーに足が触れると引っかかって動けなくなるらしいというのが巧みな作画で表現されていて説得力がある。そんなギミックは今まで見たことなかったのだが、それが確かに伝わるのが凄いところ。しかもアイデアとしておもしろい。

 あとダーソンが使うバリアみたいなのも見たことないギミックなのに強いことがよくわかった。

【ネタバレあり】細田守監督最新作!『果てしなきスカーレット』を観てきた!(スカーレットがけっこうエッチ、芦田愛菜がけっこう歌うまい)

 やたらと評判が悪くて、どんなもんじゃいと観にいったが、そんなに悪くなかった。

 しかし話題作で公開2日目の土曜日なのにガラガラすぎた!

 ヒットしてないのはやはり予告の段階で評判が芳しくなかったからだろう。私はけっこうおもしろそうだなと思ったのだが。芦田愛菜の演技が迫真すぎるのと、男のキャラクター(聖)がメタバースのザッカーバーグっぽくてあまりかっこよくなかったのはいただけなかったが。スカーレットのキャラクターデザインは前作『竜とそばかすの姫』のベルと同じディズニーの人がやってるっぽく、それは私にはプラスだった。ベルのデザインが良いと思ってた人は私だけではなかったのか、と思った。

 で、観てみて驚くのが、とにかく暗いのである。陰惨な暴力のシーンが延々と続く。アクションというより暴力である。そりゃあ細田監督と言えば『時をかける少女』や『サマーウォーズ』みたいな痛快娯楽作だ、というイメージを持って観にいく人からしたら評判悪いだろう。

 それとなんだかフワフワしたまま話が進んでいく。近世のデンマークの王女スカーレットが、父の仇の叔父を殺そうとするも果たせず、逆にやられて死後の世界に行くという話である。それはわかったのだが、じゃあなんで死後の世界にも叔父のクローディアスがいるのか。なんで死後の世界をクローディアスが支配しているのか。そこがわからない(最後になんとなくわかるが)。スカーレットがその世界を理解して順応していく過程が描かれていないからである。

 よくわからない世界を説明しないまま描いて、それでもおもしろい作品というのももちろんある。『君たちはどう生きるか』とか、ギンツ・ジルバロディス監督の『Away』や『Flow』がそうだった。しかしこれらの作品は、奇妙な生き物が出てきたりとか美しいシーンがこれでもかと続いたりとかして、わからなくても楽しめる。それどころかわからないことが魅力となる。なのだけど本作は、陰惨な暴力ばかりの世界なので魅力がない。雷みたいなのを降らすドラゴンが出てくるのだけ魅力的だが、ああいうのをもっと出してほしい(あのドラゴンが復讐するか否かという問題をデウス・エクス・マキナ的に解決してしまうのはどうかと思ったが)。

 急に渋谷駅の前で踊る幻影を見るシーンなんて、さすがに

  「?」

だった。現代日本で幸せに暮らす姿を想像するという意図のシーンなのだろうが、なんで渋谷でダンスなのだろう。もっといろいろあるだろう。原宿で服買うとか。なんか全体的にズレている。

 良いポイントとしては、スカーレットがけっこうエッチだったこと。あと芦田愛菜が、演技は迫真すぎるが、歌はいい感じに上手かった。それと、最初は聖が現代日本の善人の価値観で近世ヨーロッパ人のスカーレットに説教していく流れだと思ってどうなんと思ったのだが、そういうわけでもなかったのが良かった。あと地平線とか水平線が描かれるカットのレイアウトは美しい。

 もっと良かったのは、スカーレットにとっての現実世界のパートである。本作は全体的にほぼCGだが、現実パートは作画で描かれる。なかなか綺麗で良かった。もっともそれだったら、昨年の『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』のほうが、同じように昔のヨーロッパ的な世界を描いていても断然良いが(なんでこれが話題にならなかったのかわからない)。

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最後のスカーレットが王になって民と話すシーンは牧歌的すぎてアカンと思うが。 

 公開前に↑の子ども向けノベライズをチラッと立ち読みして、どうも『ハムレット』が元ネタらしいというのはわかっていた。まあしかし父の仇への復讐というテーマと登場人物の名前と舞台が同じなくらいで、そんなに関係ない。復習すべきか否かみたいな葛藤はたしかに描かれているが。

『羅小黒戦記2 〜ぼくらが望む未来〜』感想その6 緊張の持続

 アクションについてもう少しだけ。

 ↓の続きです。

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 作画の良いアニメというのは世の中にたくさんあるが、良いと言ってもある回のあるシーンのほんの数カット、数秒間だけということは少なくない。『羅小黒戦記2』が凄いのは、そうした素晴らしい作画がもっと長いシークエンス続くということである。

 日本のアクションアニメでよくあるパターンは、戦闘の中で数カット「これは」という作画があるが、すぐに動きが鈍って止まって状況説明になったり、決めポーズで見せたりする、というのである。まあしょうがないのだが、せっかく「おっ」とノリ気になったのにすぐ気分が削がれてしまう。

 今回の『羅小黒戦記2』のいくつかの戦闘シーンは、このノリ気になってハラハラする状態が分単位で続く。緊張がこれほど持続するアニメはなかなかない。単純に高い技術を維持することによる緊張感、作画技術の暴力みたいな作りであった。

 次回はもっと細かい絵作りについて書きます。

『羅小黒戦記2 〜ぼくらが望む未来〜』感想その5 具体性のあるアクションとカメラワーク、いわゆる「オナニー作画」との違い

 アクションについてさらに書きます。↓の続き。

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 前回は羅小黒戦記のアクションには説得力があると書いたが、その源泉は「具体性」にあると思う。

 例えばムゲンがいかに強いかというのは、転送門の前で多くの強豪妖精たちをあしらうシーンでよくわかる。そのあしらい方が、下手なアニメだったらなんか手をかざして「ハッ!」とかやってドカーンで済ませそうなものだが、本作は違う。入れ替わり立ち替わり立ち向かってくる妖精たちを、次々と具体的な技であしらっていく。棒を使って太極拳みたいな動きで跳ね返したり、金属を操って攻撃したり。いちいちに具体的なアイデアが光っている。

 具体性といえば、もうひとつ別レベルの具体性として、カメラワークについても言いたいことがある。本作はアクションシーンで高速でカメラが動くが、それが決して見にくくない。これは何故かと考えるに、具体的な意図があるからだろう。カメラを動かしていても、何を映したいかにブレがなく、カメラを動かすことで見せたいものが伝わってくる(なんか私の説明が具体性なくてアカンけど、まあ察してください)。

 昨今の深夜アニメでは、やたらとカメラを動かすわりに具体的な意味の乏しいシーンがよくある。アニメーターが力を誇示したいのはわかるが、おもしろさに結びついていない。こういうのはオナニー作画とか言って揶揄されるが、それと羅小黒戦記との違いはやはりアイデアの具体性だろう(ちょうどさっき見てた『呪術廻戦』第31話のネズミが出てくるシーンは、だいぶ良いほうだがややオナニー感があった)。何がやりたいか、何を見せたいかが明確なのである。ただいたずらに動いているだけではない。

 

 追記:続きは↓です。

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『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 完結編 第2章』とかいう漫画映画を観てきた!(また顔変わっとる)

 惰性で観てきた! 一応ラブライブのアニメは全部見ているので。

 去年の『第1章』はキャラクターデザインがテレビシリーズから変わって叩かれたが、今作では直っていた(もとに戻ったのかどうかは知らない)。

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なんだけど、1章のカットが交じるシーンでは1章の顔のままで笑った。

 前作と同じ時間で別の土地で同じようなシチュエーションの話だった。今回思ったのだが、アイドルを見に現地に来ている人もなんだかんだでアプリを通して配信で見ているのっておかしくないだろうか。アイドルが多すぎて生で見られる分が限られているのだろうが、だったら現地で配信で見ている人を映すのは演出として変では(私の勘違いで、現地で配信で見ている人はいそうでいなかったのかもしれないが)。

 しかし配信を自前のサーバでやるのは大変だろう。そりゃアプリも落ちる。YouTubeとか使えばいいのに。