著作権保護よりライブで稼ぐ、というビジネスモデル

プリンスが、イギリスでCDを新聞の「オマケ」として配って話題になった。

The Mail紙の日曜版に、新作CDのThe Planet Earth、300万枚(!)を折込、その上イギリスでのPrinceのコンサートツアーに来た人には、全員無料配布。こちらも延べ40万人超。

New York Timesが、Princeの収益構造を分析しているが、非常に単純化すると、

「Princeはライブの稼ぎがメイン。印税収入はたいして重要ではない。CDは、ライブをプロモートするための広告ツールであり、別に違法コピーがどれほど出回ってもOK。むしろ、沢山出回って知名度が上がり、ライブに人が沢山来てもらったほうがよい。しかも、CDに頼らなければレコードレーベルに利益を搾り取られることもない」

というのがPrince側の論理では、という話。

Princeは非常にエキセントリックな外見、マスコミからのインタビューを受けないといった行動が話題になりがちだが、80年代から長く人気を保ち、ビジネス面でも鋭い才覚を見せている人でもある。そのPrinceの行動ゆえに注目されている。

もちろん、音楽業界は怒っている。

レコードレーベルのSony/BMGはイギリスでのPlanet Earthの発売を中止した。またイギリスのEntertainment Retailers Associationのトップはこんなコメント

"The Artist Formerly Known as Prince should know that with behavior
like this he will soon be the Artist Formerly Available in Record
Stores."

昔、プリンスは、ワーナーブラザーズとの係争でPrinceという名前を使えなかった時期に、謎の記号を「名前」として使っており、それを「The Artist Formerly Known as Prince」と読ませるという裏ワザを使っていたのだが、それをもじって

「こんなことをしていると、"かつてPrinceとして知られたアーティスト"は、"かつてレコード店で買えたアーティスト"になってしまうぞ」

と脅迫している。でも、実は困っているのはレコード店の方では。(話題のCDが売れないので。)

ちなみに、Princeのライブ収益は、たとえばイギリスのツアーだけで2600万ドル、30億円。他の国でのツアーもあるし、さらにカップル3121ドルの「ディナーショー」なんてのもやったりしていて、年間数十億円単位(もっといくかも)。

一方CD売り上げは、一つ前の「3121」で52万枚だったそう。アーティストの印税は大体リテールの10-25%らしいが、Princeがスターとして特別扱いされるとして、ちょっと高めに30%だったと仮定、CDの小売価格を15ドルとして、Princeの手取りは200万ドルちょっととなる。

2億円ちょっと。

ライブ収益も全部がPrinceにいくわけではないが、ま、比較すると印税が小さいことは間違いない。というわけで、
「違法コピーでもなんでもいいから出回って」
というための仕込みにCDを使うという贅沢ができるんですね。

(ちなみに、折込CDを出したThe Mail紙は、普通にCDが売れた場合の印税収入に相当する額を一括でPrinceに払っているらしい。だから、Princeは別に印税分損したわけでも無いのだが、無料でばら撒いたら、違法コピーの出方もより盛大になる、という問題はあるわけでそれを押してなお、無料配布を選んだわけです。)

***
この話で、思い出したのが、今年3月にCNETに出ていたSan Franciscoのポルノサイト、Kinkに関する記事。違法コピーのビデオが出回る中、ビジネスの肝は「ライブ」と。300人が同時アクセスできるHD画質のライブショーを配信、しかも視聴者は、ライブチャットも参加できる。これを実現するため、同社のスタジオから、サンフランシスコにあるデータセンター、365Main(この間の停電で日本でもちょっと有名になったが)まで専用光ファイバーを二本引いているそうな。(日本的にはそれがどうした、という感じかもしれないが、アメリカで光を引くというのはすごいことなんです。IT企業でも、今だにT1でやり過ごしてるところが沢山あるので。)

今の技術的課題は、レイテンシーと。

The live shoot had a latency of less than 20 seconds, and the company
is trying to find ways to reduce it even further. "If they’re typing
‘spank her harder’ and it takes 30 seconds, that doesn’t feel live,"

「チャットでリクエストが来てから、それが画面で実行に移されるまで30秒もかかってたらライブという感じがしない」と。

以前、著しいクオリティを持ったソープランドのサイトについてのエントリーを書きましたが、やっぱりアダルト産業のトップを行く会社は、いずこの国でも真剣に技術を追求してますなぁ。

***
もとい、もちろん、著作権は守られなければならない。所有権を守るのは、資本主義社会を上手に回すための大原則。

レコードレーベルなどは、P2Pなどで違法コピーを流通させる技術の会社や、そうしたコピーの利用者をひたすら摘発し続けてきた。この方法は相当間違ってたとは思うが、何らかの形で著作権を守るための活動は続けられるべきだ、と私は思ってます。「人のものを盗んではいけません」と教育するとか。

しかし、その一方で、コンテンツ配信者側が、現状を逆手にとって活用、

「過去のアーカイブはプロモーションのために違法流通を黙認または奨励。稼ぐのはライブ。」

というのも、少なくとも現時点でのビジネスモデルとしてはありだなぁ、と思った次第。

***

ちなみに、私のこのブログのコンテンツも、Flickrにアップした写真も、全てほぼ著作権フリーです。(ブログは一番下のフットノート、Flickrも個別の写真のライツのところにそう書いてあります。)

商用だろうがなんだろうが、勝手に使ってOK。たとえば、商店街のチラシ(?)に私のブログやら写真やらを転載したり、さらにそれを連載してもよろし。唯一のルールは、出典を明らかにすることだけ。「これは、ワタナベチカのこのURLからのものです」とか書いてくれればよいのでした。あと、まぁできれば、「使いました」と教えてくれると嬉しいかな。

「顔写真をアイコラに使われる」というのが、思いつく限りで最も微妙な懸念事項なんですが、まぁアイコラってのは通常ナイスバディに貼り付けられるわけで、それはそれで素敵なことかもしれない。そもそも、私の写真でアイコラしたい、っていう人がいるとはとても思えないわけではありますが、世の中には不思議な嗜好の人もいるわけで。(東大の物理実験棟の女子トイレで痴漢する、とか。)

というわけで、このライセンス設定にして随分経つんだけど、誰も使ってくれないんですよねぇ。ま、いらない、ってことなんでしょうけど。(笑)

著作権保護よりライブで稼ぐ、というビジネスモデル」への14件のフィードバック

  1. ちょっと話題はずれますが、napster以来 netは音楽業界を大きく変えてますね。インディーズを中心にYouTubeへのPVアップを積極的にやっているレーベルもあるし。
    レコード会社のプロモより、実際のリスナーの反応が実入りに影響するほうが、健全だと思われるので私は歓迎ですね。
    YouTubeがViewcountに対して対価を払うようになると もっと拍車がかかるかも。そのためのcheat対策を取るとPageViewが減りそうですが、Alexaランク5位のYouTubeなら やってやれないことはないでしょう。

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  2. (他人を写した)写真のCC-BYでの公開については、被写体の権利についての懸念がありますね。
    このへんの事例です→ http://www.geekpage.jp/blog/?id=2007/7/27
    http://www.creativecommons.jp/faq/2cc/post_51/ あたりを読む限り、CCで公開する本人がそのへんの権利をクリアにしておく必要があると思うのですが、例えばパーティで写真を撮る時に写ってる全員に正式なmodel release formにサインもらう、というのはかなり大変なように思います。

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  3. プリンスは300万枚売り上げた時と同等の収入をThe Mail紙から得た訳ですよね? プリンスは現時点でそんなに売れてるんだろうか(あるいは売れる見込みがあるのか),英国で? 結構ボロイ商売なんじゃないかという気がします・・・ 

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  4. chikaです。
    えっと、「コンサートだって原価がかかるぞ」ということをインターネットのかなたで言っている方々がいるようなので一つ注記しますと、
    「収益」
    という言葉は、
    「売上」
    と同じ意味で使ってます。(つまり費用を引く前の、入ってきたお金全部)
    一応確認したんですが、収益=売上=revenueでいいみたいなんですけど・・・(実は日本語でまともに会計を勉強したことがない私は、断固とした自信がなかったりするんですが。磯崎さんヘルプ!)。
    たとえば↓
    http://mba.nikkei.co.jp/case/drill/21.html
    けん-san,
    「エンドユーザーに直接プロモーション」は、アーティストにそれができる力があるなら、確かにそれが一番健全だとは思います。
    ただ、Princeほどのレバレッジを持ったアーティストばかりじゃないわけで、現状の著作権管理システムやレコードレーベルというビジネスモデルの意味が全くなくなることはないとは思いますが。
    もしかしたら、この間書いたJonathan Coultonのような駆け出しと、Princeみたいなトップでは、あんまりレーベルの意味がなくなるのかも・・・・。
    Jonothan Coulton:デジタル時代ミュージシャンの収益構造↓
    http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/05/post_4.html
    とはいうものの、レコード会社の仕事が「物流事業」と「プロモーション事業」に分解、後者に軸足を移すレーベルが出る、っていうのもありかなぁという気がします。
    shiro-san,
    ああ、そうですね、確かに。基本的に人間の写真はFlickrのパブリックスペースには載せないことにしてるんですが、時々うっかりがありました。TechCrunchとiPhone発売の時のは堂々と載せてたんですが、この二つは
    「肖像権を守りたいヒトはくるべきでない場所」
    というのが暗黙の了解だったんで。。。でも、中には暗黙の了解なんてしらないぜ、という人も写っちゃってたかも知れないので、これも含めて、人間の顔が判別できる写真のライセンスは変更しておきました。Thanksです。
    Dr.Gianni-san
    PrinceはThe Mailから
    「レコード屋で普通に売ったらもらえたであろう位の額もらっている」
    と推測されてるわけで、恐らく300万枚分はもらってないんじゃないでしょうか?ということで、前回のアルバムの売上を比較に出してみました。
    ま、ヒトケタ億円ってとこじゃないですかねぇ・・。
    で、それを「ぼろい商売」と見るか、「大したことない収入」と見るかは、当事者がPrinceかそうじゃないかによるんじゃない?というのが本文に書いたことです。一般人にとっては大した金額ではあるが、Prince的にはライブ収入に比べたら小さいよ、と。

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  5. 「音楽を売る」ということ

    就職活動をしていた頃、某社の就職試験のグループディスカッションで
    「『音楽を買う』ということ」というテーマで討論しなさい、というものがありました。
    結局そこの会社からはお呼びがかからなかったので入社には至りませんでしたが、
    その際に議論された内容はよく覚…

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  6. > 肖像権を守りたいヒトはくるべきでない場所
    というのはその通りで、たとえばそこで撮られたものが報道写真に使われることについては暗黙の了解があるとして良いと思うのですが、CC-BYで出すということは広告に使われる可能性もあるわけですよね。そうすると話がややこしくなるかなと。(エントリの本題から逸れてしまうのでここらへんで)。

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  7. 著作者の権利、複製許可を専有できる権利、これが明確に分かれてゆく過程があるんでしょうね。
    以前、88Slideというサイトがありましたが、YouTubeを宣伝のチャネルとして活用していて奇抜な感じがありました。デジタルの世界、複製が非常に難なくできるようになったので、それを逆手に沿って(というか時流がこれを順手にしてゆくのでしょうが)、著作する人、物を作る人、そういう人にとってよりよい世界になって行くと楽観したいと思います。

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  8. 実際日本でもライブで稼ぐという方法をとってる人たちもいますね。
    グッズ収入は直接自分たちの懐に来ますから。
    ちょっとどの辺のバンドが、とかぱっと出てこないので恐縮ですが。
    しかしさすがに300万枚をプロモーションとして使うのはすごいなあ。

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  9. >著作権保護よりライブで稼ぐ、というビジネスモデル
    Princeの事例は「印税収入に相当する額をThe Mail紙が負担することでCDを無料化する」ということで、著作権保護をしないということではないですよ。
    たぶん、ラジオ放送等で曲流したら二次使用料は徴収すると思います。
    >過去のアーカイブはプロモーションのために違法流通を黙認または奨励。稼ぐのはライブ。
    これはプリンスだって許しませんよ。
    >少なくとも現時点でのビジネスモデルとしてはありだなぁ
    100%なしです。
    過去のアーカイブなってなんですか?例えば1年前の作品は過去のアーカイブ入りですか?
    あなたが1年前に書いた本は無料なのですか?
    家電企業が数年前に作った製品は全部無料化すべきなのですか?
    なぜ音楽の過去の作品だけ無料にしないといけないですか?
    >ちなみに、私のこのブログのコンテンツも、Flickrにアップした写真も、全てほぼ著作権フリーです。
    いらないですよ。
    素人の遊び写真と職業としてやっている人の作品を一緒にしないでください。
    音楽界に無料化を求める前に、左上で宣伝している「ヒューマン2.0」を無料化するビジネスモデルを考えればいい。

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  10. 音楽のビジネスモデル・イノベーション

    音楽の革命の地、イギリスでかなり大胆なビジネスモデル破壊が起きたらしい。 プリン

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