生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

笑い止まぬコメ作り
IT駆使する新潟の農場

日本のコメ農家は消費者のコメ離れや減反に次ぐ減反で激減した。魚沼と並ぶ新潟県有数のコメ所、蒲原平野の新発田市横岡(旧加治川村)でも時代の波にはあらがえない。二十数戸の集落のうち、今も農業を営んでいるのは4戸だけ。専業農家はわずか1戸になった。そんなコメ所で規模を拡大し、銘柄米コシヒカリの生産に打ち込む「そうえん農場」を支えているのはITだ。

文:ライター 伊藤暢生(元朝日新聞記者)
photo:的野弘路

―― パソコンデータで稲と会話?

仕事場でパソコンを立ち上げると、画面に色分けされた水田の地図が浮かび上がる。形も大きさもまちまちだ。地図上の水田をクリックすると、3色の折れ線グラフが表示された。青は「草丈(くさたけ)」、緑は茎数(けいすう=稲1株当たりの茎の数)、オレンジは葉色値(稲の葉が含む葉緑素の数値)だ。葉色値は7月ごろの暑い時期にいったんドーンと下がって、また上昇していく。画面を見ながら下條荘市さん(64)は、「これが大事。他にも調べる項目はあるが、うちはこの三つを調べている」と話す。

3項目を1週間に1度、サンプル調査で実測して、データを入力する。ポイントは稲穂が育ち始める幼穂(ようすい)形成期の数値と、その推移。コシヒカリの幼穂形成期は7月20日くらい。幼穂形成期に入ったかどうか、そのタイミングを画面の数値で探る。

昔から篤農家は「稲と会話する」と言われてきたものの、「なんぼ稲に尋ねても答えてくれない。アハハッ」と下條さん。稲に尋ねる代わりにパソコンのデータを見る。

数値が平年と比べて大きいか小さいかを見極め、経験知から肥やしをいつ与えるか考える。「それも多分、もう4、5年でAI(人工知能)がやってくれると思いますがね」

水の管理に一役買うのが、畦(あぜ)から2、3メートルに設置する水田センサー。8月の出穂後に水を抜くまで、ミリ単位の水位を1時間おきにパソコンやスマートフォンまで知らせてくれる。水の管理に費やす時間は、以前に比べ半減したという。

―― 49歳の専業農家に農地集まる

「そうえん農場」の水田は約22ヘクタール。半径3キロくらいの広さに点在している。今年はコシヒカリを始め「つきあかり」「こしいぶき」など8銘柄のコメを栽培した。大規模生産を支えているのがクラウド型農業生産管理システム「アグリノート」。パソコン画面の水田は銘柄ごとに色分けされており、一番目立つ赤がコシヒカリだ。

「私は長男で下は妹。おやじは農業をしなくてもいいと言っていた。でも、まあ、意外と面白そうだからと始めたわけだ。アハハッ」と笑う。農協に勤めた後、42歳で就農した。親から引き継いだ水田は1.8ヘクタール。コメ作りだけでは食えず、冬場はガソリンスタンドでアルバイトをした。

専業農家になったのは49歳の頃。横岡の集落でまだ10戸近い農家があったが、後継ぎがいないとか、サラリーマンで生きていくとか、辞めるから預かってくれとかで耕作面積が増えた。

自宅から軽トラックで1、2分。集落の外れに、そうえん農場の作業所と倉庫がある。大人の背丈の倍以上ある大きな乾燥機が2台、少し小ぶりなのが1台。夕方、大型乾燥機1台に約70アール分の籾(もみ)を入れて、翌朝まで回す。乾燥後の籾はざっと4,200キロ、騒音とほこりが絶えない。隣家も農家ならお互い様だが、今はそうはいかない。集落の外れに建てざるを得なかった作業所が、現代農村事情の一端を物語っている。

―― 米粒の大きさ、0.1ミリで違う味と食感

籾の水分は22~25%。それを乾燥させ、センサーで計測しながら14.5%まで落とす。こうすると、翌年の夏くらいまで保管してもカビは生えないし、品質も落ちない。

昭和40年代前半までは玄米をかんで、カチッと割れればOK。「今でもかむよ。かんでみて、カチッといけば、これは14~15%だと分かる」。いくらデジタルだといっても、人間の勘も大事。乾燥機の数値は参考値と思えば良いそうだ。

最後は1.9ミリ幅のふるい網で選別する。下に落ちたくず米を1.8ミリ幅でもう一度選別したのが二番米(中米)。中米はだいたいが外食産業に行く。くず米を買った業者はさらに何回もふるいにかけ、最後のくず米はのりになる。

魚沼のコシヒカリも1.85ミリから1.9ミリ幅だが、最高級は2ミリ幅で選別しているという。だからべらぼうに高い。北蒲原のコシヒカリはだいたい1.8ミリから1.9ミリ。2ミリ幅の選別をすると半分がくず米になるという。1.85ミリと1.9ミリとでは10アール当たりの収量が30キロほど違ってくる。「0.1ミリの差で、味も食感も全然違う。おいしい、食感もいい。誰が食べても分かる」

3年前から大阪、東京の卸業者に直接コメを出荷している。「ITを使い、管理をきっちりして良いコメを作れば、有利な条件で取引できる。すべてがつながっているわけ」

―― PDCA回して温暖化に対応

今年、新潟県の一等米比率は20~30%で、史上最悪の見込みだ。例年は60~70%で、80%を超える年もあった。低かった理由は高温と、高温への対処を農家が間違えたことだと下條さんはみている。

今年の夏は、コシヒカリの出穂期から実が入り始めるお盆の前後に、最高気温が40度に届く暑さが続いた。もう一つは地力の低下。籾殻をまいたり、有機質を入れたりして土を作っていれば、被害は少なかっただろうと解説する。

下條さんは脱穀した後の籾を全部、田んぼに返したいと思っている。「田んぼで出来たものはコメを除いて全部、田んぼに返す。そうすると土は痩せない。籾殻にはケイ酸分が相当あり、補給すると稲が丈夫になり、おいしいコメが取れる。今年も稲を丈夫にしておれば良いコメが出来たはず。手を抜くと、ろくなことがない。みなつながっているわけさ」

気候の温暖化はコメ所にも影響が出始めた。「新潟県がコシヒカリの栽培適地というのは、もう間違いだろう」と下條さん。山形県ではコシヒカリを栽培できないと言われた時代もあったのに、今では秋田や青森、北海道南部が栽培適地になりつつあるという。

「ここに土地がある。ここから逃げていくわけにはいかない。ということは、温暖化シフトで土作りをきっちりやって、良い選別をして、一等米を作り上げていく。卸業者との信頼関係を強くして、良いコメを高く買ってもらう。そういうことをしていかないと、これからはダメですよ」

今年の収穫が終わると、「来年の作戦をどうするべ、となるわけだ。作戦は毎年変わる。かっこよく言うとPDCAサイクルを回す」と下條さん。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)を繰り返し、生産管理や品質管理を継続して改善していく手法だ。「農業はアナログとデジタルが混在する世界。いや面白いですよ、農業は。アハハッ」

―― 悩み解消した「アグリノート」の威力

そのPDCAサイクルを支えているのが、クラウド型農業生産管理システム「アグリノート」。新潟市のITベンチャー「ウォーターセル」が開発、運営している地図情報を利用した農業支援アプリだ。アグリノートを使い始めて7、8年。アプリが出来てすぐに使い始めた。「だって、アグリノートを作ろうと言ったのは俺だもん。アハハッ」

新潟県の産業振興を目的に設立された「にいがた産業創造機構(NICO)」。当初は商工業の支援が中心だったが、平山征夫知事(当時)が理事長の時代に「新潟は農業県だからNICOも農業で頑張れ」と発破がかかった。

職員が農家を回り、何か困っていることがあるか、こうしたらいいとか、夢物語でもいいから聞かせてほしい、と農業支援のアイデアを集めた。

下條さんは訪ねてきた職員に「毎日の農作業を記録し、自動集計してくれるようなシステムが出来るか」と相談した。ずっとノートに農作業のデータを書き込んでいた。「この田んぼにどれだけ肥料を入れたかを調べるには、ノートを全部ひっくり返さないと分からない」。それを何とか楽にしたかった。

ITに関心があったから、市販の農業管理システムを使ったこともある。しかし、圃場(ほじょう)ごとにIDを振る必要があり、IDを入力しないとデータが引き出せない。手間だし、非常に使いづらかった。地図上で入力、出力できるシステムを提案して引き合わされたのが、NICOの創業準備オフィスで起業を目指していた長井啓友さん。画像処理が専門だった。

ボタン一つで去年のデータも一昨年のデータも見ることができる。過去のことをフィードバックできれば、不作の時にこれで失敗したのだと原因が分かる。そういうシステムが欲しい、と長井さんに訴えた。

3カ月くらいして最初の試作品が完成した。使い物にならなかった。2、3カ月後に次の試作品。まだダメの繰り返し。1年経たないうちにかなり良くなったが、「他の農業者の意見も聴かんばだめだ」とモニターを募り、上越、中越、下越の県内各地域から5人ほどが集まった。メーリングリストを作り、使い勝手などをやり取りして、ぐんと使いやすくなった。

開発に着手して1年半後くらいで、ようやく売り物になるシステムが出来上がった。ノートで管理していた時代に比べ、「10アール当たりでだいたい10%くらい売り上げが伸びているかも知れない」。

そうえん農場は、農産物の生産工程を管理する規格「アジアGAP」の認証を取得した。東京五輪・パラリンピックの選手村では、GAP認証を受けた農場で生産された食材を使うことになっている。アグリノートはGAPを取得するためのツールとして有効だった。今のアグリノートは、GAPを取得できるように改造されている。こうした成果が評価され、そうえん農場は2017年に「攻めのIT経営中小企業百選(経済産業省)」に選ばれた。

「人手不足が一番深刻な問題。たいていの農家は夕飯時に疲れただの、大変だの、もうからないという話しかしない。これでは継ぐ人はいなくなる。私は一切そういう話はしなかった。実際、大変だけども面白かった。7、8年前、せがれが『俺、やるから。一緒にやろう』と言い出した。農業は面白いよ。もうかったら、もっと面白い。アハハッ」

ITをフル活用してきたからこそ言える言葉だ。

株式会社そうえん
所在地:新潟県新発田市横岡1910-1
電話・FAX:0254-33-3330
従業員:5人
資本金:300万円
設立:2017年8月
事業内容:コメ、イチゴ、ジャム、枝豆などの生産・販売
HP:http://www.shimojo.tv/index.html

会長:下條 荘市(しもじょう・そういち)

北都工業短期大学(現・新潟工業短期大学)を卒業し、農協に勤務。兼業農家出身のチヨさんと結婚。長男の聡郎さん(37)も新潟市でサラリーマンをしていた時代に結婚した。「結婚前に専業農家になると言ったら、嫁に来なかったでしょう。専業農家の嫁になるのは新潟県では珍しい。アハハッ」。社長は聡郎さん。2期連続の経常黒字。

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