生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

老舗祭り用品店は神社のIT指南役

浅草の「三社祭」といえば、半纏(はんてん)、鯉口(こいくち)シャツに足袋を履き、首から木札を下げるのが定番。そんな粋なファッションを提供するのが、祭り用品専門店「浅草中屋」だ。「経済紙の記者に『老舗の皮をかぶったIT企業』と言われましてね」。そう言って中川雅雄社長(65)は笑う。百年続く老舗だから、さぞ古いスタイルの経営なのかと思いきや、その裏側は最先端のコンピューターシステムに支えられ、全国の神社、寺院のIT化まで担っていた。

文:五木田勉
写真:伊原正浩

浅草寺宝蔵門の目と鼻の先に、浅草中屋はある。店内には江戸っ子の心をくすぐる粋な半纏、カラフルな鯉口シャツ、機能性に優れた足袋、小物の木札などが所狭しと並ぶ。2階建て社屋の屋上からは本堂を一望でき、NHKの「ゆく年くる年」の撮影場所としても使われたことがある。店を運営する「中川株式会社」は、1910年の創業だ。

3代目社長の中川雅雄さんは、浅草で生まれ、育った。

「中屋という屋号は『中川』の『中』ではなくて、『中米屋(なかごめや)』からつけたもの。中米屋は母方の実家の屋号で、十数代続いた由緒あるものなんですよ」

老舗を営む中川さんだが、大学卒業後、すぐに家業に入ったわけではない。就職したのは、出版大手の平凡出版(現マガジンハウス)。創刊したばかりの「POPEYE」の編集や、「Olive」「BRUTUS」の創刊に携わった。

「とにかく忙しかった。ミラノコレクションとパリコレクションの取材が終わって成田に到着したら、トランジットですぐにセブ島へ向かった。日帰りでグアム島に行ったこともあります」

流行をリードする仕事に昼夜を問わず打ち込んだが、無理がたたって体を壊した。34歳のとき、退社して父の経営する中川に入社。1988年のことだ。

家業に入ってみて、まず感じたのは「一刻も早く業務の効率化を進めなければ」ということ。ファクスを導入したばかりで、パソコンは1台もない。電話で顧客から「去年と同じものを送ってよ」と注文を受けると、過去の台帳を見ながら「いつ頃お買い上げになりましたか」と言って過去の記録を探していた。

中学生の頃からコンピューターに関心を持ち、大学浪人時代には流行の組み立て式マイコンを買った。大学生になると、世界的に話題となっていたホームコンピューターを80万円で購入。黎明期のパソコンに夢中になった。そんな中川さんだから、社内の実情をみてコンピューターを使った業務管理が頭に浮かんだ。ただ、無理やりシステム化を進めても、うまくいかないだろうことは容易に想像できた。まずは受注から納品まで伝票で管理する仕組みづくりに取りかかった。この伝票管理の仕組みが定着したところで、基幹系のシステム開発に着手。売り上げや在庫の管理から、購入履歴などの顧客情報の管理までできるように変えていった。

「当時は今と違ってパソコンの能力が低かった。オフコン(オフィスコンピューター)を導入してソフトを開発しました。ただ、顧客情報をシステム管理することにどんな意味があるのか、従業員たちに理解してもらうのに苦労しました」

父の代から全国の百貨店の催事場に出店していた。祭り用品の販売は、祭りの開催時期にしか動かない。収入を年間を通して平準化するため、全国各地の祭りをターゲットにしたのだ。

催事に出店する際、顧客台帳をもとにダイレクトメールを郵送するが、宛名の手書きに時間がかかっていた。

「お客さまの宛名が印刷されたタックシールを打ち出して、『これからは手書きの必要がないから楽になりますよ』と説明しました。でも、あまりピンとこなかったようで、『機械に入力するのが面倒くさい』という感じだった」

それでも手書きの必要がなくなり、瞬時に顧客情報を確認できる便利さを理解する社員が少しずつ増え、社内のIT化は徐々に浸透していった。

――ITプロの子育てママも活用して売上高6倍

POSレジを導入すると、リアルタイムで売り上げが把握できるようになった。2000年にはネット通販を始めた。だんだんとシステム開発やメンテナンスに割かれる時間が増え、02年に社長に就任した中川さんは、自分一人でIT化を進めることに限界を感じるようになった。04年、思い切ってシステム課を新設することにした。

「フルタイムでは働けなくなった女性を採用することにしました。システム開発プロジェクトでチーフリーダーをされていたような優秀な方です。勤務時間はご本人に決めてもらい、年俸制で働いてもらうことにしました」

16年に女性活躍推進法が施行される10年以上前から、女性が力を発揮できる環境づくりをしていたのだ。

「システム課は、経営企画室のようなものだと思っています。新しい案件の実現にはITの力が不可欠。それを具現化するのは、システム課のメンバーだからね」

ネット通販とPOSレジのシステムに関して、過去に3回、大きな変更を加えている。例えばPOSレジのシステム変更では、まず中川さんとシステム課のメンバーで機種の選定を行う。その後、ベンダーによるシステム開発がスタートし、基本的な仕様が固まった段階で、営業部のメンバーから使い勝手に関する要望や意見を聴く。それをシステム課のメンバーがまとめ、ベンダーと協力しながらシステムを形にしていった。

「開発は半年ぐらい。試験運用も1週間程度で終わります。短期間でスムーズに新システムに移行できるのは、システム課のメンバーのおかげです」

IT化が進むにつれて業績も上がっていった。売上高は中川さんが入社した頃に比べ、約6倍に増えた。09年と14年には経済産業省が主催する「中小企業IT経営力大賞」の審査委員会奨励賞を受賞した。

「社員の数も増えて、個人商店から脱皮することができました。心がけているのは、社長が怒らないことと、従業員の話をよく聞くこと。あとは、全員で仮説を立て、実践して検証していくことですね。社長はいつか引退する。社員の考える力を伸ばしておくことが大事だと思っています」

そのためにもIT化が不可欠だと中川さんは考えている。同社では、毎年5月に行われる浅草神社の例大祭「三社祭」に合わせて、4月に新柄や新商品を発表している。

「瞬時に売り上げデータが集計できるので、売れ筋を把握してすぐに増産できます。また、日本全国の百貨店の催事場に出店したときのデータも役に立つんですよ。三社祭には地元の人だけでなく、地方の人も来る。そういう方が来店したとき、地元の祭りで着るために商品を買ってくれるのですが、その分も含めて販売予測を立てることができます」

こうして地方の人が来店してくれることは、ネット通販にはないメリットがあるという。

「ネットだと、画面に表示されている商品しか見ることができません。店に来ていただければ、お目当ての商品とは別の商品を見て、『これもほしいな』と思ってくださることがある。これからは、ネット、カタログ、店舗を組み合わせた販売が勝負を決めると思います」

――伊勢神宮の式年遷宮で足袋を万単位受注

屋上にウェブカメラがある。浅草寺の宝蔵門(仁王門)、五重塔、本堂のようすをライブ中継している。

「浅草中屋のブランドイメージを高めるためです。店が浅草寺の近くにあることは、うちの強みですから。三社祭は、自分が入社した頃は、今ほど全国的な知名度は高くなくてね。祭りをPRするためにポスターを制作したり、神輿(みこし)の位置情報がわかる仕組みをつくったりしました」

今では、神輿の位置情報は浅草観光連盟がホームページで配信しているが、その原型をつくったのは中川さん。最初は、希望者にポケベルを貸し出して「○○町会を発進」といった情報を流した。PHSが登場すると、位置情報を確認できる機能を活用。さらにGPS端末が発売されると、精度の高い位置情報を配信できるようになった。

「祭りに参加する人が増えれば、祭り用品の売り上げも伸びます。それに新しい技術を実際に使ってみれば、その検証もできますから」

この取り組みには、思わぬ波及効果があった。神田明神から「神田祭でも神輿の位置情報システムを使いたい」という話が舞い込んできたのだ。

「もちろん協力させていただきました。それがご縁で、新たなシステムの開発も弊社で担当させていただくことになった」

神田明神では、正月など昇殿参拝が集中する時期に、電話やファクスで予約を受け付けている。その対応を省力化するため、ウェブでの予約システムを開発した。

「そうこうしているうちに、『そういえば、中川さんのところは、祭り用品を扱っているんだよね』という話になって(笑)。システム開発のおかげで、神田祭で神輿の担ぎ手が使う股引(ももひき)、腹掛け、足袋などを納めることができたんです」

これをきっかけに、全国各地の神社や寺院からも祭りや式典で使う商品の注文が入るようになった。特に2013年の伊勢神宮の「お白石持(しらいしもち)行事」では、参加者が着用する白色の股引、腹掛け、足袋などを納入。足袋は、数万足の受注があったという。お白石持行事は、20年ごとに社殿などを一新する式年遷宮において、新正殿の白い敷石を市民らが奉納する行事だ。

「全国各地から参加する方のために、それぞれ商品を送る必要がありました。弊社にはネット通販やカタログ販売のために構築した仕組みがある。だから引き受けることができたんです」

――生命線はファッション誌で学んだブランド力

パソコンは本店の事務所や倉庫などに7台ある。しかし、お客さんからは見えない。

「祭り用品店にパソコンが何台も置いてあったらおかしい。ヤボでしょ」

中川さんにとって、それだけ力を入れるコンピューターとは何なのか。

「パソコンを入れて、いったい何をするの? そういう話でしょ。機械ありきではなくて、これをやるためにこの機械が必要。そうじゃないと、進まないと思う。パソコンは単なる道具ですから」

では、パソコンを道具として活用には、どうすればよいのだろう。

「自分はパソコンが趣味だったからいろいろと勉強したけれど、好き嫌いがあるからね。経営者は、本質的な部分だけ押さえておけばいい。パソコンも大型コンピューターも仕組みは全部同じ。それを見切ることだと思う。コンピューターには計算する部分と記憶する部分、それと入力装置と出力装置の四つしかない。計算するのはCPUで、記憶するのはメモリーやハードディスク。入力装置はキーボードで、出力装置はディスプレーやプリンター。パソコンから大型コンピューターまで、基本的にはこの四つで動いている」

例えばバーコードリーダーを導入する際、それが入力装置だとわかれば、従来の入力装置であるキーボードの機能と比較しつつ、冷静に導入を検討できるのではないか。そして、このように本質を理解する努力をすることは、ビジネスモデルを考える際にも役立つと中川さんは実感している。

「Amazonの場合、サービスを支えているのはシステムと物流です。うちでも物流の効率化が課題だから、昨年1年間はAmazonに関する本を読んで勉強しました。うちはAmazonとは比較にならないほど小さな会社。でも、物事を考えるとき、成功事例を分析した方が早いですから。どこが優れていて、どこが欠点なのか。どうアレンジすれば自社でも活用できるか。それを考えることが勝負だと思います」

浅草中屋社は、ホームページなどを使って、各地の祭りの情報だけでなく、中屋お薦めのファッションや着こなし方を紹介してきた。これは、中川さんがファッション誌の編集を通して学んだことがベースになっている。雑誌の知名度を高めるにはブランドイメージが生命線と痛感してきたからこそ、浅草中屋のブランドイメージを高める努力を続けている。

「昨年の夏ぐらいから、社員に『ものを売るだけでなく、サービスも売る会社に変えていこう』と言っているんです。例えば、お取引がある町内会や神社、寺院が抱えている問題を解決するためのサービスを開発する。うちの強みを生かして、みなさんが困っていることを解決するお手伝いができればと考えています」

創業当時から三つの社訓を掲げてきた。その1番目が「商いは飽きない」である。システムを最大限に活用することで、発注、受注、発送、在庫管理などを効率化してきた。だからこそ、目の前の一人の客と真剣に向き合うという、商いの本質的な部分にエネルギーを注ぐことができたのではないか。システム化を進めることは、「商いは飽きない」という社訓を支えてきたのだ。そして今、浅草中屋はシステム開発という強みを生かし、取引先の課題解決も手がけようとしている。従来の商いの枠を超えようとする取り組みは、まさに「飽きることのない」挑戦ではないだろうか。

中川株式会社
本社:東京都台東区浅草2-2-12
電話:03-3841-7877
従業員:31人(2018年3月末現在)
資本金:3,000万円
創業:1910年
事業内容:祭用品の小売り、通信販売
関連サイト:浅草中屋HP
https://www.nakaya.co.jp/
中屋ファクトリー
https://www.nakaya.jp/factory/general.php?F=about
屋上ライブカメラ
https://www.youtube.com/watch?v=dRbSGlk7sNM

中川 雅雄(なかがわ・まさお)

1954年生まれ。78年に中央大学法学部卒業後、平凡出版(現マガジンハウス)に入社、「POPEYE」「Olive」「BRUTUS」「Tarzan」などの編集や広告制作に携わった。88年、父の経営する中川株式会社に入社。2002年社長に就任。浅草中屋は本店と仲見世店がある。

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