「夫が育休から復帰後2日で、関西への転勤辞令が出た。引っ越したばかりで子どもは来月入園。何もかもありえない。不当すぎるーー」。妻の痛切な叫びが、SNSで炎上し議論を呼んでいる。発言の主である夫婦が日経ビジネスの単独取材に応じた。要点を整理するとともに、夫婦側と企業側の主張を掲載する。

 夫婦は40代の共働きで、今年1月に生まれた長女の育児のため、それぞれ育児休暇を取得した。夫が復帰したのは4月22日。住宅を購入し、4月中旬に新居に引っ越したばかり。夫婦によると、夫に辞令が出たのは育休復帰明け翌日の4月23日。午前中、上司に呼ばれ、5月16日付で関西への転勤を命ぜられた。「組織に属している以上、転勤は当然だが、今のタイミングは難しいので1〜2カ月延ばしてもらえないか」と相談するも会社側は却下。有給休暇の申請も却下され、夫は泣く泣く5月31日付で退社した(詳細は次ページのインタビューを参照)。

 退社後の6月1日、妻がこれまでの経緯に加え、「#カガクでネガイをカナエル会社」と企業名をほのめかすタグを加えてツイッターで投稿すると、瞬く間に拡散した。夫が勤めていたのは、このフレーズをキャッチコピーとして用いている化学メーカーのカネカだ。

 ツイッターでは以下のような意見が相次いだ。「こんな見せしめのような古い気質があるとはね…」「立派なハラスメント案件だよ」「これ本当なら会社としてヤバイね」「カガクでネガイをカナエル前にシャインのネガイをカナエてくれ」「有給消化させないのは明らかな法律違反。あと退職日を会社が指示するのも違反」……。妻の投稿には4万を超える「いいね」が付き、一連の投稿が見られた回数は累計500万回を超えたと見られる。

 もっとも、育休明けではあるものの、従業員に転勤の辞令を出したという点について、専門家は「違法性はない」との見解で一致している。それでもSNSで炎上したのは、多くが「転勤を利用した嫌がらせ=ハラスメントだ」と認識したからだ。SNSですぐに拡散され悪評が立てば、違法性はなくてもレピュテーションリスクは大きい。事実、カネカの株価は下落し、6月3日に年初来安値を付けた。

 女性に対し妊娠や育児を理由に嫌がらせをする「マタニティハラスメント」に加えて、育児休暇を取る男性などに嫌がらせや差別的発言をする「パタニティ(父性)ハラスメント」という言葉が注目を集めるようになってきた。内閣府の調査によれば、男性の育児休暇取得率は年々上昇し、5.14%(2017年度)にとどまるものの過去最高を記録している。パタハラは、男性による育児参加が浸透したことによって顕在化しているとも言えるだろう。

 政府も男性の育児休業取得率を「2020年までに13%にする」という数値目標を置き、男性の育児参加に積極的に取り組む。自民党有志議員らは6月5日、男性の育児休業取得を義務づけることなどを目指し議員連盟を立ち上げる予定だ。

 こうした動きに先んじて動き出す民間企業もある。三菱UFJ銀行は5月から、2歳未満の子供がいる全行員を対象に、約1カ月間の育児休暇取得を実質的に義務化した。カネカも、少子化対策として社員に子育て支援のための行動計画を作成し認証されたことを示す「くるみん(「次世代育成支援対策推進法」認定マーク)」を2009年に取得している。

 カネカIR・広報部は日経ビジネスの取材に対して、以下のように答えている。男性社員に育児休暇復帰後2日で転勤辞令を出した事実はあるか、との質問に対しては「ツイッターでの一連の議論は承知しているが、発言の主は当事者の妻であると推定され、かつ当社と断定して発言しているわけではないので、現時点では事実の有無も含めてコメントできない」とし、事実があった場合は「パタハラ」に当たるのかとの質問には「仮定の話には答えることができない」とした。また、男性が上長から「有給休暇の申請を断られた」という事実はあるかとの問いに対し「事実を確認しているが、これも当事者が当社の社員であるとはっきりするまでコメントできない」としている。

カネカのウェブサイト。ワークライフバランスなどのページが6月3日時点で閲覧できなくなっている
カネカのウェブサイト。ワークライフバランスなどのページが6月3日時点で閲覧できなくなっている

 また、ツイッター上では、カネカが騒動後に、自社のウェブサイトから育児休業制度などを含むワークライフバランスのページを削除したとの指摘も相次いでいる。この指摘については「全くの誤解。ウェブサイトのリニューアルで当該ページを削除したのであって、今回の件を受けて削除したものではない」と反論している。

当事者夫婦単独インタビュー「上司も事情は知っていた」

 6月3日、ツイッターでの発言者である妻と当事者である夫が、匿名を条件に日経ビジネスの単独インタビューに応じた。記者が取材先に到着して、まず提示されたのは夫の在籍時の名刺だった。

夫の在籍当時の名刺を提示して取材に応じた
夫の在籍当時の名刺を提示して取材に応じた

ツイッターでの一連の投稿の意図は。

:カネカに対して告発しようというつもりは全くありませんでした。あったのは「母としての不安」です。引っ越したばかりで、子どもが2人いて、私もフルタイムで働いています。想定外の事情で夫が無職になり、これからどうしようと。

それでも、6月1日の投稿から、「#カガクでネガイをカナエル会社」というタグを加え、勤務先がカネカであることを匂わせました。そこで一気に投稿が拡散されるようになりました。

:何度か投稿をしているうちに、共感やアドバイスがたくさんの人から届きました。自分たちはもう吹っ切れていたけれども、こうした問題はたくさんの人に知ってもらわないと駄目なのではないか、と思うようになりました。そのためには、会社名が分かった方がいいだろうと。

改めて経緯を教えてください。

:夫が育休を取得したのは3月25日から4月19日まで。土日をはさんで22日に復帰しました。

:翌23日の午前に、育休明けで上司と面談がありました。そこでは今後のキャリアプランなどについて1時間くらい話し合ったんです。その面談が終わった後で、「5月16日付で関西に異動してほしい」と。東京と関西のチームを連携させて業務に取り組むことになり、関西ではより自分の専門性が発揮できるというのがその理由でした。

 ただ、緊急性は全く感じられませんでした。上司も私の家庭の事情は知っていたので、「転勤は組織の人間なので受け入れますが、なぜそんなに急なのですか? 家族と相談させてください」と伝えたのですが、「いや、決まったことだから」という返事でした。

:ちょうど引っ越したばかりで、かつ子どもをようやく保育園に入れたタイミングでした。私は5月10日に職場に復帰する予定で、家庭はまだ全く落ち着いていませんでした。カネカに対する不信というより、「いや無理でしょ」という気持ちでした。組織の一員なので転勤することに不満はありません。でも、なぜこのタイミングなの?という思いでした。

 夫から連絡があった直後に「育休 ハラスメント」でネット検索して、居住地域の労働局に電話しました。「転勤自体は違法性がない」との意見でしたが「介護や育児などで従業員の不利益になることであれば会社と交渉できる」とのアドバイスをいただきました。そこで夫と相談して、一度会社側と議論してみようという話になったんです。

有給休暇の取得も認められず

:23日当日、人事に相談しましたが「よくあることですから」と言われました。人事の中でも制度などに詳しい人を紹介してもらい、「では一旦、私から上長と相談してみます」という言葉をもらいましたが、相談の結果は「日程をずらすのは難しい」とのことでした。労働組合も「日程の変更はできない」という意見でした。この辺りで、辞める意志を固め始めました。

 26日に今度は東京労働局に相談に行きました。「違法性はないが、モラルの問題。どうしても会社に残りたいのであれば仲裁に入る」との提案をいただきましたが、もう辞めようと思っていたのでその話は断りました。

 大型連休明け7日に、退職願いを出しました。受理される前に一度、話そうということでその数日後に上司と面談しました。そこで辞めることを伝え、引き継ぎもあるし、約30日間残っていた有給休暇を2週間くらい取得して、6月中下旬まで待ってもらえませんか、と伝えると「その方向で進めよう」と。

 でも、その後メールが来たんです。「5月末で辞めてくれ。時間は短いけど引き継ぎはやってほしい」と。有給休暇の取得はほとんどできないスケジュールです。納得いきませんでしたが、もう議論する気にもなりませんでした。

専門家の中には、「退職日を会社が一方的に通告するのは違法だ」とする向きもあります。

:私も同感です。転勤はまだわかりますが、有給取得の申請が認められなかったのは黒に近いグレーではないかと。

「復帰後2日目での転勤辞令」はなぜ起こったと考えますか?

:個人のバックグラウンドになるので詳しくは話せませんが、もともと夫とカネカの考え方にミスマッチがあったのかな、と。人事にも上長にも育休の取得を相談していました。東京本社での男性育休取得はほとんど例がなかったようで、人事は「こういう事例をつくりたい」と前向きでしたが、上司は本音では喜んでいなかったのだろうなと思います。

ここまでツイッターで議論を呼ぶと予想していた?

:いえ、ここまで広がるとは思っていませんでした。きっと「パタハラ」というキーワードに加えて、我々の場合引っ越してすぐの異動など「古くからある人事あるある」の観点も加わったの広がったのかなと。私にはとても読みきれないくらいの返信やダイレクトメッセージが届いていますが、みんな今回の出来事を「自分ごと」に置き換えて発言しています。自分ごとに置き換えやすいから共感を生んだのではないでしょうか。

労働法に詳しい竹花元弁護士のコメント

 育児介護休業法26条が、就業場所の変更を伴う配置転換には子の養育や家族の介護の状況に配慮しなければならないと定めている。育休明けの配転命令が有効であるかは同条の趣旨を踏まえて検討する必要がある。この点、現在明らかになっている事情を前提とすると、今回の配転命令が違法とまではいえない可能性が高い。

 正社員で転勤を伴う配置転換が無効となるのは、会社に不当な目的がある場合や従業員の不利益が大きすぎる場合だ。不当な目的とは会社が退職に追い込むことなどが該当し、従業員の不利益には親の介護や子どもの特別な病気などで引っ越しできないことなどが該当する。判例も、配置転換を無効としたのは家族の介護や病気に対する特別な治療の場合が多い。

 ただし、もし社内メールのやりとりなどで会社が『男性なのに育休をとるなんて』という意図があって転勤させたということを立証できれば、パタハラと認定でき、この配転命令も無効である可能性が高い。

 従業員には退職の自由がある。退職の自由には「いつ退職するかの自由」も含まれており、会社が退職日を強制的に指定することは認められない。正社員であれば基本的に14日以上前に申し出れば、いつでも退職できる。

 また、有給休暇は従業員の権利であり、申請したら希望日に当然に取得できるのが原則である。例外的に会社が有給休暇の取得日を変更できる場合があるが、「事業の正常な運営を妨げる」ような相当に限定的なケースでにしか認められないし、仮に変更が認められても他の日に有給休暇を与えないといけない。

 退職直前に有給休暇を一括消化する場合には、会社が替わりの日を指定することができないので、取得日の変更は認められず、従業員が求めたらその通りに付与しなければいけないと考えられている。

 会社が退職日を一方的に指定したり、従業員からの有給休暇の申請を拒否していたとしたら、明らかに法律(民法、労働基準法)違反である。

[追記:2019年6月3日 18:25] 弁護士のコメントを追加しました

[追記:2019年6月3日 19:10] 弁護士の「退職の自由と有給休暇の権利」に関するコメントを追加しました

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