高齢者が事故に遭うのは「家の中」
高齢の親が事故にあうというと、真っ先に想像するのは交通事故です。外でよろよろと歩いていて車にひかれてしまう、自転車に乗っていて何かと衝突してしまう。そういうことを想像します。けれども実際は、高齢者の事故の77.1%、実に4分の3以上は家の中で起きていることが分かっています(*1)。
では、家庭内の事故とは具体的にどういうものが多いのでしょうか? よくニュースになるのは、熱中症、ガスの消し忘れ、火の元の不注意などです。しかし、実際に家庭内で起きる事故として多いのは転落30.4%、転倒22.1%という状況です。つまり、ほとんどは報道されるような事故ではなく、「転ぶ」という一見地味なことが、家庭内の事故としては多いのです。
高齢者が転倒、転落を起こすと、痛いだけでは済まず、多くの場合、骨折となってしまいます。骨折ぐらい休んでいれば治る、というのは若いときの話です。高齢になると骨折はそのまま寝たきり、要介護の原因となります。厚生労働省によると、介護が必要な状態になった原因のうち、男性で4位、女性で2位が骨折です。骨折というのは、寝たきりに直結しているのです。
なぜ骨折が寝たきりを招いてしまうのか。骨折をすると、体を動かすことができません。体を動かすことができない間に、筋肉はどんどん衰えてしまいます。若いときならば元々の筋肉量も多く、仮に減ったとしても、また体を動かせるようになればリハビリをして元の生活に戻れます。けれども高齢の人は、もともとの筋肉量が少ないために、しばらく体を動かさないことによる筋肉量減少が顕著となります。
さらには、若い頃よりも筋肉がつきにくい体になっているため、動けるようになったからといって筋肉量を元に戻すことも難しい。結果として思うように体を動かせなくなり、寝たきりになってしまう可能性が高くなるのです。
階段が最も危険な場所
家庭内で最も骨折が起こりやすい場所はどこなのでしょうか。それは、階段です。家の中は段差であふれています。けれども玄関やお風呂場などの段差は、せいぜい1段です。一方、階段だと5段、10段とあるので、そこで転べば大きく下へ落ちてしまいます。結果として骨折をしやすくなるのです。家の中をバリアフリーに改修したとしても、さすがに階段をなくしてエレベーターにするのは難しいでしょう。したがって、階段が最も危険な場所だといえます。
では高齢になるとなぜ階段で転びやすくなるのでしょうか? 階段で転びやすいのは、足腰が弱いからだろうと思う人は多いと思います。もちろんその面もあります。足の筋力が十分でないと足を十分な高さに振り上げることができず、つまずいてしまいます。多少ふらついたときに、重心を元に戻す能力にも筋力が関係してきます。筋力があるときは、多少ふらついても元に戻すことができました。けれども筋力が落ちていると、ふらついたまま転んでしまいます。
しかしそれだけではありません。高齢になると、そもそも階段の段差が分かりにくくなるという問題が起きます。階段の上り下りをするときは目で見て段差を確認します。その段差に合わせて足を動かすのですが、段差の高低の見積もりが甘ければ、つまずいてしまいます。階段を上がるときはまだいいでしょう。転落事故が多いのは下りるときです。階段を下りるときに段差を見誤ると、滑って転んでしまいます。
ではなぜこのように見積もりを間違えてしまうのか。そこには目のコンディションが関係してきます。高齢になると白内障になります。白内障では、視力がかなり悪くなる前から色の差が分かりにくくなります。すると階段のような場所では、段差を陰影で判断するのが難しくなってしまうのです。ですから、階段だけでなく、若い人にとっては段差とも言えないような、わずかな高低差でつまずいてしまう場合もあります。
さらに、よくやってしまいがちなのが遠近両用眼鏡です。遠近両用眼鏡は、1つのレンズで遠くも近くも見えるので、とても便利な道具です。まっすぐ前を見ると遠く、下を見ると手元が見えるようにできています。通常の生活ではそれで問題ありません。しかし、階段を下りるときだけは別です。階段を下りるときは足元の段を見ることになります。足元は顔から1m以上離れています。しかし遠近両用眼鏡で下を見ると、30cmの距離にピントが合ってしまいます。つまり、老眼鏡をかけたままテレビを見ているような状況になり、ぼやけてしまうのです。その結果、階段の位置を誤認して、転んでしまいます。
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