浜崎あゆみのニューアルバムが定額制(サブスクリプション)の音楽配信サービス「AWA」で全曲先行公開されて話題になった。

 2016年6月29日に発売された「M(A)DE IN JAPAN」が公開されたのは5月11日。「え、なに?」「タダで聞けちゃうの?」──前触れもなく公開された新アルバムにファンの驚きの声が広がった。AWAは有料の音楽配信サービスだが、アプリをダウンロードすると初めの1カ月は無料で楽しめる。配信されたアルバム収録曲の再生数は、6月17日までに合計210万回を記録した。

 浜崎あゆみほどのビッグアーティストが、アルバムの収録曲全曲を、しかもCD発売の1カ月半も前に先行公開するのは本当に異例のことだ。しかもサブスクリプションサービスでの配信となると、日本では初めてだろう。

浜崎あゆみのツアーでは初めて、3曲目までの写真撮影も許可した。ライブの楽しみ方も変わってきている
浜崎あゆみのツアーでは初めて、3曲目までの写真撮影も許可した。ライブの楽しみ方も変わってきている
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 浜崎あゆみは5月14日から、アルバムと同名の全国ツアーをスタート。アルバムはこのツアーが始まる前に突然公開された。これまでは「ツアー前にアルバムを出して、ツアーを開催するということを十数年やってきた」と話すのは、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴの音楽事業本部 第3音楽事業部で浜崎あゆみを担当する米田英智事業部長。ここ数年はCDを出すタイミングを変えたりしてきたが、「今回は5月~7月のツアーの間の6月に出すのはどうか、ということになった」(米田氏)。ただそれでは、ツアーが始まるまでにファンが新曲を聞けない。そこで浮上したのが、サブスクリプションサービスで全曲を公開するというアイデアだった。海外ではリアーナやビヨンセといった有名アーティストが実施した例があるが、「日本だとチャレンジしているアーティストがいなかった」と米田氏。

 「いいね。誰もやっていないんだからやろうよ。でもどうせやるならサプライズがある仕掛けもしたいよね」――浜崎本人も乗り気になって、発売1カ月半前の全曲配信が決まった。配信が始まることを告知しない、まさにサプライズ。アルバムを作っていることすら公表していなかったという。

左がTwitter、右がInstagramでの告知。AWAの最初のAが浜崎あゆみのロゴに置き換わっている
左がTwitter、右がInstagramでの告知。AWAの最初のAが浜崎あゆみのロゴに置き換わっている
AWAではアルバムの配信後、浜崎あゆみ関連のプレイリストの数が増えた。1日当たりの作成数で配信前と比較して10倍以上になったという
AWAではアルバムの配信後、浜崎あゆみ関連のプレイリストの数が増えた。1日当たりの作成数で配信前と比較して10倍以上になったという
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サブスクリプションが変える音楽の売り方

 新しい試みは音楽プロモーションの定石を変える可能性を秘めている。数年前までなら、ラジオで曲をオンエアし、テレビの音楽番組に出て、CDを発売、そしてライブツアーに出るというのが大きな流れだった。しかし、CD市場は縮小傾向であり、「音楽の広がり方が変わってきている」とエイベックス・グループ・ホールディングス社長室の部長で、AWAの取締役を務める若泉久央氏。ラジオやテレビ番組に代わって音楽を広める役割をサブスクリプションサービスが果たす可能性があるとみる。

 「YouTubeで見せて、ライブに集客する手法は既に一般的。将来的にはサブスクリプションサービスで音楽を聴いてもらって、ライブで見て好きになってもらい、初めてCDも買ってもらう――そういう順番の変化が必ず起こる」(若泉氏)。今回のツアーでも新曲は披露されているが、米田氏はライブに集まったファンは「初日から新曲を聴いている感じがあった」と話す。「みんな乗っているというか、新曲を知っている。ああ、聴いてくれているんだなと思った」(米田氏)。サブスクリプションサービスはまだ黎明(れいめい)期で、一般に浸透しているとは言い難いが、今後利用が拡大すれば新曲公開も進むかもしれない。1曲ごとに音楽を買って聞くタイプの音楽配信サービスと違って、サブスクリプションサービスは、文字通り、一定の料金を払えば、どの曲でも自由に聞ける。「試しに聞いてみる」にはとても便利なツールでもある。

浜崎あゆみの全国ツアーは7月18日まで続く。もちろん新曲も披露されている
浜崎あゆみの全国ツアーは7月18日まで続く。もちろん新曲も披露されている

 サブスクリプションサービスで新曲が公開されるようになったら、CDがますます売れなくなるのではないか――米田氏はこんな懸念も否定する。実際にどうかは結果をみないと分からないが、「CDは“モノとして手元に残したい人が買う商品”という色合いが濃くなった」(米田氏)。音楽CDに加え、未公開の映像作品を収録したDVDを付ける豪華版パッケージが当たり前になり、こうした高額のコレクターズアイテムから売れていく。音楽を聴くためだけにCDを買うのではない。未公開の映像やCDのパッケージなど付加価値の所有を楽しむ商品に代わりつつあるのだ。

 浜崎の作品も例外ではない。CDを買う人は、「たとえアルバム収録曲が先行公開されても買うと思う」と米田氏。若泉氏も「本当にきちんとマーケットやファンを見ていれば「CDの売り上げに響かないということは分かる」と話す。「AWA」や「LINEミュージック」が始まって「『三代目J Soul Brothers』のCD売り上げが落ちたかというと、そんなことはなかった」(若泉氏)。

アルバム「M(A)DE IN JAPAN」のCDは、6月29日に発売された
アルバム「M(A)DE IN JAPAN」のCDは、6月29日に発売された
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ライブ告知もピンポイントで

 音楽ビジネスではここ数年、ライブ事業の重要性が増している。エイベックスが5月に発表した2016年3月期のライブ事業の売り上げは321億円。同CDなどの音楽パッケージ事業は419億円だから、ライブ事業がいかに大きな収益源かが分かるだろう。コンサートプロモーターズ協会によれば、2015年のライブ市場の市場規模は3186億円。音楽ソフトの2544億円(日本レコード協会調べ)を上回っている。

 ライブにどう集客するかが以前にも増して大切な時代。そのきっかけとなる試聴機会の拡大は音楽業界の大きな課題の一つだ。パソコンにもCDドライブが付かない薄型が増え、音楽CDを聞けるプレーヤーすら持っていない人もいる。そんなときにどうすれば音楽を聴いてもらえるのか――パソコンやスマホで手軽に音楽を楽しめるサブスクリプションサービスへの期待も高まる。サブスクリプションサービスなら、特定のアーティストの曲を好んで聴いている人におすすめ曲を表示できる。「浜崎あゆみを『Favorite』している人には、次のアルバムが出るときにお知らせを出すこともできる」と若泉氏。アーティストのファンに向けてピンポイントで関連情報を表示することも検討しているという。

エイベックス・ミュージック・クリエイティヴの音楽事業本部 第3音楽事業部で浜崎あゆみを担当する米田英智事業部長(左)とエイベックス・グループ・ホールディングス社長室の部長で、AWAの取締役を務める若泉久央氏
エイベックス・ミュージック・クリエイティヴの音楽事業本部 第3音楽事業部で浜崎あゆみを担当する米田英智事業部長(左)とエイベックス・グループ・ホールディングス社長室の部長で、AWAの取締役を務める若泉久央氏
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 サブスクリプションサービスには、アップルの「Apple Music」やグーグルの「Google Play Music」、レコチョクの「レコチョクBEST」、LINEの「LINE MUSIC」など、さまざまなサービスがある。海外の大手である「Spotify」の上陸も近いとされており、今後さらに利用者増が期待されるサービスの一つだ。

 ただ、前述のようにまだ一般的なサービスとは言えない。AWAアプリのダウンロード数は810万を超えたが、無料で試しているユーザーも含めての話。全員が聞いているかというとそうではなく「アクティブユーザーをいかに担保していくかが課題」(若泉氏)となる。有料で利用するユーザーも増えなければサービスとしては成り立たない。サブスクリプションサービスが今後音楽視聴ツールとして広がるのか――浜崎あゆみのように多数のファンを抱えるビッグアーティストの新たな取り組みは、とても大きな一歩のように思える。

(文/吾妻拓=日経トレンディネット)

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