前回は、米ウォルマート・ストアーズが自社のマーケティング・ラボを「デジタル経営人材を買う審査室」として機能させていること、何度かの失敗はあったものの米コスミックスというテクノロジー企業の買収をきっかけに、デジタル化が軌道に乗りつつあることを書いた。
こうした「何を事業イノベーションに加えていくか」(下図)は、当然のことながら経営マターだ。デジタル化に関しては、日本の企業は現場の適応力に頼りすぎている。
そのため部分最適が進み、もうトップダウンの強いリーダーシップで部門横断のデジタル化を図るしかないところまできている。
さて、そのために一番重要なのは、経営トップからの「自社のデジタル変革方針に関する宣言」である。経営企画部(室)があるなら、そこが今、最もやらなくてはならないのは、トップに「デジタルトランスフォーメーション宣言」をさせて、それに対応するためには具体的にどんな人材が求められているのかを、社内で共有することである。
「箱」だけを議論しても意味がない
よく筆者のところにもデジタル化に関わる組織コンサル案件が持ち込まれるが、いずれもこういう組織を作りたいという「箱」の議論だけの場合が極めて多い。しかし重要なのは、デジタル化というビジネス環境の変化に対して、企業内の人材が具体的にどんなスキルを持って対応するのかという「人材の定義」である。「箱」ばかりを議論していて、その中に入れるべき人材のスキルを定義しないと、そもそもその組織は機能するものにはならない。
また「箱」の議論は、すでに社内にある人材とスキルの再編成論に留まる。デジタル化に必要なのは現在社内にはないスキルを育成しようということだ。今はないスキルをどのようにしたら育成できるのかを発想しないと意味がない。
目標とする人材像とその具体的なスキルを定義して、そうした人材が育成されるにはどんな「場」が必要なのかを想定する。そこから組織論に入っていくしかない。
ここ何年か日本企業にもCMO(最高マーケティング責任者)が必要であるという議論がある。しかし実際にCMOを置いた企業は少ない。その本質的な原因は、日本企業ではそもそも「マーケティングが定義されていない」ということだと思う。筆者は「デジタルマーケティングという特殊なマーケティングがあるわけではなく、マーケティングがデジタル化するので、デジタル化によるマーケティングの再定義を経営トップがすべきだ」と発言してきた。しかし、そもそも定義されていないものを再定義することはできない。
マーケティングの定義すらない企業が多い
マーケティングを「広告・販促」と定義している企業も多く、「うちは営業がマーケティングをやっているから…」というところもあるだろう。今の時代、CMOを設置する大きな目的は、マーケティングのデジタル化への対応であることが多い。そうだとすると、これまでしてこなかった「マーケティングの定義」をした上で、そのデジタル化をどうするかということまでやらないといけない。またマーケティングという領域が案外狭いので、デジタル化という部門横断的な改革ができないこともある。
そんな状況であれば、企業におけるすべての「デジタルトランスフォーメーション」を担うCDO(チーフ・デジタル・オフィサー、最高デジタル責任者)を置き、強い権限で企業内のデジタル化を推進するやり方の方が良さそうだ。それだけ、デジタル化には部門横断的マターが多い。サイロ化した部門を「デジタルトランスフォーメーション」の御旗の下で全体最適化するのは、やはり経営トップである社長の役割であり、社長が直接指名したCDOが、社長をバックにして推進するしかない。
その場合、CDOを外部の人材に求めるという選択も多いにある。外部人材の登用には課題も多いが、ウォルマートの事例を見るまでもなく、社内にいる人材では改革できないからこそ企業ごと「人」を買っている欧米企業の手法は、やはり参考にせざるを得ない。
単に人材を採用するだけでなく、人材を獲得するための企業買収という発想である。優秀でリーダーシップを発揮できる人材はすでに企業経営をしているケースが多い。また企業内に取り込むのもいいが、部門横断を機能させるためにあえて子会社(別会社)にする手もある。そのほうがすべての部門と等距離で連携がきくという利点もある。
欧米でイノベーションセンターを設立してグループ全体のデジタル変革を担う方法論も要検討だろう。いずれにしても経営トップがこのマターに完全にコミットする必要がある。社長が先頭に立って「デジタル変革」の旗を振らない企業はもう「ヤバい」のでなないか…。社員も株主もそう思っていい。
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