「豊かになる」とはどういうことなのか。
ここ数日報じられた様々なニュースを見て、分からなくなった。一体どういうときに「豊か」という言葉を使えばいいのだろう。
1月31日の夜、札幌市の生活困窮者らの自立支援住宅「そしあるハイム」で起きた火災で、11人が死亡した。大半が生活保護の受給者で、身寄りのない高齢者らが暮らす「最後のとりで」だった。施設の運営会社によれば、「金銭的な余裕がなく、スプリンクラーを付けられなかった」とのこと。
亡くなった女性(82)は年金が少なく、生活保護を申請していたが、自分の趣味をいかして小物入れや置物のようなものを作り、生活の足しにしていたそうだ。
痛ましいというか、切ないというか、なんだか悲しすぎて。気の利いた言葉が思いつかない。
一方、2月7日には、「実質賃金指数が前年を0.2%下回り、2年ぶりに低下」と報じられた。
名目賃金に当たる現金給与総額(パートを含む)は4年連続で増加したにもかかわらず、だ(月平均額は31万6907円 前年比0.4%)。厚生労働省によれば「賃金の上昇がエネルギー価格の高騰など、物価上昇に追いついていない」のが原因というけど、どうも腑に落ちない。だって景気は拡大しているのだ。
内閣府が発表した2017年12月の景気動向指数は、それまで最高だったバブル経済期の1990年10月(120.6)を上回り、1985年以降で最高を記録している。
「一致指数は生産や出荷など製造業を中心とした企業活動の好調ぶりを反映しやすい。主要国が軒並みプラス成長する“グレートモデレーション(大いなる安定)”の下、企業の視点から見た景気回復は、バブル経済期並みの強さになったともいえる」(by 大和総研の長内智シニアエコノミスト)。
強さ?
強さってナニ??
経済は門外漢なので戯言かもしれないけれど、日本の企業の多くは、ただ単に賃金を削って、利益を出す経営しかしてない、ってことなんじゃないのか?
また、これは私の周りで起きた小さなニュースだが、契約社員で働いていた女性が妊娠したことで派遣会社から依願退職させられた。
女性は妊娠が分かったとき、派遣先企業の上司に相談したところ「産休・育休をとっていい。正社員もそうしているのだから問題ない」と言われ、安心したそうだ。
ところが、妊娠していることが派遣元に伝わると、「ゆっくり子育てに専念したほうがいいのでは?」と、依願退職を迫られたという。
「夫も非正規で働いているのに、このままでは出産しても子どもを預けることもできない。ホントに子どもを育てていけるのか?」
出産という人生最大の幸せを目前に、メンタル不全に陥っている。
……どれもこれも真っ暗闇で、私にはまったく希望が見えない。
景気がバブル並みと言われても、あの頃と今の日本の空気は全く異なる。
バブル時代の話をすると否定的に受け止められてしまうのだが、あの頃はみな「前」を向いていた。前に進めると信じることができた。光が見えた。とにかくみんな明るかった。
とはいえ、なにも「あの頃がよかった」とノスタルジーに浸っているわけじゃない。
報じられる「数字」と肌で感じる「空気」が違い過ぎて、いったい何のために私たちは働いているのだろう? と。生活を豊かにするために、必死に汗をかき、ときにやりがいを感じ、やるべき仕事があることに幸せを感じ、働いたんじゃないのか?
少しでも豊かになりたいと知恵を絞り、技術力を高めてきたはずなのだ。
なのに、働けど働けどちっとも潤わない。雇用形態の違いだけで子を授かるという“幸せ”な時間が不安に埋め尽くされ、“終の住処”は危険と背中合わせを余儀なくされ……。
さらには無期雇用ルール前に、雇い止めになった人たちの状況が次々と報じられている。
その上、今年10月からは、生活保護受給額のうち食費や光熱費など生活費相当分が、国費ベースで年160億円(約1.8%)削減され、母子加算(月平均2万1000円)は平均1万7000円に減額される方針が伝えられている( ※児童養育加算の対象は高校生に広げた上で、一律1万円になり、大学などへの進学時に最大30万円の給付金が創設される)。
かつて経団連の会長だった奥田碩氏は、
「人間の顔をした市場経済」という言葉を掲げ、
「これからの我が国に成長と活力をもたらすのは、多様性のダイナミズムだ。国民一人ひとりが、自分なりの価値観を持ち、他人とは違った自分らしい生き方を追求していくことが、こころの世紀にふさわしい精神的な豊かさをもたらす」(著書『人間を幸福にする経済―豊かさの革命』より) と、名言を吐いた。
にもかかわらず、うつ、過労死、過労自殺、孤独死、子どもの貧困……etc、etc。
社会問題が山積し、「人」の価値がとんでもなく軽んじられている気がして滅入ってしまうのである。そして、あまりにも問題が多すぎて、社会全体が思考停止に陥っている。私には、そう思えてならないのである。
そんな折、「インドのいくつかの州は、2年後までに「ベーシックインカム(最低保障制度)」を導入するかもしれない」とのニュースがあった。
ベーシックインカム(BI)は、小池百合子都知事が希望の党を立ち上げ、衆院選に向けた政策集を発表した際、「AIからBIへ」という文言のもと社会保障政策の転換案の一つとして盛り込み話題となった。だが、世界各地では既に実験的な試みが行われている。
今回報道のあったインドでは、2010年にマドヤ・バングラディッシュ州で試験的に行なわれた。その結果、健康の改善や学校に行く子どもが増加し、女性の雇用が増加したことから、本格的な導入が今回検討される、という運びになった。
他にも、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行なっている。今年はいくつかの実験期間が終了するので、結果が報じられる予定である。
そもそもベーシックインカムが世界中の関心を集めているのは、「労働の奴隷」となっている今の社会構造からの発想の転換である。
ルトガー・ブレグマン。
「ピケティに次ぐ欧州の知性」と称されるブレグマン氏は、オランダ人歴史学者でベーシックインカムの圧倒的な支持者で、「豊穣の地の門を開いたのは資本主義」としながらも、「資本主義だけでは豊穣の地は維持できない」と説く。
様々な実証研究を歴史を振り返りながら紹介する著書、『Gratis geld voor iedereen(万人のための自由なお金)』はベストセラーとなり、日本では『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」というタイトルで2017年5月に出版された。
とずいぶんと前置きが長くなってしまったのだが、今回はベーシックインカムをテーマに、「豊かさとは何か? 働くとは何か?」ってことをアレコレ考えてみたいと思う。
そして、今回はみなさんにも一緒に考えて欲しいのです。
ベーシックインカムが魔法の杖になるとは思わないけれども、何がしかの光を見いだすきっかけになりはしないか? 「現金をばらまけば飲み食いに使ってしまう」と最初からネガティブに捉えるのではなく、議論を交わすことが未来につながるのではないか? という思いがある。
なので、みなさまの知見、意見など、是非ともお寄せいただきたく。よろしくお願いいたします!
まずはそもそも、ベーシックインカムとは? というお話から。
ベーシックインカムとは、単純・明解な一つの制度構想で、
- ・性や年齢、社会的地位や収入に関係なくすべての個人を対象
- ・無条件に
- ・社会が、あるいは社会を代表して国家が
- ・一定の生活保障金額を一律に貨幣で支給する制度
のこと。
生活保護や母子家庭手当などの社会保障は一切せず、人間の基本的欲求である「衣食住」を満たすお金をすべての人に一律で支給する。貨幣なので、フードクーポンなどは一切含まれない。
こういった考えが生まれたのは18世紀に遡り、1960年代後半には欧米で関心を集め、米国のニクソン大統領も1970年代にベーシックインカムの導入を検討していたとされている。
1980年代に入り再び、ベーシックインカムが注目を集めるようになったのだが、その理由のひとつが格差問題。そして、もうひとつが「労働の奴隷」になっていることだ。
さらに2000年代に入ってからは「導入実験」を検討する機運が高まった。 その火付け役となったのが、先のブレグマン氏なのだ。
ブレグマン氏は「Poverty is not a lack of character. Poverty is a lack of cash(貧困とは人格の欠陥によるものではない。貧困は現金の欠如によるもの)」と説き、ホームレスなどは最初から怠惰だったわけではないし、貧困層が薬物をより頻繁に使用するのは、基本的欲求(寝食住)が満たされていないからとしている。
私なりの解釈を加えれば、ベーシックインカムの根っこには、働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だという思想が存在すると理解している。
「働く」という行為には、「潜在的影響(latent consequences)」と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在する。潜在的影響は、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分、生活の安定などで、この潜在的影響こそが心を元気にし、人に生きる力を与えるリソースである。
リソースは、専門用語ではGRR(Generalized Resistance Resource=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののことで、ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている。
人は生理的欲求、安全的欲求が満たされれば、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求を満たそうとする。ニーチェが「職業は人生の背骨である」と説き、マズローが「仕事が無意味であれば人生も無意味なものになる」と著したように、人は仕事に自己の存在意義を求める。
いずれにせよ、ベーシックインカムの導入実験の最大の関心は「お金を配って、人はホントに働くのか?」という点だ。
ブレグマンは著書でこれまで行なわれた実証研究を紹介しているのだが、その中でもっとも私が「これだよ!」と感動したものを紹介する。
ミンカム(Mincome)──。1970年代にカナダで行なわれた大規模な社会実験で、舞台は人口1万3000人の小さな町ドーフィン。ミンカムとはプログラムの名称である。
実験は貧困線より下にいた30%の住民に相当する1000世帯に毎月小切手が送られ(4人家族の場合、現在の価値に換算すると年間1万9000ドル相当)、実験は4年間続けられた。
子どもが増えれば増えるだけ支給額が多くなるので、実験開始時には「年収が保障されると、人々は働くのやめ、家族を増やすのではないか」と懸念された。
が、実際には逆の結果になったのである。
- ・結婚年齢は遅くなり
- ・出生率は下がり、
- ・より勉強に励み、学業成績は向上した
また、
- ・労働時間は男性で1%、既婚女性3%、未婚女性5%下がっただけで
- ・現金の補助を受けたことで、新生児を持つ母親は数カ月の育児休暇を取ることが可能となった
さらに
- ・学生はより長く、学校にとどまることができ、きちんとした教育を受けるようになった
そして、何よりも特筆すべきは、「入院期間が8.5%減った」ってこと。
- ・家庭内暴力は減少し、
- ・メンタルヘルスの悩みは減り、
- ・街全体がより健康になった。
医療費の大幅な削減につながる可能性が示唆されたのだ。
実はミンカムの実験はパイロットプログラムで、北米の4都市でも同様の実験が行われ、そこでは効果をきちんと検証するために実験群と対照群を用いて比較したのだ。
ここでもやはり研究者の問いは、
- ・保障所得を受け取った人の労働量は減るか?
- ・費用はかかりすぎるだろうか?
- ・それらは政治的に実行可能か?
ということだったが、実験の結果が示した答えは、ノー、ノー、イエス。つまり、ネガティブな結果にはつながらなかったのである。
具体的には、ドーフィン同様、労働時間は若干減ったのだが、それらは自分の能力開発の時間に当てられていたことが分かった。
- ・高校中退歴のある母親は心理学の学位を取得したいと受験勉強の時間にあて、
- ・別の女性は演劇のクラスを受講し、夫は作曲を始めた。
- ・若者は労働時間を減らし、更に教育を受けることを選んだ。
人は「明日も生活ができるという安心感」があれば、学ぼうとか、今までできなかったことにチャンレジしようとか、自分の生活が豊かになるために自主的に行動することが示されたのである。
人は生活が保障されれば、自らの能力を高めるために、時間やカネを費やす。
それは来るべきAI時代に必要なんじゃないか、と。
研究者は研究に時間を費やし、芸術に興味あるものは生活の心配をせずに取り組むことができる。生活が保障されれば、人生の選択が増え、人間の、人間にしかできない発想と英知が発揮できるーー。
そんな可能性を秘めている「単純・明解な」制度構想がベーシックインカムなのだ。
ひょっとすると導入実験で報告されているのは、チェリーピッキング的なものなのかもしれないし、統計のマジックもあるかもしれない。だからこそ、みなさんにも考えて、意見をいただきたいのです。
以前、生活保護の方たちを取材したときの言葉が蘇る。
「生活保護が受けられれば、とりあえずは暮らしていける。なのに、どうしても働きたい、って必死に仕事を探すんだよ。仕事ができないっていうのは、『お前は生きている意味がない』って、社会から言われているような気持ちになる。『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」ーー。
発売から半年経っても、まだまだ売れ続けています! しぶとい人気の「ジジイの壁」
『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)
《今週のイチ推し(アサヒ芸能)》江上剛氏
本書は日本の希望となる「ジジイ」になるにはどうすればよいか、を多くの事例を交えながら指南してくれる。組織の「ジジイ」化に悩む人は本書を読めば、目からうろこが落ちること請け合いだ。
特に〈女をバカにする男たち〉の章は本書の白眉ではないか。「組織内で女性が活躍できないのは、男性がエンビー型嫉妬に囚われているから」と説く。これは男対女に限ったことではない。社内いじめ、ヘイトスピーチ、格差社会や貧困問題なども、多くの人がエンビー型嫉妬のワナに落ちてるからではないかと考え込んでしまった。
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