ここのところ女性社員を対象とした講演会やセミナー、懇談会、フィールド・インタビューが続いた。企業も、業種も、年齢も違う女性たちなのだが、彼女たちに共通していたことがひとつだけあり、少々困惑している。

 いや、困惑ではない。

 彼女たちの話を聞けば聞くほど、女なんだか男なんだか、オバさんなんだかオジさんなんだか“正体不明”になってしまった私は(苦笑)、彼女たちが気の毒になってしまったのだ。

 その“共通していたこと”とは……、彼女たちが一様に「女性」という言葉で語られるテクストに抱いていた「憎悪」です。

 これまでにもさまざまな角度から、“女性活躍”だの“女性が輝く社会”など、“女性”だけに特化したやり方の問題点を指摘してきた。

 ところが、問題「点」と絞れないほど問題は複雑化していて、20代から40代、さらには50代に至るまで「画一化された女性活躍像」にプレッシャーを感じ、出口の見えない廻廊に迷い込んでいたのである。

 たぶん…、周りの人たちには、彼女たちがナニに悩んでいるかはわからないと思う。
だって、絶対に口にしないから。

 遠回しには言うかもしれない。でも、決して根っこを明かすことはない。

 であるなら、なんで私に打ち明けたかのかって?

 “モヤちょい”したからです。

 はい、モヤちょいです。具体的な質問を、ちょいちょい投げかけることで、モヤモヤを引き出す方法が、“モヤちょい”であります。

 実は昨年末、女性誌の編集者の方たちと飲んだときに、

「女性たちは『こんなこと思ってしまったり、モヤモヤしてていいんだろうか?』って考えちゃうんです。ブラックな自分が顔を出すことに、罪悪感を覚える。だから、上手くちょいちょい突ついてもらえて、やっと自分の気持ちが話せるんですよね。河合さんの連載(日経ウーマンオンライン「 河合薫の「女性のリアル人生相談」」)、ニケさんにちょいちょいするでしょ?だから面白いんです」

というようなことを言っていたのだ。

 そこでモヤちょいを実際やってみたところ、「話を聞いてもらって、私のモヤモヤがやっとわかりました」と涙をポロポロ流す女性まで出てきてしまいまして。

 男性にも是非、モヤちょいで明らかになった彼女たちのホンネを聞いてもらいたいと思った次第です。

 テーマは「女性たちの心の叫び」。ただし、心の叫びは属性により多種多様。そこで今回は、その中の一つだけを取り上げ、その他は今後、さらに深化させてから紹介します。

 では、“モヤちょい”第一弾をお聞きください。

「女性ならではの視点…なんて期待されても」

「私は今年、31歳です。会社には同年代の女性はたくさんいますけど、管理職の女性は少ないです。結婚はしたいですけど、彼氏はいません。河合さんはいろんな方をインタビューしているそうですが、他の会社の独身女性ってどうしてるんでしょうか?」

「どうしてるって、どういうことですか???」(河合)

「……私、仕事はずっと続けていきたいと思っていますし、普通に暮らせればいいんです。でも、私、普通じゃないみたいなんです」

「えっと……。普通じゃないというのは、どういうことなのか具体的に話してもらえますか?」(河合)

「女性は結婚して、子どもを産んで、それで働くのが普通なんです。私は結婚していないし、子どももいない。会社に居場所がない。そう感じることが度々あります」

「でも、まだ31歳ですよね?」(河合)

「はい。結婚したいとは思っていますけど、ものすごく結婚したいわけではないし、この先結婚できる保証もない。それに……周りの男性たちからは“女子力”を期待されますが、私にはこれといった女子力もありません」

「女子力……?女性らしく振る舞うことを期待されるってことですか?」(河合)

「いろいろです。女性ならではの視点、女性ならではの気づかい、女性ならではのコミュニケーション力です」

「そんなに期待されてもね。“女性ならでは”なんて言われても困りますよね(笑)」(河合)

「そうなんです。本当、困るんです。……私、バリキャリでもないので、上司からは何か楽しいことはないのか、ってしょっちゅう言われます。前向きに、楽しくないとダメなんでしょうか?」

「(笑)私なんて外ではこんなですけど、普段は家から出ることもなく、地味~に暮らしてますよ~」(河合)

「え、そうなんですか?毎日バリバリ生きてるんだと思ってました。あ、すみません(苦笑)。実は先日、一般職だった40歳の女性がいきなり管理職になりました。女性活躍の一環だそうです。

 その女性が一般職だったときには、たまにランチに一緒に行ってたんですけど、今は行けなくなってしまいました。忙しくてランチをとる時間がないんだそうです。その人の上司も女性なんですけど、ものすごい“ハイスペック”な人で。結婚して子育てもして、それでうちの会社で初の女性部長なったんです。

 彼女は部長から『後輩たちのロールモデルになりなさい』って言われているらしく、人が変わったように仕事しています」

育児休暇?時短勤務?そんなの独身女性には関係ない

「その人にも子どもがいるんですか?」(河合)

「中学生ですけどいます。会社は彼女のように子育てもし、一般職だった人でも管理職になれるというロールモデルを作って『女性が活躍する会社』をアピールしたいんです。

 育児休暇や時短勤務を充実させることを、『女性の働きやすい職場』って言うんですよね?

 でも、私のように独身で、活躍する気もないと全く関係ない話です。女性をひとくくりにしないで欲しい。独身者には何の恩恵もないわけですから。

 男性の場合は、バリバリ出世を目指していく人もいれば、一生ヒラで終わる人もいます。結婚してない人だっているし、子どものいない人もいる。なのに、なぜ女性はひとくくりにされてしまうのでしょうか。元気に、明るく、おしゃれして、女性目線の意見を言って。子育ても仕事もがんばらないと、ダメダメ人間のように思われます」

「そうね~。働け!って言われてんのか、子ども産めって言われてんのか、わけわからないですよね。産めや増やせやの時代に通じる脅迫的なモノがありますよね~」(河合)

「このまえ、どうしても終らせなきゃいけない仕事があって、休日出勤したんですね。そしたら、たまたま上司も来ていて『そんなにがんばらなくていいのに』って言われてしまったんです。

 私は別にがんばったわけでもなんでもなく、家にパソコンがなく会社でしかできないから出社しただけなんです。おそらく上司は休日に会社以外、行くとこないのか?っていう意味で言ったんだと思います」

「ごめんなさい。ちょっと理解できないんですけど……」(河合)

「会社なんか来てないで、彼氏見つけて結婚しろってことです。ストレートに言うとセクハラになるから言わないだけです。でも、周りには私のような生き方は理解されない。ひょっとすると休日出勤する心意気があるなら、普段からもっとバリバリやる気を見せろ、ってことなのかもしれません……」

 以上です。

 彼女の心の叫びをリアルに感じて欲しくて、実際のやりとりを出来る限りそのまま再現したのだが、わかっていただけただろうか?

 おそらくみなさんは、「周りのこと気にし過ぎ」だの、「結婚なんてひょんなことからできる」だの、「婚活とかすればいいじゃん」とか、アレコレ思ったに違いない。

 でもね、30になるとみんな悩むのですよ。かくいう私もそうだったから。

「お天気おねえさん」の頃、毎晩泣いていました

 30代の頃は「私は何かの病気かもしれない」と、自分で自分のことが心配になるほど毎晩泣いていた(苦笑)。スッチーを辞め、久米宏さんの横で天気予報をやり、他人からみれば「絶好調じゃん」と思われていたのに、とにかく不安で。

 子どもを絶対欲しいとも思わなかったかわりに、絶対欲しくないとも思わなかった。友人たちが子どもを産み、家庭を作っているのに、私は何をやっているんだろう?と。

 私は「普通じゃない」と感じることも多かった。中学生のときに日本に帰ってきてから、「日本人の普通」に散々窮屈さを感じていたのに、何故か「女性の普通」にひっかかった。

 矛盾する気持ちに折り合いを付けるために、「テレビに出てる人が普通だったらおもしろくない。誰も見ない。だから普通じゃなくていいんだ」と必死で思い込もうとしたり……。

 なので、彼女が会社で居場所がないという気持ちも、なんとなくわかるのです。問題は、それが30代に限ったことじゃないってこと。

 件の女性の話にも登場していたけど、「後輩のロールモデルなれ!」だの、「パイオニアになれ!」だの上から言われ、釈然としない思いを抱えていた40代もいたし、 “ハイスペック女性上司”の存在そのものが、プレッシャ—になっていた人もいた。

 この辺りはまたいずれ詳しく取り上げるとして……。

 とにかく彼女たちはみなさんが想像する以上に、

•女性=結婚、出産
•女性=女子力
•女性の活躍=管理職
•女性の働きやすい職場=育休・時短勤務の充実
•女性=休日はプライベートを充実させる
etc、etc……

といったキーワードで女性を語るテクストに辟易している。

 「働く女性はこうに違いない」という見方が強くなってきていることに憤り、戸惑い、疲弊しているのだ。

 「女性が働きやすい職場問題」や「女性活躍問題」はデリケートな部分もあり条件反射的に反応する人がいるので、念のため断っておくけど、私は女性たちに“風”が吹き始めたことはおおいに歓迎している。今進んでいる政策や取り組みを否定する気はさらさらない。

 いかなる変化もすべての人に一様には起こらない。なので変化の途中で生じるしわよせが、一部の人(独身女性や男性)にいってしまうこともあるだろう。

 なのでモヤモヤ自体はあって当然である。問題はモヤモヤの中身ではなく、「そんなこと思っちゃいけない」と罪悪感をいだき、「そんなこと考える自分はダメな人」と自己否定するほど、女性の画一化が暴力的に広がっていることだ。このままでは“吹きだまり”にはまる女性が量産される。

「みんな」の先に「女性」がいる

 ワークライフバランス―。おそらくこの言葉を知らない人はいないはずだ。

 生活と家庭の調和と略されるワークライフバランスの始まりは、いわゆる「女性の働きやすい職場」を目指したものだった。

 1980年代、アメリカでは技術革新による産業構造の変化で、高度なスキルを持った女性たちが労働市場に求められるようになった。

 もっと女性たちに働いて欲しい―、と女性を積極的に雇用し、育児と仕事を両立できるようにと保育サポートを中心に行う企業が増えていった。これらは「ワーク・ファミリー・バランス」や「ワーク・フレンドリー・プログラム」と呼ばれた。

 ところが、この取り組みは思うようには広がらなかった。独身者や子どものいない女性、あるいは男性たちから「子育て女性だけが福祉を受けられるなんて、不公平だ」という不満が相次いでしまったのだ。

 そこで「いかなる人も恩恵を受けられるように」と、すべての従業員の私生活に配慮した制度やメニューが作られ、「ワークライフバランス」と呼ばれるようになる。

 介護支援、従業員の私的な悩みに対処するカウンセリング、従業員の心身の健康に寄与するフィットネスセンターの開設、生涯学習などの支援などの施策を整備し、ワーキング・マザー以外の従業員も広く利用できるようにしたのである。

 従業員の不満は改善したものの、実際にはワークライフバランスを取り入れたのは一部の企業のみ。あくまでも「福祉的な取り組み」であったために企業はできるだけコストをかけたくないと考え、働く人たちも「困っている人だけが利用するもの」と考え利用を躊躇した。ワークライフバランスは、風前の灯火と化したのである。

 ところが米フォード財団の調査研究がきっかけとなり、再びワークライフバランスに注目が集まった。

 「仕事の再設計」をすれば、会社が掲げる業務目標を達成しながら、従業員にも私生活を充実させるだけの時間の余裕をもたらすことができるとする報告書を、米フォード財団が1993年から3年間かけて行った調査研究をもとに発表したことで、いっきにワークライフバランスが広がったのだ。

 ワークライフバランスとは「福祉政策」ではなく、企業の生産性を高めるもの。会社も従業員もウィンウィンになるような「仕事の再設計」が、ワークライフバランス。

 ワークライフバランスが可能となるような「仕事のやり方」を考えるという視点が革新的で、人びとを魅了したのである。

 「仕事の再設計」というトレーニングプログラムはチーム、個人、管理職、経営トップが一丸となって次の3段階を実行することにより、従業員のワークライフバランスを実現する。

(1)仕事と理想的な従業員像についての既存の価値観・規範を見直す。
(2)習慣的な仕事のやり方を見直す。
(3)仕事の効率と効果を向上させ、同時に仕事と私生活の共存をサポートするための変革を行う。

 プログラムを完成させるには、従業員からの要望と企業からの要望を一つひとつ丁寧に組み合わせる作業が重要になる。実に手間のかかる作業だ。その作業はまるで「ジグソーパズルを行うのと同様である」と言われるほど、頭と労力を使う。

 もし、本気で「女性の働きやすい職場」を目指すなら、仕事の再設計をやらなきゃダメ。今のように「ムード」や「福祉」でやっていたのでは、ウィンウィンならぬ、フヒ~フヒ~。女性たちは疲弊し、不満を蔓延させるばかりか、企業もいずれヘタっていく。

 それに男性たちだって、女性たちと同じように、閉塞感を抱いているんじゃないだろうか。

 「男性の場合は、バリバリ出世を目指していく人もいれば、一生ヒラで終わる人もいます」には笑ってしまったけど、男性は男性で、
「女性は結婚するっていう選択があるからいいよな」 と鬱屈する。

 “ハイスペック上司”に辟易している男性もいるし、「そこそこ働いて、食べて生きていければいい」という人は圧倒的多数だ。社畜という言葉を彼らが多用するのも、ザ・昭和の仕事観への反発である。

 企業が目指す“女性の働きやすい職場”が、“社畜を量産する職場”にならなぬよう、ムードではなく根本的な問いかけから始めないと……。

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