不透明感が高まる未来をどう見通すか。日経ビジネスの1月9日号の特集は「2017年紅白予測合戦」と題し、各界を代表する32人が「紅白歌合戦」方式で、2017年の日本から100年後の地球に至るまで大胆な予測をぶつけ合った。日経ビジネスオンラインでの連動記事では、そんな第一人者たちの中でも特に印象に残る「異色企業家」に、独自の視点から日本を取り巻く環境の変化や新たな産業の可能性などを読み解いてもらう。第2回はソフトブレーン創業者の宋文洲氏。2017年における世界と日本の外交について聞いた。
宋さんは自身のメールマガジンなどを通じてトランプ氏が米大統領選で勝つことを事前に予想していました。
宋:米大手新聞のニューヨーク・タイムズは、米大統領選挙の約1カ月前、ヒラリー・クリントンが勝つ可能性を93%と予測しました。マスコミと一括りにしてしまうのは、私も含めた中国人を一括りで語ってしまうほど乱暴かもしれないけど、本当に昨年のマスコミの予測はあまりにひどかったよ。もちろん予測が外れることもある。でも、今回の予測はあまりにひどかった。
トランプは確かにしゃべり過ぎて過激な発言もあったけど、それは10話したうちの1つ。それを取り上げて「トランプはあてにならない」「詐欺師だ」という論調の報道姿勢はどうかと思いましたよ。
実際の演説を聞けば、かなりまともな話をしていましたよ。それに共感してトランプに票を入れた米国人も実はまともなんです。トランプが当選して「米国人はおかしくなったのではないか」という具合に報道するメディアもありましたけれどね。
一方、クリントンの主張は万年政治家そのもので、相変わらずの原理主義。仮に大統領になっていたら、経済は放置され、何かのタイミングで株価が暴落して景気が悪化するような事態になったことでしょう。
事前に2人の演説を聞き、聴衆の反応を見たりして私はトランプが勝つことは60%くらいあり得ると考えていました。
だからといってそれを自慢しているわけじゃありませんよ。私は予測屋ではありませんから。それでお金を稼ぐわけでもないしね。1人の投資家として確率を突き詰めて考えた結果に過ぎません。投資家は事実関係をしっかり把握して確率を割り出します。自分の好き嫌い、「こうなったらいいな」というような主観を入れてはいけない。思い込みを捨て事実を重視しないと必ず予測は外れてしまいます。
ですから2017年の見立てについても、あくまで私個人としての分析に基づいた確率を勘案してお話しします。
2017年における世界と日本の外交はやはりトランプ次期大統領に大きく左右されると思います。トランプ外交について宋さんはどのように見ていますか。
宋:トランプが大統領に就任後、外交、特に世界経済はよくなりますよ。なぜか。トランプは米国の経済、利益を第一に考え、余計なことをしなくなるからです。
トランプはビジネスマンで、米国第一主義を掲げています。利己的と言われますが、経済は本来、利己的なものです。各国が自国の利益を追求することは健全な姿なんだよ。
これは企業に例えれば分かりやすいでしょう。それぞれの企業は競合関係にありますが、普段から相手をつぶそうと動いているわけではありません。それぞれの企業が自分の商売に集中し、お客さんを見て、地道に取引を広げていくから成長するのです。これは非常にシンプルな原則ですよ。
もちろん、自分の利益を追求すれば、他人の利益を阻害することも起きます。そのときは交渉して、お互い落とし所を探る。これが、貿易であり外交なんだから。
結果として経済を中心とした世界の外交は今よりもいい方向に展開していくと思います。
日本にとってもいい影響が出ると見ています。トランプは強いドルを目指し、リーマンショック以降の米金融機関に対する規制も外すでしょう。金利も上がる。これは日本にとってプラスです。
米中関係についてはどうでしょうか。
米国の利益を第一に考えるということは、裏を返せば利益につながらないことはしない。余計なことはしない。今までの政権のように、米国の利益につながらないような原理原則を他国に押し付けることもしなくなる。
その意味で米中関係はよくなる。トランプは中国に対し「仕事を盗んでいる」と発言しているけど、それはビジネスではある意味当然なんだよ。こうしたことは徹底的に議論して戦争ではなく外交的に戦えばいい。
トランプは孤立主義だとも言われるけど、現在の世界で完全な孤立主義を貫くのは無理。強気の発言をそのまま押し通すだけではなく、引き際も心得ていると思う。
経済も人間も本質は利己的。ただ、1人で生きているわけではないから相手に損害を与えるようなことがあれば、相手は反発する。そこで交渉する。それだけですよ。
中国に対してだけではなくトランプ政権は民主主義を他国に押しつけることもなくなるでしょうから、戦争も起きない。各国は自国の経済に集中でき、健全な姿になりますよ。
トランプの当選も英国のEU離脱も東西冷戦の帰結
英国の欧州連合(EU)離脱も予想していました。グローバル化の枠組みが大きく変わりつつありますね。
トランプの当選も英国のEU離脱も、グローバル化の枠組みが自国を利することがなく、外交、経済の本質ではないことに市民が気が付いたからだと思います。グローバルか反グローバルかという議論が起こっていますが、そういう話ではないんですよ。
かつて、旧ソ連を中心とした共産主義国家にはコミンテルンという国際組織がありました。これこそが史上、最大とも言うべきグローバル組織でした。ですが、最終的にコミンテルンもソ連も崩壊した。その理由はこの巨大グローバル組織を維持できなくなったからなんです。
私は弁証法を信じているんですよ。「対立する巨大な2つの力がある場合、どちらかが失われればもう一方も失われる」という考え方です。冷戦によってソ連を中心とするグローバル組織が崩壊しました。だから、米国を中心とするグローバル化もいずれは失われることになる。
冷戦終了から時間がかかりましたが、ようやくその時が来た。西側のグローバル化はやっと終結したのです。それが、トランプの勝利であり、英国の国民投票でのEU離脱なのです。
トランプ氏は環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明しています。日本への影響をどのように見ていますか。
私は元々、TPPには懐疑的でした。多くの国が集まってああだ、こうだ話しても全くまとまりませんよ。仮に形になっても大変な苦労が伴い、結局、機能しなかったでしょう。その意味で、トランプがもし本当にTPPから離脱してTPP自体が破棄されることになれば、日本にとってはよかったと感謝すべき話ですよ。
商売の話に戻すけど、取り引きは結局、1対1ですよ。人間もそう。異性を愛するのは最終的には1対1。もし、複数と取り引きしている、複数の異性を愛しているというなら、それは1対1の関係が数多くあるということに過ぎない。
TPPで市場が大きくなるといっても、それだけで儲かるわけではない。市場が大きくなれば自動的に利益が増えることはないのに、そうした幻想がある。結婚にしたって、独身の女性が増えたからといって独身の男性が結婚しやすくなるわけじゃない。結局、相手に気に入ってもらう努力をしないと。
複数の企業が業界団体を作ったり、なんとか協会みたいなものを作っても、そんなことでは儲からない。それと同じですよ。結局、他力に頼ってばかりでは企業は倒産する。TPPはいずれにしろ、破綻する運命にあると私は思います。
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