米ペンシルベニア大学ウォートン経営大学院教授2人と早稲田大学ビジネススクール研究科長が、日本の経営者100人以上にインタビューした共同著作『Resolute Japan: The Leaders Forging a Corporate Resurgence』(仮訳『断固たる日本──企業を復活させるリーダーたち』、日本語未出版)を出版した。
ソニーグループやAGC、ローソンなど、業績改善や事業の多様化に成功した日本企業トップへのインタビューを通して、世界の範となり得る日本独自の経営手法を分析している。著者3人へのインタビューで、日本の「勝ち組企業」が実践する経営手法から学べるヒントを探る。
広野彩子(日経ビジネス副編集長、以下広野):日本の経営者100人以上にインタビューした共同著作『Resolute Japan: The Leaders Forging a Corporate Resurgence』(『断固たる日本──企業を復活させるリーダーたち』、未邦訳))が米フォーブス誌などにも取り上げられ話題だ。皆さんが共同著作することになったきっかけと、研究手法について教えてほしい。
池上重輔(早稲田大学ビジネススクール研究科長、以下池上氏):私たちは10年以上前に、世界水準の経営幹部向けプログラムを(早稲田大学が)始めた際に知り合った。その後、インドや中国のトップ経営者らについてまとめたウォートン経営大学院の研究内容を日本で出版したところ、多くの読者から支持を得た。
これを機に、長年日本企業を見てきたウシーム氏とシン氏とともに、日本企業についても同様の研究をしたいと考え始めたのが、今回の共著のきっかけだ。
マイケル・ウシーム(米ペンシルベニア大学ウォートン経営大学院教授、以下ユジーム氏):ウォートンのMBA(経営学修士)プログラムで学ぶ学生の多くがインドや中国、日本出身であること、そして米ブラックロックなどの大手資産運用会社が、国際株式市場への投資を強化し始めたことも共著の後押しになった。
これまで米国が中心だった研究対象を変え、日本やインド、中国式の経営やリーダーシップ、ガバナンスについてもっと知るべきだという考えが広がっている。
ハービル・シン(ウォートン経営大学院教授、以下シン氏):共著にあたっては「経営者の声」を形にするため、中国とインドでの研究と同様に、リーダーシップ、人材、ガバナンスの3分野について全ての経営者に同じ質問をし、ケーススタディーを加えた。日本企業が大変興味深い取り組みによって企業改革を進めていることが分かり、変革のプロセスを追いかけられたことは非常に幸運だった。
池上氏:インタビュー対象者は、売上高と時価総額でトップの企業の経営者や経営幹部の中から選んだ。ただ、例えば(ソフトバンクの)孫氏や(ファーストリテイリングの)柳井氏といった、いわゆる「スーパーファウンダー(創業者)」系の経営者は特殊な事例なため除いている。より多くの人が参考にできるよう、内部昇格を経た「サラリーマン経営者」に焦点を当てたほか、ユーグレナなどのベンチャー企業の経営者も対象だ。
広野:日本やインド、中国、そして米国の経営手法における最大の違いは?
池上氏:インタビューでは、特に日中印と米国企業の間で大きな違いが見られた。「リーダーとして最も時間を費やしている分野は?」という質問に対し、米国の経営者は1位が法規制関連、2位が取締役会への報告と答えた一方、日中印の経営者は3カ国とも1位に企業戦略を挙げた。2位以降はインドが法規制、中国が経営チームの構築、そして日本が社員との関係構築と企業文化だった。
米企業団体の「ステークホルダー主義宣言」は立ち消え?
シン氏:日本では株主への対応が比較的低い順位だったが、米国では1位、2位に次いで非常に高い順位だった。ステークホルダー(利害関係者)と社員を大切にすれば、株主価値はおのずとついてくるというのが日本のリーダーの感覚だという印象だ。
株主価値が重要ではないということではなく、あくまで結果なのだ。一方、米国では(株主価値)そのものが目標であり、より高い重要度を持つ。これが、日本と米国の大きな違いの1つだ。
ウシーム氏:米国ではビジネス・ラウンドテーブルという米主要企業のCEO(最高経営責任者)196人が加盟するロビー団体がある。この団体は2019年、米企業の存在意義は全てのステークホルダーに価値をもたらすことだと宣言していた。しかし5年たった今でも、米企業はまだ株主価値に重点を置いている。
そのような「様々なステークホルダーに価値をもたらしたい」という日本企業の姿勢は、トップの発言だけでなく企業としての挑戦的な行動にも表れていると思う。今から10年、15年後には、日本企業がステークホルダーとどのように関わっているかを研究し、日本式の経営手法を取り入れる米企業も出てくるのではないか。
広野:著書では、日本企業の中で生まれつつある「確固たる経営者」が率いる新しい経営手法をResolute Japan、略して「RJモデル」と呼んでいる。どんな経営手法なのか?
日本企業「RJモデル」の特徴
シン氏:RJモデルの特徴の1つは、失敗の許容だ。企業は新規ビジネスの開拓と既存ビジネスの継続でバランスを取る必要があるが、新規事業の創出はリスクを伴う。RJ企業は失敗に対して寛容になろうとしている。全ての実験が成功するわけではないからだ。
2つ目の特徴は、長期的視点での経営だ。日本の経営者は他国に比べ、長期的な視点で経営戦略を立て、実行する傾向がある。新規事業の創出には時間がかかるため、長期的視点は役に立つ。多くの企業は、事業構築に比較的時間をかけられるBtoB分野での新規事業創出に取り組んでいる。
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