山梨県に9期連続で増収増益を続ける地場スーパーがある。イオンやイトーヨーカドーなど大手流通の侵攻を受けながらも、逆に県内シェアを伸ばしている。そのスーパーの名はオギノ。大手流通に真似のできない緻密な売り場作りと顧客ごとの販促提案。物を売るのが難しくなった今、スーパーの1つのあり方を示している。
すべては11年前に始まった。
1997年11月。山梨県の地場スーパー、オギノの本店の真向かいにダイエーが新店を開いた。売り場面積はオギノの約3倍。開店日には、創業者の故中内●(いさお へん「工」つくり「刀」)氏が先頭に立ち、最後まで売り場の見直しを指示していた。巨艦店をぶつけ、オギノを切り崩す――。山梨攻略の重要拠点だったのだろう。
流通大手を向こうに回して山梨県の孤塁を守る
「ダイエー進出の一報を聞いた時は正直、ヤバイと思いましたね」。オギノの飯野弘俊・執行役員は振り返る。それはそうだろう。当時のオギノの売上高は544億円。一方のダイエーは2兆5000億円である。戦力では圧倒的な差がある。
ところが、1999年8月、2年もたたずにダイエーは撤退を決めた。業績悪化に伴って、不採算店の閉鎖を余儀なくされたため。それは、地域住民がオギノに軍配を上げたということでもある。本店の目の前にあるダイエーの新店跡。今では家電量販店のコジマに姿を変えている。建物にうっすらと残るオレンジ色のロゴは“甲州戦争”に敗れた敗者の夢の跡である。
山梨県内を中心に37店のスーパーを展開しているオギノ。創業は天保12(1841)年。1953年に株式会社化すると、山梨県を中心に店を広げてきた。売上高は755億円(2007年2月期)と地方の中堅スーパーの域を出ない。ただ、県内シェアは25%(大型店の比較)、食品に限れば30%に達している。山梨県内で圧倒的な存在感を誇る総合スーパーだ。
この10年、ダイエー以外にもイトーヨーカドーやマックスバリュ、ユニーなどが山梨県内に店を出した。そうしたライバルの攻撃にもかかわらず、2000年2月期以降、9期連続で増収増益を果たしている。経常利益の伸びは微増だが、これは情報システムに継続的に投資してきたことによる。全国規模の流通大手を向こうに回して孤塁を守るオギノ。その要因は、個店ごとの緻密な売り場作りと、顧客ごとのきめ細かい販促提案にある。まず、個店ごとの売り場作りを見てみよう。
競争力の源は「秘中の秘」のハンドブック
同じ山梨県内にありながら、オギノの店舗は一つひとつ品揃えが微妙に異なる。
山梨県の中心部に近い住宅街にある国母店。野菜売り場を見ると、キャベツやレタスなど、サラダ用にパックになったカット野菜の売り場が広く取られている。それに対して、長野県との県境にある長坂店では、カット野菜よりもキャベツや大根などそのままの野菜が中心だ。生サンマも同様。どちらの店も2尾3尾を1パックにした生サンマだが、国母店は内臓を落としたサンマが目立つ。
国母店の顧客には小世帯や単身者の割合が高く、素材そのものを買うとムダが多くなると考える。その一方、長坂店の顧客は素材を買ってもすぐに消費できる大家族が多い。微妙な違いに過ぎないが、オギノはこういった仮説を立てて、意図的に品揃えを変えている。
小世帯や単身者の多い国母店では、カット野菜や漬魚のような半調理品が多い。カット野菜の横には、すぐに調理ができる惣菜の素が並んでいる
(写真:大槻純一、以下同)
店ごとに売り場の品揃えを変えるスーパーは珍しくない。ただ、オギノの場合、各店舗の顧客のライフスタイルや食生活を分析し、多数派を占める人のライフスタイルに合わせた売り場作りを進めている。では、ライフスタイルはどのように分析しているのか。飯野氏は思わせぶりにA3版の資料を取り出した。
「これは秘中の秘。ちらっとだけなら見せてあげる」。そう言うと、飯野氏は資料をめくった。横目で盗み見ると、「C-1」「C-15」というナンバーの下に様々な表やグラフが並んでいた。これは、「クラスターハンドブック」。オギノの顧客の特徴を分類したデータ集である。
例えば、「健康志向」の商品を重視する顧客がいたとしよう。ひとくくりに語られがちだが、「健康志向」にも様々なタイプがある。現実に、オギノでは「健康志向」の顧客を「健康重視系」「お手軽健康系」「美容健康系」の3つに分類している。「健康志向」というキーワードを大分類とすれば、この3つは中分類である。
この中分類を、ライフスタイルや食生活など、さらに細かい固まり(クラスター)に落とし込む。飯野氏は多くを語らないが、「お手軽健康系」の顧客にも2つのタイプがあるという。1つは「食べる物にこだわりがなく、レトルト・インスタント食品が中心の食生活」。もう1つが「サプリメントや健康系飲料を活用」である。このように、「健康志向」という言葉でくくられる顧客でも、ライフスタイルは異なる。オギノはそう考える。
購買行動はクラスターごとに明らかに異なる
これを理解したうえで、盗み見たハンドブックのグラフや表を脳裏に描く。
クラスターハンドブックには、クラスターごとの購買傾向や特徴が書き込まれている
酒や菓子、加工食品、飲料、デリカなど商品群ごとの購入頻度を示したグラフを見ると、「C-1」と「C-15」では日本と途上国の人口ピラミッドのようにグラフの形状が異なっていた。これは、クラスターごとに顧客が買う商品が異なることを示している。
さらに、店舗によって、クラスターの構成比率が異なる。細かい定義は教えてもらえなかったが、「C-1」というクラスターでは、塩山店や山梨店では30%ほどだった割合が岡谷店(長野県)では90%近くに上昇している。このクラスター、オギノでは30種類ほどに分けている。
このクラスターは飯野氏やバイヤーが経験や勘で分類しているわけではない。あくまでも、データに基づいて割り出したものだ。飯野氏はこう説明する。「まず、すべての商品にDNAを振ることから始めた」。
オギノで扱う商品は大型店で約1万2000アイテムに上る。この一つひとつにDNAと呼ぶキーワードを割り振っていく。280ミリリットルのペットボトル緑茶の場合、「小さい」「品質がよい」「安い」「健康」など複数のDNAが当てはまるだろう。
その際、同じ280ミリリットルのペット緑茶を買う人でも、一緒にポテトチップを買う客と切り干し大根を買う人では、ライフスタイルや食生活は異なる。「A」という商品のほかに何を買ったか――。それを、顧客の購買履歴を基に分析し、DNAを抽出。そのDNAを分類し、30種類のクラスターを導き出した。
このクラスターは品揃えだけでなく、新店作りにも活用している。
従来は周辺の年齢や家族構成、所得といった人口統計データを参考に新店の売り場を作っていた。だが、今では人口統計データのほかに、似たような環境に立地する店のクラスターを参考に仮説を立てている。新店の周辺にはどのようなライフスタイルの人が多いか。その層にヒットする商品は何か。そこまで落とし込んで店作りをする。画一的な店作りになりがちな大手スーパーにはなかなか真似ができないことだろう。
赤ん坊のいない客に紙オムツを提案してもムダ
オギノの強さ。もう1つの理由がきめ細かい販促活動である。
オギノで商品を買った後にもらうレシートを見ると、レシートの上部にポイント加算など、その顧客だけに向けたお得情報がプリントされている。7月14日のある顧客のレシート。「すっきり飲めるCa+鉄 低脂肪 1000ml」「毎日骨太 3つのチカラ 1000ml」「毎日骨太 3つのチカラ コーヒー風味 1000ml」の3つの乳製品がポイントプレゼント対象商品になっていた。
レシートにクーポンをつけるスーパーはほかにもある。ただ、すべての客に同じ商品を提案していることが少なくない。それに対して、オギノは顧客ごとに違った商品を勧めている。こうした提案が可能なのも、クラスター分析によって一人ひとりを分類しているためだ。
「赤ん坊がいないお客さんに紙オムツの提案をしても意味がない」。こう語る飯野氏の言葉通り、その人のライフスタイルに合った商品を提案すれば、誰にでも紙オムツを勧めるといったズレは減るだろう。現実に、顧客のクーポン利用率は40%を超える。顧客が求める物を提案できているためだろう。
そもそも、こういった的確なクラスター分析が可能なのは、オギノの会員カードの利用率の高さによる。
オギノのカード会員は43万人強。県内の人口比で49%、世帯比では141%を占める。しかも、平均カード利用率は93.5%、カード利用売上比率は96.9%という高さ。「カード利用率が85%を超えないと、正確なライフスタイル分析はできない」(飯野氏)。顧客のライフスタイルを明らかにする、というオギノの活動は高いカード利用率があってこそだ。
なぜオギノはこのようなデータ分析を始めたのか。
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