安倍晋三政権が26日、発足した。体調不良を理由とする突然の辞任から5年余り。1948年の吉田茂・元首相以来となる再登板を果たした安倍首相はさっそく、衆院選の公約の柱に掲げた経済対策や外交の立て直しなど諸課題への強い意欲をのぞかせた。

合言葉は「おごってはいけない」

 先の衆院選で圧勝した自民党は衆院の常任委員長を独占したうえで、委員数でも過半数を占める「絶対安定多数」を確保した。連立を組む自民、公明両党は衆院の3分の2(320議席)以上を占め、法案を参院で否決されても衆院で再可決して成立できる。

 一見、政権基盤は盤石に映るが、自民幹部は一様に「おごってはいけない」と慎重な構えだ。

 議席こそ大幅に伸ばしたものの、党勢の1つの目安となる比例代表の得票率27.6%は自民が惨敗した2009年の前回衆院選時の26.7%と大差ない。結果ほど自民が信頼を回復したわけではなかったのだ。

 だから、政権運営の舵取りを誤れば、すぐに有権者の離反を招き、自民が「決勝戦」と位置付ける2013年夏の参院選での揺り戻しという事態を招きかねない。衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」が継続すれば、安倍政権はあっという間に立ち往生しかねないのだ。

 こうした事情を人一倍身に染みて理解しているのが、安倍首相だ。安倍首相にとって参院選はまさに鬼門だからだ。

 2004年、自民幹事長として迎えた参院選は目標議席に届かず責任を取って幹事長職を辞任した。首相として臨んだ2007年の参院選は改選64議席から過去2番目に少ない37議席と歴史的惨敗を喫し、安倍氏は体勢を立て直すこともできないまま首相の座を去った。

 来る参院選まで重視すべきは一にも二にも安全運転――。こうした党内や経済界の空気を背に、安倍首相がまず腐心したのが人事だ。

 2006年9月発足の第1次安倍内閣は若手の側近議員を首相補佐官などに登用したが、手柄合戦や相互の調整不足から首相官邸が機能不全に陥り、“お友達内閣の学級崩壊”と揶揄された。それが党や霞が関の官僚との関係悪化も招いた。今回の内閣、党役員人事では、その反省も踏まえ、自らの側近と重鎮のバランスに配慮した。

人事は「挙党体制」に

 信頼が厚い菅義偉氏を官房長官に指名する一方、先の総裁選勝利の原動力となった麻生太郎・元首相を副総理・財務相・金融相に起用。谷垣禎一氏ら派閥領袖クラスも閣僚に登用し、党幹部では石破茂・幹事長を続投させた。自民のベテラン議員は「挙党体制構築をアピールできる布陣だ」と評価する。

 政策面でも“変身”ぶりが顕著だ。「戦後レジームからの脱却」を掲げ、憲法改正や教育改革など持論の保守的な政策を最初から前面に押し出した前回の政権時と異なり、景気対策といった身近なテーマにまず注力する姿勢を強調する。

 「参院選までは今年度補正予算と来年度予算、外交など必要最低限の対応で無難に乗り切る。憲法改正や集団的自衛権行使容認など、本当に安倍さんがやりたいことはその後でいい。安倍さんもそれを理解している」。安倍氏周辺はこう語る。

 国民的人気を過信し、中央突破を図ろうとして行き詰まった前回の失敗を糧に、随所に熟慮の跡がうかがえる船出となった安倍政権。だが、安倍首相に近い関係者ほど、別の不安要素を指摘する。安倍首相の健康と精神面だ。

 安倍氏は幼少時から持病の潰瘍性大腸炎に苦しみ、首相在任時はストレスとあいまって体調が急速に悪化した経緯がある。

 それが、数年前から服用している新薬の効果もあり「今が一番調子がいい」と断言できるほどに体調は回復した。今では、ほとんど口にすることもなかったアルコールを宴席で楽しむほどだ。

「体調は今がベスト」というが…

 衆院選中も全国を過密な日程で飛び回ったが、「特に健康面に問題はなかった」と安倍首相は話す。

 ただ、野党党首として「攻め」の立場でいられた時と違い、時の首相は基本的に「守り」を強いられる。朝から晩まで監視され、決断を迫られ、ストトレスフルな毎日を送らざるを得ない。

 安倍首相の周辺も「極度の緊張とストレスが続く日々でも本当に体調に問題がないのか、安倍さん自身も半信半疑なところもあるはずだ」と漏らす。

 そうした事情もあってのことだろう。安倍首相は「前の反省もあるので、休養は十分にとり、体調管理には万全を期したい」と“夜日程”や週末の予定を極力少なくすると宣言している。

 もっとも、こうした方針もいいことばかりではない。「安倍さんが以前のように官邸や公邸で独りぼっちになって精神的に追い込まれないか心配だ」。側近議員の1人はこう気をもむ。

 「どす黒いまでの孤独に耐えきれるだけの体力、精神力がいる」。首相の重圧、苦しみをかつて麻生氏はこう評した。「最高権力者だからそれぐらいの苦労は当たり前」と言ってしまえばそれまでだが、日本の歴代首相が同様の境遇に置かれてきたのには構造的要因もあるだろう。

 まずは、官邸の問題だ。大統領制の米国では大統領が代わるたびに政権スタッフが大幅に入れ替わり、ホワイトハウスにも大統領を支える側近チームが形成される。日本が政治改革のお手本としてきた英国は官邸機能強化の流れとなり、民間人も含め首相直属のスタッフが大幅に拡充されてきた。

 日本でも官邸スタッフの人員は確実に増えてきた。だが、官邸内も縦割り組織で、実際に首相が使える直属のスタッフの数は限定されている。

 しかも、米や英と比べ、民間人も含め時の首相が幅広い層から適材と評価するアドバイザーや政策遂行の手足となる人材を起用できているかといえば、決して十分とはいえない。

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