2015年3月9日に公開した記事を再掲載しました。

 震災では、個人のパソコンやスマートフォン、そして企業や自治体の情報システムが被害を受け、多くの貴重なデータが失われた。震災後は、一時的に危機管理の意識が高まったものの、その後4年を経て、危機感は薄れつつある。

 連載の第2回は、データ復旧サービスを手掛けるAOSテクノロジーズの佐々木隆仁社長に、震災時のデータ復旧のエピソードと、震災から得られた教訓について聞いた。同社は、震災後に津波で潮水に浸かった情報機器のデータ復旧を数多く手がけた。佐々木社長は、震災後数年経ち、危機感の薄れからデータのバックアップをおろそかにしている現状に警鐘を鳴らす。

(聞き手は小野口 哲)

震災で潮水に浸かった携帯電話。1年間野ざらしにされていたが、データを取り出すことができた

震災時には、津波でパソコンやスマートフォン/携帯電話などが潮水に浸かるなどして、貴重なデータを失った人が数多くいます。実際、AOSにもデータを復旧してほしいというニーズが多く寄せられたそうですね。

佐々木:被災地からは、津波の潮水や泥などをかぶったパソコン、携帯電話/スマートフォンなどが次々と送られてきました。さらに、被災地をキャラバンで回り、その場で受け付けたりもしましたので、最終的には数百件以上データ復旧をしました。

潮水に浸かった外付けHDD。中に入っているHDDドライブを分解して、制御チップを交換するなどして、データを読み書きできる状態にする

 復旧は時間との戦いでもあります。パソコンの場合、通常なら、9割程度はデータを復旧することができるのですが、潮水に浸かると復旧率は大幅に下がります。

佐々木 隆仁(ささき・たかまさ)氏
AOSテクノロジーズ社長。1989年早稲田大学理工学部卒業後、大手コンピューターメーカーに入社。OSの開発に従事した後、1995年に独立しAOSテクノロジーズを立ち上げる。2000年にデータ復旧ソフトを発売、翌年にデータ復旧サービスを開始する。2012年には、デジタルフォレンジックやeディスカバリーなどのリーガルテクノロジーを中心とした事業を展開する子会社、AOSリーガルテックを設立。著書に『デジタルデータは消えない』(幻冬舎)など。

 潮水に浸かったHDD(ハードディスク)は乾ききるより、濡れたままの生乾き状態の方が復旧率は高くなります。乾燥して結晶化してしまうと、腐食が進んで復旧率が下がるのです。ですから、「ベチョベチョに濡れているんですけど……」といった方には、「ビニール袋に入れてそのまま送ってください」とお願いしていました。中には海水につけたまま送ってくれた人もいました。「ドライヤーで乾かしてから送ります」という人もいましたが、そのまま送ってくださいとお願いしました。震災関連の復旧依頼のうち、復旧できたものはだいたい5割程度でした。

早ければ早いほどいいのですね。

佐々木:特に、潮水に浸かった場合はそうですね。残念だったのが、ユーザーの方がパソコンメーカーなどに最初に問い合わせて、そこで「ダメです」と断られて、その後に、うちに問い合わせが来たケースです。その時点では時間が経ってしまって、復旧できなくなったものも多くありました。

データが復旧できて泣き崩れる人も

失われたデータはさまざまなだったと思いますが、一番復旧ニーズが高かったのはどんなデータですか? やはり写真でしょうか。

佐々木:はい。データ復旧で一番ニーズが高いのは写真です。当時、テレビなどで、被災者の方が、思い出の写真をがれきの中から探すシーンが映像で流れました。しかし、今ではプリントアウトした写真は、膨大な写真の中のごく一部です。ほとんどはパソコンのHDDやスマートフォンなどに入ったままです。

 南相馬では、娘さんを震災で亡くされた方から依頼がありました。娘さんの写真も動画もみんなパソコンのHDDの中に入っていて、潮水に浸かったためすべて取り出せなくなってしまったのです。メーカーにも問い合わせたけれど、復旧できないと言われ、途方に暮れてしまったそうです。その後、うちに依頼があって、この場合は何とか復旧できました。

 この方に「写真が復旧できました」とお伝えすると、その場で泣き崩れてしまいました。それほどまでに、思い出の写真がなくなったということは、その人にとって深刻なことなのです。そんな大切なものが、災害が起こると一瞬にして失われてしまうのです。

 もう一つ思い出深い経験があります。岩手県釜石市で、空手をやっていた女子小学生のお母さんの携帯電話のデータを復旧したという件です。これは、2012年の日本テレビの24時間テレビの依頼で復元したもので、テレビをご覧になっていた人も多いでしょう。

 お母様は3月11日に津波で亡くなられました。その後、翌年の2012年3月11日に現場に行ったら、お母さんの携帯が置いてあった。誰かが、がれきを整理する中で見つけて、わざと分かりやすいところに置いておいたのだと思います。この携帯電話は、お母さんが残してくれたたった一つの形見だったそうです。津波の潮水に浸かり、さらに1年間雨ざらしになってボロボロになっていました。それを復旧できないかという依頼が我々のところに来たのです。この依頼は難易度が極めて高く、オンエアまでに間に合わせなければならなかったため、時間的な余裕もなかったのですが、なんとか復旧できました。

 携帯電話に残っていたデータは、何気ない家族とのメッセージのやり取り、それに写真も残っていました。子供たちの成長の記録です。その中には、空手をやっていたお嬢さんの大会での写真もありました。テレビを見た方は覚えていると思いますが、お母さんのお人柄がよくわかるメッセージや写真でした。

携帯電話に残っていた通話履歴

データを失い廃業を余儀なくされる

データ復旧の依頼があったのは、個人だけではなく、事業者の方も多くいらっしゃったのですよね。

佐々木:ビジネスの復旧依頼も多くありました。商売を続けたくても肝心のデータがない。「廃業するしかない」と途方に暮れていた人も多くいました。

 特に中小企業では事態は深刻でした。地場の食品加工工場、工務店、商店などが、設計データや商品のデザインデータ、顧客のリストなどを失ってしまったわけです。データ自体が極めて重要なノウハウで、そのデータがなくなったら事業は継続できない。やれないから店を畳んでしまったケースも何件もありました。震災後のあの状況で、デスクトップパソコンやサーバーを持ち出した人はいません。基本は全部水没です。ノートパソコンですら持ち出せなかった人がたくさんいました。

 失ったデータはさまざまですが、事業主がデータを失ったことで、意欲がなくなってしまうのも深刻でした。データがなくなると、何もかも嫌になってしまうのです。工場や店舗が流されてしまったのに加え、仕事を続けてくためのデータがなくなってしまうと、すべてを一からやり直さなければならないとなり、意欲を失ってしまうのです。

 それが、データを取り戻せると、「再起の可能性があるんだ」と意欲が戻るのです。実際、「もう一回やってみようか」と思ってくれた人も何人もいました。そういうお手伝いをできたことは我々にとってとてもうれしいことでした。

 自治体でも、情報システムのサーバーが津波に遭い、データを失ったところも多くありました。あるシステムの場合、県庁にもバックアップを取っていたそうなのですが、県庁も被災してデータが失われてしまったため、最終的には浸水したHDDの中にしかデータがないという事態になりました。このケースも、何とかデータは復旧できました。

最後はバックアップしかない

震災からすでに4年が経とうとしています。データ復旧に携わってきたお立場から読者に伝えたい“教訓”は何でしょうか。

佐々木:当たり前のように思われるかもしれませんが、データのバックアップの重要性です。

 もし東京に大規模な地震が起こったら、かなりの高い確率でデータを失います。地震などの災害は確実に起こります。一定の確率で地震は来るのです。そして被害を受けます。日本に住んでいる限り、避けられません。

 地震が来なくても、データをなくすことは少なからずあります。以前、当社が「大事なデータを失ったことがありますか」とアンケートで聞いたところ、7~8割の人がデータをなくしたことがあると回答しました。ところが、バックアップを取っている人は、統計をとると30%くらいです。この比率は過去から増えていません。震災後は、一時的にユーザーの意識は高くなりましたが、その後は落ちてきています。

 そして、大事なデータをなくしてしまうのです。データが一番大事だということに、少しでも多くの人が気付いてほしい。犠牲になった人たちを教訓に何かを考えるのなら、バックアップを取ることの大切さを少しでも多くの人に認識してもらい、実践してもらいたいと思っています。

今では、さまざまなものがデジタル化しているので、例えば、スマホ、パソコンを失ったら、ほとんどのデータを失うことになります。デジタルへの依存度は高まっているのに、バックアップを取る人の比率は一向に上がらない。それは危険ですね。

佐々木:地震などは確実に起こります。転ばぬ先の杖ですから、準備をすべきです。

 ビジネス面では、特に中小企業は危険です。ITシステムが日々のビジネスに直結しているにも関わらず、きちんとバックアップを取っていないところが多くあります。先ほどの被災地の例のように、データを失うと事業を継続できなくなります。

 では、大企業ならデータを失わないかというと、そんなことはありません。実際、我々のところには、名だたる大企業が復旧を依頼してきます。基本はバックアップを取っていることが多いのですが、全部を取っているわけではなかったりします。

 これは以前、ある電機メーカーの知人から聞いた話ですが、その会社のソフトウエア技術者が5年間をかけて開発を進めていたOSのデータをうっかり消したしまったのです。何十人もの技術者が5年間を書けて開発していたプログラム、OSのマスターデータです。考えただけでも恐ろしい事態ですよね。

え、そんなに重要なデータが消えたのですか? バックアップを取っていたのですよね?

佐々木:プロジェクトのメンバーは、どうせバックアップを取っているだろうと高をくくっていたそうです。「バックアップを取れていないわけがない」と。実際、電機メーカーですから、バックアップの仕組みは万全で、自動的にバックアップを取り、さらに磁気テープに保存して保管するようなシステムまできちんとできていました。ところが、OSのマスターデータについては、何とバックアップ対象から外れていたのです。そうと分かったとき、プロジェクトのメンバーはみんな顔面蒼白になったそうです。数十億円以上の損失になると。

 みんな気が動転しているから、「これでもないよりはましだ」と、プリントアウトしたソースコードをかき集める人も出たそうです。あまりにも事態が深刻すぎて、みんな思考停止していたんですね。もっとも、OSを開発するようなメンバーですから、中にはファイル構造に詳しいエンジニアがいて、ディスクを内部解析をして、データの領域を調べ、ファイルシステムを再構築したところ、最後は無事データを取り出すことができたそうです。

専門家もデータは失う

 専門家だからデータを失ったりしないということではないのです。先ほど、一般の人に対するアンケートで、8割の人がデータをなくした経験があるという話をしましたが、システムエンジニアの場合は9割がデータを失った経験があるというデータもあります。むしろ専門家のほうがデータを失った経験が多いのです。それが現実です。

 私自身、データが消えないコンピューターを作ろうと開発に携わってきたのですが、6年間やってもできませんでした。「データは日常的に消えているはずだ」という気付きが、私がデータ復元ソフトの会社を興した原点になりました。

 会社を興してからも、「何でデータを失うことがなくならないんだろう」と思い続けてきました。いろいろ考えましたが、最終的な結論はバックアップです。ですが、前述したように、バックアップを取る比率は、2~3割から一向に増えないんです。

私もIT雑誌に在籍していたときは、何度もバックアップの記事を書いたことがあります。ですが、基本的に受けなかったですね。

佐々木:何か新しい仕組みが必要だという認識はありました。データが増え続けて、デバイスも多様化するなかで、以前までのバックアップソフトでは不十分です。バックアップを取りやすい仕組みとは何だろうと追求していくと、クラウドしかありません。さらにデータの一部ではなく、フルバックアップする仕組みが必要です。

現時点で最良の選択肢は「クラウド」

 安全性の面でもクラウドです。クラウドのデータセンターは地震を想定しています。まともなデータセンターなら、きちんと分散配置していますから、一カ所が被災してもデータは守られるようになっています。地震対策という意味では安全性は高いのです。

 通常のバックアップも取っておき、さらにクラウドへのバックアップをしておく。これが理想形です。これはいくら言っても強調し過ぎではないと思っています。

 クラウドは高コストという問題もありますが、コストは徐々に下がっています。昔はパソコンのデータをフルバックアップすることはできませんでしたが、今は、弊社も含めてフルバックアップできるサービスが登場しています。作業手順も簡単になり、面倒くさい作業も必要なくなっています。クラウドを使ったフルバックアップこそ、データをなくさない現時点でのベストな方法です。これに気付く人が増えると、データは守られるのですが……。

潮水をかぶり利用できなくなったRAID機能搭載NASドライブ

データはいずれ消えるもの

結局、一番大切なのはデータなんですよね。それをきちんと守れていないことが多い。多くのユーザーは意識すらしていない。

佐々木:ここまでは、震災などの災害に遭ったときにデータを失う危険性について話してきましたが、もう一つ認識していただきたいことがあります。それは、スマホやパソコンなどのデータは、災害などがなくても、いずれ消えるということです。

 特に、最近増えているパソコンのSSD(Solid State Drive)などには寿命があります。SSDやSDカードなどに使われる記憶素子であるフラッシュメモリーは、構造上、データの読み書きを続けていれば、いずれ読み書きできなくなります。必ず消える運命にあるんです。HDDはSSDよりは寿命が長いですが、いずれ読み書きできなくなります。いずれ消える箱の中に、データを入れているという怖さを認識していない人が多い。まだ紙に書いたもののほうが残ります。

 しかも、SSDなどは突然死します。実際、私も1TBのSSDを搭載したMacBookを使っていて、突然SSDがアクセスできなくなりました。一発で全損です。

SSDの復旧は、HDDより技術的に難しい

データ復旧会社の社長もデータを失ったことがあるのですね。

佐々木:バックアップは取っていましたが、バックアップを取ってから1週間の間のデータはすべて消えましたね。突然でした。慌てて復旧チームのところに持っていきましたが、ダメでした。

 SSDの復旧は、HDDなどに比べて技術的に難しい。つまり、以前に比べて、データの復旧は難しくなっているんです。SSDを搭載しているパソコンの比率はどんどん増えていて、容量は増えているのに、復旧は難しくなっている。そんな危うさの中で暮らしているのに、誰も何も言わない。データはどんどん大きくなってきていて、一度失うとダメージは極めて大きいのに……。

 過去に使っていた携帯電話やスマートフォンなどを、10台くらい持っている人がいます。中に写真がいっぱい入っているから捨てられないわけです。しかし、これらの機器はいずれ電源が入らなくなりますし、フラッシュメモリーのチップ自体も機能しなくなるので、10年後とか20年後に見ようと思っても見られない可能性が高い。また、デジカメ利用者の中には、SDカード内のデータをパソコンなどに保存せずに、カードのまま保存している人がいますが、これもいずれ見られなくなります。

 多くの方は、今、見えているから、使えているから、消えないだろうと思っているわけです。しかし、そんなことはありません。データは消えていくものなんです。そこは認識を変えないといけません。

 私達は震災を通して、データがいかに重要か、そしてデータというものは簡単に失われてしまうものだということを再認識しました。徐々に記憶が風化して、その重要性を忘れてしまいがちですが、3.11を前にして、改めて思い返して欲しいと思っています。それで、少しでもバックアップを取る人が増えるといいですね。それで救われる人は少なくないはずです。

傍白

 2011年当時、私はIT雑誌にいて、年明けから「データ復旧大辞典」という本を作っていました。そして3月11日はその最終校了日。ろくに寝ずに必死になってゲラを見続けていたとき、その時を迎えました。その後なんとか校了でき、本になりました。震災が起こるなど予想していない中で作った本ですが、これでデータが救えた人が少しでもいたらいいな、と思ったことを覚えています。※ちなみに、この本で紹介した内容は、あくまで個人が自力でできることで、潮水に使ったHDDなどは復旧できません。プロにお願いする必要があります。

 本を作る過程でAOSテクノロジーズともやり取りしており、震災後、同社が被災したHDDなどのデータ復旧をしていた話も聞いていました。4年目を迎えるにあたって改めて聞いておこうと、今回話を伺ってきました。

 インタビュー中で佐々木社長も語っていましたが、デジタルデータは実はとても危うい存在です。パソコンやスマホを起動すれば、普通にデータは見られますし、すぐ失われることはありません。ですが、例えば、10年後、20年後に見ようとすると、見られるかどうかわからない。データこそが一番大事なのに、実は失われる可能性と背中合わせ……怖くはないですか? 解決策は、結局のところバックアップしかありません。面倒に思えますが、最近はクラウドを使った手軽なサービスもあります。この記事を読んで、たまにはやっておこうかなと思っていただければ幸いです。

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