「大延長」と「20」
昨日の午後のコーヒーのお供は「ブルーノート・イヤーズ」シリーズの「ハービー・ハンコック」。彼の場合はジャズらしくないと非難を浴びせる人が少なくない。
<トランペットもシンバルもちゃんと大きな音で出ているのに大きく感じない。わざと冷たく力を殺して吹いているようだ。本当は存分に力を出し切れる人たちなのに、音楽を冷たくして、それで特徴を出そうとしているところが嫌だ。ジャズは力を溢れさせて演奏する音楽だろう。これが恰好いいと思ったら大間違いだ。(寺島靖国)>
というご意見もあるが、私は嫌いではない。リズミカルでホットな感じがして好きだ。もっとも「恰好いい」とまでは思わないが。
昨日読んだのは「大延長」(堂場瞬一)。堂場さんのスポーツ物は刑事物より好きだ。延長戦を戦った後から次の日の試合が終わるまでの24時間の出来事を選手、監督たちの心の動きを丁寧に追って描いていく。特に試合中の描写がこの人は巧い。
<公立の進学校・新潟海浜と、私立の強豪・恒生学園との夏の甲子園決勝戦は延長15回でも決着がつかず、再試合にもつれ込んだ。両チームの監督は大学時代のバッテリー。中心選手はリトルリーグのチームメイト。互いの過去と戦術を知り尽くした者同士の壮絶な戦いのなかで、男たちの心は大きな変化を遂げていく――>
「20」(堂場瞬一)は「ラスト・ダンス」の後日譚。お馴染みの名前がでてきて懐かしい。
<低迷に喘ぎ、売却が決定した名門球団スターズ。本拠地でのシーズン最終戦、プロ初先発のルーキー有原はノーヒットノーランのまま9回を迎えた。スターズのリードは1点。快挙達成へのアウト3つを奪うため、ルーキーが綱渡りで投じる20球を巡り、両軍選手や監督他関係者の思惑を一球ごとに語り手を替えて濃密に描き出す。>
だが、この「ノーヒットノーラン」に華はない。スピードだけはあるがノーコンの投手の荒れ球に狙いが絞れずダラダラと9回まで来た感じ。そしてその9回もまたダラダラと展開してゆく。だが、案外「ノーヒットノーラン」という快挙はこんな展開でもたらされるのかもしれない。野球の神様はいるのだ、きっと。
<その神様は、左手にグラブをはめ、右肩にバットを担いで悪戯っぽい笑みを浮かべている。日焼けした顔は少年のそれだ>