偏読老人の読書ノート

すぐ忘れるので、忘れても良いようにメモ代わりのブログです。

百年文庫(42)

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  第42巻は「夢」(ボルガー・池内紀訳「すみれの君」 三島由紀夫「雨のなかの噴水」 ヘミングウェイ・高見浩訳「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」)

  <女友達に高価な贈り物をし、湯水のように金を使う貴族ルドルフ。借金を重ねて落ちぶれても、プライドは老いてなお高く――。「すみれの君」。「人生で最初の別れ話」を切り出す少年の高揚感をユーモラスに描いた「雨のなかの噴水」。料理人や世話係を連れ狩猟のテントを張るマカンバーは、妻に勇姿をみせようとライオン狩りに向かうが…「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」。夢を追った人たちの、おかしくてちょっぴり苦い物語>

 「すみれの君」の著者アルフレート・ボルガー(18731955年)はオーストリア出身の作家。浪費家ゆえに財産を使い果たし、貧窮生活をおくる旧貴族の男が、その出身をみこまれ、生まれてくる娘の父親になってくれるよう頼まれる。男は形式だけとはいえ、結婚するには指輪が必要と、その指輪を手に入れる方策を考えているうちに…。男の「意気」を感じさせてくれる作品だ。

  「雨の中の噴水」は、「別れよう」という言葉をただ言いたいがために少女と恋愛した少年が、自分の思いをはっきり告げたとき、相手の少女は涙をぽろぽろ流し始めて…。少年は少女を置き去りにその場を立ち去ろうとするが、少女は少年のあとをしっかりついてくる。ラスト、「別れよう」とはっきり言ったはずなのにどうしてついてくるのかと責める少年に、少女がそのわけを語る場面が印象的で、「女のしたたかさ」が迫ってくる。

 <「どこへ行くの?」

 と今度は傘の柄にしがみついたまま、白いブーツの歩を移して、少女が聞いた。

 「どこへって、そんなこと俺の勝手さ。さっき、はっきり言ったろう?」鵑

 「何て?」

 と訊く少女の顔を、少年はぞくっとして眺めたが、濡れそぼったその顔は、雨が涙のあとを押し流して、赤く潤んだ目に涙の名残はあっても、声ももう慄えていなかった。

 「何て、だって? さっき、はっきり言ったじゃないか、別れよう、って」

 そのとき少年は、雨の中を動いている少女の横顔のかげに、芝生のところどころに小さく物に拘ったように咲いている洋紅の杜鵑花(さつき)を見た。

「へえ、そう言ったの? きこえなかったわ」

と少女は普通の声で言った。>

 「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」は、その美貌ゆえに富豪の妻の座を得た女の虚栄と、妻を満足させることに必死な夫が、狩猟中、狩人として変貌したまさにその時、不幸にして命を落とすという皮肉な運命を描いている。本作には、明らかに虚栄心の強い美貌の女性に対する憎悪とでもいうべきものがある。

 <著者略歴

ポルガー Alfred Polgar 1873-1955
オーストリアの作家、ジャーナリスト。世紀末のウィーンでカフェに集い、多くの文学者や芸術家と交流しながら、新聞記者、演劇評論家として活躍。ユーモアに富んだ文章を数多く残した。代表作に劇評集『私が証人』『黒と白』など。

三島由紀夫 みしま・ゆきお 1925-1970
東京・四谷生まれ。本名は平岡公威。1946年、川端康成の推薦で文壇にデビューし、49年の『仮面の告白』で作家の地位を確立。『金閣寺』『豊饒の海』など多彩な作品を残し、海外でも高く評価された。70年に自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺。

ヘミングウェイ Ernest Hemingway 1899-1961
アメリカの小説家、詩人。新聞記者として滞在したパリで小説を書き始め、従軍や狩猟旅行など実体験をもとにした作品で作家として不動の地位を確立した。1954年にノーベル文学賞を受賞。代表作に『老人と海』『武器よさらば』など。

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