偏読老人の読書ノート

すぐ忘れるので、忘れても良いようにメモ代わりのブログです。

晴読雨読の日々(8)

 「赤い密室 名探偵星影龍三全集(1)」(鮎川哲也 )を、本格ミステリーの醍醐味を味わおうと読み始めたが、古いタイプのミステリー小説で私には読みづらく、途中で挫折してしまった。それでも折角借りてきたのだからと思い、事件の発端となる最初と、トリックと犯人が明かされる終わりだけを読む(こういうのを「キセル読み」というのだろう)という不真面目な読み方で読了。どうやら「本格推理小説」というのは私には向かないらしい。多分トリックが目新しくミステリ―好きにはたまらない小説だったのだろうけれど。

<いま甦る本格推理小説のスタンダード!本格ミステリ界の重鎮・鮎川哲也の代表的傑作集!『赤い密室』には、名作『りら荘事件』の原形として名のみ伝わる幻の初期中篇「呪縛再現」を特別収録!他に、殺人現場から逃走したピエロがトンネルの中で消失してしまう「道化師の檻」、鍵の掛った浴室でストリッパーの死体が発見される「黄色い悪魔」等、全6篇。>


「あんちゃん」(北原亜以子)は表題作を含む七編の時代小説短編集。北原さんの市井の人たちの日常の出来事を描いたものには「慶次郎縁側日記」「深川木戸澪通り木戸番小屋」というシリーズ物があるが、本書も人と人との温かい交流が描かれている。イチオシは結婚して幸せな生活を送る女性が、「こんな幸せが続くわけがない」という不安を抱きながら暮らしていると、やがて…。 

この人の本を読んでいると、昔TBS系で放映されていた「東芝日曜劇場」を思い出す。そう、「昭和」という時代の匂いと香りがたちのぼってくるのだ。登場人物それぞれがどうにもならない心のひっかかりを抱きながら、それでも何とかそれに耐えて明日を生きてこうとするけなげな姿が。

<夫婦の気持ちのすれ違いを巧みに描いた「冬隣」、江戸に出てきた若い百姓が商人として成功した後に大きなものを失ったことに気づく表題作「あんちゃん」など、江戸を舞台にしながら、現代にも通じる深いテーマの数々を、時代小説の名手が描ききる。冷えた心に、ほんのりと明かりを灯す、珠玉の全七話。>

 

 「愛に乱暴」(吉田修一)は不倫のお話だが「パレード」同様吉田さん独特の罠が仕掛けられていて、中盤から後半にかけて「あ、そうだったのか!」とその仕掛け騙されていたことに気づく。これだから吉田さんは油断できない。ストーリー自体はそれほど目新しいものではないが、読み進んでいくと夫婦の心のすれ違いをさらっと描いているようで、実はかなり丁寧に描かれていることに気づく。夫婦は自分が育ってきた家族以上のものにはなれないという諦念が底に色濃く淀んでいて、そうであるがゆえに夫婦はそれぞれが「帰る場所」を求めて「何とかしよう」ともがかざるを得ない。そしてその「もがき」の果てに、何とか自分と新しい家族(夫、義父母)との折り合いをつけようと無理を重ねて行った結果破綻してしまう夫婦生活。それもこれも因果応報だと切り捨てることもできるが、ヒロインの壊れていく心の軋みが切ない。だが、多分私の感じた「切なさ」はこのヒロインには届かないかもしれない。何故なら私の想像力の及ばないところにこのヒロイン像があるからだ。

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