2023/06/23

晴読雨読の日々(5)

 盛田隆二「サウダージ」は、日本人の父とインド人の母の間に生まれた人材派遣会社に勤める主人公の夏の終わりの八日間(825日~91日)を日記風に描いた作品で、会話部分もとてもお洒落にできている。登場人物ひとりひとりの造型も丁寧に描かれていて、私の周りには居ないが、「きっと居るんだろうなあ、こういう人たち」と思わせるリアリティがある。知らなかったなあ、こんな良い作家。もっと早く読んでいればと、悔やまれる。なるほど、「油断できない」作家だ。

タイトルの「サウダージ」は、移民の研究をしている助教授が「穴倉のような店」で酔っぱらって教え子の日系四世の娘にくどくどと語る場面に出てくる。

「ポルトガル語だ。日本では孤愁とか、思慕感覚と訳されているが、ちょっとニュアンスが違う。失ったものを懐かしむ感情とでも訳したほうがいいかもしれない。アフリカ大陸から南米大陸に連行された黒人たちが大西洋の波打ち際に立ち、海の向こうの故郷に思いを馳せる。サウダージとはそんな哀しい言葉だ」

 「失ったものを懐かしむ」という側面からみると、出てくる人たちはみな心の奥に「居場所を失った」という喪失感を抱えている。言い換えればこの小説は、居場所を探すものたちの旅を描いていると言ってよいかもしれない。「サウダージ」、なんとも魅力的な言葉ではないか。

 

 本田孝好「MISSING」は、16回(1994年)小説推理新人賞受賞作「眠りの海」他四編を収録した短編集だ。良い小説の条件のひとつが、極めて興味深い謎を含んでストーリーが展開し、その謎解きの答えを読者の想像力に委ねるというものであることとするなら、私には最後に収録されている「彼の棲む場所」がそうした小説の醍醐味を味わせてくれて、面白く読めた。細部を描くということは、決して全てを描くのではないということを教えてくれる見本のような小説だ。ん、ちょっと褒めすぎたかも。ただ、文章のリズムという点では、まだ粗削りのところがあって、この先この人がどう進化していくのか楽しみだ。そう、本田さんもまた私にとって「油断できない」作家さんの一人になったのだ。


 三浦しをん「木暮荘物語」は、ボロアパート「木暮荘」に住む人たち四人それぞれが主人公になって語られる連作短編の体裁をとっているが、老人の私には大家さんの心情がほんのりとして共感できた。小説と言うより漫画を読んでいる感覚の小説だ。

<小田急線・世田谷代田駅から徒歩五分、築ウン十年、安普請極まりない全六室のぼろアパート・木暮荘。現在の住人は四人。一階には、死ぬ前のセックスを果たすために恋を求める老大家・木暮と、ある事情から刹那的な恋にのめり込む女子大生・光子。二階には、光子の日常を覗くことに生き甲斐を見いだすサラリーマン・神崎と、3年前に突然姿を消した恋人を想いながらも半年前に別の男性からの愛を受け入れた繭。その周りには、夫の浮気に悩む花屋の女主人・佐伯や、かつて犯した罪にとらわれつづけるトリマー・美禰、繭を見守る謎の美女・ニジコたちが。一見平穏に見える木暮荘の日常。しかし、一旦「愛」を求めたとき、それぞれが抱える懊悩が痛烈な哀しみとしてにじみ出す。それを和らげ、癒すのは、安普請であるがゆえに感じられる人のぬくもりと、ぼろアパートだからこそ生まれる他人との繋がりだった……。>