在日朝鮮人の民族教育を目的につくられた朝鮮大学校が小説の舞台。著者のヤンさん自身も東京の郊外にあるキャンパスで青春時代を過ごした。
主人公のパク・ミヨンは在日コリアン2世。演劇の勉強を夢見て大阪から上京するが、大学校の生活指導員は「ここは日本ではありません」。民族主義を前面に押し出す教育に反発するようになり、北朝鮮を絶対視する先輩とも衝突する。ミヨンは言う。「なんでも従いますという無責任な人が賞賛されるなんて納得出来ません」
在日であることを気にしないという美大生の恋人の言葉にも違和感を覚える。「気にしない」というのは、「それ以上は知るつもりはないということ」。知識がないから差別や不寛容が生まれる。そんな思いを込めて描いた場面だ。
ヤンさんは「コリアタウン」がある大阪市生野区生まれ。父(故人)は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の幹部を務めていたという。帰国事業の旗振り役も務め、ヤンさんの兄3人も当時「地上の楽園」ともてはやされた北朝鮮に渡った。
そんな家庭に育ったヤンさんは、親や総連の意向に従い大学校卒業後は朝鮮高級学校の国語教員に。だが、ミヨンは「押しつけ」に抗(あらが)い、卒業式を抜け出し、劇団に加わる。著者はミヨンに自身の姿を投影させる一方で、「自分が学生時代にできなかったことを託した」。
ヤンさんが自分の夢に向かって動き出したのは、自身の結婚などを機に教員を辞めた後。劇団に入ったり、30代で渡米し、映像を学んだりした。
日本に戻ってから自分の家族の姿を撮ったドキュメンタリーを撮影。その初作品では政治色の強い生き方をしてきた父が、息子3人を北朝鮮に帰国させたことを後悔していることを打ち明ける場面も盛り込んだ。「総連幹部の顔と父親として素顔の両面を出したかった」
自身にとって初めての小説。「映像作品はスタッフの意見を採り入れながら編集して仕上げる。一方、小説は自分が書いた文章がそのまま読まれる」。その「怖さ」を感じながら筆を進めたという。(文・有近隆史 写真・相場郁朗)=朝日新聞2018年7月7日掲載
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