heartbreaking.

中年の末路とその記録

古い機械を壊しかけてボタンが押せなくなった。そしてハンカチを持ってないことで派遣切りになった。

交通事故のむち打ち後遺症が治るまでポスティングの仕事を保留にし、派遣会社へ仕事の相談に行くと「黙々とできる製造の仕事があります」ということで採用になったがその代わり、有害物質が体内に入る潜在的リスクのある業務だった。年齢的にも他に仕事は見つかりそうにないのでしばらく我慢してそれをするしかない。それで健康診断の前に派遣切りに遭ったら使い捨ての駒に過ぎない。

工場の派遣なので難しい仕事も与えられず言われた通りにやるだけが重要だった。給料は多い時で手取り16万くらい。閑散期と繁忙期の波があるので生活が安定するようなことはない。直接素手で触れたり鼻から吸い込んだりする有害物質の脳に与える影響に考えると憂鬱でフォールアウト4でスクラップ集めしてた。

何処の会社も直雇用で入ると「言われたことはメモを取ってください」と言われるし1度しか教えてくれないことがある、2度目以降は自分のメモを見てくれ、それを見てもわからないのならメモを清書しなさいと言われる。だからプライベートで独自に勉強する必要が出てくる。

派遣で工場へ行くとそういうことは言われたことがない。何故なら簡単なことしか任されない。上司も派遣社員の指導に慣れてるのか同じことを聞いても即答してくれる。なのでメモを疎かにしていた。だけどメモはある程度は取ったほうがよいことをお伝えしたいです。脳内だけでは結構重要なことを見落としていることがある。

ある日から上司が私に少しばかりの信頼を見せてくれるようになり、残りの作業を任せ先に帰るようになっていた。さて、ここからは一人での作業だ。上司が伝言を残した通りにやっていかなければ。

この機械のボタンを押してONにしてAのメンテナンス工程を見守り、

その工程が終わったらもう一度同じボタンを押して今度はOFFにする。

最後に全部の電源を切ったな(指さし確認)機械にカバーを被せて、お疲れ様でした。

少なくとも1年はここで契約更新されるのだろうなと随分甘い見積もりを立てていた。そして土日を過ごして月曜の朝、上司が「大変なことをやってくれましたよ」のようなことを言っている。何かありましたか。

なんですって? 私が押したボタンが凹んでONの状態になったまま帰宅していたので機械が意味のない工程を休日の間延々と続けていて作業場が大惨事になっていた、と。機械が古いので押したら戻らないボタンがあることは過去に一度どこかで説明していたはずだ、と。そういえば「このボタンは戻らないことがある」と言っていたことを思い出してきた。「(はは、まさか)そんなボタンが戻らないことがあるんですね」と笑いその時は軽く受け止めていたが自分がそれをやる「問題ある奴」になっていた。

上司はこれを「重大なミスですよ」と何度も言っている。

運よく機械は壊れてなかった、ということで契約は継続してもらえたがなにかにつけそのミスが尾を引いて会話の節々に登場するようになった。工場にはボタンがいっぱいある、そのボタンを押すのが原因で信用を失った。

工場は何十万円・何百万円する機械がごろごろある。

機械のボタンを押して、ONとOFFを切り替える(いつ終わるんだこのボタンの話)

いつも目に付く場所にある貼り紙のその工程に関する説明部分は即日取り消し線が引かれていていた。上司は、派遣社員の私が何十万・何百万する機械の責任を取るはずもないので迷いなく取り消し線を引いていた。凹んだまま戻らないボタンとかどんな罠だ。もう私はその工程はやらなくてよいので、その部分は朝来た先輩がなんとかするということだった。

何処の会社も機械やパソコンに不具合を起こすと一発で信用を失くしてしまう。そしてその作業が出来なくなることもあるので注意しなければならない。偉そうに言っているけどそんなことでつまづくのは私だけだ。

先輩は資格を持っていて何やら難しい作業をしていて頼もしく見える。その補助作業をしていたのだが、それにしても私がしているのは例えるなら刺身にタンポポ乗せるのに近い簡単な作業だった。すぐ近くでは他のパートも外国人実習生も皆難しそうな作業をしている。私だけ簡単すぎてウツ状態になりそうだった。

最初3時間かかっていた単純作業が1時間で終わるようになったが、それは会社にずっと居られるほどの難しい作業ではなく、むしろ早く終わりすぎると暇な時間こいつに何をさせるかということで上司は頭を痛めているようだった。なんのために存在するのかわからなくなってきたので頭の中で陽気な音楽を流して踏みとどまっていた。

昼休みは休憩室がいっぱいで私の席がないのは明らかでかなり強い孤独を感じていた。ざわざわと皆が集まるロッカーをいかに素早く開け閉めしてその場を離れるかが重要だった。駐車場に止めてある自分の車の中でコンビニのおにぎりを食った。金を貰いに来てるだけだ。心に憧れているロックスターみたいにカッコよく生きられるわけじゃない。簡単なことしか出来ないから隅っこのほうでヘコヘコして心を擦り減らしても我慢してカッコ悪く生きてゆくのだ。

ダークソウルが好きな女性など田舎の工場にいるとは思えないので共通の話題が存在しないことはわかっていたけど話す人がいなさすぎた。情報が入ってこないので上司だけが頼りだった。

以下はトイレでの話ですが。

無事、用を足せるかどうかは人見知りの自分には工場で働くにおいて重要な問題だった。

従業員の人数のわりにはそれに対するトイレの数が少ない工場だった(それは何処も同じ)。そこに人が殺到すると午前と午後の休憩それぞれ10分が潰れる。派遣であるため常に気を遣っていたと同時に、1メートル以内に直雇用のパートが並んでいるだけで精神的に厳しい状態でとにかく人と関わりたくなかった。

なので我慢して昼食時の1度だけで済ませるようにした。その時なら空いていることが多いのでそこを狙って行った。午後の仕事に戻る前に素早くトイレを済ませ出ていかなくては。そこであることに毎回気付く。

あ、ハンカチ持ってない。ハンカチって高いから持ってない(家にもない)。ファミマのハンドタオルは500~600円くらいする。以下の事件が起きてからハンカチ求めて彷徨ったが案外直ぐは手に入らないから軽視していた。

ウーンどうしよう手洗いで濡れている手を。パッと振り払うか誰もいないので自分の服でわからないように拭いて済まそう。そして一応人目を気にしながらそそくさと出る。そんなことを繰り返していた。

ある時から、トイレの鏡の前で入念に化粧直しをしている先輩が必ず居るようになっていた。こちらが挨拶しても一度も返ってきたことがないのでいつも機嫌が悪そうな人だ。睨まれたこともある。こんな人の隣で手を洗うのもストレスなのでそのまま出よう。それが何度か続いたある日、

「ちょっと待って!」

その先輩が初めて口を開いたので何だろうかと思った。

「貴方どうしていつも手を洗わず出て行くの?汚いでしょ!」

話したこともない人にいきなり非難をされていていたので言葉が出てこなかったけど、飲食系の仕事でもないのに手を洗うかどうかでわざわざ引き留めるようなことか?と思った。強い口調で言ってくるのは偉い立場の人なのかも?と思い契約を切られても困るのですみませんと丁寧に謝った。

一体いつから私がトイレで手を洗わず出ていることに目を付けていたのか。そのことで執拗に詰め寄ってくる。「ハンカチがあるでしょう」

ハンカチがどうこう言いだしたので、面倒くさいので除菌ティッシュで外で拭いてますとか適当な説明をしてみたがこちらの話を聞いていないようで自分の意見を言いたい様子だった。私は別の件で既に追い詰められていたのでしんどすぎて頭がボーッとなってきつつあった。そして目の前には怒っている直雇用のパートがいる(別の件とは、閑散期の突発的な会社都合の休みは派遣先の会社にペナルティ費用が発生するので私が希望して休みにしたということにすればその費用が会社側に発生しなくなる。どうするか私に考えて欲しいという相談でこれは強制ではないが難しい判断だった。会社をたてれば派遣会社からは「自分の都合で安易に休む人だ」と信用を失い、派遣会社をたてれば会社に対する義理を欠いたと内心受け止められかねない。派遣会社は私の労働時間を守ろうとしているが、雇用先の会社は必要ない時に出てこないで欲しい。両方の板挟みになってしんどかったのとその日はつまらないミスを重ねたのもあり車の中で朦朧としていた)

「貴方いつもどこからトイレにどうやって来ていて外履きはどこに置いてるの?それに手を洗わないってどうしてなの?」

私は会社からちょっと離れた派遣専用の駐車スペースで昼食をとって作業に戻る直前に外履きを邪魔にならない隅っこに置いて共用のトイレ用スリッパ履いてここにいます。ちなみに手を洗わずに出るのは、貴方が鏡の前に居座っている時だけです。丁寧に説明したが私の話など聞く必要もないという態度でそれはまるで犯罪者が刑事に詰問されてるような嫌な空気の中に居た。

「だけど…貴方!派遣でしょ!?」

まさか派遣だから存在そのものを下位に見ているということなのか。ここで突如として話が飛んだのが怪しいと思った。

私が派遣社員だから、何を言っても構わない存在だとこの人は思っているのか。それは間違っている。

確かに派遣なのでトイレ掃除をするようには言われていないが指示がない限り何も余計なことは出来ない立場なのは直雇用の人にはわからないかもしれない。

今ならもう少し冷静に対処できるのですが、詰問された怒りをその時はどうすることもできなかった。その腕をガシッと掴んで「派遣だからなんだっつぅんじゃい!」と怒鳴ってしまった。

さらに腕を掴んだまま皆のいるとこへ引っ張って行ってほかにも色々と…糞ババア!派遣を馬鹿にするな!と3~4分くらい怒鳴り続けてしまった。相手はだんだん言い返してこなくなった。何を言っても言い返さない人だと思われていたのかもしれない、そう思われるのは何事もなければそれでいいんだけど、平和に過ごしたいこちらを攻撃してこないでほしい。何で戦いたがるのか。穏やかに話し合えないのか。

怒るだけの正当な理由があったとしても、怒鳴った時点で私のほうが終わりだった。

相手が直雇用のパートであり、私は派遣社員だった。直雇用のパート>派遣社員だということを伝えながら私を制御することが目的の人間がいるのならそれは差別でもあると感じていた。

そういう意識を持つ直雇用の人が存在する。

トイレという密室の中で誰も見ていないところで頭ごなしに派遣社員を説教しウツ状態へ追い込みそこをそいつが辞めさせたら勝ちなのか(それで派遣社員が最後の希望の職を失い生活出来なくなり部屋で〇吊ってたとしても)。人が辞めると喜ぶタイプの人はその会社のことをほんとには考えてなくて自分さえよければいいとおもっている。

何故、派遣社員はここまで嫌悪されているのだろう、時給が高いという思い込みか。私は直雇用のパートと同じ時給だったのを伝えるべきだったのか。

ヘンな派遣社員が怒鳴っていたぞってことで、私のほうが仕事の途中で帰らされることになり、また無職か…とガックリして喫煙所で(直ぐ帰れよ)煙草吸いながらダンゴムシみたいに丸まってうつむいてた。

もし、言われっぱなしで我慢していたらウツ病になっていた。帰宅してすぐに布団に入ってスマホの電源も落として寝た。

派遣の営業は悩みを聞いてくれたのでそれ以上は追い詰められることはなかった。営業は、怒鳴ったことについてはきちんと反省して今後は自分で勝手な判断をせずまずこちらに連絡してほしいとだけ言っていた。

会社から厳重に注意を受けて二度としないことを誓いそれからしばらく働かせてはもらえたが、結局のところ赦されることはなかった。私が怒鳴ったことが遠因で程なく契約終了となった。

そんなことがあって無職になって、派遣の給料は雇用先の企業から派遣会社へ払われるまで待たねばならないのでそれで借金が増えていった。いつも誰かに人生の邪魔をされる。生活の計画を壊されて利息ばかり払ってる人生にも疲れたが首〇ろうとは思わない。どんなに理不尽なことがこれから先起きても、怒鳴らず冷静に対処していくことの大切さをようやく50歳手前になって本当の意味で理解できたのだった。

そして私が出来ることは自分がいじめる側にならないと心に誓うことだけだった。生きてる間に地獄に堕ちたくない。

別の会社でも、手を洗って濡れたままの手でドアノブ触って出たら先輩が近付いてきて「貴方が使った後ドアノブが濡れていてとても気持ち悪い」と注意されたことがある。職場では何気ない行動を見ている人がいてそういう人は必ず指摘してくる。手を拭けというのは間違ってはいないけど別にわざわざ注意することでもないと思っている。コロナ禍で神経質になる時期でも私は仕事中に公衆便所に入って手は洗うがパッパッと振り払って自然乾燥で済ませていた。トラックドライバーなんかハンカチ持ってるのか。衛生面をあまり気にしない私がコロナに罹ることはなかったが、コロナで苦しんだ人の話も聞いたことはあるのでそうした方にとって今回の手洗いの話は問題あったかもです、誰かをコロナで亡くした人がいたら謝ります。

もう懲りたのでコンビニで500円くらいのハンドタオルを買って毎日持参するようになった。それで鼻を噛んだりもしていているが、これでうるさいおばはんに何も言われずに済むはずだ。