Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

2018年を振り返って

あけましておめでとうございます。

昨年の正月には「今年はもう少し書いていこうかと思っています」と言ってましたが、結局1年間ブログを書かずに過ごしてしまいました。申し訳ありません。

昨年は個人的に大きな出来事があり、経済学への関心も薄れがちになっていたため、ずるずると書かずに済ませてしまいました。

それでも昨年の日本経済を振り返ってみると、インフレ目標2%は達成できなかったものの、失業率は2%台前半が続き、景気は大きく回復しました。

ただし、海外では貿易戦争やFRBの金利引き上げによる、アメリカや中国の景気後退が懸念されており、予定通り今年10月に消費増税(2%)が行われた場合、これらの要因と相まって再び景気が悪化するのではないかと懸念しています。

昨年、日銀副総裁を退任した岩田規久男氏の「日銀日記」を読んだのですが、岩田氏も2014年の消費増税(3%)がリフレレジームを壊した結果、リフレ政策が十分効果を発揮できなかったと書いていました。もしあの増税がなければ、今頃はインフレ目標2%を達成できていたと思います。返す返すもあの消費増税が悔やまれてなりません。

今年10月の消費増税では様々な増税対策が行われる予定で、軽減税率も導入される*1のですが、それでも景気へのインパクトは大きなものがあるでしょう。増税対策を行うくらいなら、消費増税を凍結するのが一番大きな対策だと思います。

ただ、最近、消費増税を決めた野田前首相や、デフレ政策を行った白川前日銀総裁のインタビュー記事が出てましたが、彼らには間違った経済政策で日本経済をダメにして、国民の生活や国力を衰退させたことへの反省は、全くないようです。間違った考え方に囚われると、どれだけ批判されても、自分の政策が間違った証拠を現実に突きつけられても、全く動じなくなるんですね。

weekly-economist.mainichi.jp

toyokeizai.net

 また、平成時代は経済全体の状況を無視して、消費増税、緊縮財政、金融引き締めなどで、財政再建や「円の信認」だけを追求した結果、日本の名目GDPがほとんど伸びず、その結果税収も伸びずに財政再建もできなかった時代でした。しかし、未だにそれを理解できず(あるいは理解しようとせず)、30年前と同じイデオロギーを唱えている記事もあります。消費増税に固執する財務省が日経に書かせた記事なのでしょう。

www.nikkei.com

平成時代というのは、まさにこのような間違った考え方のために「平に成って」しまった時代だったと思います。

考えてみれば、リフレ派は平成時代の間、ずっとこのような考え方を持つ官僚(特に大蔵省・財務省と日銀)、マスコミ、経済学者、政治家と戦っていたのでした。岩田規久男氏と岡田靖氏が、日銀によるマネーサプライの急速な減少を批判して、岩田氏と日銀の翁邦雄氏との間で「マネーサプライ論争」が起こったのは1990年代前半です。これがリフレ派の始まりだったと言って良いでしょう。岩田氏が日銀副総裁になる前に、当時のことを学習院大学を退官されたときの最終講義の場で語っています。

これについては、過去にこのブログでも取りあげていました。

baatarism.hatenablog.com

次の元号の時代は、このような緊縮主義に基づく経済政策を払拭して、日本が再び成長を取り戻す時代に成って欲しいと思っています。そのために、まだまだリフレ派の戦いは続けなければならないのでしょう。

*1:軽減税率は税制を複雑化したり、利権として使われるので、私は否定的なのですが、それでもある程度の負担軽減効果はあるでしょう。

蓬莱学園と私

昨年末に公開された蓬莱学園に関する記事に、元参加者の一人として名前(ハンドル名)を出させていただきました。

news.denfaminicogamer.jp

実は僕はこの記事で取り上げられていた1990年の「蓬莱学園の冒険!」には参加できず、そのあとの1994年から蓬莱学園ワールドに参加したのですが、その頃でもここに書かれた熱気の余波はものすごく、すっかり魅了されてしまいました。その後、10年近く同人活動などで関わっていました。

本当はこの記事で取り上げられた方々と名前を並べてもらうのもおこがましいのですが、ブロガーの一人として取り上げていただきました。

自分にとって蓬莱学園を一言で言うと「母校」ですね。リアルで通った高校や大学よりも、母校としての意識は強いかもしれません。いわゆるオタク業界における最大の「学閥」が蓬莱学園だと言われることもありますが、僕にとっても自分のルーツになった「場所」だという意識があります。

もう20年以上前の話ですが、この記事も懐かしく読ませていただきました。当時のあの熱気を思い出しました。

2017年を振り返って

あけましておめでとうございます。

新年を機に、このブログもはてなブログに引っ越しました。

結局、昨年は2回しか更新できませんでしたが、今年はもう少し書いていこうかと思っています。

 

昨年の日本経済ですが、年末に発表された11月のデータでは、失業率は2.7%まで低下し、正社員の雇用も増えて、消費が増えてインフレ率も徐々に上がっています。(生鮮食品を除く総合で0.9%)

www.nikkei.com

リフレ派の多くの経済学者、エコノミストは、日本の自然失業率を2%台半ばと考えていますが、失業率がその水準に近づいて、ようやくインフレ率も上がってきたようです。

安倍政権は財政再建を目指して、消費増税などの財政緊縮政策を取っているので、このような景気回復は日銀の量的緩和の効果によるものでしょう。もし消費増税がなく、積極的な財政出動が行われていれば、もっと早くこのような効果が現れたと思います。

 

政治的には夏までは森友学園や加計学園の問題で安倍政権が野党やメディアからの追及を受けて、内閣支持率が下がりましたが、それにも関わらず10月の解散総選挙では与党が大勝しました。

この総選挙で民進党は小池東京都知事と組んで新党を作ろうとしましたが、その結果、党が分裂してしまい、バラバラになった野党は与党にかないませんでした。

このように与党も野党もマイナス点を抱えた中での選挙でしたが、それでも与党が勝利したのは、上に書いたような経済や雇用の回復が大きな要因だったと思います。

昨年は「安倍一強」という言葉がよく言われましたが、民進党の分裂で政権を担える政治勢力が自民党だけになってしまい、自民党内部でも安倍総理に取って代わる政治家がいないのだと思います。ここまで安倍総理の力が強くなったのも、経済や雇用の回復を果たした経済政策で国民の支持を得ていることが最大の要因でしょう。

 

実は僕は安倍政権がリフレ政策を取り入れてアベノミクスを始めた頃から、政治的な選択肢が他になくなってしまうのではないかと思っていました。

2012年の年末に書いた記事では「ここまでリベラル・左派の経済音痴が酷いと、他に選択肢がなくなってしまいます。」と批判し、2013年の年末には「経済政策を軽視し、経済成長や金融政策を敵視すらしてきた左派・リベラル派や民主党は、すでに政治的な選択肢から外れてしまっているのでしょう。」と書きましたが、民進党の分裂でそのような懸念が現実になったのだと思います。

baatarism.hatenablog.com

baatarism.hatenablog.com

そして経済政策では安倍政権にかなわない野党や左派・リベラル勢力は、安倍政権を倒すために森友学園、加計学園の問題をスキャンダルにして安倍政権を攻撃し、総選挙では小池都知事と組んでポピュリズムで票を得ようとしましたが、スキャンダリズムやポピュリズムによる安倍政権への挑戦は失敗に終わったというのが、昨年の日本の政治だったと思います。

野党や左派・リベラル勢力はこのことを反省して、まず安倍政権よりも良い経済政策で戦って欲しいと思います。経済学者の松尾匡氏のように、そのような政策を主張する左派の経済学者もいるので、その声に耳を傾けて政策に取り入れるべきでしょう。そうしないと、野党はいつまでも政治的な選択肢にはなり得ず、数年後に安倍政権が終わっても自民党政権が続くと思います。

このように安倍政権誕生時に思ったことが、現実になったのが昨年でした。この状況はいつまで続くのでしょうか。

片岡剛士氏日銀審議委員候補選出記念リンク集

すでに報道されている通り、リフレ派のエコノミストとして有名な片岡剛士氏が、日銀審議委員の候補として選ばれました。衆参両院とも自民党が単独過半数を占めているため、この人事は国会で承認され、9月の金融政策決定会合から参加することになります。

 政府は18日、日本銀行の審議委員に三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員の片岡剛士氏、三菱東京UFJ銀行取締役常勤監査等委員の鈴木人司氏を充てる人事案を国会に提示した。
 任期は5年間。参院が記者団に資料を配布した。
  ルームバーグが入手した政府の国会提出資料によると、片岡氏は44歳。経済政策の調査に約20年間携わっており、理論やデータに基づく「分析手法は高い評価を得ている」という。「アベノミクスのゆくえ−現在・過去・未来の視点から考える」(光文社新書)などの著書がある。慶応大学大学院商学研究科修士課程修了。
 昨年4月、自民党の有志議員の勉強会「アベノミクスを成功させる会」(会長・山本幸三地方創生担当相)に講師として出席し、消費増税の凍結を提唱した。代替の社会保障財源として相続税や資産課税の強化を挙げていた。
 昨年11月4日付の片岡氏のリポートでは、「2%のインフレ目標に向けたモメンタムが維持されているとは全く思えない」とした上で、「早期の追加緩和という具体的なアクションを行うことが定石であり、かつ必要である」との見解を示していた。


日銀審議委員候補に「リフレ派」片岡氏−三菱UFJ銀の鈴木氏も - Bloomberg 日銀審議委員候補に「リフレ派」片岡氏−三菱UFJ銀の鈴木氏も - Bloomberg 日銀審議委員候補に「リフレ派」片岡氏−三菱UFJ銀の鈴木氏も - Bloomberg

私も片岡氏の著書や記事はほとんど読んでいますが、データに基づいた緻密な分析能力と、異論となることを恐れずに主張を貫く勇気をそなえる片岡氏は、まさに"cool head but warm heart"*1を持つ人だと思います。
日銀審議委員としては、執行部を支えるだけではなく、日銀が今後取るべき政策を指し示す存在となってほしいと思います。かつて速水総裁のデフレ政策を批判し、ゼロ金利政策や量的緩和政策を主張して、最終的には日銀に採用させた中原伸之氏のような活躍を期待したいと思います。


さて、このように私は片岡氏の日銀審議委員就任に大きな期待をかけているのですが、その反面、これまで各方面で活躍していた片岡氏の著書や記事、レポートを今後5年間は読めなくなるのが残念でたまりません。
そこで、このページでは片岡氏関連の記事や資料をまとめることにしました。

まず、今回の日銀審議委員候補選出にあたって、記事やブログで多くの方が取り上げています。


田中秀臣氏
リフレ派による片岡剛士氏の紹介|hidetomitanakaのブログ リフレ派による片岡剛士氏の紹介|hidetomitanakaのブログ リフレ派による片岡剛士氏の紹介|hidetomitanakaのブログ


高橋洋一氏
日銀政策委員、リフレ派増員で民主党色は一掃された | 高橋洋一の俗論を撃つ! | ダイヤモンド・オンライン 日銀政策委員、リフレ派増員で民主党色は一掃された | 高橋洋一の俗論を撃つ! | ダイヤモンド・オンライン 日銀政策委員、リフレ派増員で民主党色は一掃された | 高橋洋一の俗論を撃つ! | ダイヤモンド・オンライン


若田部昌澄氏(英語による片岡氏の詳細な紹介です)
Why PM Shinzo Abe Should Listen To Reflationist Bank Of Japan Nominee Why PM Shinzo Abe Should Listen To Reflationist Bank Of Japan Nominee Why PM Shinzo Abe Should Listen To Reflationist Bank Of Japan Nominee


質問者2氏
日銀審議委員候補に片岡剛士さん٩( 'ω' )و|質問者2 のブログ 日銀審議委員候補に片岡剛士さん٩( 'ω' )و|質問者2 のブログ 日銀審議委員候補に片岡剛士さん٩( 'ω' )و|質問者2 のブログ

【記事紹介】安倍総理は日銀審議委員候補の片岡剛士さんの意見を傾聴すべき(若田部昌澄さん)|質問者2 のブログ 【記事紹介】安倍総理は日銀審議委員候補の片岡剛士さんの意見を傾聴すべき(若田部昌澄さん)|質問者2 のブログ 【記事紹介】安倍総理は日銀審議委員候補の片岡剛士さんの意見を傾聴すべき(若田部昌澄さん)|質問者2 のブログ


また、勤務先の三菱UFJリサーチ&コンサルティングからは、定期的にマクロ経済の動向や経済・金融政策の評価・分析を行うレポートを出しています。さらに著作やメディア活動の一覧も載っています。



またSYNODOSでも多くの記事を発表しています。
片岡剛士 | SYNODOS -シノドス- 片岡剛士 | SYNODOS -シノドス- 片岡剛士 | SYNODOS -シノドス-


Newsweekにも少し記事がありました。
複眼でみる日本経済 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト 複眼でみる日本経済 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト 複眼でみる日本経済 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト


まだ他にもあるとは思いますが、とりあえず現時点で見つけられたのはこのくらいでした。
もし他にありましたら、このブログのコメント欄やTwitterで教えてくだされば幸いです。


最後に、今後の片岡氏のさらなる活躍を願っています。日銀官僚の「ご説明」には負けないで頑張ってください(笑)

*1:この言葉は近代経済学の祖と言われるアルフレッド・マーシャルの言葉で、経済学を修める者すべてに求められる資質とされています。

「自由主義的AI社会」と「統制主義的AI社会」

あけましておめでとうございます。
このブログも3ヶ月ほど間が空いてしまい、その間にはトランプ大統領当選という衝撃的な事もありました。その後の動きを見ていると、最も大きな影響を受けそうなのは中国となりそうです。これについては、大統領就任後の動きを見て、改めて記事にしようかと考えています。


さて、昨年大きな話題を呼んだものの一つに人工知能(AI)の発達がありました。機械学習、特にディープラーニング(深層学習)の技術が急速に発展し、囲碁の世界ではGoogleが開発した「AlphaGo」が世界のトップ棋士を破るという特筆すべき出来事がありました。さらに昨年年末から今年の初めにかけてはネット囲碁の世界でいくつもの「謎の棋士」が登場し、AIではないかと噂されています。その中で最強と言われ、世界的な棋士を次々と破っている「Master」が、実は「AlphaGo」の新バージョンであった事も明らかになりました。

Google DeepMindの共同創立者であるデミス・ハサビス氏が1月5日(日本時間)、Twitterを更新。年末年始に世界のトップ棋士を続々撃破していた謎の囲碁アカウント「Master」は、囲碁ソフト「AlphaGo」の新バージョンだと明らかにした。


謎の囲碁棋士「Master」の正体は「AlphaGo」 Googleが発表 - ねとらぼ 謎の囲碁棋士「Master」の正体は「AlphaGo」 Googleが発表 - ねとらぼ 謎の囲碁棋士「Master」の正体は「AlphaGo」 Googleが発表 - ねとらぼ



このように急速な発展を続けるAIですが、近い将来に人間と同等かそれ以上の知能を持つ「汎用人工知能(Artificial General Intelligence) 」が誕生し、飛躍的な生産性の向上をもたらすと同時に、人間の仕事をAIが奪う技術的失業が起こるのではないかと言われています。そのため、AIの影響は経済学の分野でも大きく論じられています。
日本でも井上智洋氏が「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」という本でこの問題を論じており、汎用人工知能による技術的失業については、政府がベーシックインカム(BI)で所得を保障すべきだと結論づけています。同様の議論は欧米でも行われているようです。AIによって飛躍的な生産性向上が実現するならば、それが生み出す付加価値に課税する方法を見つければBIの財源を確保できるので、実現性の高い話になるでしょう。

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このように欧米や日本などの西側先進国では、AIによる生産性向上の成果を人々が享受し、それに伴う失業というマイナス面を克服することが社会的課題となっています。これらの国では、AIの発展を人々の生活水準や自由の向上に役立てようとしていると言えるでしょう。


しかし、中国はAIを別のことに利用しようとしているようです。

 杭州市政府が試験的に導入しているのは、共産党が2020年までに全国的に普及させたいとしている「社会信用」システムだ。同システムは、中国政府が共産党の正統性に対する脅威を回避するため使っている社会管理手法をデジタル化させたものだ。

 現在は30以上の地方政府が個人の信用度を格付けするべく、市民の社会行動および金融行動のデジタル記録を収集し始めている。例えば、不正乗車や信号無視、家族計画規則違反などさまざまな違反行為をすると罰点が科されるという。

 一部のシステム設計者への取材や政府文書の確認で分かったところでは、中国政府は早晩、個人のインターネット活動を含めた一段と大きな統合データプールを活用する見通しだ。システムは一連のデータを基に、各種アルゴリズムを使って市民の格付けを決定するという。その後、格付けはあらゆる意志決定に利用される。例えば、誰に融資を承認するか、政府機関で誰に迅速に対応すべきか、誰に豪華ホテルへの利用を認めるかなどだ。

 この試みは、党の権威をむしばむ恐れのある経済的な不透明感が強まっているなかで、権力支配を強化しようとする習近平国家主席の取り組みを強化するものだ。習主席は10月、「あらゆる形態のリスクを予見し、予防する能力を高める」べく、「社会統治」の革新を呼びかけた。

 立案文書のなかで繰り返されている文言によれば、全国的な社会信用システムの狙いは、「信用に値する者はどこでも歩き回れるようにする一方、信用を落とした者はただの1歩も踏み出させない」ようにすることだ。


中国が強化する社会統制:市民を信用格付け - WSJ 中国が強化する社会統制:市民を信用格付け - WSJ 中国が強化する社会統制:市民を信用格付け - WSJ

 外から見る限り、習近平氏に率いられた共産党はここ数十年で最も強くなっているように思われる。天安門事件以降、さえない役人は頭脳明晰なテクノクラートに、ときには起業家にまで取って代わられた。

 市民は事業を営む自由、外国に出掛ける自由、勝手気ままな人生を送る自由など、10年前には想像もできなかった自由を謳歌している。共産党は西側で使われているPRのテクニックを駆使し、大量消費のおかげで誰もが非常に楽しい時間を過ごしていることを忘れないようにと中国国民に呼びかけている。

 それにもかかわらず、共産党はまだ強い不安を覚えている。ここ数年は、反体制派やその弁護士たちを厳しく弾圧する必要があると考えており、最近でも、共産党の権威にたてついた香港の活動家を脅したり、不満を抱く少数民族を威圧したりしている。

 一方で、急速な経済成長のおかげで生まれた新興中間層は非常に規模が大きく、裕福になる機会を大いに享受しているものの、周囲の人や物事のすべてに不信感を持っている。国民の財産権を踏みにじる役人、腐敗にまみれた国営の医療制度、粗悪品を日常的に売り歩く企業、インチキやごまかしが普通になっている教育制度、犯罪歴や所得・資産の状況がどうしても調べられない人などがその主なところだ。

 ここまで互いに信頼し合えない社会は安定しない――そんなもっともな懸念を中国共産党は抱いている。

 そこで共産党は現在、驚くような改善策の実験を進めている。この改善策は「社会信用体系」と呼ばれている。同党によればその狙いは、デジタル形式で蓄積された情報を互いに結びつけ、借金を踏み倒した企業だろうと、税金や罰金の支払いを逃れている個人だろうと、誰もがより正直に行動するよう促すことにあるという。

 それだけ聞けば、結構な話だ。しかし、中国政府はこれを「社会管理」、すなわち個人の行動を支配する道具にするとも話している。何しろ、国民が自分の親に何回会いに行くかを見張ろうとする政治体制だ。監視の対象がどこまで広がるのか、予断を許さない。

 各市民に付与される格付けは、当人の身分証明書番号にリンクされる。そのため、低い格付けを取ってしまうと銀行に融資を断られたり、鉄道の切符を買う許可が下りないといった制裁を受けたりする恐れがある、それも、政治的な理由でそうなってしまうかもしれない、と不安を訴える人が少なくない。

 市民が心配するのももっともだ。実際、中国政府は今年、この社会信用システムを用いて、「社会秩序を攪乱するために集まる」という非常に曖昧な罪までも記録することを決めている。

 西側諸国でも、人々が生活において何かをする度に残していくわずかなデータを、グーグルやフェイスブックといった企業が電気掃除機のように吸い込んでいる。こうしたデータにアクセスできる人は、データを残した人々のことを当人よりも詳しく知ることになる。しかし西側であれば、ルールが設けられるだろう、国家が関与するなら特にそうだろうと少なからず確信することができる。

 中国では、そうはいかない。上記のような監視はデジタル・ディストピア(デジタルの暗黒郷)に行き着く恐れがある。

 中国政府の当局者は、「信用できる人はこの世のどこでも大手を振って歩くことができ、片や信用できない人は足を1歩踏み出すことも難しくなる」ようなシステムを2020年までに作りたいと話している。


ビッグデータと政府:中国のデジタル独裁 | JBpress(日本ビジネスプレス) ビッグデータと政府:中国のデジタル独裁 | JBpress(日本ビジネスプレス) ビッグデータと政府:中国のデジタル独裁 | JBpress(日本ビジネスプレス)

このように中国は、個人の社会行動や金融行動のデータを収集し、そのビッグデータを「社会信用システム」を使って格付けし、「信用に値する者はどこでも歩き回れるようにする一方、信用を落とした者はただの1歩も踏み出させない」社会を、2020年までに作ろうとしているようです。*1
中国でもAIの研究は盛んに行われていますが、深層学習のような技術は「社会信用システム」のビッグデータ処理に応用され、その結果が個人の格付けとなってその自由や生活を制限し、特に反政府的な人物については社会的活動が全くできなくなるようになるのでしょう。
中国ではAIの発展を人々の生活や自由の制限、管理に役立てようとしているようです。
多くのメディアが、中国のこのような動きをジョージ・オーウェルのディストピア小説「1984年」に例えています。この小説では世界が3つの全体主義国家「オセアニア」、「ユーラシア」、「イースタシア」によって支配されていますが、中国は現実世界で「イースタシア」を目指していると言えるでしょう。

すでに実際に複数の信用調査会社に対して国民の信用情報を収集・評価そして管理する権限を与えられ、その中にはゲーム形式のアプリで個人の信用度を割り出し、その点数をユーザーに競い合わせている会社もあるそうです。「1984年」のような重苦しい雰囲気ではなく、ゲームの点数を競い合うように個人信用度が競われているというのは、ブラックユーモアのような話です。

中国で、国家規模の社会評価制度が生まれようとしている。政府が独自の基準で、国民の信用度を定めるのだ。
新制度では、個人の金銭取引記録やオンライン・ショッピングに関するデータ、ソーシャル・メディア上での言動、そして、雇用履歴などが組み合わされ、全国民一人一人の総合的「社会信用度」が割り出される。信用度は、西洋でも金融制度の一環として利用されている。しかし、その内容は、各個人の金銭取引記録に基づいて弁済能力が定められ、ローンを借りるための条件付けが行われるだけである。ところが、中国で採用された信用度制は、個人の懐事情をちょっと確かめるという範疇を大きく超える。

中国政府が公表した「社会信用力制度構築のための概要計画」によると、制度の目的は政界、経済界、そして民間という3者間の信頼を精査し、高めることだけではない。政府業務や商取引上における信頼性と、社会的誠実性(誠信)を強化し、司法の中立性を構築することもその目標の内に掲げられている。

中国政府は信用力制度の試験的な実施にあたり、複数の信用調査会社に対して、国民の信用情報を収集・評価そして管理する権限を与えた。こうした仲介会社の中にはセサミクレジットと呼ばれるゲーム形式のアプリを作成し、制度試行の先導となったアント・ファイナンシャル(アリババ系列)も入る。

セサミクレジットでは、各個人がどの程度「良い」人なのかが割り出される。ユーザーは、取得した点数を知り合い等と共有するよう推奨されており、オンライン活動の如何によっては、月一回の更新で点数アップを狙うこともできる。ただし、利用するオンラインプラットフォーム及びサービスは、アリババ関連であることが必要だ。
上のビデオは12月下旬にアップロードされるや否や、ネット上で急速に拡散した。というのも、そのビデオが上記ゲームを「オーウェル風ディストピア」として評したためだ。


中国は「オーウェル風ディストピア」?「社会信用制度」とは · Global Voices 日本語 中国は「オーウェル風ディストピア」?「社会信用制度」とは · Global Voices 日本語 中国は「オーウェル風ディストピア」?「社会信用制度」とは · Global Voices 日本語


このように西側先進国と中国では、AIを利用する目的が大きく異なります。
西側先進国ではAIの発展を人々の生活水準や自由の向上に役立てようとしています。このような国々は「自由主義的AI社会」と言えるでしょう。
一方、中国ではAIの発展を人々の生活や自由の制限、管理に役立てようとしています。今後、統制主義的な国家がAIを導入するときも、中国式の方法を取り入れるでしょう。このような国々は「統制主義的AI社会」と言えるでしょう。
自由主義と統制主義(ファシズムや共産主義)との対立は20世紀の大きな対立軸でした。20世紀の対立は冷戦終結によって自由主義陣営の勝利で終わりましたが、その中を生き延びた中国が21世紀の統制主義陣営の中心となって、AIという新たな技術を取り入れて、再び自由主義陣営に挑もうとしているのだと思います。


日本や欧米ではAI社会の問題点として、技術的失業など「自由主義的AI社会」の問題点が論じられていますが、それと同じくらい「統制主義的AI社会」の問題点についても注目していく必要があると思います。そのような社会に向かって突き進んでいる中国の状況から、これからも目が離せません。

*1:なお、人間を格付けしようという中国政府の方針は、外国人も例外ではありません。すでに外国人を「ABCランクづけ」する制度が、今年4月から始まるようです。「前代未聞! 中国が始める外国人「ABCランクづけ」制度(近藤 大介) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)」

日銀の新たな金融政策の枠組みについて

日本銀行は9月20日・21日の金融政策決定会合において、これまでの金融緩和の「総括的な検証」を行い、それに基づいて新たな金融政策「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。
この政策については、これまで日銀の金融緩和政策を支持し、執行部や審議委員にも多くの人が加わったリフレ派の間でも、賛否が分かれています。僕もこの政策についてはなかなか考えがまとまらず、これまでブログで取り上げられませんでした。ただ、いつまでもこの問題を取り上げないわけにもいかないので、これまでに考えたことを書いてみます。


今回の新たな政策は、以下のような内容です。

これらを踏まえ、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、上記2つの政策枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定した。その主な内容は、第1に、長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」、第2に、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」である。


(1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)

1. 金融市場調節方針(賛成7反対2)


金融市場調節方針は、長短金利の操作についての方針を示すこととする。次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする。今後、必要な場合、さらに金利を引き下げる。
短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高に▲0.1%のマイナス金利を適用する。
長期金利:10 年物国債金利が概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買入れを行う。買入れ額については、概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約 80 兆円)をめどとしつつ、金利操作方針を実現するよう運営する。買入対象については、引き続き幅広い銘柄とし、平均残存期間の定めは廃止する。


2. 長短金利操作のための新型オペレーションの導入(賛成8反対1)

長短金利操作を円滑に行うため、以下の新しいオペレーション手段を導入する
(i)日本銀行が指定する利回りによる国債買入れ(指値オペ)
(ii)固定金利の資金供給オペレーションを行うことができる期間を 10 年に延長(現在は1年)


(2)資産買入れ方針(賛成7反対2)


長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。
? ETFおよびJ−REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。
? CP等、社債等について、それぞれ約 2.2 兆円、約 3.2 兆円の残高を維持する。


(3)オーバーシュート型コミットメント


日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。
マネタリーベースの残高は、上記イールドカーブ・コントロールのもとで短期的には変動しうるが、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。この方針により、あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は 100%(約 500 兆円)を超える見込みである(現在、日本は約 80%、米国・ユーロエリアは約 20%)。
今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。


金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan 金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan 金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan



この中で重要な点は以下の通りです。

  1. 長短金利操作(イールドカーブ・コントロール):短期金利はマイナス0.1%、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度
  2. 長期国債の買い入れ額は現状の買入れペース(保有残高の増加額年間約 80 兆円)を目処とする
  3. オーバーシュート型コミットメント :2%のインフレ目標を多少超えても、安定的に持続するために必要な時点まで、金融緩和を継続



この中で、オーバーシュート型コミットメントは望ましい政策でしょう。2%のインフレ目標が安定するまで金融緩和を維持するという方針は、「インフレ率が2%を少しでも超えたら金融引き締めに転換するのでないかという懸念を払拭し、インフレ目標へのコミットメントを強めることになります。
ただし、イールドカーブ・コントロールの10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標と、長期国債の買い入れ増加額は年間約 80 兆円を目処とするという方針は、現状では矛盾しています。*1


実際に、この方針が発表されてから、長期国債の買い入れは減額していますし、黒田総裁は国債買い入れを将来的に減額する可能性にも言及しています。これらのことから考えると、日銀は長期国債の買い入れ増加額を減らしても、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標を優先する方針なのでしょう。*2

日銀は30日、10月の国債買い入れを減額すると発表した。国債買い入れオペ(公開市場操作)の10月分の買い入れ方針で、10月初回の買い入れについて、残存期間「10年超」の買い入れ額を減額。30日午前のオペで26日の4300億円から4100億円に減らしていた「5年超10年以下」については4100億円を据え置くとした。月間では約2000億円程度の減額となる。日銀は21日の金融政策決定会合で長期金利を「ゼロ%程度」に誘導することを決めていたが、その後は長期金利がじりじりと低下していた。減額で金利低下を抑制する狙い。金利を調節する政策の運用が本格化する。


日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞 日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞 日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞

YCC*3については、多額の国債買い入れによって長期金利操作ができているとし、「新たな枠組みへのシフトによって、日銀のバランスシートの拡大がこれまでと大きく異なるものとなってしまうことはない」と説明。当面は国債保有額を年間80兆円増加させるペースで買い入れる考えに変化はない、との見解を示した。
一方でYCCが達成されている限り、将来的に買い入れ額を「かなり」減らすかもしれない、と指摘。長期金利(10年債利回り)がターゲットを下回れば買い入れペースを縮小する可能性があるとし、「資産買い入れ額が減少しても増加しても、イールドカーブ・コントロールを適切に維持していれば問題はない」と語った。


現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター 現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター 現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター

このように、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標と、長期国債の買い入れ増加額は年間約 80 兆円を目処とするという方針が矛盾していることが、今回の枠組みに対する賛否が割れている理由なのでしょう。
このように賛否が割れているということは、今回の決定で日銀の金融政策への信頼が揺らぎ、日銀の説明が素直に信じられなくなっていることを示していると思います。日銀が信頼を取り戻すためにはこの矛盾をなくすことが必要でしょう。


そのための手段としては、以下のようなことが考えられます。

  1. 目標とするイールドカーブを引き下げ、10 年物国債金利の目標をマイナスとする。
  2. 国債以外の資産(例えば外債)を購入し、イールドカーブに影響しない金融緩和手段を実施する。
  3. 政府が国債を新たに発行することで、10 年物国債金利の目標をゼロにしたまま国債買い入れ額の増加を実現する。



このうちイールドカーブを引き下げは日銀だけで実施できる方法ですが、それをするならなぜ今回やらなかったのかという疑問が出てきます。10 年物国債金利の目標をゼロにしたのは、恐らく国債を保有する銀行の経営に配慮したのだと思います。日銀としても、自らの政策で銀行の経営が悪化したり破綻したりする事態は避けたいでしょう。そう考えると、日銀がイールドカーブを引き下げを実施する可能性は低いでしょう。


次に国債以外の資産購入ですが、資産が大量に流通しているものを購入することが望ましいと考えれば、最大の候補は米国債となるでしょう。日銀の外国債の購入は、為替介入を目的としない限り、法的にも問題はないようです。だから為替相場と関係なく購入するのであれば可能でしょう。

日銀が外債を購入することによって、まず市場へ円資金を供給することができる。加えて、外債を買う過程で円を下落させる効果がある。前者で現行の日銀の金融緩和政策にプラスに働き、後者で財務省が行う「為替介入」と同様の効果もある。

この為替介入であるが、財務省の権限ということになっているため、外債購入は「法律的に難しい」といわれることがある。しかし、あまり報道されていないことであるが、外債購入自体は日銀法上では「可能」ではある。日銀法40条1項では〈日銀は自ら、または国の代理人として、外貨債権の売買ができる〉となっている。

さらに、同条2項では〈為替相場の安定を目的とするものについては国の代理人として行う〉とある。つまり、日銀法上、日銀は自ら外貨債権の売買を行うことは可能だが、為替介入目的の場合は国(財務省)の代理人として行う必要がある。


日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社 日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社 日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社



ただ、為替介入を目的としなくても、米国債購入を行うと結果として円安になるので、この点で米国が反対する可能性があります。
しかし一方で、最近各国で米国債が売られているという話もあります。

米国債市場の需要の源泉として、最も頼りになる存在の一つだった外国の中央銀行がこのところ、投資家にとって新たな不安要因になりつつある。
米連邦準備制度が保管している外国中銀の米国債保有残高によると、中国や日本などの中銀は3四半期連続で保有を縮小している。これは過去最長の圧縮。縮小ペースはここ3カ月で加速しており、米国債利回りも同時に上向きつつある。


(中略)


連邦準備制度の保管データは海外中銀の保有縮小が一度限りの現象ではないことを裏付けている。米財務省の統計でも、中国は7月に米国債保有を1兆2200億ドルと、約3年ぶりの低水準に減らしたことが示された。日本やサウジアラビアなども今年、米国債保有を減らしている。
米国債の大口保有者が売却する理由はさまざまだが、いずれも各国の経済的困難に関係する。中国では景気減速による資本流出を受け、中銀が人民元相場を防衛するために米国債を売却。海外勢の米国債保有で2位の日本は、長引くマイナス金利で邦銀のドル需要が高まる中、米国債を現金や米財務省短期証券(TB)と交換している。
サウジアラビアのような産油国は、原油安による財政赤字の穴埋めのため米国債を売却している。サウジの保有は6カ月連続で減少し、965億ドルと14年11月以来の低水準。ナショナルオーストラリア銀行(NAB)の市場調査責任者ピーター・ジョリー氏は、原油安で産油国の「貿易収支は著しく悪化している」と述べ、これらの国の「米国債購入ニーズが大きく減っている」という意味だと指摘した。
中銀の米国債需要は10年物米国債利回りを0.4ポイント押し下げていると試算するモデルもあるだけに、その需要減少は7月に過去最低の1.318%を付けた米国の借り入れコストがようやく上向きつつある理由の1つを示している。


米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg 米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg 米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg



この記事にあるように、最近は中国やサウジアラビアばかりではなく、日本も米国債を売却しています。米国債売却は金利上昇を招き、米国に取ってもマイナスですから、日銀の米国債購入をこの事態への対策として打ち出せば、米国の容認を得られる可能性もあるでしょう。


最後に政府による国債の可能性を考えてみます。これについては財政再建を(表向きには)主張している財務省が強硬に反対するでしょう。だから財務省も納得できるロジックを考えなければなりません。
これについて、高橋洋一氏が興味深い提案をしています。この度、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典氏が日本の研究環境の悪化と予算不足を改善するよう訴えていますが*4、これに対して高橋氏は、「基礎研究と教育の財源を、税ではなく国債で賄う」ことを主張しています。

1年前の本コラムでは、研究が社会の役に立つのかどうかわからないが、まず支援するという「パトロン的な支援」がこの国には必要であることを強調した。

通常の公的支援では、集めた税金を官僚の裁定や事業仕分けを行ったうえで研究費として配分する。彼らは「選択と集中」を目指すのだが、そう簡単にできるものではない。

基礎研究にかかる今後の公的支援を考えるには、まず、経済成長が必要である。と同時に、従来の「選択と集中」に代わる原則として「パトロン的支援」が必要だ。その具体的策として、儲かっている企業や個人が大学の基礎研究に寄付して、それを税額控除する政策があげられる。

本コラムでは、それをさらに強化する政策を考えたい。じつは、これは筆者が在籍していた財務省ではひそかに伝承されているものだ。おそらく、少なくない財務官僚が先輩から話を聞いたことがあるだろう。

結論からいうと、「基礎研究と教育の財源を、税ではなく国債で賄う」というものだ。

ちょっと信じがたいかもしれない。あれほどまでに国債を忌み嫌い、国債残高が1000兆円となっていることを「財政破綻になる」と煽る財務省が、実は基礎研究と教育は国債発行で賄うと内部ではひそかに話している……そんなことはあり得ないと思うのが普通だ。


(中略)


その財務省でも、「基礎研究と教育の財源は国債で」と言い伝えられてきた。そのロジックは実に簡明。だから、財務省としてもまともに言われたら反論できないのだ(こうした話は、財務省では「筋のいい話」という。基礎研究と教育は「筋のいい話」だ)。

基礎研究や教育のように、懐妊期間が長く、大規模で広範囲に行う必要のある投資は、民間部門に任せるのは無理があり、やはり公的部門が主導すべきである。

その場合、投資資金の財源は、将来に見返りがあることを考えると、税金ではなく国債が適切であるのだ。

「知識に投資することは、常に最大の利益をもたらす(An investment in knowledge always pays the best interest.)」というベンジャミン・フランクリンの名言もある。

特に、教育は将来の所得を増やすことを示す実証分析結果は数多い。例えば、高等教育は将来所得増、失業減などで、便益/費用は2.4程度。これは、現在の公共事業採択基準を軽くクリアしている。国債発行で教育を賄い、教育効果の出る将来世代に返してもらうと考えればいいのだ。


日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄æ©‹ 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) 日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄æ©‹ 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) 日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄æ©‹ 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)



このように急いで予算を回さないと日本の研究や教育がダメになり、しかもそれが日本の未来にとって効率の良い投資となるのであれば、国債発行の大義名分も立つでしょう。この記事の後半で高橋氏も指摘していますが、この国債を発行すれば、日銀は「イールドカーブ・コントロール」のためにそれを買うことになり、金融緩和も実現します。
同じように国債発行をすべき分野は、災害復興や、老朽化したインフラの整備や作り直しなど、いろいろ考えられるでしょう。このような分野で国債を発行すれば、それが「イールドカーブ・コントロール」によって金融緩和にもなるので、インフレ目標達成や景気対策にも大きな効果があるでしょう。
このような財政政策を行えば、10 年物国債金利と長期国債の買い入れ増加額の目標が矛盾することもなくなり、金融政策への信頼も回復すると思います。


日銀が今回発表した「総括的な検証」でも、インフレ目標を達成できなかった要因の一つとして消費増税が挙げられていました。消費増税はいわば「逆財政政策」というべきものですから、その是正を財政政策で行うことは筋が通っていると思います。日本には予算を回すべき分野が多く、金利が急騰するという懸念も今回の「イールドカーブ・コントロール」でなくなっているのですから、政府はもっと国債を発行すべきだと思います。

*1:この矛盾については、バーナンキ元FRB議長も指摘しています。 「The latest from the Bank of Japan」、日本語訳「2016-09-22_ベン・バーナンキ「日本銀行の最新発表」 - Google ドキュメント」

*2:ただし、今回の決定でもインフレ目標達成を目指して金融緩和を続ける方針は維持されていますので、金融緩和の終了を目的として金融緩和の減額を行うテーパリングではありません。今回の日銀の措置がテーパリングだとする報道や意見もありますが、それは間違いだと言って良いでしょう。

*3:イールドカーブ・コントロール

*4:「http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161012/k10010727171000.html 」、「http://www.asahi.com/articles/DA3S12592410.html」、「「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由:バズフィード・ジャパン」

失敗した「社会保障と税の一体改革」

消費税の10%への増税問題は、安倍総理が増税を2019年10月まで2年半延期し、噂されていた解散総選挙・衆参ダブル選は行わないことで決着しました。前回の延期の時に、再度の延期はないと総理が表明していたため、安倍政権への批判が起こっていて、民進党など野党は「アベノミクスの失敗」と批判しています。
しかし、消費税増税の延期は本当に「アベノミクスの失敗」なのでしょうか?


そもそも、今回の消費税増税は、民主党の野田政権時代(2012年8月)に、民主、自民、公明の「三党合意」によって決まった「社会保障と税の一体改革」において、社会保障の財源を消費増税で確保するという方針の下に定められたものです。
その後、自民党では谷垣総裁が党内抗争で辞任に追い込まれ、安倍総裁が誕生しました。また、野田政権も2012年12月の総選挙で大敗し、自公連立の安倍政権が成立することになりました。安倍政権は金融政策、財政政策、成長政策を「三本の矢」とする「アベノミクス」を経済政策として採用しましたが、同時に三党合意を尊重し、野田政権時代に決まった「社会保障と税の一体改革」も引き継いで実施することになりました。つまり安倍政権の経済政策は「アベノミクス」と「社会保障と税の一体改革」の二本立てであり、消費税増税は「社会保障と税の一体改革」に属する政策だと言えるでしょう。
アベノミクス、中でも「第一の矢」である大規模な金融緩和は景気を回復させ、2013年度までは日本経済も良くなりました。これを見て安倍総理は消費税を予定通り増税しても大丈夫だと考え、2014年に消費税は8%に引き上げられました。


しかし、この時から景気は停滞しました。

消費税率を5%に戻せ - Baatarismの溜息通信 消費税率を5%に戻せ - Baatarismの溜息通信 消費税率を5%に戻せ - Baatarismの溜息通信

でも述べたとおり、それ以降家計消費は停滞したままです。

また、GDPも2014年4月以降停滞しています。

次に?現状認識である。第一に、GDPで見ると、安倍政権になってから2014年3月までは目を見張る成長をしていたが、2014年4月以降停滞している(下図)。GDPギャップは10兆円程度だ。


[http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/0/1/600/img_011fe838e486b502d61830be883f130f79004.jpg:image]


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このような経済状況を考えれば、景気を悪化させないために再度消費税増税を延期するというのは、当然の決定でしょう。安倍政権を批判している野党ですら、消費税増税を予定通り実施しろとは言っていません。


大規模金融緩和が景気を改善したにも関わらず、8%への消費税増税がこれだけ景気のマイナスの影響を及ぼしたことを考えれば、そもそも「社会保障と税の一体改革」による消費税増税自体が間違った政策だったと言えるでしょう。ただし消費税増税はアベノミクスで定められた政策ではないので、これをもって「アベノミクスの失敗」とは言えません。もちろん安倍政権は「社会保障と税の一体改革」を受け継いで消費税を増税したので、現状の景気悪化は安倍政権の責任でもありますが、「社会保障と税の一体改革」を決めた野田政権や民主党も責任を逃れられません。消費税増税延期を「アベノミクスの失敗」だという野党の主張は、野田政権や民主党を免罪しようとする間違った主張だと思います。


ただ、このような消費税増税の延期を永遠に続けるわけにはいかないでしょう。そもそも「社会保障と税の一体改革」の社会保障の財源を消費増税で確保するという方針が間違っていたことが証明されたのですから、安倍政権は「社会保障と税の一体改革」を撤回し、消費税率を5%に戻すべきでしょう。ただ、社会保障の充実は必要ですから、その分は国債発行で賄うべきだと思います。幸い、今は国債金利も非常に低く、国債への需要は大きいですから、国債発行を増やしても日本経済には大きな影響はないでしょう。もしこの国債を日銀が量的緩和拡大で買い入れれば、事実上のヘリコプターマネー政策となって、日本経済を回復させることになるでしょう。
ただ、プライマリーバランスなど、財政再建は遅れることになります。これは「社会保障と税の一体改革」という間違った政策を採用した代償ですので、過ちを認めるしかないと思います。


そしてその後には、「社会保障と経済成長の一体改革」と言うべき、社会保障の財源を経済成長で確保する新たな政策を打ち立てるべきでしょう。この政策は「社会保障の財源を消費増税で確保する」というような単純な政策ではなく、経済成長目標(例えば名目GDP成長目標)、金融政策、財政政策、税制、社会保障が相互に影響を与え合う状況を前提とした、複雑で細かい政策となることでしょう。
このような政策を「社会保障と税の一体改革」を失敗させた財務省や、彼らの言いなりになって「消費税増税でも景気は落ち込まない、むしろ未来の財政への信任が高まり経済は成長する」と言った日本の御用経済学者に任せるわけにはいきませんから、政治家が世界的な経済学者のアドバイスを受けながら、作り上げる必要があると思います。すでに今回の消費税増税見送りで、安倍総理は世界的な経済学者のアドバイスを受けていますから、今後はその知見を新たな経済政策の立案に生かす仕組みを作っていって欲しいと思います。


「社会保障と税の一体改革」を受け継いで失敗を招いてしまった安倍政権は、今後はこのような経済政策を推進して、汚名返上を目指して欲しいと思います。