会期:2024/10/19〜2025/02/16
会場:市谷の杜 本と活字館[東京都]
公式サイト:https://ichigaya-letterpress.jp/gallery/000428.html

本展を鑑賞するにあたり、三浦しをんの小説『舟を編む』を思い出した。主人公が勤める出版社で辞書を新刊するのにあたり、本文用紙を製紙会社に特注したというくだりである。見本を持ってきた製紙会社の営業担当に、主人公は「ぬめり感」がないことを強く訴える。通常、辞書の本文用紙はいかに薄く、軽く、裏写りしないかを重視して決めるというが、主人公がさらにこだわったのがぬめり感、つまり指に吸い付くようにページがめくれる感覚があるかどうかだった。しかも紙同士はくっつかず、複数のページが同時にめくれてしまうことがないのが特徴であるという。

同小説ではそんな主人公を取り巻く辞書作りのメンバーの“変人ぶり”が面白おかしく描かれているのだが、それに匹敵するくらい、本展はずいぶんマニアックなテーマである。書籍の本文用紙として抄紙されたものを中心に、約60種類もの紙が展示されているのだが、一見すると、ただの白い紙がずらりと並んでいるだけである。しかし私の頭のなかには同小説の一節が思い浮かんでいたので、この主人公になったような気持ちで1枚1枚を心して触った。手の感覚にぐっと集中すると、つるつる、さらさら、わずかにザラザラ、かなりザラザラなど、確かに触感はまちまちである。加えて厚みもそれぞれに異なるし、色みも青み掛かったものから黄み掛かったものまで、かなりばらつきがあった。もちろん、大して違いがわからないものも多々ある。それにしても一般に流通する書籍の本文用紙にこれほど種類があること、当然ながら1枚1枚に名前がきちんと付けられていることに改めて感心したのだった。

展示風景 市谷の杜 本と活字館 2階展示室[撮影:白石和弘]

展示風景 市谷の杜 本と活字館 2階展示室[撮影:白石和弘]

展示風景 市谷の杜 本と活字館 2階展示室[撮影:白石和弘]

普段、書籍や冊子作りにも携わる私にとって、本文用紙を選ぶという行為は珍しいことではない。ただ、これほど多くの種類の紙を常時そろえている印刷会社は少ないし、予算や発注の流れなどいろいろな制約があるなかで、ごく限られた種類の紙のなかから消極的に選ばざるを得ないのが実情である。あるいは、グラフィックデザイナーに一任してしまうことも多い。本展を観て、今後、もう少し積極的に本文用紙を選んでみようかと思いを新たにしたのだった。

鑑賞日:2024/11/24(日)