ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

トランプ支持の「リアリティ」

 アメリカの次期大統領に決まったトランプ前大統領は、支持者ともども過激な「言動」やネット戦略が話題になりますが、ジャーナリストの立岩陽一郎さんのルポを読んでいて、過激に映る「表層」だけでなく、「深層」をもしっかり見ないといけない気がしました。確かに接戦と言われつつも、一時はハリス優位とも報道されていた今回のアメリカ大統領選挙が、予想外の雪崩現象でトランプ勝利に終わった面はありましたが、記事に登場する、トランプに票を投じたアメリカの有権者の声はわりと冷静で、彼ら彼女らの「リアリティ」自体を見誤ってはいけないと思いました。自省を込めつつ、トランプに嫌悪感を抱くことと、それは別個です。以下、長くなりますが、立岩さんの記事からの引用です。

トランプ支持のジョージア州
……11月2日、フロリダからジョージアに飛んだ。アトランタ空港で迎えてくれたのが……(旧友の)デールだ。そしてチェロキー郡の彼の家に向かった。美しいゴルフ場のような青々とした芝が続くチェロキー郡に私は前回の選挙でもお邪魔し、デールの紹介で周辺の人々と話をしている。白人が多く住む町で、私が会った人で言えば、ただ一人を除いてトランプ支持者だった。その一人も、「私がトランプを支持していないことをここでは言えない」と小声で言った。
 家でデールと(妻の)ニッキーに話を聞いた。「投票はもう終えたんですか?」と尋ねると、デール、ニッキーともに「既に」と話した。「誰に投票したんですか?」と聞くと、デール、ニッキーともに「トランプ」と笑顔で話した。これは私の来訪目的を知っているからで、当然、次は「なぜトランプ?」と尋ねられることも織り込み済みだ。
 デールは事前に整理していたのだろう。コンパクトに次のように話した。
「中絶、移民政策、そして経済です。移民政策と経済はリンクしています。今の政権は登録なく入国する移民に対応しないだけでなく、その移民を手厚く保護しています。例えばハリケーンの被害には7000万ドルしか支援しないのに、登録なく入った移民にはクレジットカードを与える状況です。私は外国人がこの国に入ることに反対はしませんが、それは適切にすべきだし、経済的な支援に関して言えば、まずは自国民を支援するべきだと思います。中絶については女性の身を守ることはもちろん大事です。でも、生まれる子どもの命も大事です。その命を奪うことはしてはいけません。それができるのは神だけです」
 ニッキーが続けた。
「私も移民政策は重視しています。私はメキシコで育ちました。だから外国を知り、外国の人との関係を大事にしています。でも、その私だってメキシコでは外国人ですから正規の手続きで出入国していました。それがまともな国です。私は手続きなく入国する外国人を規制しない国を知りません。私が求めていることは、適切な手続きで入国させるべきということです。それとインフレーションは凄いです。私は主婦としてそれを実感しています。食費は倍になっています。私たちはまだ食事を制限する必要はありませんが、貧しい人々は本当に大変だと思います」
 真面目に暮らすまともなアメリカ人の普通の意見と言えるだろう。ニッキーに問うた。ハリスが大統領になれば女性初の大統領だが、それはプラスなのかマイナスか?
「女性だからどうということは考えません。白人でないかそうかも考えません。ハリスの発言を聞いたらわかります。彼女にその能力はありません。言っていることが支離滅裂で、何を言っているのかわかりません」
 そこであえて尋ねてみた。「あなたは人種差別主義者?」予想外だったのかニッキーは吹き出しつつ答えた。
「違います。例えば、私が飛行機に乗る時、パイロットの性別や人種を気にするか? 全くしません。良いパイロットかどうか、そこだけです。」
 最後に「トランプは勝ちますか?」と尋ねた。デールは少し考えて答えた。
「Cautiously optimistic(注意深く楽観視しています)」

……月曜日の早朝は、デールの仲間に会った。F3と呼ばれる信仰と体力維持を目的とした全米に拡がる取り組みで、地域ごとに集まってそれぞれトレーニングを行う。……この日は約20キロの重りを背負って山道を駆け足で45分進むというものだった。月曜日ということで参加者は少なく、8人だった。当然のように白人の男性しかいない。終わって神に感謝を捧げた後、取材に応じてくれた。皆既に投票を済ませていると話した。私が「誰に?」と問うと、当然のように口々に「トランプ」と答えた。なぜ?
「彼は命を大事にする。中絶反対もそうだし、彼がいた四年間は戦争がなかった」
 軍隊もどきのマッチョなトレーニングをする彼らがこう言うと、一瞬違和感を覚えるが、トランプ政権時に戦争がなかったというのはトランプ氏が選挙戦でも主張する話だ。皆が口々にトランプ支持の理由を語る。そして現政権の批判とハリス氏への批判も。
「今の経済状態は最悪だ。ガソリン、食料と、値段はどこまで上がるんだ? それなのにバイデン政権は何もしない」
「ハリスはそもそも予備選挙ですぐに敗退した人物だ。それがバイデンが途中で降りて指名されるという形で、いきなり大統領候補になった。つまり彼女は有権者から選ばれた候補じゃない。そんな候補者に票は入れられない」
 どれも、トランプ支持者の語る内容として私も何度も耳にしている話だが、理屈で説明する彼らの言葉は納得できないものではない。特に、ハリス氏は予備選挙を勝ち進んだ候補者ではないという点。これは選挙後に民主党内でも議論になった点だ。
 ただ、私には疑問に思う点があった。……
「トランプの言動は、皆さんにとって不快なものではないのでしょうか?」
 苦笑いするF3メンバー。大手企業でコンサルタントをしていて現在は独立しているという長身の男性が言った。
「確かに。トランプは人間的には尊敬できない。好きにもなれないだろう。しかし、私は彼の性格にではなく、政策に票を投じた。それが大事なのだと思う」
 その隣の宗教団体で勤務しているという男性が続けた。
「候補者のどちらを選ぶか。それが二大政党制のアメリカの選挙だ。だからトランプかハリスか、その選択をするなら、絶対にトランプ、となる」
 そこでデールが、「あなたは人種差別主義者とは聞かないのか?」と笑って言ってきた。それを耳にした全員が、大笑いして、「アメリカのメディアは我々をそう描きたいんだ。もちろん、我々の誰一人、人種で人を差別したいとは思っていない」。
 では、なぜここには白人しかいないのか? その問いを発しなかったのは、「たまたま参加者が白人だっただけだ」との答えが予想できたからだ。
 このジョージアだけが例外なのではなく、過去にオハイオやペンシルベニアといったラストベルトでトランプ支持者を取材した際も、その温かいもてなしと説得力ある語りを感じた。彼ら、彼女らが極めてまともな人たちであると書くと、それ自体が失礼なことかもしれないが、それは私の実感として書いておきたい。

          (立岩「穏やかな雪崩」『地平』2025年1月号 44-47頁)

 上に出て来る人たちは白人(の中間層?)ばかりですから、そこは相応に考慮しなければならない点だとは思いますが、中には4年前の選挙ではトランプに投票しなかった人たちも含まれているはずです。今回トランプの言動の何がリアルに響いたのか、それはそれで尊重というか、よく考えてみないといけない「現実」があると思います。蛇足ですが、兵庫県の知事選についても同様で、5期20年に渡って続いた井戸県政への県民の視線をよく見ないといけないのかも知れません。




社会・経済ランキング
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村