堂々と遺伝的差別を肯定する週刊現代について


※ 多くの人に見ていただいているようですが、「差別」の説明のところの記述に問題があるようなので書き直ししております。ゴメンナサイ。6月11日

まただよ。出たコレ。ウケる〜*1。

血液型より正確!? あなたの性格はDNAで決まっていた(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

なんて書いてますが結構イラついています。正しい科学的知見をできるだけ多くのサイトが書くほうがいいようなので*2、本来日本にも素晴らしい研究者がたくさんいらっしゃる生命倫理学が本職の分野ではあります*3が、聞きかじりの知識くらいならある遺伝統計学者として、頑張ります。

ところで、ここに挙げられている知見、ドーパミンD4レセプター*4とセロトニントランスポーター*5の多型が性格に関連する、というの自体は、怪しいものではありません。ただ、数百人の解析でも関連ありになったりなしになったりというレベルの効果量ですけどね。セロトニンの方は「不安」気質の5%程度しか説明しないんじゃなかったかな。

しかし問題の本質はそこではない。

「たとえばアメリカでは、DNA検査でわかった性格を企業の人事配置に役立てたり、教育方法やスポーツ種目の適性を判断したり、さらには軍隊のマネジメントにまで利用しています。それが常識になりつつある。

アメリカ以外では、中国や韓国でも、積極的に取り入れられている。日本は後れをとっているのです」(佐川氏)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36080?page=5

佐川氏って誰よ。まともな遺伝学者か法律家にインタビューしろよ!

ここに書いてあるようなことはアメリカでは厳格に禁止されています。そのお話を今日はします。

なにがいけないのか

歴史的には、そこで佐川氏が主張したようなこと、ヒトの遺伝的情報、ゲノムに書き込まれた情報を利用して社会的な区別をするような行為は「優生学Eugenics」と呼ばれる学問分野の取扱範囲です。が、この学問は現在は存在しません。

なぜならこの学問に基づいて、ナチスドイツがユダヤ人虐殺、ならびに障害者虐殺を行ったとされるからです。

この学問を支持していたせいで、20世紀最高の知性の一人と私が思うロナルド・フィッシャーですら戦後に英国の教授職を追われ、異国で客死したほどですよ。

現代においてはどのようなことが起こりえるでしょうか。例えば次のようなことが起こりえます。

  • 医療保険に加入しようとした際、「あなたは癌になりやすい遺伝因子がありますね。保険料は2倍です」
  • 企業の採用面接で「あなたのゲノムデータを提出してください。はあ、なるほど。君は上の人間に逆らいやすい気質と関連する遺伝因子を持っているね。採用できません。」
  • 企業の昇進に関して「このまえ君の髪の毛を内緒で採取して、遺伝子データを調べました。君がアルツハイマー病になりやすい遺伝因子を持っていることがわかりました。管理職になってから大変なことをしでかすとも限らない。部長へは昇進できません」

これが何が問題かというと、

遺伝因子は、生まれ持ったまま一生変わらない

ということです。このように、その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として待遇などにおける区別をすることは、差別discriminationの一要件を完全に満たします。タバコのようにやめることができるものではないということです*6。「お前はユダヤ人だから採用しない」と、同じ事を行っているということです。殺しているわけではないだけで、ナチスドイツと同じ事をやっているということです。

そういうわけですから、ナチス・ドイツ後の世界である現代において、これらのようなことを禁止する法律、1990年ベルギーから始まった遺伝的差別禁止法が欧米では一般に制定済みです。

残念ながら、日本の法体系では明確には禁止されていないと思います。

ここではアメリカの法律をご紹介します。アメリカは2008年制定で、遅れていたと言われています。リベラリズムの色彩が強い法律ですが、署名したのは息子ブッシュ大統領です。ただ強烈な推進者は民主党のエドワード・ケネディ上院議員で、未来の大統領バラク・オバマ上院議員もそのグループでした。

遺伝的差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act 2008, GINA)

アメリカの遺伝的差別についての禁止法はいくつも流れがあってよくわからないのですが、2013年時点では、HIPAAが遺伝情報のプライバシー面を担当し、保険・雇用差別の禁止はこの遺伝的差別禁止法が主にそれに対応しているようです。

法律は専門ではないので、ネットに転がってる日本語記事をご紹介することにします。原文も読んでみたことはありますが、法律的文章って日本語ですらわけわからないし、英語ではなお意味不明でした。ここは専門家に頼りましょう。

遺伝情報差別禁止法は、雇用主が従業員の雇用、解雇、職場配置、昇降格の決定を下す際に個人の遺伝情報を利用することを禁じている。また、特定疾病にかかりやすい遺伝子を持っているというだけの理由で、団体医療保険や医療保険会社が健康な人を保険対象から除外したり、それらの人に高額な保険料を課したりすることも禁じている。

http://www.nedo.go.jp/content/100105464.pdf

こちらも読んでみます。

遺伝子情報差別禁止法の規定する、遺伝子情報(”genetic information”)とは、1.本人の遺伝子テスト、2.家族の遺伝子テスト、及び3.家族の病歴、に関わる情報を意味しますが、性別及び年齢の情報は含みません。遺伝子テスト(“genetic test”)とは、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知する、人のDNA、RNA、染色体、タンパク質、又は代謝物の分析を意味しますが、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知しない、タンパク質、又は代謝物の分析は含みません。雇用主、雇用期間、労働団体等は、遺伝子情報に基づく、従業員の採用、解雇及びその他の雇用に関する報酬、条項、条件、特権上の差別的行為が禁止されます。また、雇用主による従業員の遺伝子情報の要求、入手、又は購入が禁止されます。

http://www.mtbook.com/america/2008/09/post_49.html

「遺伝子情報」という訳語は感心しません*7が、まあしょうがないか。

こういう優れたプレゼンテーションもありました。法学系のヒトは「genetic = 遺伝子」って訳すことになってるのかな。

http://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/medical/Lecture/slides/110210genomeELSI.pdf

原文抄訳もあった。

http://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/archive/genome/090205GINA_Summary.pdf

英語が読める方はこちらもどうぞ。

​Genetic Discrimination | NHGRI


どこからどう読んでも、佐川なんたらいう評論家が言ったようなことは、アメリカで法的に禁止されています。どこのなにが「常識になりつつある」だって。ふざけるな。

日本では

日本では、個人情報保護法によって、遺伝的情報のプライバシーの方は厳格に守られている(はず)です。むしろ厳格すぎて、遺伝学的な共同研究を欧米とやる際に支障が出るほどです。しかし前述のように、少なくとも明文化して遺伝的情報を用いた保険・雇用差別を禁止する法律はまだ存在しないはずです。こちらの記事をご紹介します。

http://medg.jp/mt/2012/11/vol664.html

安倍首相が現在保守政権を率いています。遺伝的差別禁止法は前述のようにリベラリズムの考えが基盤ではあります。企業の営利を優先するなら、特に医療保険において遺伝的差別は容認されかねない。しかし、安倍さんはどっちかというと遺伝的情報差別を禁止することに同意してくれる可能性が高いのではないかと思っています。なぜなら、安倍さんは潰瘍性大腸炎の患者さんだと言うではないですか。潰瘍性大腸炎の発症と関連する遺伝因子は、40以上も明らかに成っています。するとこういうことが可能でしょう。安倍さんがまだ政治家を始めようかとする頃に、

  • 潰瘍性大腸炎の発症と関連する遺伝因子を持っているから将来政治業務を遂行できない可能性が高い。安倍氏は議員として不適切である。

と、対立候補が主張したらどうですか。

私はこのような差別は容認しません。

潰瘍性大腸炎に悩む安倍首相、今こそ、明文化した遺伝的差別禁止法を制定していただきたい。親しい学者さんとかいたら、是非進言していただきたいところです。

*1:すいません、日本を出国してしばらくになるので、もしかすると死語で超ダサい始め方してるかもしれません

*2:http://fm7.hatenablog.com/entry/2013/06/07/140130

*3:STSも頑張ってよ

*4:Population and familial association between the D4 dopamine receptor gene and measures of Novelty Seeking | Nature Genetics, Dopamine D4 receptor (D4DR) exon III polymorphism associated with the human personality trait of Novelty Seeking | Nature Genetics

*5:Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region | Science

*6:ただ、実を言えば喫煙しやすくなる遺伝因子というのも見つかっています。これは私が消極的な禁煙論者に過ぎず、喫煙者を犯罪者かのように言う言説に首を傾げる理由の一つです

*7:端的に言うと、遺伝子上ではない、例えばプロモータ領域や、3'-UTRでmRNA不安定性に寄与するような多型、ncRNAやエンハンサーの多型だってすべて普通にgenetic informationだからです。「遺伝的情報」もしくは「遺伝情報」がよい