2001/05/07 - 2001/05/09
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≪ドイツ16年ぶりの再訪:⑤マイセンに2泊し、世に名高いマイセン磁器やアルブレヒト城を見学した≫
<2001年5月7日(月)雨、313km>
Weimarワイマール 8:40スタート B85 79km=>Rudolstadt 10:20~12:30 市内観光:Schloss Heidecksburg、市庁舎。 B88(Jena) 53km=>Dornburgの古城群 13:45~14:30 ;ゴシック・ルネッサンス・ロココスタイルの三つの城(1766~1822年にゲーテがしばしば滞在した)。
B88・A4(Gera・Cheminitz・Nossen)B101 181km =>Meißenマイセン・Mercure Parkhotel Meißen に17:00到着。
*いわゆる観光街道のゲーテ街道はワイマールから北東に120kmほど離れたLeipzigライプツィヒが終点であり、今回の旅もここに向かうべきなのであろうが、この旅ではライプツィヒよりもMeißenマイセン・Dresdenドレスデン観光を選んだ。
写真はマイセンに2泊:州立マイセン磁器工場とアルブレヒト城の見学
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
B88・A4を順にGeraゲラ・Cheminitzケミニッツ・Nossenノッセンを走り過ぎると、マイセンに至る。
B101でマイセン近くになると、丘の上にいくつも風力発電の大きな翼が回っていて、なかなか壮観な眺めだ。ドイツは風力発電の先進国だけに独特の姿をよく見かける。
一気に走った距離は181kmになる。Elbeエルベ川畔に立つMercure Parkhotel Meißenメルキュール・パークホテル・マイセンには、17時丁度に到着した。
写真はマイセンに2泊:左上から時計回りに宿泊ホテル正面、マイセンの絵葉書、丘の上に見える風力発電ドリント パークホテル マイセン ホテル
-
エルベ川に面した西洋磁器の発祥地として知られる古都マイセンはドレスデンから20kmの位置にある。戦災の被害も少なく、中世の街の雰囲気を残した町だ。
マイセンの旧市街はエルベ川の左岸にあり、今夜から2泊する古城ホテル メルキュール・パークホテル・マイセンはちょうどその対岸にあって、ホテルの庭先からAlbrechtsburgアルブレヒト城が良く見えた。
写真はマイセンに2泊:地球の歩き方・ドイツ:マイセンMap -
<Elbeエルベ川>
ドイツではライン、ドナウ、エルベ川の3大河川は共に、様々な国を通過する重要な国際河川であり、昔からハンザ商人が船による輸送=通商路としてきた河川の一つである。
この川はまた、歴史的にも古代ローマ軍が進軍したのも、エルベ川の左岸までであり、ゲルマン部族のフランク王国のカール大帝も全ヨーロッパを支配下に置いたが、その帝国の境界もこの左岸であった。
写真はDie Elbe エルベ川流域図1(<マイセン>からドレスデン経由ザクセンのスイス・ケーニッヒ大要塞) -
エルベ川はチェコのボヘミヤの北部Riesengebirgeリーゼン山地に水源があり、全長1154kmの距離を流れ、北海に注ぐ大河だ。その流域の発展したMeißenマイセン、Dresdenドレスデン、Magdeburgマグデブルク、Wittenbergヴィッテンベルク、Hamburgハンブルクなどの諸都市を流れ、エルベ川の恩恵をこうむる地域の人口は多く、24.5百万人を数えるという。
写真はDie Elbe エルベ川流域図2(マイセンから<ドレスデン>経由ザクセンのスイス・ケーニッヒ大要塞) -
ドレスデンから東南にあたる Erzgebirgeエルツ山脈を横断するエルベ川の流れは独特の渓谷美を示し、世に“Sächsische Schweizザクセンのスイス”と称されている。かつての旧東独では最高の景勝地であった。
写真はDie Elbe エルベ川流域図3(マイセンからドレスデン経由<Sächsische Schweizザクセンのスイス・ケーニッヒ大要塞>) -
<(2泊)Mercure Parkhotel Meißen >
(旧称はParkhotel Pannonia)
D-01662 Meißen 、Hafenstr. 27-31
4星・全97室、224-1号室(215x2=DM 430x@60=25,800円)
エルベ川に面しているホテル(2008年現在は更にホテル名がWelcome Parkhotel Meißenウエルカム・パークホテル・マイセンと変わった。更に2024年現在はDorint Parkhotel Meißen)である。
マイセン磁器を扱う商人により、1870年、当時の建築スタイルであるJugentstilユーゲント・シュティール(青春様式=仏語のアール・ヌーヴォー:ドイツ語圏の世紀末美術の傾向を指す)で建設されたVillaヴィラで、小さなメルヘンチックな城の外見をもっている。
この館を改造し、1993年にはホテルとして開業した。
レストランなどのある本館と新たに増設した二つの宿泊棟、会議室棟がある。
さすがにマイセン磁器の名品が本館内に飾られている。
宿泊客が多いようで、ホテル前の駐車場はいっぱいで、辛うじて駐車できた。
宿泊棟の部屋は広く、現代的な明るい色調の、まずまずの部屋でした。
写真はマイセンに2泊:古城ホテルMercure Parkhotel Meißenの前景 -
【夕食:Mercure Parkhotel Meißen”Wintergarten-Restaurant”】
19:00~20:30 、DM 69.60(x@60=4,176円)
“Wintergartenヴィンターガルテン・・・「冬の庭、若しくは温室」の意で、レストランの場合は後者の意味だろう。
レストランはエルベ川や堂々たる、印象的なシルエットを見せたアルブレヒト城やDom大聖堂を望める。
30席とやや小さめなレストランはマイセンの郷土料理を得意としているとか。
ワインはザクセンワインものを取り揃えている。
ホテルの案内書に曰く、「“Viele Köche verderben Brei ”(船頭多くして、船 山に登る!=直訳はコックが多いと、粥カユを駄目にする)という諺を引用し、このレストランではそのような事は起こりえない。ゲストが満足する料理を提供する」とある。
さて、その料理はシュパーゲル(白アスパラ)のスープ、シュパーゲルとハムの盛り合わせ料理と、春の旬の料理をまた選んだ。
家内は昨日の調子がまだ後を引いていたので、料理の方も少なめにした。
お酒は食前酒のSherryシェリー、ホテルご自慢のハウスワインをグラスで頂く。
旅行5日目、しかも旅一番の長距離を走ったこともあり、私共二人ともややお疲れ気味でしたので、食欲は不完全燃焼のまま終了した。
(当時余り食事について写真を撮る事も無かったので、このホテルでも料理の写真が残っていない)
写真はマイセンに2泊:古城ホテルMercure Parkhotel Meißenの前景 -
イチオシ
<5月8日(火) 曇り 134km : 累計913km>
Meißenを9:15に出発する。DresdenとKönigsteinの見学へ。B6・172 60km =>”ザクセンのスイス” Königstein:Festung Königstein大要塞見学10:30~13:25 B172 40km =>Dresden 14:20~16:30 市内観光:Elbe川畔、Semperoperオペラ劇場、Zwinger宮殿・古典絵画巨匠展 、Residenzschloss、君主の行列、聖十字架教会。 L? 15km =>Jagtschloss Moritzburg :城内庭園・Café 17:10~18:10 。L? 19km =>Meißen・Mercure Parkhotel Meißen に18:40到着。夕食は市内の中華料理店”中華園”19:00~20:30 、食後にFrauenkirch聖母教会、ワインケラー・Vinzenz Richter、マルクト広場・市庁舎を見て回る。
*朝食時には空に明るさが出てきたので、食後はホテルの庭に出てみた。ホテルのテラスからエルベ川に向かって緩やかなスロープになっていて、川べりに小さな小屋があった。そこから見るAlbrechtsburgアルブレヒト城の雄姿は見事だ。
エルベ川は広い川幅をもっているので、観光船はゆったりと運搬船は忙しげに往来していた。
今日はまず遠い方のFestung Königsteinケーニッヒシュタイン大要塞を見物し、それからDresdenドレスデン市内を観光する事にして、マイセンを9:15に出発。夕食を兼ねて、Meißenマイセン市内見物を後にしたのだ。
B6・172を60kmの距離にあるKönigsteinケーニッヒシュタインに向かう。
(中略)
ケーニッヒシュタインから折り返し、ドレスデン旧市街とモーリッツ城を見てから、Meißenマイセンに戻る。L?を19km走るとマイセンに入る。ホテルのMercure Parkhotel Meißenには18:40到着した。
今夜の夕食は市内の中華と決めていたので、エルベ川にかかるエルベ橋を渡り、マルクト広場に向かう。実はドレスデンで駐車違反をした後なので、念には念をと、駐車違反をチェック中の女性係員に、無料駐車場を教えてもらった。
ついでにこのあたりに中華料理で美味しい所が無いかと聞くと、親切にも“中華園”を教えてくれた。
写真はマイセンに2泊:古城ホテルMercure Parkhotel Meißenの朝 -
<夕食:中華料理店”中華園”>
Meißen 、 An der Frauenkirche 4
19:00~20:30 DM 70(4,200円) 、現金払い。
久しぶりの中華に気持も軽く、ヴェトナム人の給仕さんにほっとしながら、注文する。フカヒレスープ、大きな春巻き、野菜のミックス、鶏肉のチョプシー、それに鶏肉の炒飯と、十分な量で腹いっぱいとなる。飲物はビールとジャスミン茶。
食後に中華園の傍に建つFrauenkirch聖母教会(1929年に設置された、マイセン磁器で作られたカリヨン・組鐘の演奏で有名だが、最後の演奏は20:30で、終わった後だった)や、ワインケラー・*Vinzenz Richterヴィンチェンツ・リヒター(1523年の建築以来、営業を続けているといわれるワインレストラン。中は中世の博物館のようだという。予約なしでは入れない)を見て回る。
尚、*Weingut Vincenz Richterヴィンチェンツ・リヒター・ワイナリーは、ワイン生産地であるザクセン州マイセンにある。1873年にVincenz Anton Richterヴィンチェンツ・アントン・リヒターによって設立され、8ヘクタール以上のブドウ畑で主に Müller-Thurgauミュラー・トゥールガウ、 Rieslingリースリング、 Weißburgunderピノ・ブランを生産している。2001年、ザクセン州で初めてDLG認定「DLG推奨ワイナリー」を授与された。
マルクト広場には切り妻屋根が特徴的な白い壁の後期ゴシック様式で建てられた市庁舎があり(1472年)、この時間でもあたりはまだまだ明るく、人も多い。
写真はマイセンに2泊:8日の夕方、マイセンの旧市街見物と夕食、左上から時計回りで、ヴィンチェンツ・リヒター、マルクト広場と市庁舎、聖母教会、中華園。
(ケーニッヒシュタイン大要塞、ドレスデン市内観光は別途、掲載する)フラウエン教会 (マイセン) 寺院・教会
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<5月9日(水) 快晴 264km>
Meißen 8:50に出発。=>マイセン磁器工場・博物館見学 9:15~11:15 、Albrechtburg城・大聖堂見学 11:30~13:30 =>B101・A4・72・9 (Nossen・Cheminitz・Hof) 264km =>Bayreuth 16:30~17:10 市庁舎、城、新宮殿 ・ Hotel Jagtschloss Thiergarten 17:40到着。
*快晴の古都マイセン。今日は気持の良い朝だ。ホテルを8:50に出発して、少し離れた所にある州立マイセン磁器工場に向かう。
場所は思いのほか目に付きにくく、工場前を通り過ぎてしまい、2度行ったり来たりしてしまう。
写真マイセン磁器工場・博物館見学:左上から時計回りで、マイセン磁器工場の絵葉書、マイセン磁器で作られたパイプオルガン、美しいテーブルセッティング。 -
イチオシ
【Porzellan-Manufaktur Meißen州立マイセン磁器工場】
(9:15~11:15 、入館料DM28=1,680円)
ヨーロッパを代表するマイセン工房と磁器博物館を見学する。
工房はガイドツアーのみだが、実際に創作中の様子を見ることができ、テープによる日本語解説もあって、分かり易く、楽しく、興味深いものだった。
磁器博物館には18世紀から現代まで、年代に従って、総数3000点の磁器が陳列されている。また、階段下のスペースには、可愛い花模様のマイセン食器を長テーブル上に、テーブルセッティングとして陳列していた。見事なものです。
陶磁器で作られたパイプオルガンも目を引くものでした。
(1階のお店で、小さなマイセンの薔薇模様の花瓶を購入した。決めるのに時間がかかったが。 DM 379.85=22,800円)
写真はマイセン磁器工場・博物館見学:左上から時計回りで、マイセン磁器工場の美しいテーブルセッティング、マイセン磁器工場・博物館の建物前、マイセン磁器の見事な作品展示。マイセン磁器博物館 (マイセン磁器工場) 博物館・美術館・ギャラリー
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写真マイセン磁器工場・博物館見学:マイセン磁器の見事な作品展示。
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写真はマイセン磁器工場・博物館見学:マイセン磁器のブランドマークは青い交差した剣である。マイセン磁器であることを証明するマークだ。
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参考写真はマイセン磁器工場・博物館見学説明書
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参考写真はマイセン磁器工場・博物館見学説明書
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【Albrechtburgアルブレヒト城見学】
11:30~13:30 DM 14
州立マイセン磁器工場からマイセンの旧市街に戻り、アルブレヒト城への道を歩いて上る。台上からはエルベ川の流れと向こう岸に私共のホテルが望めます。
Dom大聖堂(13~15世紀のゴシック建築)前にアルブレヒト城がある。
古都マイセンは千年を超える歴史を持つ町である。
この地がザクセンの“ゆり籠”(発祥の地)と呼ばれるように、ザクセンとテューリンゲンを支配した領主Wettinヴェティン家のErnstエルンストとAlbrechtアルブレヒト兄弟により、エルベ川左岸の高台に1471年ドイツ語圏最初の居城と称するアルブレヒト城が築城された。一部はルネサンス様式も見られるが、後ゴシック様式で建てられている。
写真はマイセンに2泊:州立マイセン磁器工場とアルブレヒト城の見学アルブレヒト城 城・宮殿
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ヨーロッパで初めて白色磁器の製造に成功した錬金術師Böttgerベットガーをザクセン選帝侯アウグスト1世(強王)は磁器製造の秘密を守る為、1710年、磁器工場を城内に作り、ベットガー達を磁器製造に専念させた。
磁器工場は1863年まで続いたという。
磁器工場が城外に移転した後、アルブレヒト城は大掛かりな改装が行われ、ドレスデンの芸術アカデミーの11人によって、ヴェティン家の歴史やマイセンの歴史が壁に描かれた。当然、マイセン磁器の当時の工房の絵もある。
1881年以来、城は博物館となる。1989年のベルリンの壁崩壊、1990年東西ドイツ統一と歴史的転換が行われ、1990年10月3日、この城内でFreistaat Sachsen自由州ザクセンの創立が宣言された。
私には分からないがドイツは連邦国家であり、このFreistaat自由州という言葉を使う州は全16州の内、何故か二つある。
一つはザクセン州であり、いま一つはバイエルン州だ。どちらも古くからの王国であったわけだが・・・。自由という言葉にそれぞれの州の人たちは特別の意味合いをもたせているのでしょうか?!
ついでに言えば、Freie自由の言葉を使う二つの州はFreie Hansestadt BremenとFreie und Hansestadt Hamburgです。この二つの州はハンザ同盟の中核であった帝国自由都市でした。
参考写真はマイセンに2泊:Albrechtsburgアルブレヒト城の博物館展示・・・マイセン磁器と錬金術師Böttgerベットガーの様子を描いた壁絵 -
参考写真はマイセンに2泊:Albrechtsburgアルブレヒト城の博物館展示・・・マイセン磁器の錬金術師Böttgerベットガーとアウグスト強王の様子を描いた壁絵。
ついでながら、ザクセン人は発明家が多いと云う。
勿論、マイセン磁器も入っているのだが、私自身が知らなかったことも多く、列挙されたものは実に面白い。
以下は「地球の歩き方・ドイツ」から引用した。
<ザクセンは発明王国>
ザクセン人は発想が柔軟で、研究熱心だそうだ。ザクセンの発明史を列挙すると驚くほど多い。古い順に列挙したのが次の表である。
①1627年;ドレスデンの宮廷音楽長のハインリッヒ・シュッツがドイツ最初のオペラ作品を作った。
②1709年;ご存知のマイセン磁器の生みの親・ベットガーが白色磁器を製造。
③1830年;機織り機
④1836年;蒸気観光船の就航・ドレスデンのエルベ川
⑤1839年;機関車・シューベルト博士により、ドイツ最古の機関車完成。
⑥1855年;ミシン
⑦1881年;タバコ製造機
⑧1893年;鉄製の吊橋・従来の木や石作りの橋に変わり、鉄製の140mの橋を作る。
⑨1899年;ブラジャー
⑩1901年;山岳ロープウエイ
⑪1928年;屋内ボーリング場
⑫1936年;35ミリ一眼レフカメラ
などなど。
その他にもフィルター付タバコ、歯磨きチューブ、口内洗浄液、コーヒー用フィルター、ティーバック、コースターをあげることできる。 -
イチオシ
【Meißenマイセン磁器】
ヨーロッパの磁器の先駆けとなった、Meißenマイセンはドイツ七名窯の第一に位置する。宮廷錬金術師のBöttgerベットガーは1709年、ヨーロッパで初めて白色磁器の製造に成功した。ベットガーの仕えるザクセン選帝侯アウグスト1世は磁器製造の秘密を守るため、1710年、磁器工場をアルブレヒト城内に作り、ベットガー達を磁器製造に専念させた。“白い黄金”と称されるマイセンの白色磁器はヨーロッパ中の人気を博し、大きな富をもたらした。
マイセンのブランドマークは青い交差した剣であり、最も人気の高いモチーフはZwiebelmusterツヴィーベルムスタ(玉葱模様、英語ではBlue Onionブルーオニオン)と呼ばれ、コバルトブルーの色合いを持ち、昔も今も全てが磁器職人の手作業で、繊細且つ優美に造られている磁器である。
写真はマイセン磁器の土産:マイセンの花瓶の正面 -
写真はマイセン磁器の土産:マイセンの花瓶の側面
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<参考追記(2008.04.10.):ドイツの陶磁器>
18世紀後半、ドイツでの磁器窯隆盛の時代、「ドイツの七名窯」に挙げられた、歴史ある由緒ある名窯は、《 第一にヨーロッパの磁器の先駆けとなった、Meißenマイセンであり、Höchst ヘキスト・Fürstenberg フュルステンベルク・KPM Berlinベルリン・Nymphenburgニュンフェンブルグ・FrankenthalフランケンタールそしてLudwigsburgルードヴィクスブルグの7つです。
その後、18世紀の半ばから、ドイツ各地に磁器窯が造られ、ドイツに於いて、マイセンがキングなら、ドレスデンはクイーンと例えられているDP Dresdenドレスデンや、Villeroy&Bochヴィレロイ・ボッホ、Rosentahlローゼンタール、Hutschenreutherフッチェンロイター、テューリンゲン陶磁器のKloster Veilsdorfクロスター・ヴェールスドルフやKahlaカーラ等が創業されている。
写真はマイセン磁器の土産:マイセンの花瓶の側面 -
ドイツを旅する上で、楽しみの一つは“世界に冠たる”ドイツの陶磁器を見ることです。博物館の名品を見て回ることも良いのですが、直に名窯の工房をのぞき、作品の仕上がる工程を見るのも楽しいものです。
2001年の旅で、Dresdenドレスデン近くの【Meißenマイセン】の工房を見学してより、ドイツの旅の行程にはできるだけ、陶磁器の生産地を入れるようにしてきた。
写真はマイセン磁器の土産:デュッセルドルフのKöケーで購入したマイセンの皿(玉葱模様)二枚 -
二度目の2004年の南ドイツ・オーストリー周遊でもミュンヘンの【Nymphenburgニュンフェンブルグ】やウィーンでの【Augartenアウガルテン】、トラウン湖の【Gmundenグムンデン】の陶磁器を見ることができた。
写真はマイセン磁器の土産:マイセンの皿(玉葱模様)の後にあるブランドマーク -
2005年もメルヘン街道沿いにある【Fürstenberg フュルステンベルク】、そして2006年にはモーゼル川の支流であるザール川沿いの【Villeroy&Bochヴィレロイ・ボッホ】を。更に2007年は【Ludwigsburgルードヴィクスブルグ】を訪ねるなどドイツの誇る陶磁器を見てきました。
・・・・・
写真はマイセンとフュルステンベルク磁器の土産:左にマイセン、右に2005年に訪れたFürstenberg フュルステンベルク -
写真はマイセンとフュルステンベルク磁器の土産:左にマイセン、右にフュルステンベルクの後にあるブランドマーク
午後1時マイセンを出発。次の目的地は古城街道の町々だ。
B101・A4来た道を戻る感じで、Nossenノッセン・Cheminitzケミニッツと走る。ケミニッツで給油(DM 90)。
更にA72に入り、Hofホフを目指して南下する。ホフ近郊でPotsdamポツダムから南下してくるA9に合流し、一気にバイエルン州のBayreuthバイロイトの町に入った。16:30着。マイセンから264kmの行程である。
今夜は古城ホテルJagtschloss Thiergartenティーアガルテンに1泊する。
(2024年2月20日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2024/02/23 06:28:11
- jjidaruma特化辞典
- jijidarumaさん おはようございます。
2001年に訪れたのですね。詳細な記録をよくぞご披露くださいました。
私の場合、一日中歩き回り、疲労困憊、ホテルに着くとシャワーを浴びたら少しのビールを飲んで、あとはバタンキュー。したがって夜の町など全くしりません。
もちろん旅の記録など書いてる余裕はありません。
jijidarumaさんの旅行記には乗車時間や訪問先、人との出会い、走行距離などあらゆる記録が整っています。これは一日の記録をノートに残しているのでしょうね。私のようなルーズな人間には驚異的です。
ドイツを旅行先に選ぶ人には必携の旅行記です。四月には娘が母を(私の妻)ドイツ旅行に連れて行ってくれることになりました。私も連れて行ってもらいたいのですが、先日、広島に連れて行ってもらったばかりですので、今度は妻の番です。
ドイツと広島ではかなり差があると思うのですが・・・(笑)。
ドイツに何年か住んでいた娘ですので、不完全ながらドイツ語もできるので、安心して任せられます。
ドイツのことは知りませんがマイセンの焼き物は分かります。私の家にも中国製のマイセンがあります(笑)。中国製でもかなり繊細なつくりです。持ち帰るには品物の形の空洞の発砲スチロールに包装されていました。マイセンは素晴らしいですが、値段も素晴らしいと思います。円安につき買うのはスルーですね。
旅行記を読んでドイツが身近に感じられました。
pedaru
- jijidarumaさん からの返信 2024/02/23 14:54:46
- Re: jjidaruma特化辞典
- pedaruさん、
今日は。いつもありがとうございます。
実は2001年の旅は4Traでは口コミで2編書いたぐらいで、旅日記を書いていませんでした。(尚、2009年の春の旅まで、4Traでは各年1件から5件の投稿になっています。勿論、旅日記は既に出来上がって、自分なりの旅行集としてファイルされていますし、パソコンにも保存しています)
最近、ちょっと気になっていたグルメレストランのシリーズを書き出して、そういえば2001年にワイマールのホテル エレファントで食べたなと、思い出した次第です。
「ドイツ感傷旅行」と称して始まった、定年後のドイツの旅の第1回はゲーテ街道から古城街道で、エレファントの日記を書いてから、それなら、最初から書き出して、旅日記を載せようかと纏めてみたのです。
当時はデジカメが無く、普通の小型カメラで撮った写真をアルバムに貼っていましたので、それを剥がしながら、改めて写真をスキャンし、それを中心に投稿し、足らないものは手持ちの資料をスキャンしたり、参考写真を収集して、体裁を整えました。
20年も経ってしまった、古い、まだちょっと若い私共の写真を見ながら、旅日記を創るのは楽しいもので、暇な年金老人の特権でしょう(笑)。
思い立ってから、行先、飛行機、ホテルを確保して、出発前にそれぞれの地域の情報を書き出しながら、行程を作り、ホテル情報、観光情報を入れながら、ザックリした旅日記(素案!)を作ってしまいます。そのコピーを持参し、時間、料理内容、観光、エピソードを簡単にコピーに追記していくのです。
帰国してから、持ち帰った様々な資料を利用し、時には訳しながら、(よく似た夫婦で家内もメモ魔!なので)家内がメモした簡単な日記も参考にして旅行記を仕上げています。
詳細な記録の元々は上述したものですよ(^¥^)。
さて、親孝行のお嬢さんと奥様のドイツ旅行、楽しいでしょうね。4月、良い時期だし、多分楽しまれるのだろうシュパーゲル(アスパラガス)料理の季節だし、大兄も御一緒出来たら最高なのでしょうが・・・。
それにしても、お嬢さんが(私が勝手に思っているのですけど)ドイツ党であること、ドイツ好きな老ドイツ党員にとって実に嬉しいことです。
お嬢さんと奥様のドイツの旅が、無事に楽しい旅となります様に祈ります。
ドイツを身近に感じられたpedaruさん!4Traにて是非、奥様方のドイツの旅の投稿をお願いしたいですね。
長文!失礼しました。
それではまた。
jijidaruma
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