S-N曲線
S-N曲線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/25 09:16 UTC 版)
S-N 曲線(S-Nきょくせん、英語: S-N curve)とは、材料の疲労破壊において、一定の振幅で繰り返し負荷される応力と破断までの負荷の繰り返し数の関係を示した曲線である[1]。S-N 線図、ヴェーラー曲線とも呼ばれる[2][3]。疲労強度設計の基礎となるもので、ドイツの技術者アウグスト・ヴェーラーによってS-N 曲線の概念が確立された[4]。
曲線の表現
対象物に、応力を繰り返し負荷すると疲労で破断する場合がある。この破断に達した繰り返し数を破断繰り返し数(Nf)と呼ぶ。負荷される応力は一定の振幅(片振り幅)で繰り返されるとして、この応力振幅を σa で表すと、一回の疲労試験で一つの σa と Nf の関係が得られる。応力振幅を下げると破断繰り返し数は大きくなり、応力振幅を上げると破断繰り返し数は小さくなる。このように、いくつかの応力振幅から得られる破断結果をプロットすることでその対象物の S-N 曲線が得られる[4]。
応力レベルを示す S-N 曲線の縦軸にどのような物理量が使われるかは、いくつかの場合がある。平均応力や応力比を一定として応力振幅を縦軸に示す場合[5]、応力比を一定として最大応力を縦軸に示す場合がある[2]。最小応力が 0 のときは、応力幅(全振幅)を縦軸に示すこともある[5]。コンクリートの S-N 曲線では、最小応力を一定として、最大応力を変数として縦軸に示すことが一般的である[6]。
線図は、繰り返し数の横軸は対数目盛で表し、応力レベルの縦軸は普通目盛で表す、片対数グラフで示されることが一般的である。あるいは、縦軸も対数目盛で表し、両対数グラフとして示される場合もある[7]。
曲線の形状と疲労限度の存在
破断繰り返し数が疲労破壊としては比較的少ない回数の 105 回程度以下のときは、そのような疲労を低サイクル疲労と呼ぶ。それに対して、破断繰り返し数 105 回程度以上の疲労破壊は高サイクル疲労と呼ばれる[1]。一般には S-N 曲線は、負荷応力が下がると破断繰り返し数が伸びていく右下がりの曲線となる。しかし、材料が低炭素鋼のような一部の材料では、およそ 106 回辺りで S-N 曲線が水平となる。すなわち、これ以下の応力では何回負荷を繰り返しても破断しないという下限が存在する。この下限の応力は疲労限度と呼ばれる[8][9]。
一方、非鉄金属材料の多くでは疲労限度を示さずに、S-N 曲線は水平にならずに下がり続ける[1]。プラスチック材料の多くも、繰り返し数 107 回でも水平にならない[10]。疲労限度を示す鋼材料も、腐食環境下では疲労限度が消失して S-N 曲線は水平にならずに下がり続ける[11]。
高繰り返し数領域で曲線が水平になる疲労限度を持つような材料でも、さらに 108 回や 109 回といった領域まで負荷を繰り返すと疲労破壊に至る場合がある。このような繰り返し数領域での疲労破壊は超高サイクル疲労やギガサイクル疲労と呼ばれる。超高サイクル疲労が起こる材料のS-N曲線は、水平になった後に再び右下がりの曲線となることがある。このような S-N 曲線のことを2重 S-N 曲線と呼ぶ。超高サイクル疲労のメカニズムはまだ十分に明らかにされていないが、通常の疲労破壊が材料表面に発生するき裂が進展して起こるのに対して、超高サイクル疲労は材料内部からき裂が発生・進展して破断に至るのが特徴である。そのため、破壊メカニズムの異なる2種類の S-N 曲線が同居することで2重 S-N 曲線となる考えられている[12]。
統計的性質
一般に、実際の材料の強度にはばらつきがあり、疲労強度も同様である[13]。S-N 曲線においても実験データが一本の曲線上に並ぶことはなく、試験を十分注意して行ったとしてもばらつきが生まれる[14]。
S-N 曲線では2種類の確率分布が考えられる。1つは応力レベルを同じとしたときの破断繰り返し数の分布(ばらつき)で、もう1つは破断繰り返し数を同じとしたときの応力レベルの分布である[15]。前者は疲労寿命分布、後者は疲労強度分布と呼ばれる[16]。一般に、疲労寿命分布は、破断繰り返し数が少ない短寿命領域では分布は対数正規分布で近似でき、長寿命領域ではワイブル分布でよく近似できるといわれる。一方、疲労強度分布は、破断繰り返し数によらず正規分布で近似できることが多い[14]。破壊確率を定数として、それぞれの破壊確率毎に描いた S-N 曲線を P-S-N 曲線と呼ぶ[17]。いくつかの応力レベルにおける疲労寿命分布を得て、各々の疲労寿命分布上の同じ破壊確率の点を結ぶことで P-S-N 曲線を得ることができる[18]。
脚注
- ^ a b c 陳 玳珩 『金属疲労強度学 : 疲労き裂の発生と伝ぱ』(第1版)内田老鶴圃、2015年、29頁。ISBN 978-4-7536-5505-2。
- ^ a b 日本機械学会 編 『機械工学辞典』(第2版)丸善、2007年、106-107頁。ISBN 978-4-88898-083-8。
- ^ McEvily 2017, p. 263.
- ^ a b 星出 敏彦・植松 美彦、2010、「疲労の基礎と実機疲労設計の最新動向 : 1. 疲労の基礎と最近の研究動向」、『材料』59巻1号、日本材料学会、doi:10.2472/jsms.59.89 pp. 89–95
- ^ a b 日本材料学会(編) 2008, pp. 5–6.
- ^ 徳光 善治・松下 博通、1979、「繰返し荷重を受けるコンクリートの疲労強度」、『コンクリート工学』17巻6号、日本コンクリート工学会、doi:10.3151/coj1975.17.6_13 pp. 13–22
- ^ 大路・中井 2006, p. 61.
- ^ McEvily 2017, pp. 263–264.
- ^ 日本材料学会(編) 2008, pp. 5–9.
- ^ 高野 菊雄 『トラブルを防ぐプラスチック材料の選び方・使い方』(第1版)工業調査会、2005年6月15日、84頁。ISBN 4-7693-4190-3。
- ^ 日本材料学会(編) 2008, p. 6.
- ^ 酒井 達雄・上野 明、2009、「金属材料の超高サイクル疲労に関する研究動向と疲労試験技術」、『マリンエンジニアリング』44巻5号、日本マリンエンジニアリング学会、doi:10.5988/jime.44.730 pp. 730-736
- ^ 日本材料学会(編) 2008, p. 364.
- ^ a b 大路・中井 2006, pp. 71–72.
- ^ McEvily 2017, p. 329.
- ^ 日本材料学会(編) 2008, p. 372.
- ^ 日本材料学会(編) 2008, p. 7.
- ^ 花木 聡・境田 彰芳・岡田 憲司・上野 明・酒井 達雄、2012、「日本材料学会疲労強度データベース事業の歴史的経緯·到達点と今後の展開 4.データベース解析と解析結果の公開利用」、『材料』61巻6号、日本材料学会、doi:10.2472/jsms.61.564 pp. 564-570
参照文献
- 日本材料学会(編)、2008、『疲労設計便覧』第3版、養賢堂 ISBN 978-4-8425-9501-6
- J. McEvily、江原 隆一郎(訳)、2017、『金属破損解析ハンドブック : 原理から機構、事例研究、欠陥検出、防止まで』、丸善 ISBN 978-4-621-30135-7
- 大路 清嗣・中井 善一、2006、『材料強度』初版、コロナ社〈機械系 大学講義シリーズ〉 ISBN 978-4-339-04039-5
関連項目
外部リンク
S-N曲線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 21:16 UTC 版)
詳細は「S-N曲線」を参照 材料がどれくらいの繰り返し応力に耐えられるか、どれくらいの回数を与えるとどれくらいの応力で破断するのかをあらわすためにはS-N曲線(S-N curve)が広く使われている。S-N曲線は、縦軸に応力振幅(stress amplitude)あるいは応力範囲(stress range)、横軸にその応力を繰り返し負荷して破断するまでの繰り返し回数(number of cycles)の対数で表されるグラフである。S-N曲線は、世界で最初にS-N曲線を見つけ出したドイツの技術者アウグスト・ヴェーラーの名前から、ヴェーラー曲線(Wöhler curve)」と呼ばれることもある。材料のS-N曲線を求めるためには、疲労試験装置に試験片を取り付け、破断するまで繰り返し応力を加えて求められる。 繰り返し数が105回程度以上で発生する疲労破壊を高サイクル疲労(high cycle fatigue)と呼び、104回程度以下で発生するものを低サイクル疲労(low cycle fatigue)あるいは塑性疲労と呼ぶ。低サイクル疲労では負荷される応力が材料の降伏応力以上となるため、材料の疲労試験をする際には、繰り返し応力振幅を一定にして試験する場合と繰り返しひずみを一定にして試験する場合で結果が異なる。繰り返しひずみ一定の場合の疲労評価を表す場合は、応力振幅の代わりに全塑性ひずみ幅Δεtを用いたε-N曲線が使用される。またさらに、107回以上の繰り返し数でも疲労破壊が起こる場合があり、このような繰り返し数領域での疲労を超高サイクル疲労(very high cycle fatigue)あるいはギガサイクル疲労(Gigacycle fatigue)などと呼ぶ。 S-N曲線であらわされる耐久性は、装置上で試験片に、ごく単純な正弦波状の繰り返し応力を加え続けたものであり、材料の形状や温度変化、腐食など性質の変化、時間的に非連続的な応力がかかることなどは考慮されていない。そのため実際に材料が使われている状況とは違うことを考慮することが必要である。 破断する確率を統計的(Stochastic)に取り扱う場合にはワイブル分布が用いられる。
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S-N曲線と同じ種類の言葉
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