李滉とは? わかりやすく解説

556の専門辞書や国語辞典百科事典から一度に検索! Weblio 辞書 ヘルプ
Weblio 辞書 > 人名 > 美術人名辞典 > 李滉の意味・解説 

李滉

清代中期画家康熙25年江蘇省興化生。字は宗揚、号は復堂・懊道人木頭老子等。揚州八怪一人康熙50年挙人山東省膝県の知事務める。宮廷画家の蒋廷錫に師事し高其佩にも学んだが、明の林良私淑しといわれる奔放な筆致水墨淡彩による花卉草木を得意とした。歿年未詳

李滉

李朝朱子学者。真宝生。字は景浩、号に退溪・退陶・清涼山人等。清要の職を累歴し、中枢府事に至る。朱子学集大成し東方朱子敬称された。徳川幕府朱子学派与えた影響至大である。宣祖3年(1570)歿、70

李滉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/03 20:02 UTC 版)

李滉
李滉の石像(南山)
各種表記
ハングル 이황
漢字 李滉
発音 イ ファン
日本語読み: り こう
: り くわう
ローマ字 Yi Hwang
テンプレートを表示

李 滉(り こう / イ ファン、1501年 - 1570年)は李氏朝鮮儒学者。字は景浩(けいこう[1]、キョンホ)。退渓(たいけい[1]、テゲ)、陶翁、清涼山人、真宝人。李珥(栗谷)と並んで、朝鮮朱子学における二大儒と称される[2]

生涯

慶尚道安東(現在の大韓民国慶尚北道安東市)出身。本貫は慶尚道真宝。11歳で論語を学びはじめ、20歳頃に儒学の学問に没頭して病弱な身体で有名な学者になった。33歳で科挙に合格した後に、1542年暗行御史として忠清道を巡察するなど中央や地方の官僚として活躍した[3]両班として文科及第ののち成均館の司成となるが、1545年乙巳士禍で失脚した。洛東江のほとりの兎渓に養真庵を結んで隠遁し、兎渓(トゲ)の地名から「退渓」(テゲ)と号して学問に専心した。その後、たび重なる出仕の命に応じて1548年丹陽郡守となり、豊基郡守時代に朝鮮半島初の賜額書院、紹修書院などを実現して書院文化を築いた[4]。成均館大司成などを歴任した。豊基郡(現在の慶尚北道栄州市)守時代には紹修書院を開いた。

1560年には郷里に隠棲し、「陶山書院」を開き、儒教の研究と後進の育成に力を注いだ。「陶山書院」は王から扁額を賜った賜額書院として朝鮮の儒教の興隆のさきがけとなる。

思想

李退渓の思想はで盛んになった陽明学を退け、あくまで朱子学を尊重することで、朱子学の提要である「格物致知」の概念や「理気二元論」に基づいて、精緻で稠密な議論を展開する主理説に特色がある。

「東方の小朱子」と呼ばれ、同時代の李珥とともに朝鮮儒学の代表者とされている。その学説を継ぐ者たちは嶺南学派と呼ばれるが後に、李珥の系統を引く畿湖学派と鋭く対立した。

彼の学問は徹底した内省を出発点としており、この立場から朱熹学説を整理した。四端七情と理気との関係をめぐる奇大升との長年にわたる朝鮮儒学史上著名な論争でも、論理的整合性を重視する奇大升に対して、人間のあるべき道徳的な姿を求めて、理気の互発説(四端は理の発、七情は気の発)を主張して、さらに理自体の動静(運動性)を明言した。

45歳頃になって『朱子大全』を入手すると、朱子大全の文章に没頭して、収録された朱熹の文章を抜粋して『朱子書節用』を編纂した。理想的な人格者、大儒学者として歴代の李氏朝鮮国王や儒学者から尊敬を受けた。彼の学問は林羅山山崎闇斎・大塚退野などの日本の朱子学者に大きな影響を与えて、彼の『聖学十図』・『自省録』・『易学啓蒙伝疑』などの著作の大部分が徳川幕府下の江戸時代日本で復刻されている[5]

メモ

1000ウォン紙幣
  • ソウル中心部にある道路「退渓路」は彼に因んで名づけられている。
  • 大韓民国の1000ウォン紙幣朝鮮語版の肖像画となっている。
  • 退渓は梅を愛した人物で、その遺言も「あの梅に水をやってくれ」だった。

主な日本語訳

脚注

  1. ^ a b 李滉”. 日本大百科全書(ニッポニカ). 2022年10月28日閲覧。
  2. ^ 曺植(曺植 南冥)を含む朝鮮朱子学における三大儒と称される。
  3. ^ 『朝鮮王朝がわかる』142ページ六反田豊監修
  4. ^ (木村ほか1995, 117頁内側の段落)
  5. ^ (木村ほか1995, 117頁外側の段落)

参考文献

関連項目

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', '', ''];function getDictCodeItems(index) {return dictCodeList[index];}

すべての辞書の索引

「李滉」の関連用語

1
38% |||||

2
16% |||||

3
14% |||||

4
14% |||||

5
14% |||||

6
14% |||||

7
14% |||||




李滉のお隣キーワード
検索ランキング
';function getSideRankTable() {return sideRankTable;}

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



李滉のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
株式会社思文閣株式会社思文閣
Copyright(c)2025 SHIBUNKAKU Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの李滉 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS