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第124回:「交通死傷者ゼロ」に向かって 〜トヨタの安全技術取材会から

2011.07.29 エディターから一言 沼田 亨
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第124回:「交通死傷者ゼロ」に向かって 〜トヨタの安全技術取材会から

静岡県内にある、トヨタ自動車の“マル秘”な研究施設に潜入! そこで見られた、同社最新の安全技術とは……?

東富士研究所内に展示されていた「トヨタESV」。「ESV」は「Experimental Safety Vehicle」(実験安全車)の略で、1970年にアメリカ運輸省が提唱し、ビッグスリーをはじめ世界の主要な自動車メーカーが計画に参画した。これは73年の東京モーターショーの出展車両の同型車で、衝撃吸収ボディやエアバッグ、ABSなどを備えていた。トヨタの安全対策車両のルーツ的なモデルである。
東富士研究所内に展示されていた「トヨタESV」。「ESV」は「Experimental Safety Vehicle」(実験安全車)の略で、1970年にアメリカ運輸省が提唱し、ビッグスリーをはじめ世界の主要な自動車メーカーが計画に参画した。これは73年の東京モーターショーの出展車両の同型車で、衝撃吸収ボディやエアバッグ、ABSなどを備えていた。トヨタの安全対策車両のルーツ的なモデルである。 拡大
「クラッシュテスト」で、「クラウン」とオフセット衝突した「ヴィッツ」。速度は双方とも55km/h、ご覧のとおりスカットルより前は衝撃を吸収して大破しているが、ピラーの変形もほとんどなく、キャビンはほぼ原形をとどめており、生存空間は確保されている。ドアは4枚とも人力で開き、脱出性も問題ない。
「クラッシュテスト」で、「クラウン」とオフセット衝突した「ヴィッツ」。速度は双方とも55km/h、ご覧のとおりスカットルより前は衝撃を吸収して大破しているが、ピラーの変形もほとんどなく、キャビンはほぼ原形をとどめており、生存空間は確保されている。ドアは4枚とも人力で開き、脱出性も問題ない。 拡大
自動車乗車中の事故による年齢別の死者数の推移。全体の死者数は減少しているが、65歳以上の高齢者は横ばいであることがわかる。
自動車乗車中の事故による年齢別の死者数の推移。全体の死者数は減少しているが、65歳以上の高齢者は横ばいであることがわかる。 拡大

多すぎる悲劇をなくすために

日本における昨2010年の交通事故による死亡者は4863人。10年連続して減少しており、10年前に比べるとほぼ半減した。日本をはじめ米国、欧州などの自動車先進国における交通事故死亡者数は年々減少傾向にあるが、世界規模での年間死亡者数はなんと130万人にも上るという。しかもなんらかの対策をとらない限り、2020年には190万人に達すると予測されているそうだ。

そうした極めて深刻な問題を抱えるモビリティ社会ではあるが、究極の目標である「交通死傷者ゼロ」を目指して、トヨタでは「人(人間に対する交通安全啓発)」「クルマ(安全な車両開発)」「交通環境」の三位一体の改善活動に取り組んでいる。このうちの「クルマ」の部分をメディアに向けて公開する「安全技術取材会」が、静岡県裾野市にあるトヨタ自動車の「東富士研究所」で開かれた。

トヨタの車両安全技術の開発における基本的な考え方は、「実際の事故に学び、常に改善を続けていく」という「実安全の追求」。車両に搭載されたさまざまな安全技術の連携を図り、最適なドライバー支援を行う「統合安全コンセプト」を念頭に商品開発を進めている。

国内の交通事故死亡者数は前述したとおりだが、死者数のなかでもっとも多いのは歩行者(35.2%)で、次が自動車乗車中(32.9%)である。また死亡者を年齢別に見ると、65歳以上の高齢者が過半数(50.4%)を占めている。つまり、歩行者や高齢者といった交通弱者に犠牲が多いことがはっきりと数字に表れているのだ。トヨタは以前から、交通弱者に配慮した安全技術開発に積極的に取り組んでおり、今回の「安全技術取材会」でも関連の技術が目立った。

例えば、時おり耳にする高速道路の逆走による事故。NEXCOによれば高速における逆走発生件数は年間1000件ほどあり、うち事故に至った逆走ドライバーの約半数が65歳以上の高齢者という。こうした逆走事故を防ぐために考案されたのが、ナビの「逆走注意案内」である。ナビの地図の高鮮度化(高速道路の開通から最短7日で配信)および現在位置の高精度化、そして逆走検知アルゴリズムの向上から商品化が可能となったもので、高速道路を逆走していると判断すると、ナビの画面と音声で注意を喚起する。

正直言って、この機能に自分自身がドライバーとしてお世話になる機会はまだ想像できないが、逆走事故に遭遇する可能性は誰にでもある。となれば、普及するのが望ましい機能といえよう。すでに6月からディーラーオプションとして用意されるナビにはこの機能が備わっているそうで、純正およびメーカーオプションのナビも順次対応していく予定という。

「逆走注意案内」。高速道路を逆走しているとナビが判断すると、音声と画面表示で注意を促す。ちなみに逆走が多いのはインターチェンジ、本線、サービス/パーキングエリアの順という。
第124回:「交通死傷者ゼロ」に向かって 〜トヨタの安全技術取材会から

トヨタ流「ぶつからない技術」

トヨタは2003年にミリ波レーダーで衝突を予測してシートベルトを巻き取り、ブレーキアシストをスタンバイする世界初の「プリクラッシュセーフティシステム」(PCS)を「ハリアー」に搭載。2006年にはミリ波レーダーに加えてステレオカメラと近赤外線照射を用い、ブレーキを作動させて衝突被害を軽減し、さらにステアリングによる回避操舵(そうだ)を支援するシステムを「レクサスLS」に用意するなど、この分野における先駆者を自任していた。しかし、車両を停止させて衝突回避を支援するシステムの商品化においては、ボルボの「シティセーフティ」やスバルの「EyeSight」に遅れをとっていた。

そのハンディを一気に解消するであろう(?)、開発中という2種類の衝突回避支援システムも公開された。まずひとつは、「追突・歩行者事故対応支援PCS」。やはりミリ波レーダーとステレオカメラによって歩行者や車両を認識し、衝突の危険がある場合はドライバーがブレーキを踏めない状況でも自動的にブレーキが作動して衝突回避を支援する。体験試乗では、40km/hで歩行者を模したマネキン人形に向かって走行。近づくと警告を発するが、それでもブレーキを踏まずにいると強制的にブレーキが作動し、かなりの減速Gを伴いマネキンの2mほど手前で停止した。
この「追突・歩行者事故対応支援PCS」、先行する他社のシステムより高い速度(40km/h)からの自動停止が可能なところ、さらに近赤外線投光器を搭載しているため昼夜を問わず性能を発揮できるところが特徴である。

もうひとつはブレーキに加えステアリングまで統合制御する、さらに進化した「走路逸脱対応支援PCS」。走路から逸脱して、対向車両やガードレール、電柱などの障害物と衝突する危険を予知すると、ブレーキによる制動とともにステアリングが自動的に操られて車両の向きを変え、衝突回避に寄与するというものだ。体験試乗は80km/hからノーブレーキでガードレールを模したバリアに向かって進むという設定で行われたが、無事に衝突を回避した。「石橋を叩いて壊す」といわれるほど慎重なトヨタが、万が一作動しなかったら危険な実験をわれわれメディアに体験させたということは、システムの性能、信頼性ともに相当な自信のある証しであろう。
とはいうものの、これら2種の衝突回避システムの商品化の時期についてはノーコメントを貫いていた。「他社が実用化している以上、できるだけ早く出したい」ということではあったが。

交通事故による死亡者のなかでもっとも多いのは歩行者であることは前述したが、そのうちの7割が夜間の事故で亡くなっており、なかでも道路の右から左に横断する際の事故が最多だという。夜間運転におけるドライバーの視界の確保は、事故の多寡に直結する重要な課題なのである。

トヨタは2009年にレクサスLSに先行車のテールランプや対向車のヘッドランプを車載カメラで検出し、ヘッドライトのハイ/ロービームを自動で切り替える「オートマチックハイビーム(AHB)」を導入している。
今回公開された「アダプティブドライビングビーム(ADB)」は、それをさらに進化させた技術で、ハイビームを部分的に遮光することによって照射領域を変化させ、先行車や対向車を幻惑せずに路肩にいる歩行者や障害物を照射する。常にハイビームに近い視界を確保し、夜間の視認性を向上する画期的な照明システムといえるが、これも商品化については未定とのことだった。

「レクサスLS」による「追突・歩行者事故対応支援PCS」の体験試乗。40km/hで走行中に衝突の危険を判断してブレーキが作動し、マネキンの手前で停止した状態。
「レクサスLS」による「追突・歩行者事故対応支援PCS」の体験試乗。40km/hで走行中に衝突の危険を判断してブレーキが作動し、マネキンの手前で停止した状態。 拡大
停止状態で車内からマネキンを見た図。間近に迫って見える。
停止状態で車内からマネキンを見た図。間近に迫って見える。 拡大
「走路逸脱対応支援PCS」の体験試乗で、「トヨタ・クラウン」がバリアにノーブレーキで向かっていくところ。この後システムが作動して減速と操舵(そうだ)を行い、バリアの手前で停止した。なお、切り込もうとするステアリングにドライバーがあらがえば、ドライバーのほうが優先されるという。「あくまで支援システムであり、自動運転ではない」というのがその理由である。
(写真=トヨタ自動車)
「走路逸脱対応支援PCS」の体験試乗で、「トヨタ・クラウン」がバリアにノーブレーキで向かっていくところ。この後システムが作動して減速と操舵(そうだ)を行い、バリアの手前で停止した。なお、切り込もうとするステアリングにドライバーがあらがえば、ドライバーのほうが優先されるという。「あくまで支援システムであり、自動運転ではない」というのがその理由である。
(写真=トヨタ自動車) 拡大
「アダプティブドライビングビーム(ADB)」の実験より。写真上はロービームを点灯した状態で、左右の路肩にいる歩行者を模した人形はほとんど見えない。写真下はハイビームで「ADB」を作動させた状態。先行車や対向車を照射する部分は遮光されているため、それらを幻惑することはない。にもかかわらず路肩の人形には光が届いており、認識することができる。
「アダプティブドライビングビーム(ADB)」の実験より。写真上はロービームを点灯した状態で、左右の路肩にいる歩行者を模した人形はほとんど見えない。写真下はハイビームで「ADB」を作動させた状態。先行車や対向車を照射する部分は遮光されているため、それらを幻惑することはない。にもかかわらず路肩の人形には光が届いており、認識することができる。 拡大

宇宙飛行士もビックリ!? 巨大シミュレーター

初公開ではないが、ある意味において今回の「安全技術取材会」のハイライトともいえるのが「衝突試験」すなわちクラッシュテストの見学だった。トヨタは年間に1600回ものクラッシュテストを行っているそうだが、今回は「クラウン」と「ヴィッツ」のCar to Carのオフセット衝突を公開した。試験条件は双方の車速が55km/h、ヴィッツの50%オーバーラップ(ヴィッツの車幅の半分がクラウンと正面から当たる)である。

衝突のインパクトとダメージはやはり小柄で軽量なヴィッツのほうが大きく、「当たり負け」したあげくに進行方向の反対側を向いてしまった。しかしながらキャビン部分はほぼ原形をとどめており、乗員の生存空間は確保されていた。また4枚のドアも人力で開けることができ、脱出性も問題なかった。コンパティビリティ(重量の異なるクルマ同士の衝突時に、軽いクルマの衝突安全性能の確保と重いクルマの加害性の低減によって、双方の安全性を図るという考え方)も確認できた。

エンターテインメント性のあったプログラムが、2007年から稼働している世界最高レベルの「ドライビングシミュレーター」の試乗である。高さ4.5m、直径7.1mのドーム内壁の球面スクリーンにCG(コンピューター・グラフィックス)で描かれた市街地映像を投影、それに合わせてドームの中心に設置された実車の運転操作を行うというものだ。ドームはコンピューター制御のもとにターンテーブルによる回転、傾斜装置による最大25度の傾斜、加振機による振動などを与えられながら、奥行35m、幅20mという世界最大級の可動範囲を移動することによって、実際の走行を限りなく忠実にシミュレートする。
この「ドライビングシミュレーター」は、実車では危険が伴う実験や、特定の条件下で繰り返す実験などに用いることによって、事故に至る運転行動や事故原因の解析に活用されているという。

「クラッシュテスト」で、55km/hで走行する「クラウン」と「ヴィッツ」が衝突した瞬間。この後ヴィッツは、はじき飛ばされた形で進行方向の反対側を向いてしまった。こうした「Car to Car」の衝突試験では、速度は最大140km/hまで、衝突する角度は0度から15度刻みで90度まで対応しているという。
「クラッシュテスト」で、55km/hで走行する「クラウン」と「ヴィッツ」が衝突した瞬間。この後ヴィッツは、はじき飛ばされた形で進行方向の反対側を向いてしまった。こうした「Car to Car」の衝突試験では、速度は最大140km/hまで、衝突する角度は0度から15度刻みで90度まで対応しているという。 拡大
世界最大級という「ドライビングシミュレーター」。実車(レクサスIS)を収めた高さ4.5m、直径7.1mのドームが、回転したり、傾斜しながら奥行35m、幅20mの可動範囲を移動することによって、実際の走行を限りなく忠実にシミュレートする。最大加速度は0.5G、速度は6.1m/sec(22km/h)。まるでNASAかどこかの施設(見たことないけど)のよう?
世界最大級という「ドライビングシミュレーター」。実車(レクサスIS)を収めた高さ4.5m、直径7.1mのドームが、回転したり、傾斜しながら奥行35m、幅20mの可動範囲を移動することによって、実際の走行を限りなく忠実にシミュレートする。最大加速度は0.5G、速度は6.1m/sec(22km/h)。まるでNASAかどこかの施設(見たことないけど)のよう? 拡大
ドーム内壁の球面スクリーンには、360度にわたって豊田市内の市街地を模したCG(コンピューター・グラフィックス)映像が8台のプロジェクターで投影される。振動や実際に録音された走行音などの効果もあって臨場感はさすがだが、最新のドライビングゲームやハイビジョン映像を体験している目には、率直に言って映像の再現度や解像度は期待したほどではなかった。
ドーム内壁の球面スクリーンには、360度にわたって豊田市内の市街地を模したCG(コンピューター・グラフィックス)映像が8台のプロジェクターで投影される。振動や実際に録音された走行音などの効果もあって臨場感はさすがだが、最新のドライビングゲームやハイビジョン映像を体験している目には、率直に言って映像の再現度や解像度は期待したほどではなかった。 拡大

進化する人体模型

衝突実験に不可欠な「ダミー人形」。トヨタには21種で計200体、ここ東富士研究所にはうち70体のダミー人形があるそうだが、彼らがズラリと並んだ「ダミー室」は、一種独特な雰囲気だった。人体の受ける衝撃を各種センサーで計測するダミーにも、より細かな計測が可能なトヨタの独自開発による「ハイメカダミー」があり、一般的なダミー価格が一体1500万円ほどであるのに対して、ハイメカは開発費込みで2億円もするそうだ。「地球より重い」人命を救う役割を果たしているダミーには、やはりそれなりの予算が与えられるということか。

人体に加わる衝撃そのものはダミーで計測できるが、傷害のメカニズムの解析までは難しい。それを可能にするためにトヨタが独自開発した、人間の頭のてっぺんからつま先まで、骨格から筋肉、内臓を忠実に再現したバーチャルな人体解析モデルが「THUMS」(サムス、Total HUman Model for Safetyの略)。事故が人体に与える傷害とその影響を、コンピューター上で解析するソフトウェアである。

1997年から開発を始め、2000年に登場したバージョン1では主に骨折、2005年のバージョン3では脳障害、そして昨2010年にフルモデルチェンジしたバージョン4では内臓傷害の解析・予測までが可能になった。ダミー同様に中柄の男性、小柄な女性、妊婦、子供といった体形と年齢のバリエーションがあり、今後は高齢者なども加わる予定という。
「THUMS」は開発したトヨタのみならず、今や世界30社以上の自動車メーカーや研究機関で使われており、F1やNASCARの衝突安全性の向上にも貢献しているそうだ。世界が認める、意外なトヨタの独自技術が存在していたのである。

以上のほかにも歩行者傷害軽減ボディや同じく歩行者保護のためのポップアップフードといった技術展示、さらにはステアリングホイールに埋め込んだ心電センサーで心血管の異常を判定することにより、心不全など運転中の体調急変に対応するシステムの紹介など、現時点におけるトヨタが具体化した安全技術が数多く公開されていた。

(文と写真=沼田 亨)

乳児から成人までの各種ダミー人形がそろった「ダミー室」。想像するに、夜間のパトロールは遠慮したい光景である。
乳児から成人までの各種ダミー人形がそろった「ダミー室」。想像するに、夜間のパトロールは遠慮したい光景である。 拡大
「クラッシュテスト」で「ヴィッツ」と衝突した後の「クラウン」。キャビンにはほとんど変形が見られない。ニーエアバッグが有効であろうことを実感した。
「クラッシュテスト」で「ヴィッツ」と衝突した後の「クラウン」。キャビンにはほとんど変形が見られない。ニーエアバッグが有効であろうことを実感した。 拡大
骨格から筋肉、内臓までを忠実に再現したバーチャルな人体解析モデルである「THUMS」のイメージ図。
骨格から筋肉、内臓までを忠実に再現したバーチャルな人体解析モデルである「THUMS」のイメージ図。 拡大
沼田 亨

沼田 亨

1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。

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