コトの発端は静岡県富士宮市で偶然見かけた謎の看板
こんにちは、ジモコロ編集長の柿次郎です。先日公開した記事「【日帰り】超インドアが3種のアウトドアレジャーを連続で体験したら超充実した件」、この取材で静岡県を訪れていたのですが、車を運転していたらやけに気になる看板が目に飛び込んで来ました。
「クワガタ」
「固いもも」
「風岡直宏がたけのこで日本一の味を目指しています」
見慣れない看板の並び。得体の知れなさ。この店は一体なんなんだろう? 好奇心が顔を覗かせたものの、取材現場に急いでいたためその場ではスルーしました。
その後、近くでアウトドアガイドをやっている男性にさっきの光景を伝えたら、「ああ、風岡(かざおか)さん。実はあの人、クワガタとタケノコで稼ぎまくって、フェラーリを2台買った人なんですよね」と話すではありませんか! おいおい、先に言ってくれよ、と。おもしろすぎるじゃないか。僕は一度引っ込めた好奇心を抑えきれず、取材後にそのお店を訪れて、黒いタンクトップを着た男性に話しかけました。
この時点では、記事にするかどうかは考えず「何かおもしろそうな予感がする!」という思いだけの行動。恐る恐る「クワガタとたけのこでフェラーリを買ったって本当ですか?」と男性に尋ねたら「うん、そうだよ。これ見てみてよ」と次々に証拠ともいえる過去の雑誌や新聞を取り出しました。
やばい、ホンモノだ!
風岡直宏さん。41歳。静岡県富士宮市で農家&直売所「風岡たけのこ園」を経営している。23歳まではプロのトライアスロン選手として活躍。その行動と言葉のスピード感たるや、時速300kmで走るフェラーリ並。独特の佇まいと少年のような表情で、これまで歩んできた人生をいきなり語ってくれました。おもしろすぎたので急遽、取材敢行!! インターネットに一切載っていない、これぞMADE IN 一次情報!
24歳でクワガタビジネスを始めたらボロ儲け
「あの…情報が強すぎて頭に入ってこないんですけど、まずクワガタムシでフェラーリを買ったってどういうことですか?」
「1990年代後半にクワガタムシブームがあったの知ってる? 黒いダイヤと言われて高値で取引されたオオクワガタとかね。あれ。24歳のときにクワガタムシの飼育と繁殖を始めて、自宅の庭の小さな小屋で商売をやりだしたの。そうしたら飛ぶように売れて。年間3000万円ぐらいの売上があったんだよね。でも、当時は24歳の若造じゃない? 思い切った買い物をしようと、クワガタで稼いだお金でフェラーリを買ったんだよ」
「うわー! お笑い芸人の太平かつみがオオクワガタの養殖にチャレンジして、大損した話は有名ですけど……その当時成功した人がいたんですね!」
「この小さな敷地内に行列ができてね。すごかったよ。で、当時買ったフェラーリの写真がこれね」
「マジだ…。90年代なのにモノクロ写真の意味は分かりませんがすごい!」
「あ、ちょっと、ごめんね。いらっしゃ〜い(買い物に来た子どもに向かって)。え、そんな小さなクワガタでいいの? どうせならもっと大きいヒラタクワガタ買えばいいのに(笑)」
「あ、地元の子どもが目をキラキラさせながらクワガタを買ってる! 今も昔もクワガタやカブトムシ好きの子どもは変わらないんですね。僕も昆虫大好きなんで気持ちが分かります」
「お、なんだ! クワガタ好きなの? これ見ていってよ」
「え、なんですか。野菜とか保管する冷蔵庫に連れて行かれても…」
「うわあああ! 大量のノコギリクワガタが死んでる!」
「いやいや、生きてるよ(笑)。冷蔵庫で仮死状態にしてるんだよ。ほら、元気なクワガタって同じ虫カゴに入れてると喧嘩するでしょ? 仮死状態にすれば動きが鈍くなって争わなくなる。この状態の方が個体が傷つかないし、長生きするんだよ」
「マジで知りませんでした。これ全部自分で採ってきてるんですか?」
「うん。毎晩、山に行ってるからね。クワガタももちろんだけど、カブトムシもシーズンで1社=約3200匹ぐらいは販売してる。15年以上取引のあるスポーツクラブがあってね。そこで子供向けキャンプをやっていて、そのお土産にカブトムシのペアを用意するんだよ。この表は今年のカブトムシの収獲データ。ピークのときは一晩で300匹以上採れるかな。このデータは10年以上毎年つけていて、感覚と数字で安定供給できる感じ。ここまでやってるやついないんじゃない?」
「すげぇ…。収獲量はもちろん、カブトムシの需要がイベント用のお土産にあるって知りませんでした。ちなみに儲かるんですか?」
「カブトムシ3200匹で……配達料、ケースを入れて取引金額は100万円を超えるくらいかな」
「100万円…! 労力に見合ってるのか正直わかりません」
今の本業は3代目たけのこ農家、それでまたフェラーリを買った
「疑問は尽きないんですけど、タケノコでもフェラーリを買ったって本当なんですか?」
「うん、そうだよ。親子3代でタケノコ農家をやっていてね。ほら、これが当時外車情報雑誌で特集を組まれたときのやつ。すごいっしょ?」
「タケノコを掘りまくって84回ローンを僅か2年で完済! って書いてますね。今度はちゃんとカラーで安心しました。タケノコってそんなに儲かるイメージがないんですけど…。なんでフェラーリを買えて、しかも2年で完済できたんですか?」
「やり方だよね。タケノコって自然に生えてくるんだけど、ほとんどの農家が自然に任せちゃってるんだよ。裏表の年があって、出る年と出ない年がある。それじゃ経営的に安定しない。僕は年間300日以上、収獲と手入れのため山に入るんだよ。年に5回しっかり肥料をあげて、年に2回は丁寧に草刈りをする。おじいさん、おばあさんの古い竹を切って、新しいタケノコが生えやすいようにスペースを作ってあげる。竹を少なくすると、日当たりがよくなって立派なたけのこが生えるんだよ」
「ものすごく手間をかけてるんですね」
「そうそう。自然任せにしてないから、定期的にタケノコを供給できるわけ。『今年は裏年でタケノコが採れないな…』ってときほど需要が生まれるじゃん。そのときにうちの直売所だったら必ず買える、というブランドが生きてくるのさ」
「ビジネスマンとしての肌感覚がすごすぎます」
「しかも、直売にこだわってるのにもポイントがある。その日に掘ったタケノコを新鮮な状態でその日のうちに売る。売れ残ったら茹でる。茹できれないものは山に捨てて肥料にする。古いのを売って評判落とすぐらいなら山に捨てた方がマシ。なぜなら、タケノコは鮮度が命なんだ。呼吸量がすごくて、じゃがいもの約50倍とも言われていて。というのもタケノコにはタンパク質が多く含まれていて、2m近く伸びた状態の竹は1日に1mも伸びるんだよ。知ってた? それだけ竹になろうと成長するから、比例して劣化も早い。つまり味が落ちるスピードも早い。1日経つと切り口から汁が出てきて、少し臭いが出てくるほどなんだよね」
「タケノコに対する熱量と知識、尋常じゃないですね」
「まぁね。僕は超アナログ人間だからインターネットは一切やってないんだけど、『鮮度』と『安定供給』を武器にすることで現在は全国各地から発注が来る状態。夕方に掘ったタケノコを宅急便ですぐ送るようにしていて、そこにFAXの注文書をつけてるんだけど、会ったこともない人からバンバン注文がくるんだよね(笑)。ちなみに、竹がほとんどない北海道からの注文が一番多いよ」
「口コミだけで信頼を勝ち得てるんですね! ちなみにタケノコの価格相場ってどれぐらいなんですか?」
「2月の時点は地面に出てないんだけど、熊手で地面を削って何とか収獲したものはキロ単価=10,000円。少数しか採れないからね。2月終わりになってくるとキロ単価=5,000円。4月頭になるとキロ単価=1,500円と落ちてきて、最安値はキロ単価=600円くらいかな。なんたって1日に1m伸びるもんで、翌日には新しいのが生えるくらいだからね。豊作のときは安く売って、鮮度優先でさばくのが大事だね。あ、タケノコの話になったら止まらないよ?(両手でパンパンと鳴らしながら)」
「もう十分すぎるくらい未知の情報を浴びてます」
離婚をきっかけにフェラーリを手放していた
「そういえば、敷地内に肝心のフェラーリが見当たらないんですけど」
「実はフェラーリは売っちゃったんだよね。あの21万キロ走った軽トラしかない。なんというか、かっこつけたり、見栄を張ったりするのは僕のなかで終わったんだよね。若いころはそんな価値感で仕事を頑張ってたんだけど、今はお金を一切使わなくなった。なのにモチベーションが一切落ちていない自分にビックリだね(笑)」
「24歳でフェラーリを買うのって、欲望の頂点をいきなり解消する行為に近いですもんね」
「まぁ、いきなり頂点を経験したのは良かったよ。今の若い子って欲望のスケールが小さいじゃない? こんな田舎農家の息子でも、人の何倍もの努力をすればフェラーリに乗れるってことを示したかったんだ。それが例えクワガタやタケノコでもね。夢を与えられるかもしれないじゃん(笑)」
「か、かっけぇー!!」
「話がそれちゃうけど、フェラーリを手放した理由は離婚が原因なんだ」
「えっ! どういうことですか?」
「嫁がフェラーリのことを好きじゃなかったのさ! いろいろあって離婚の話になったときに誠意を見せるべく、フェラーリを手放して、頭を丸めて謝ったわけ! まぁ、その甲斐もなく別れちゃったんだけど……。しかも、そのフェラーリを売ったタイミングと離婚成立が重なったのよ。こんな小さな村だから、噂なんてすぐ広がるじゃない? 『あの人は離婚の慰謝料にフェラーリを持っていかれた』って噂されてさ! ひどいらー!?(笑)」
「それはツラい!(笑)」
「だから今は嫁さんを募集しています! なんとかしてよ! 婚活パーティもこれまで8回ぐらい行ってるんだけど、なかなか僕みたいなタイプに食いついてくれる人がいなくて……。電話番号を交換できずに帰路に着くのってツラいんだよ!?」
「いきなり嫁さん募集のPRが始まった。どんなタイプの女性がいいんですか?」
「うーん、とにかく明るい人がいいね。あとは安定した生活を求めるのではなく、僕の人生アドベンチャーに参加したい人がいいかな。自分で田舎の環境で何かをやりたいとか大歓迎。あ、ちなみに気になってる子はいるんだけどね(ガラケーを取り出す風岡さん)」
「その黄色いテープなんなんですか?」
「これ? ガラケーってパカパカ開くじゃん。この黄色いテープがあるとね…(一度ガラケーを閉じて、黄色いテープをつまむ風岡さん)」
「ほら、めちゃめちゃ開きやすいのよ!」
「わはは! そりゃそうなんでしょうけど!(笑) なんなんだ、この無邪気な41歳!」
夢は「情熱大陸」で密着取材されること
「風岡さんの夢ってなんですか?」
「僕はね、情熱大陸に出たいのよ。ずっと出たいと思っている」
「ああー! たしかに密着しがいはありそうですね」
「そうでしょ? こういうのが出たらおもしろくない? タケノコに肥料をやりにいったり、山菜を採りにいったり、カブトムシを捕まえたり…言葉で聞く以上に大変だからね。スズメバチにも過去3回刺されているし。こんな僕に1年通して密着したらおもしろいと思うよ?」
「クワガタとタケノコで稼ぎまくってフェラーリを2台買った男のドキュメンタリーなんて最高ですね」
「イノシシとの格闘なんかも画になるよ。あいつらタケノコを食い荒らすから、捕獲用の罠をかけるのよ。ものすごい突進力で牙を突き刺してくるから、こっちも命懸け。突進すらできないようロープで足の動きを完全に止めたら、丸太で額をぶっ叩く。これで気絶するね」
「イノシシの倒し方、めちゃめちゃ原始的ですね! 最後に情熱大陸の関係者含めて、世の中に伝えたいことはありますか?」
「そうだね。タケノコで商売するのも大変なんだよ。トライアスロンと一緒で他人に絶対真似されないくらいキツいことをやってる自信があるから、熾烈な価格競争に巻き込まれない。みんながやりたいと思っても、キツすぎてやれないことに価値があるんだよね。今の若者にも、こういう価値観で仕事に向き合ってほしい。そんな感じかな?(笑)」
「ありがとうございました!とりあえず固い桃買って帰ります!」
取材を終えて
地方取材のおもしろさは、「偶然」によるモノが大きいなと改めて感じた取材でした。 IT産業革命で頭を使ったビジネスが隆盛を極める一方、誰よりも身体を使った方法論で「儲かる仕事」を作っている風岡さん。もちろん、そこには類稀な嗅覚が必要なんでしょうけど、これからの時代だからこそ生きる考え方なのかもしれません。ちなみに固い桃は、めちゃめちゃ甘かったです。
●風岡たけのこ園
静岡県富士宮市長貫1120
TEL&FAX:0544-65-5005
この記事を書いたライター
株式会社Huuuu代表。8年間に及ぶジモコロ編集長務めを果たして、自然大好きライター編集者に転向。長野の山奥(信濃町)で農家資格をGETし、好奇心の赴くままに苗とタネを植えている。