映画好きなら、1年の最初に見る映画が良作であれば、「今年はツイてる!」と心が浮き立つもの。それだけにどれを観るか慎重になってしまう、という方におすすめの作品が『サンセット・サンライズ』だ。2024年の映像作品を代表するTVドラマ「不適切にもほどがある!」の脚本家・宮藤官九郎と菅田将暉が初タッグを組んだとなれば、最高の「映画はじめ」になること間違いなし、そんな本作の魅力をご紹介しよう。
宮藤官九郎×菅田将暉初タッグ!
笑って泣ける“移住エンターテイメント”
「ふてほど」が2024年流行語大賞にも選ばれ、新作が常に待望される稀代のヒットメーカー、宮藤官九郎。楡周平の小説「サンセット・サンライズ」を原作に、彼が脚本を手掛けた本作は、コロナ禍の影響で日本でも増加したと言われている移住をテーマにしたエンターテインメントだ。
舞台は、世界で新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2020年。会社がリモートワークに切り替わったのを機に、釣り好きの青年・晋作は東京から宮城県・南三陸に「おためし移住」してきた。格安の借家は海の近く。釣り三昧の日々にウキウキの晋作だったが、地元住民は、パンデミック中に突然現れた怪しい人物に気が気ではない。一方の晋作も、地元の流儀や謎ルール、推し量りにくい人と人との距離感に戸惑い、しっかり“よそ者”扱いを受けることに。
とはいえ、持ち前のポジティブ思考で、徐々に地元の人々と交流を重ね、町のマドンナである役所勤めの百香と空き家問題に取り組むことになるのだがーー。
主人公の菅田将暉は、意外にも本作で宮藤作品初出演にして初主演を果たした。定評があるシリアスな演技はもちろんのこと、TVのコント番組でも絶賛されたコミカルな一面も存分に発揮。“よそ者”として、地元民との間にある価値観や常識のズレ感を見事に体現し、笑いを誘う。
晋作が暮らすのは、新築のまま未入居だった家具・家電付きの4LDKで家賃6万円の神物件。しかも、新鮮な刺身が無料で提供されるという夢のような田舎暮らしに大喜び! 牡蠣が安いと市場で喜んでは“よそ者”認定を受け、電子マネーを使おうとすれば、同じく認定される始末。山に入り、「マイナスイオン!」と喜べば、「これだから東京者は」とあきれられ、「クマが出た!」と腰を抜かしても塩対応を受ける。そんなやり取りを経て、都会の若者らしい大胆さと、あっけらかんとした素直さで、晋作が土地に馴染んでいく様は微笑ましくも清々しい。
宮藤官九郎と言えば、多くの人を頷かせ、思わずクスッと笑わせる「あるある」ベースの小ネタが得意技。まるで自分に起きていることのように、ストーリーを身近に感じられるのだ。
そして、笑っているうちに、気づけば物語に秘められた大事なメッセージに辿り着いているのだ。本作も、そんな宮藤官九郎節が炸裂している。
果たして、笑いの後にあなたが受け取るのはいったいどんなメッセージなのか。その目でぜひ確かめてみて欲しい。
後半パートでは
人々の心に残る傷、社会問題が浮き彫りに…
2011年以降の東北を描く時、東日本大震災の影を避けては通れない。晋作と百香、そして町の人々との異文化コミュニケーション的コミカルなやり取りを描くコメディ色の強い前半パートから一転、後半では、何年経っても人々の心に残る傷、町が抱える社会問題が徐々に浮き彫りになっていく。それは、東京からやってきた“よそ者”晋作が、この地で過ごす時間が長くなり、人々とより深く触れ合うようになった証でもある。
観客は、晋作と同様に、この地に、そして人々に起きた現実を段々と知るようになるのだ。まるで一枚一枚ヴェールが剥がされていくかのように、震災の傷跡、復興の難しさだけでなく、過疎化、空き家問題など、深刻な状況が浮き彫りになっていくのだ。
そして、コロナ禍。社会的にも、人の心理的にも復興の歩を止めざるを得なくなった人々を襲う閉塞感や疑心暗鬼は、空き家プロジェクトを担当する百香と彼女を取り巻く人々の姿を通して描かれていく。
ヒロインの百香は、町のマドンナ的存在だ。そして、簡単に癒えるはずのない大きな傷を心に負った地元民の象徴的存在でもある。物語が進むにつれ、彼女が震災で失ったものが明らかになっていく。喪失を抱えながらも、気丈に生きる彼女だが、父と二人暮らしであるために、晋作の出現により、周囲から「恋人だ」「結婚するのか」と関心を寄せられてしまう。
若い男性と一緒にいるとすぐに噂が立ち、勝手に結婚相手だと決めつけられ、遠慮無く詮索されることへの苛立ちを隠せなくなることも。周囲に流されず、自分らしい幸せを求める現代的な女性・百香にとって、既存の型にはめられることはストレスでしかない。実は、父との二人暮らしに隠された真実にも、そんな彼女の芯の強さが隠されている。
一方、百香に好意を抱き始める晋作は、彼女の過去、そして未来への決意を知ったことでやるせなさと切なさを抱く。それを百香がどのように受け止めていくかも後半の核となるエピソードだ。
終演後、強く感じるのは幸せのカタチは人それぞれだということだ。幸せになるための道筋も、導き出す答えも、そこに行き着くまでにかかる時間も人の数だけあっていい。自分なりの方法で再生の道を見つけ出したとき、新たな希望が生まれるのだ。岸善幸監督はこう話す。
「悲しみを癒すのに時間の流れというものがあるとしたら、もう一つ、悲しみを癒せるのは、人との出会いかもしれません。菅田さん演じる晋作を見ていてそう思えました。この映画を観る皆さんにもそれを感じてもらえたら幸せです」。
晋作と百香が選んだ幸せのカタチは、よくある幸せとは違う姿をしているかもしれない。だが、だからこそ誰もが幸せになれるという大きな可能性を感じさせる。
「それぞれの幸せがあっていいし、そうあるべきだと思います。結局は人と人が出会うことから、はじまることなので、いくつもの組み合わせ、いくつもの新しい形が生まれてくるのは必然で、緩やかに、縛られず、一緒にいる。この作品を見て、そういう生き方もあるということを感じてもらえたら、何よりです」。
終幕に辿り着いたとき、タイトルの「サンセット・サンライズ」が意味するところに気づくだろう。たいてい、「陽は昇り、また沈む」と言われるが、本作は「日は沈み、また登る」と観客に訴える。この言葉に秘められた真意を理解すれば、きっと心が温かくなる。そして、それまでこらえていた涙もあふれ出すに違いない。
美味しそうな東北グルメの数々も
必見!
見どころ満載の本作だが、実は食通たち垂涎のグルメメニューが盛りだくさんなのも特筆すべき点だ。晋作はテレワークの合間に釣りに行き、釣りあげた新鮮な魚を刺身として食べる。そのほか、市場で買った1㎏1000円の生牡蠣や引越祝いに隣人から送られた活きたタコ、家主である百香の父・漁師の章男が釣り上げた魚介を使った地元の漁師ごはんが登場し、実に美味しそうだ。
「切り込み」と呼ばれる塩辛、「鯵のなめろう」や白菜の古漬けを魚のアラと酒粕で煮込んだ「あざら」、タラの一種をたっぷり用いた「どんこ汁」、居酒屋で出される「いか大根」にメカジキの背ビレの付け根を塩焼きした「ハモニカ焼き」、ネズミサメの心臓の刺身「モウカノホシ」に「海鮮丼」、豚肉を使った味噌味の宮城風「芋煮汁」など三陸の美味も必見だ。劇中、晋作からは「もてなしハラスメント」という嬉しい悲鳴も登場するほど、新鮮な食材とそこから生まれた美食の数々、それらを育んできた美しい三陸の風景を堪能できる。
宮藤官九郎はこう語る。
「自分の書いた映画で、こんなに食べるものが出てくるのは初めてなんです。東北って本来は食が一つの大きな売りなのに、正直今までピンときていなかったんですよね。どんこ汁を美味い美味いと言って晋作が食べるのは、自分で書いていても新鮮だったし、菅田君が本当に嬉しそうに食べているのが僕の映画じゃないみたいですごく好きです」。
「け!」(食え)という言葉をかけ合って、囲む食卓はあたたかい。美味しい料理を一緒に食べる、そんな姿から人と人との繋がりを感じられる作品でもあるのだ。
「愛おしい」「感動」の声も
98%が「人にすすめたい」
新しい幸せのカタチを肯定する物語
シネマカフェでは、昨年12月26日、読者を招待した映画『サンセット・サンライズ』の試写会を実施。社会的なテーマを取り上げながらも、笑いで観る者を物語の世界にいざない、最後には涙を誘う。そんな風に観客の心に余韻を残す、極上のエンターテインメントに仕上げられた本作には、上映後、客席からは拍手が沸き起こった。終幕後に行われたアンケート結果から、本作の魅力を読み解いてみよう。
満足度についてたずねてみると、「とても満足した」「満足した」という回答が、何と95%に達する高評価を獲得。「本作をほかの人にすすめたいですか?」という設問に対しては、実に98%が「すすめたい」と答えた。
その理由としては、「人々の心の通いあいや、気持ちを伝えることの大切さを感じられる、心があたたかくなる映画」「笑いあり感動ありで胸に残るセリフが多くあった」など、物語の放つ温かなメッセージに共鳴したという意見が多数見られた。また、「1番素敵だなと思ったのが、田舎独特の距離感を割と現実をとらえながらしっかり描かれているところ」という声も。続けて、「そこに嫌気がさして東京に移る人やもう戻りたくないという人、はたまた戻りたいと思う人の話を聞いていたので、そういった人たちにも刺さるのでは…?と思います。綺麗なだけではない登場人物それぞれの感情が凄く面白いポイントです」と本作の映し出すリアリティに言及した感想も寄せられた。
さらには、「おすすめポイントは、魚料理、絶景、そして笑いと感動!」など、劇中に登場する三陸グルメに注目する人も。実は、感想の中で一番多かったのが、「美味しいものが食べたくなった」という声。「笑いに始まりグルメに満たされ、晋作の人柄がとっても愛おしくてほっこりしました。あちこちから笑い声が聞こえて遠慮なく笑いましたが後半は挿入歌とともに涙が止まらなかったです…。コロナ、震災、空家問題と色々なテーマが盛り込まれ心と胃袋をがっちり掴まれる素敵な映画でした」との感想もあった。
「食」に続いて多かったのが、「温かい気持ちになった」「感動した」という声。「俳優さん達の持ち味も発揮の素晴らしい映画!完全なエンタメであり、地方の現状をきちんと伝える内容がいいです!感動!」「原作も読みました。同じ話だけどまた違う話。クドカンさんの脚本さすがです」「震災のこととかコロナ禍のこととか、やっぱり見てると苦しい気持ちになる。けど、最後はみんないい顔してて良かった」「タイトルの通り、人生何が起きても日はのぼり日は沈む、を感じさせた。苦しいことがあっても人は生きていく、深く刺さりました」「本当に素晴らしい映画でした。ありきたりな展開が嫌で実はしばらく邦画を離れてしまっていましたが、また観ようと思うくらい人間模様や俳優の皆様の演技、何よりも景色が綺麗で素敵だなと思います」など、物語やテーマ、俳優の演技、ロケーションなどを総合的に高く評価する声が集まった。
コロナ禍、過疎、震災後など、深刻な社会問題に直面しながらも、自分らしく前へと歩を進める人々の姿が、観る者の心を大きく揺さぶる映画『サンセット・サンライズ』。美しい東北の自然を背景に紡がれる、自分だけの新しい幸せのカタチを肯定する物語に、勇気と感動をもらえる――。そんな作品の魅力が、まっすぐに伝わってくるところが、95%の支持を集める理由なのだろう。
『サンセット・サンライズ』公式サイト