「痴漢は犯罪です!」。そんなポスターや啓蒙活動によって、痴漢の被害を受けたり目撃したら、警察や駅員に突き出すような防犯意識は高まってきた。しかし、痴漢たちは、手段をかえて次なる戦いを挑んでいるようだ。これまでの「触る」「撮る」などとは違って、刑法や迷惑防止条例で取り締まれない新しいタイプが出てきたという。
●背後に立って自然に体に触れるのを狙う
法律や条例で想定されていない被害に最初に気づいたのは、痴漢捜査の最前線にいるプロだった。
「昨年、相談の書類をみていた(鉄道警察隊)隊長が、『犯罪にあたらない、これまでの型に類型されないタイプが出ている』と気づきました」
そう指摘するのは、埼玉県警鉄道警察隊だ。同警察隊が昨年発見したという「新型痴漢」とは、どんな行為なのか。
「わざと触るのではなく、電車内で女性客の背後に立って、電車の揺れなどによって自然に身体が触れてきたり、匂いをかがれたりしたようだ、あるいは、じーっと見られたといった訴えがありました。
また、我々が目にした例でも、さほど混んでいない電車内で、他のつり革があいているのに、わざわざ女性の近くのつり革をつかんで立つ。そうした何らかの目的をもって乗車していると推測されるものの、実際の犯罪行為にはあたらないケースがあります」
このように強制わいせつや迷惑防止条例違反などの犯罪にはあたらない「新型痴漢」が出てきてるというのだ。
しかし、どんな場合でも合法かといえば、そうではない。たとえば、同じ日に、ある駅を起点にして女性を追いかけるように乗車し、その後、元の駅に戻ってくる。そんな行為を繰り返している場合、有効な切符を持たずに駅間を移動した「無賃乗車」にあたるとして、鉄道営業法29条違反を適用することが可能だという。
●「僕は痴漢じゃないよ」という確信犯
新型痴漢犯たちは、検挙の難しさをよく認識している。東京都内のIT企業に勤める男性のSさん(30代)は、職場の20代の同僚が悪びれるわけでもなく、こんな発言をしているのを聞いたことがあるという。
「通勤電車で『タイプの女性』をみかけたので、毎朝彼女が乗ってくる駅のホームで待ちかまえていて、彼女が電車に乗り込むとき、後ろにぺったり張り付いていく。電車が揺れたり、電車が混雑してくると、彼女と身体が密着するので、それで十分満足。僕は痴漢じゃないよ」
この同僚は、自宅から勤務先までの移動区間でこういう行為をしているので、「無賃乗車」にあたらないようだ。こんなことをしながらも平然としている彼に、やめさせることはできないのかと、Sさんは悩んでいる。
この20代の同僚が検挙される可能性はないのだろうか。
「自然な接触である以上、ストーカー行為と評価しがたい事例です。しかし、『触ろう』と思っている以上、いくら自然を装っていても、痴漢行為は捕まると思ってください」
こう語るのは、刑事事件にくわしい冨本和男弁護士だ。
●「自然な接触」を装っても犯罪として摘発される
「たとえば、『自然な接触』であっても、本当に触れてしまっただけならば、ずっとその状態にしておく必要はありませんよね。ところが、いくら『自然』を装っても、不自然に接触時間が長かったり、接触の仕方や接触面に不自然さがあったら、不作為犯として処罰されてもおかしくありません」
このように冨本弁護士は指摘する。
「具体的には、各都道府県にある迷惑防止条例による検挙が可能です。東京都の場合なら、第5条『何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない』の第1項『公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること』に違反します」
こう述べたうえで、冨本弁護士は「新型痴漢」たちの「触ったわけではないから大丈夫だろう」という甘い考えを、次のように厳しく批判する。
「内心は『自然な流れを利用した』確信犯は、『偶然だった』『たまたまだった』と言い逃れできると思っているのでしょう。
しかし、普通の痴漢で逮捕された人たちも『身体に触れたかもしれないけれど、触ったわけではない』『相手(女性)が寄ってきただけ』という言い訳をよく使っているんです。
ところが、最後の最後まで否認するのは、本当にやっていない人だけ。警察の捜査は甘くはありません。『わざと触らなければ大丈夫』という身勝手な理屈は成り立ちません」
実際の捜査にあたる埼玉鉄道警察隊の担当者は、次のように話している。
「(新型痴漢の場合)何度も同じような行為を繰り返して、女性とトラブルが続くことがあれば、(捜査員からは)『また、あの人か』となります。追及材料を蓄積することの意義は大きくありますので、些細なことでも情報をいただけると助かります」