「体に悪いもの」というイメージを持つ人も多い食品添加物。しかしそれらは本当に危険なものなのでしょうか?食品添加物の安全性や、食品添加物が果たしている役割について、東京大学名誉教授の唐木英明氏にお伺いします。
食品添加物というと、とても嫌がる人がいます。では、そもそも食品添加物とはどのようなものなのでしょう。食品衛生法では、「『食品添加物』とは食品の製造過程で、または食品の加工や保存の目的で食品に添加、混和などの方法によって使用するもの」と定義されています。以前の法律では、合成添加物だけが食品添加物に指定されていたのですが、現在では「天然」、「合成」の区別はなく、どちらも食品添加物として認められています。たとえば、昔から着色のために使われてきたシソの葉やクチナシなどは、現在はエキスにして食品添加物の着色料として使用されています。
日本では、加工したり、保存したり、味をつけたりするときに使う調味料、保存料、着色料などをまとめて食品添加物と呼んでいます。もちろん、安全性とその有効性を科学的に評価し、厚生労働大臣が認めたものだけが食品添加物として使用できるように決められています。
食品衛生法では、食品の製造過程で、または食品の加工や保存の目的で食品に添加、混和などの方法によって使用するものと定義されています。
食品添加物の指定および使用基準改正に関する基本的な考えかた(厚生労働省)
(1)安全性が要請された使用方法において、確認されること
(2)食品添加物の使用が、次のいずれかに該当することが確認されること
1. 食品の栄養価を保持するもの
2. 特定の食事を必要とする消費者のための食品の製造に必要な原料又は成分を供給するもの
3. 食品の品質を保持し若しくは安定性を向上させるもの又は味覚、視覚等の感覚刺激特性を改善するもの
4. 食品の製造、加工、調理、処理、包装、運搬又は貯蔵の過程で補助的役割を果たすもの
食品添加物は、安全とその有効性が認められたものが法律で使用を許可されています。ところが不思議なことに、食品添加物が嫌われてしまっているのです。その理由は、高度成長期に起こった水俣病をはじめ、四日市ぜんそくなど、多くの人々に健康被害を与えてしまった公害のイメージが、化学物質に対する不信感を広げてしまい、食品添加物に対しても誤解したイメージを持ってしまったのではないでしょうか。
大昔から食品の最大の危険は、食中毒でした。厚生労働省の統計を調べてみると、終戦後の1955年頃、日本は食中毒で亡くなった人が数百人もいました。安全な食品をおなかいっぱい食べること、それが戦後の日本人の夢でした。そのような中で、食中毒の減少に大きな役割を果たしたものの1つは冷蔵庫の普及であり、保存料の使用も考えられます。
私たちの子供の頃は、生鮮食品がほとんどで、加工食品というと塩漬けや干物、缶詰ぐらいしかありませんでした。しかし、この保存料の登場で、食品の腐敗や変質を長期間にわたって防ぐことができるようになったのです。食品添加物や、保存技術の向上により、レトルト食品や冷凍食品などのさまざまな加工食品が誕生し、簡単に安全な食品を手に入れることができるようになりました。
食品の腐敗や食中毒などを防ぐために、そして産地や地域に関係なく便利で豊かな食生活を享受するために、食品添加物が大きな役割を果たしているのです。では、もし食品添加物がなかったら私たちの食生活はどうなるのでしょうか。
食品添加物には、さまざまな役割があります。たとえば、みなさんが大好きなゼリーやプリンなどのデザートにも、おいしさを演出するために食品添加物が欠かせません。香りをつける香料やぷるんとした食感をつくるゲル化剤、滑らかな舌触りをつくる安定剤など、色、香り、食感を加える大切な役割を食品添加物が果たしています。
さらに、食品を長持ちさせる働きも、私たちの生活をより便利に、より豊かにするには欠かせない食品添加物の役割のひとつです。肉や魚などの生鮮食品原料は日持ちがしません。このため、加工の際に保存料や殺菌剤などの食品添加物によって食品を長持ちさせ、おいしくムダなく食べることができます。たとえば、練り製品の原材料となる魚は、水揚げされたその場で食品添加物を加えて、すり身に加工します。すり身は冷凍保存することで、遠方にある工場まで運ばれ、かまぼこやちくわ、はんぺんなどにさらに加工することができます。肉の場合は、ハムやソーセージに加工されるときに、おいしい色を保ち、腐らないようにするために食品添加物が働いています。
では、食品添加物がなかったら私たちの生活はどうなるでしょうか。家庭やレストランなどと違って、加工食品の場合、日持ちや製造適性、コストなど多くの要素を実現しなければなりません。このため、食品添加物を上手に使用しないと、ハムやソーセージ、すり身などは、すぐに腐ってしまい食中毒の危険性が高まります。ゼリーやプリンも独特の食感もなく舌触りもざらっとしてしまい、パンやクッキーはふくらまずにパサパサ、かまぼこなどの練り製品はグチャッとして歯ごたえが低いものになります。食の安全が保てなくなってしまうだけでなく、毎日の食生活が味けなくなってしまいます。
製造時の泡立ちをおさえたり、pHを調整したり、型離れをしやすくするために使用
→消泡剤、pH調整剤、離型剤
豆腐、中華めん、マーガリン、プリンなど、食品の形成や独特の食感を持たせるために使用
→豆腐用凝固剤、膨張剤、かんすい、乳化剤、ゲル化剤、安定剤
色はおいしさを演出するひとつの手段。着色したり、脱色したりするために使用
→着色料、発色剤、漂白剤
食品に甘味や酸味あるいは香りなどを加えるために使用
→甘味料・・・・・食品に甘味を加える
酸味料・・・・・食品に酸味を加える
苦味料・・・・・食品に独特の苦味を加える
調味料・・・・・食品にうま味を加える
香 料・・・・・食品に香りを加える
調理や加工をするときに、原材料が持っている栄養分がなくなったり、減ったりするのを補てんするために使用
→ビタミン、カルシウム
食品の腐敗や油脂成分の酸化を防ぐために使用
→保 存 料・・・・・食品中の微生物やカビの繁殖を防ぐ
酸化防止剤・・・・・油などの酸化による変質を防ぐ
防カビ剤・・・・・主に柑きつ類に使用。果物でのカビの発生を防ぐ
日持ち向上剤・・・・食品の品質を保つ
殺 菌 剤・・・・・加工食品の製造に先立って原料に付着している微生物を殺菌・除去
無添加という表示の食品をよく見かけますが、これまで無添加表示には行政で定められたルールがなかったことをご存知でしょうか。「保存料不使用」と表示しながら、それ以外の食品添加物でその機能を代替している場合があることを知らない消費者も多いのではないでしょうか。「無添加」や「保存料不使用」と書かれているだけで「体にいい食品」と誤解している方も少なくないと思います。食品添加物が入った食品より無添加食品の方が安全という考えに、科学的な根拠は何もありません。私たち消費者が「食品添加物=不安なもの」と決め付けてしまったり、「無添加=安全なもの」と信じてしまうことが、紛らわしい表示をつける企業の行動を助長しているのだと思います。こうした表示を規制するために、2022年3月消費者庁は「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」を策定しました。これは、食品関連事業者等が食品表示基準の表示禁止事項に該当するかどうか、自己点検できるようにしたものとなります。消費者に誤認を与えないよう具体的事項がまとめられ、その中で表示禁止事項に該当するおそれが高い表示が例示されています。「無添加」、「不使用」などの表示が厳格化され、「何が無添加(不使用)」であるか、明確に表示されるようになります。消費者の「無添加」等の表示に対する意識や「無添加」の表示がある食品を購入する理由のアンケート結果を見ますと、多くの消費者が、無添加のほうが安全で健康にいいと誤解していることがわかります。消費者のみなさんも思い込みで製品を選ぶのではなく、本当に安全かどうか、科学に基づいた賢い判断をして製品を選ぶ必要があります。また、新聞やテレビなどマスコミの情報に惑わされ、必要以上に怖がってしまうのも考えものです。情報の信ぴょう性を見分け、本当の安全を見極める力を養っていくことがとても大切なことだと思います。
大昔から人間は、食品を長持ちさせるために知恵をしぼってきました。野生の木の実や魚などを食べていた狩猟採集時代、遠方に狩りに行くときなどは、肉を天日で干したり煙でいぶして加工していました。また、海の近くでは塩漬けするという方法も、昔から使われてきた人間の知恵です。こうした食生活の工夫の中から生まれてきたのが、食品添加物です。
日本人の食卓に欠かせない豆腐。この豆腐を固める凝固剤として使われている「にがり」も昔から利用されてきた食品添加物のひとつです。豆腐は中国から日本に伝えられてから1000年以上経っていると言われていますが、にがりは豆腐をつくるときにどうしても欠かせないものとして、現在も同じように使われています。中華麺を作るときに使われる「かんすい」も中華麺には欠かすことのできない添加物です。中華麺独特のコシ、色、風味はかんすいあってのものです。こんにゃくをつくるときの「消石灰(しょうせっかい)」も、欠かせない添加物です。
日本では飛鳥時代には、小豆、くちなしなどの色素が食品に彩りを添えるために使われてきました。ヨーロッパやインドでも、サフランやターメリックなどが食品に香りをつけたり、彩りを添えてきました。
日本では昔から、豆腐をはじめ海外の食文化を取り入れてきました。そして、国際貿易時代の現在、さまざまな輸入食品が私たちの食卓にたくさん上るようになってきました。そこで問題となるのが、輸入食品の安全性です。 関連リンク:輸入食品のリスクや検査、輸入食品との付き合い方
食品に限らず、いろいろな製品が世界各国で輸出入されています。世界レベルで安全基準を統一するために、WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)が共同で設立した、食品の国際規格を決めるコーデックス委員会の協力組織として、食品添加物の分野ではJECFA(合同食品添加物専門家会議)という審査機関を設けています。この機関では、各国の専門家が集まって、毎年1回以上会議を開催しています。各国で行われた研究データをもとに、食品添加物の規格の評価や安全性のチェックを行っています。日本のほか、各国ではこの機関で合意された基準を参考に各国で独自の評価を行って基準を決めています。では、日本の安全基準はどのようになっているのでしょうか。
健康問題を取り扱う専門機関として国連内に設けられています。
世界のすべての人々が最高の健康水準に到達することを目的とする国際的な組織です。
世界的な規模での食糧や農産物の生産を通じて、世界の人々の暮らしが豊かになることを目的とする組織です。
WHOとFAOが協力して作った機関です。消費者の健康を保護し、公正な食品貿易の実施を促進することを目的として、国際的な食品規格の策定等を行っています。
コーデックス委員会の協力組織で、食品添加物の安全性を評価する機関。
この委員会に、各国の専門家が集まって、食品添加物の規格や安全性の試験結果の評価を毎年1回以上行っています。
食品の安全を守るためには、食品添加物の量が重要になってきます。例のひとつとして、私たちが毎日、調味料として使っている塩をみていきましょう。極端なたとえですが、一般の成人が一度に200グラム以上の塩を摂取すると死んでしまいます。また、みなさんもよくご存じのように、毎日、10~20グラムの塩を食べ続ければ脳溢血(のういっけつ)や心臓病のリスクが増えてしまいます。すると塩は毒か? というと、そうではありません。人が生きるためには、一日に1.5グラム程度の塩に相当するナトリウムを摂取する必要があります。日本では、成人では一日当たりの塩の摂取目標値は男性7.5グラム未満、女性6.5グラム未満とされており、また、高血圧や慢性腎臓病の患者さんでは、重症化予防のための一日当たりの目標値は6グラム未満とされています。これらを超えないようにすることでリスクを低減することができると考えられます。どんな食品でもたくさんとれば毒ですが、量が少なければ何の悪影響もない。その摂取する量で安全か、どうかが決まります。
では、安全な量は、どのように決めているのでしょうか。食の安全の世界では、まず「無毒性量」という値を決めます。安全性試験で添加物の摂取量を変動させると、何の毒性もない量が見つかります。何種類かの安全性試験を通して、何の害もない安全な量を決めます。これが無毒性量です。そして、この無毒性量の1/100の量を「一日摂取許容量(ADI)」として、人間が一日に安全に使える量として定めています。これは一生、毎日食べ続けても健康に影響のない量で、食品添加物のほか、残留農薬の基準値にもなっています。
令和2年度マーケットバスケット方式による摂取量調査。厚生労働省行政情報より。
安全を守るもうひとつの仕組みは、発がん性があるものやその疑いがあるものは食品添加物として使用できないことです。大昔から食品の色付けに使用されていた天然色素であるアカネ色素は、新しい試験で発がん性がある疑いが出てきたため、禁止になりました。また、摂取すると排出されずに体に蓄積する物質も食品添加物として使用できません。しかし実際にはそのような物質はほとんどありません。私たちは強力な化学物質の代謝機能を持っているためだからです。
あまり知られていませんが、多くの野菜や果物にも有害な天然の化学物質が含まれています。表1のように、キャベツやセロリ、ももなど、毎日みなさんがとっている野菜や果物には、実は多くの有害な天然の化学物質や発がん性物質が含まれています。
野菜や果物が多くの化学物質を持つ理由は、植物自身の必要性によるものです。微生物から身を守り、昆虫や動物の食害を防ぐため、そして自身の成長のために多種多様な化学物質を野菜や果物自身が合成し、貯えています。 人間(ホモ・サピエンス)は十数万年前に誕生して以来、こうした天然の化学物質を食べ続けてきました。現代の食生活でも、野菜や果物から一日に約1.5グラムの天然の化学物質をとっています。ですから、人間には化学物質を代謝するための強力な機能が数十万年の人間の進化の間に備わっているのです。薬も短時間で代謝されて体内から消えてしまうので、一日3回も飲む必要があるのです。野菜や果物にしても、加工食品にしても、同じものをずっと食べ続けたり、過剰に摂取したりせずに、バランスのよい食事を心がけていれば、微量の有害な化学物質を摂取しても何の心配もありません。
食品 | 発がん性物質(発がん性試験による評価) |
---|---|
キャベツ | シニグリン(アリルイソチオシアン酸塩)、ネオクロロゲン酸 |
セロリ | 5-/8-メトキシソラレン、カフェ酸 |
バジル | エストラゴール、酢酸ベンジル、カフェ酸 |
黒コショウ | Dリモネン、サフロール |
もも | クロロゲン酸、ネオクロロゲン酸 |
出典:Foods & Food Ingredients J. Jpn., Vol. 214, No.3, p269, 2009
日本は、世界的にみてもかなり厳しい安全基準を定めています。新聞やテレビでも食品添加物の基準違反のニュースが報道されることがありますが、基準は第4章でもご紹介したように、大幅な安全域をみているので、これの10倍、20倍を超えてもすぐに健康に害が出るケースはありません。もちろん違反は許されるべきことではありませんが、「日本の食品は安全かどうか?」という基準で考えると、とても安全なのです。食品等の自主回収については2021年6月より届出が義務化されており、回収の理由、健康被害の発生の有無や、健康への危険性の程度のクラス分類等の情報が公開されています。このうち食品添加物の使用基準違反等の事例を見ましたところ、健康被害の発生は認められておらず、健康への危険性のクラス分類でも健康被害の可能性がほとんどないCLASSⅢに分類されていました。食品を提供する企業はこのような基準違反を発生させないよう取り組みを継続し、行政はその取り組み状況を監視することにより、食の安全は守られているのです。
安心の最後の決め手は「信頼」だと私は思っています。企業や行政は、消費者の信頼を取り戻す、地道な努力を続けること。そして、みなさんも新聞やテレビなどで伝えられる情報を鵜呑みにして過敏に反応するのではなく、もっと冷静に正しい情報は何かを見極める必要があるのではないかと思います。そのためには、もう一度、安全基準のしくみを正しく理解して、毎日の食生活を楽しんでほしいと思います。
届出年月日 | 商品等の一般名称 | 内容 | 健康被害の発生 | 健康への危険性の程度 |
---|---|---|---|---|
2021年8月 | しょうゆ | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2021年9月 | しょうゆ | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2021年9月 | しょうゆ | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2021年9月 | しょうゆ | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2021年12月 | ブランデー | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2021年12月 | 水産加工食品 | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2022年1月 | 水産物つくだに | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2022年3月 | 清涼飲料 | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2022年11月 | 農産加工食品 | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2022年12月 | ビスケット類 | 指定外添加物の検出 | 無 | CLASSⅢ |
2022年12月 | 野菜つけ物 | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
2022年12月 | 加工卵製品 | 指定外添加物の検出 | 無 | CLASSⅢ |
2023年1月 | チョコレート類 | 指定外添加物の検出 | 無 | CLASSⅢ |
2023年3月 | 調味料及びスープ | 指定外添加物の検出 | 無 | CLASSⅢ |
2023年3月 | かんぴょう | 添加物の使用基準違反 | 無 | CLASSⅢ |
CLASSⅠ・・・
喫食により重篤な健康被害又は死亡の原因となり得る可能性が高い場合(主に食品衛生法第6条に違反する食品等)
CLASSⅡ・・・
喫食により重篤な健康被害又は死亡の原因となり得る可能性が低い場合
CLASSⅢ・・・
喫食により健康被害の可能性が、ほとんどない場合
厚生労働省ホームページ 『自主回収報告制度(リコール)に関する情報』 より
取材は2009年5月に実施しています。内容は適宜確認・更新しております。(最終更新時期:2023年12月)
唐木 英明(からき ひであき)氏
東京大学名誉教授
東京大学農学部獣医学科卒。
同大学助教授、教授を経て2003年より名誉教授。
第21期日本学術会議副会長、日本トキシコロジー学会元理事長、倉敷芸術科学大学元学長、公益財団法人食の安全・安心財団元理事長、内閣府食品安全委員会元専門委員、日本農学賞、読売農学賞受賞、令和5年春の叙勲において瑞宝中綬章受章、World’s Most Cited Author。