そうか! 物価の優等生だったのか?
●日販レポート
今年3月、日販平林社長の記事が「文化通信」に掲載された。衝撃的な内容だった。結論的な要請は、運賃の分担金増額などを含む条件改定だが、取次経営が全体として赤字構造になっていて、取次との取引が赤字になっている版元口座は放置できない事態という。想像するに書籍に限れば高正味版元、大量送品(高返品率)、低定価(文庫、新書、コミックなど)が赤字の要因になっているのだろう。
また、赤字が大きい版元順に並べると上位何社が条件を改定すれば、当面の収支が改善されるのだろう。版元の対象を絞って取引条件の改定交渉に入るという。すでに日販以外の取次から運賃の高騰分の分担を理由に応分の負担を要請された版元があると聞く。
●詳細な「成績データ」
版元が取次との取引で気にしていたのは、正味と支払い条件、返品手数料、新刊委託部数などの額面であって、取次の経営が版元・書店の業態の中で、どんな構造になっているのか(平たく言って、取次が自社との取引でどんな収益になっているか)については、関心が向かなかったというのが正直なところだろう。
その意味で、日販レポートは衝撃的であった。版元との取引項目ごとに詳細な「成績データ」が作られているとのことだが、そのデータを渡された版元は、さっそく経営分析をしているのだろうが、取次・書店・版元を主要な担い手とする出版業界の収益構造が改善する方向性はどこにあるのだろうか?
●3つの分野の健全性の確保
①書店の健全性の確保──書店への取次出し正味は、平均どのくらいなのだろう。版元出し正味が70%、取次口銭が8%なら、書店の販売粗利は22%。書店も体力がさまざまであり、取次との取引条件も万別だと聞くが、30%の粗利がなければという書店側の主張があると聞く。
②取次の健全性の確保──雑誌の落ち込みが止まらない。雑誌配送システムとして成り立っていた流通が雑誌の部数低減によって流通コストをカバーできない。それを補填できるほど書籍で利益を獲得できない。版元正味を下げる要請が不可避になるのだろう。
③版元の健全性の確保──低正味(65以下か)、支払い保留などの厳しい条件が版元の経営を困難にしている。委託部数の削減、初版実売率の悪化によって、初版部数を減らさざるを得ない。定価を上げることは憚られることから、勢い原価率が上がってしまう。
●三すくみ的状況を脱出するには
以下まったくの試論である。さまざまな段階で大いに議論を活発にしたいものである。
①取次の状況、要請が版元に届いていない点──取次からの発信があった。定価アップ(20年間書籍の平均定価が上がっていなというから当然であろう)。月末新刊見本・委託の集中状態の是正(適切な分散が配本・普及の上で合理的であろう)。常々、取次の窓口では、仕入れ窓口に商談に来る版元営業に折りに触れて要請しているという。
大手版元の営業・編集・制作の意思形成過程がどのようになっているかは知るよしもないが、中小出版の場合、定価を決める場、進行を管理する制作部の段階まで取次の意向が伝わるが却ってむずかしい。営業の課題(取次との間の諸問題)を編集部(者)が共有する社内、業界風土を醸成したいものである。
②出版業界あげての読者へのキャンペーン──出版不況の言葉を知らない人はいない。出版関係者と知ると、「大変ですね」と慰められたり、励まされたりする。相手も出版不況の実態を知っているわけではなく、枕詞として使っているだけで、こちらの方も、「励ましてくれるなら、○○してくれ」という提案できるわけではない。
三者の共通(書店・版元・取次)になりうる目標を掲げてキャンペーンを張っていく必要があると思っている。
定めしそれは、読書の大いなる価値と文化行政的な支援(図書館、読書教育の予算の増額など)、本の価値の体現としての定価のアップ戦略ではないか、と思っている。出版文化を守っていく版元から読者への情報発信も、取次のプロモーション力の発揮も期待したい。
③版元が本を創る力・販売する力を研修する──物はたくさん作らないと上手くならない、たくさん作っているうちに洗練されてくる。ただし、粗製品を乱造しても一向に上手くならない。業界あげての編集・営業ノウハウの共有・教育のシステムの整備が必要だろう。
小さい研修からでいい。編集の先達、営業のプロ、経営の手練から体験や知恵、技術を教わる機会を増やしたいものである。
出版協副会長 上野良治(合同出版)
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