東条内閣による「華人労務者内地移入ニ関スル件」閣議決定から75年。

「華人労務者内地移入ニ関スル件」という閣議決定ですが、これがなされたのは1942å¹´11月27日。今から75年前です。この閣議決定を根拠として、中国の日本軍占領地区(傀儡政権統治下含む)から日本国内の労働力として多くの中国人が強制連行され、強制労働が課されました。
この閣議決定は東条内閣時ですが、当時、東条内閣の商工大臣を務めていたのが、岸信介です(1941/10/18~1943/10/8)。
いわずと知れた安倍晋三首相の祖父にあたる人物です。
第二次安倍政権になってから、教科書からは強制連行の記載も消されつつありますが*1、安倍首相の系譜を知ると、教科書検定に際してどのような忖度が働いたのか何となく見えてきますね。

中国人強制連行が具現化された事例・第3次魯東作戦(「と」号作戦)

よく知られているのが、1942年11月に開始された第3次魯東作戦です。実施主体は第12軍(仁集団)で、軍司令官は土橋一次中将、軍参謀長は河野悦次郎少将でした。
「と」号作戦とも呼ばれ、作戦期間は11月17日から12月23日までとされています*2。
この作戦の戦果として記録されている内容は以下の通りです。

敵の損害

俘虜:12971(容疑者含む)
遺棄死体:1912
鹵獲品:小銃1124、軽機11、迫撃砲13、山砲1、馬匹776、自動車135

我が損害

戦死:8(内将校1)
戦傷:42(内将校1)

日本軍の参加兵力は、大熊兵団(大熊貞雄少将・歩兵5大隊・第59師団第53旅団基幹)、内田兵団(内田銀之助少将・歩兵6大隊+治安軍2大隊・独立混成第5旅団基幹)、秋山兵団(秋山義隆少将・歩兵4大隊+治安軍2大隊・独立混成第7旅団基幹)が中心。作戦地域は山東省東部。
日本軍の戦死がわずか8名で捕虜が1万人以上ですから、実質的には戦闘というより拉致作戦と言えるかもしれません。こうした「軍事」作戦での捕虜が、華北労工協会*3を通したりなどして強制連行され労働を強いられています。
もちろん強制労働を強いられた中国人の全てが軍事作戦での捕虜だったわけではなく、募集で集めた者もいます。その際に労働条件などで虚偽の説明がされたこともままあったようですが。
ちなみに第3次魯東作戦は閣議決定の10日前に開始されていますが、これは閣議決定が最終決定であって実施レベルでの準備はそれ以前から始まっていたという点もありますが、それよりも日本国内への強制連行以前に満州国への強制連行は開始されていたという点*4が大きな要因です。

中国軍捕虜が日本国内へ労務者として移送された事例

荒井合名会社(北海道長万部出張所)の移入華人労務者隊員名簿には、「元俘虜」と明記されていたりします*5。
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*6。
この元俘虜の出身地は山東省ですから、第12軍管下で捕虜となった可能性が高いと考えられます。
上記は「行政供出」の名簿中にあった元俘虜の記載ですが、これとは別個に後半には、元俘虜の名簿が出てきます(原籍は河北省が多い)。
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*7。
なお、行政供出192名中死亡者16名(死亡率:8.3%)、元俘虜285名中死亡者17名(死亡率:6.0%)です。“労働”による死亡率としてはかなり高いと言えるでしょう。
ちなみにこの資料の作成日は判然としませんが、後半では送還の可否について書かれており、戦後直後に作成されたものと見られます。

占領地から強制連行し、強制労働の結果、20人に1人以上が死亡する結果をもたらした

そういう閣議決定に安倍晋三首相の祖父・岸信介商工大臣が署名してから、75年になります。
安倍首相は戦争犯罪行為である中国人強制連行を教科書から消し去るという“成果”をあげつつあります。



華人労務者内地移入ニ関スル件

昭和17年11月27日 閣議決定

第一 方針
内地ニ於ケル労務需給ハ愈々逼迫ヲ来シ特ニ重筋労働部面ニ於ケル労力不足ノ著シキ現状ニ鑑ミ左記要領ニ依リ華人労務者ヲ内地ニ移入シ以テ大東亜共栄圏建設ノ遂行ニ協力セシメントス

第二 要領
一、本方策ニ依リ内地ニ移入スル華人労務者ハ之ヲ国民動員計画産業中鉱業・荷役業・国防土木建築業及其ノ他ノ工場雑役ニ使用スルコトトスルモ差当リ重要ナル鉱山、荷役及工場雑役ニ限ルコト
二、移入スル華人労務者ハ主トシテ華北ノ労務者ヲ以テ充ツルモ事情ニ依リ其ノ他ノ地域ヨリモ移入シ得ルコト 但シ緊急要員ニ付テハ成ル可ク現地ニ於テ使用中ノ同種労務者並ニ訓練セル俘虜帰順兵ニシテ素質優良ナル者ヲ移入スル方途ヲモ考慮スルコト
三、移入スル華人労務者ノ募集又ハ斡旋ハ華北労工協会ヲシテ新民会其ノ他現地機関トノ連繁ノ下ニ之ニ当ラシムルコト
四、移入スル華人労務者ハ年齢概ネ四〇歳以下ノ男子ニシテ心身健全ナル者ヲ選抜スルコトトシ家族ヲ同伴セシメザルコト
五、華人労務者及其ノ指導者ハ移入ニ先立チ一定期間現地ノ適当ナル機関ニ於テ必要ナル訓練ヲ為スコト
六、華人労務者ノ使用ヲ認ムル事業場ハ華人労務者ノ相当数ヲ集団的ニ就労セシムルコトヲ条件トシ関係庁協議ノ上之ヲ選定スルコト
但シ華人労務者ヲ供給業者ニ取扱ハシムルコトハ原則トシテ認メザルコト
七、華人労務者ノ契約期間ハ原則トシテ二年トシ同一人ヲ継続使用スル場合ニ於テハ二年経過後適当ノ時期ニ於テ希望ニ依リ一時帰国セシムルコト
八、華人労務者ノ管理ニ関シテハ華人ノ慣習ニ急激ナル変化ヲ来サザル如ク特ニ留意スルコト
九、華人労務者ノ食事ハ米食トセズ華人労務者ノ通常食ヲ給スルモノトシ之ガ食糧ノ手当ニ付テハ内地ニ於テ特別ノ措置ヲ講ズルコト
一〇、労務者ノ所得ハ支那現地ニ於テ通常支払ハルベキ賃金ヲ標準トシ残留家族ニ対スル送金ヲモ考慮シテ之ヲ定ムルコト
一一、華人労務者ノ移入ノ時期、員数、輸送、防疫、防諜、登録其ノ他移入ニ必要ナル具体的細目ニ付テハ関係庁ト協議ノ上決定スルコト
一二、華人労務者ノ家族送金及持帰金ニ付テハ原則トシテ制限ヲ付セザルコトトシ本方策ノ実施ニ依リ日支間国際収支ニ重大ナル影響ヲ及ボスベキ場合ニハ可能ナル範囲ニ於テ内地ヨリ支那向適当ナル裏付物資ノ給付ニ付考慮スルコト

第三 措置
本方策ノ実施ニ当リテハ之ガ成否ノ影響ナルベキニ鑑ミ別ニ定ムル要領ニ依リ試験的ニ之ヲ行ヒ其ノ成績ニ依リ漸次本方策ノ全面的実施ニ移ルモノトスルコト
備考
支那ニ於ケル技術労務者不足ノ現況ニ鑑ミ本方策ノ実施ニ関聯シ別途華人青少年労務者ノ内地工場ニ於ケル使用ヲ認メ之ガ使用ニ付特ニ技術的訓練ニ意ヲ用ヒ将来支那ニ於ケル基幹労務者タルベキ者ヲ養成スル措置ニ付テモ併セ考慮スルコト

https://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/bib00428.php

*1:2014年に数研出版が公民教科書から「従軍慰安婦」の記述と共に「強制連行」の記述を削除して申請しています。 http://scopedog.hatenablog.com/entry/20150109/1420822478

*2:アジ歴レファレンスコード:C13070316500、PDF32ページ

*3:1941年7月8日設立。「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C04123076100、昭和16年 「陸支密大日記 第25号 3/3」(防衛省防衛研究所)」

*4:「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110951100、北支那方面軍政務関係者会同書類綴(防衛省防衛研究所)」、「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110951700、北支那方面軍政務関係者会同書類綴(防衛省防衛研究所)」

*5:元俘虜はもう一名おり、それ以外は「行政供出」という名目で華北労工協会の斡旋によります。

*6:アジ歴レファレンスコード:A06030090400、PDF10/68ページ、https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F0000000000000389859

*7:アジ歴レファレンスコード:A06030090400、PDF60/68ページ、https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F0000000000000389859