さすがに文春記者によるこの行為を問題なしとみなす人は少ないと思う

専任教授として植村氏の就職が決まっていた神戸松蔭女子大学へ週刊文春から質問状が届いたのは2014年1月27日です。

文春記者が神戸松蔭女子大学に出した質問状(2014年1月27日)

「この記事をめぐっては現在までにさまざまな研究者やメディアによって重大な誤り、あるいは意図的な捏造があり、日本の国際イメージを大きく損なったとの指摘が重ねて提起されています。貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか」

前提部分から文春記者の露骨な偏向・決め付けになっており、どう読んでも大学に対して植村氏の就職を取り消すように圧力をかけているとしか思えない内容です。ただし、これだけだったら、頭のおかしい文春記者が突飛な行動を取っただけと判断して、大学側も無視したかもしれません。
問題はこの文春記者による脅迫・就職妨害行為と連動して、文春が植村氏の再就職を殊更曝露する記事を掲載したことです。

2014年2月6日号
2014年1月30日 発売
“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3596

文春記者による脅迫状送付の3日後にこの週刊文春が発売されてから、松蔭に対する「抗議の電話」が多発することになります。250通の抗議メールが送られ、「街宣活動をする」という脅迫すらあったようです。
2014年2月3日には極右排外主義メディアであるチャンネル桜が連動して、植村氏を「捏造記者」だとバッシングしています。このチャンネル桜に登場した女性ジャーナリストは当初から文春記者と共謀して植村氏に対する人権侵害を行なっていたようです。
2014年2月5日には、松蔭側は右翼の脅迫に屈して植村氏との契約解除を植村氏に要望していますから、文春記事から僅か1週間のうちに松蔭に対する抗議・脅迫が起きたことは、文春・西岡記事と脅迫行為との因果関係を示すのに十分と言えるでしょう。(ちなみに、週刊文春発売の翌日には松蔭の事務局長から「抗議電話が来ている」という電話が植村氏にかかっています。)
2014年3月17日、松蔭は植村氏との契約解除をネット上で公表しましたが、これは脅迫行為を行なった右翼にとっては勝利を確信する出来事だったでしょう。脅迫行為を行なった右翼にとっては、脅迫という犯罪行為によって20年以上前に自分の気に入らない記事を書いた記者の人生を滅茶苦茶に狂わせることが出来、その脅迫という犯罪行為についてはなんら罪に問われる事がなかったわけですから。

松蔭への就職妨害は、文春記者による松蔭に対する圧力をかけたこと、植村氏の就職先を文春記事へ公益性なく掲載したこと、それが右翼による松蔭への脅迫行為を煽ったことで成立しました。
植村氏に対する人権侵害を行なった文春記者が、まともな人権感覚の持主であり、右翼による松蔭への脅迫行為は予想も出来なかったのであれば、松蔭への質問状や就職先の記事掲載についてやるべきではなかったと反省し、二度と同じ事は繰り返さなかったはずです。

しかし植村氏に対する人権侵害を行なった文春記者は、植村氏の松蔭への就職妨害に成功したことに味をしめたのか、その後も同様の就職妨害を繰り返します。

2014年3月に松蔭が植村氏との契約解除を公表した後も、植村氏に対する右翼の攻撃は激しさを増し、2014年5月には北星学園で非常勤講師をしていることがネット上で流布され、植村氏に対する嫌がらせ電話や北星学園への脅迫が始まりました。
北星学園への脅迫状は2014年7月にも送られています。

こうした植村氏に対する常軌を逸した脅迫・人権侵害が続いていた2014年8月、再び週刊文春は、植村氏の職場を殊更公表しバッシングを行います。

2014年8月14日・21日 夏の特大号
2014年8月6日 発売
「慰安婦火付け役」朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4250

この文春記事は8月6日発売であり、8月5日・6日の朝日の慰安婦検証記事以前に書かれた記事と思われます。だとすると、朝日検証記事に伴って沸騰した反朝日バッシングとは別に、植村氏に対する就職妨害を意図して掲載した記事と言えます。

週刊文春はこの時点で既に、植村氏や北星学園に対する脅迫や嫌がらせが続いていたことを知っていたはずですが、そのような状況に追い討ちをかけるように植村氏を侮辱し、職場を公表し、植村氏に対する脅迫行為を煽ったわけです。松蔭の一件から、就職先を公表すればそこに脅迫や嫌がらせが殺到することは当然に予想できたはずですから、2014年8月の文春記事は間違いなく、植村氏に対する嫌がらせ・脅迫を煽る目的で書かれたと言っていいでしょう。
ここまで来れば、文春記事は最早「言論」の範疇ではなく、人権侵害の範疇と断じていいと思います。

ちなみにこの2014年8月の週刊文春記事発売の直前、2014年8月1日には、文春記者は松蔭に対してやったのと同様の「質問状」を北星学園にも送付しています。

文春記者が北星学園大学に出した質問状(2014年8月1日)

「植村氏をめぐっては、慰安婦問題の記事をめぐって重大な誤りがあったとの指摘がなされていますが、大学教員としての適性には問題ないとお考えでしょうか」

就職先である大学への脅迫まがいの質問状の送付、植村氏の就職先を掲載した侮辱記事の掲載をセットで行なうというのが、週刊文春による人権侵害の常套手段と言っていいでしょう。就職先を公表すれば、就職先に右翼からの脅迫と抗議が殺到することは、松蔭の一件で明らかであり、週刊文春は北星でも同じやり方で上手くいくと目論んだと思われます。
これに朝日検証記事に伴う朝日バッシングが過熱します。朝日記事では植村氏に対する誹謗中傷に根拠がないこと、特に西岡氏らによる侮辱行為こそ捏造であることがわかる検証が掲載されましたが、安倍政権下で抑圧されていたメディアはこぞって安倍政権に尻尾を振り朝日叩きに狂奔し、まともに検証記事を読む言論人は表に現われませんでした。

2014年9月12日には、北星学園を爆破するとの脅迫電話があり、10月23日になってようやく脅迫犯の一人が逮捕(威力業務妨害)されました。しかし、激しさを増す抗議と脅迫に対し支援の声は少なく、10月31日には北星学園の学長が植村氏の「来年度の契約をしない」と表明します。

週刊文春と右翼による共謀脅迫行為の二度目の成功と見られる動きでした。
実際、植村氏に対するバッシングや北星学園大学に対する脅迫・抗議について、複数のメディアは知っていながら記事として報じることを避けたと言われています。

「植村さんは通算5、6年、北海道の支局に勤務していたので、知り合いのジャーナリストもたくさんいた。植村さんに対する激しいバッシングや、北星学園大学に脅迫状や脅迫めいた抗議メールが殺到していることを、複数の記者が知っていた」
昨年5月と7月には、「売国奴の植村をやめさせなければ大学を爆破する」という脅迫状も届いている。しかし、長谷川記者によると、新聞やテレビなどのマスメディアは、この問題をすぐには報じなかったという。
「やはり、みんなひるんでいたと思う」。長谷川記者は当時の状況について、こう指摘する。朝日新聞は昨年8月、慰安婦報道の検証記事を出した。植村氏の記事について「事実の捻じ曲げはない」としながらも、「女子挺身隊=慰安婦」という表現が誤っていたと認定していた。
「北星学園大学の記事を書いたら、植村さんの味方をしているということで、自分の会社もバッシングされるんじゃないかと、複数のメディアはひるんだ。私は『これは民主主義の危機だ』と思った」

●「市民が大学を支え、雇用継続を実現させた」
長谷川記者によると、新聞やテレビなどのマスメディアがこの問題を大きく取り上げはじめたのは、大学側が脅迫の経緯と対策を公表した昨年9月30日以降だという。

http://www.bengo4.com/topics/2545/

日本のメディアは、植村氏の人権が侵害されていること、20年以上前の記事が右翼の意に沿わないからという理由で就職妨害や脅迫を受けるという形で「言論の自由」が侵されていることを報じるという、メディアとしての最低限の責任から逃げたのです。
流れが変わるのは、しり込みしていたメディアに頼らず市民が動いたことによります。2014年11月7日には、脅迫状送付事件に対し、弁護士たちが集団刑事告発を行ないました。そして植村氏を支援する市民の声が北星学園をぎりぎりで思いとどまらせ、2014年12月17日、北星学園が来年度の契約更新を発表するに至ります。

文藝春秋が植村氏手記を異常な構成で掲載

北星学園が植村氏の契約更新を発表する1週間前の2014年12月10日に発売された文藝春秋2015年1月号に植村氏による反論の手記が掲載されました。植村氏を誹謗中傷した週刊文春ではないものの同じ出版社で反論を掲載したわけです。
文春・西岡記事に対する十分な反論になっている手記ですが、文藝春秋はこの手記を掲載するにあたって異常な構成を行ないました。
通常、手記などが掲載され、それに対する編集部による補足や意見などがある場合には手記の後につけるのが普通と思いますが、植村手記の掲載にあたっては手記の“前”に本誌編集部による「我々はなぜこの手記を掲載したのか」と題する記事を3ページにわたってつけています。
それも、植村氏自身の手記として掲載される反論内容を、文春側に都合よく要約しそれに対して予め再反論するという形式です。読者に対して予断を抱かせる目的としか思えない姑息なやり方と言えます。
一言で言えば、「これから容疑者による姑息な言い訳を掲載します。読者の皆さんはどう判断しますか。」とそんな内容を文藝春秋編集部は、手記の直前に掲載したわけです。

「(植村氏の)勤務する大学に...脅迫状を送りつけた行為は、言論の自由を脅かすものだ。」と編集部は書いていますが、もちろん、文春記者が2014年1月と8月の2回にわたって、植村氏の就職先に就職妨害まがいの質問状を出したことについては一言も触れていません。

勤務する大学に「この記事をめぐっては現在までにさまざまな研究者やメディアによって重大な誤り、あるいは意図的な捏造があり、日本の国際イメージを大きく損なったとの指摘が重ねて提起されています。貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか」とか「植村氏をめぐっては、慰安婦問題の記事をめぐって重大な誤りがあったとの指摘がなされていますが、大学教員としての適性には問題ないとお考えでしょうか」とか書いた質問状を送る行為は、文藝春秋編集部にとっては許される行為なのでしょうか。
だとすれば、一体何の目的でこんな質問状を出したのでしょうか。

文春にとっては、批判対象者の職場にこのような質問状を出す行為が「言論」なんですかね。