2024年12月28日 (土)

『戦雲』から平和を願う2024年末

今年も残りわずかです。毎週、土曜か日曜に更新している当ブログですので、今回が2024年に投稿する最後の記事となります。この一年間も、ウクライナやパレスチナでの戦火が消えることはありませんでした。シリアのアサド政権崩壊後、内戦がもたらした国内の爪痕や非人道的な行為の数々も目の当たりにしています。

遠い日本の地からは映像を通して知り得る出来事ですが、79年前には同じような風景が国土に広がっていました。1941年12月8日、日本海軍が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入しました。三多摩平和運動センターは毎年、12月8日前後に不戦を誓う集会を催しています。今年も協力委員の一人として参加していました。

この集会に参加し、2年前は「『標的の島』と安保関連3文書」、 昨年は今年も不戦を誓う集会に参加」というブログ記事を投稿しています。それぞれ『標的の島 風かたか沖縄スパイ戦史という映画が上映されていました。沖縄の米軍基地問題を取り上げ続けている三上智恵監督によるドキュメンタリー映画です。

辺野古の新基地建設、高江のオスプレイのヘリパッド建設、宮古島、石垣島の自衛隊配備とミサイル基地建設など、沖縄では様々な問題を抱え、反対派の住民らによる激しい抵抗、警察や機動隊との衝突が続いています。今年の集会でも三上監督の『戦雲』という映画が上映されています。

集会参加後、私どもの組合の委員長から原稿の執筆を依頼されました。組合ニュースの裏面に今回の集会報告を掲載したいとのことでした。前回記事「『官僚制の作法』を読み終えて」の冒頭に記したとおり「モノを書いて人に伝える」という作業を苦手としていません。協力委員という立場でもあり、あまり迷わず引き受けていました。

毎週長文ブログを綴っているため、短い期限での原稿の締切は気になりません。ただ440字以内という字数の制約には頭を悩ませました。前回記事と同様、組合ニュース用の原稿を意識しながら当ブログの下書きとして書き進めてみました。ちなみに前回記事は引用箇所を除いた内容だけで3000字近くとなっています。

初めから440字という短さを承知した上で引き受けたつもりでしたが、思った以上に伝えたい内容や言葉を選ばなければ収まりませんでした。無記名原稿ですが、組合ニュースを通して久しぶりに組合員の皆さん全体に伝える機会であり、少しでも個人的な思いを託せればと考えながら下記の内容にまとめていました。

12月10日夜、不戦を誓う三多摩集会が催されました。全体で170名、私どもの組合からは9名が参加しています。主催者らの挨拶の後、三上智恵監督の『戦雲』が上映されています。石垣島の抒情詩に「また戦雲(いくさふむ)が湧き出してくるよ、恐ろしくて眠れない」という言葉があり、現在の南西諸島に住む皆さんの思いを表した映画のタイトルです。美しい風景と活気あふれる地元の祭りなども映し出され、あっという間の132分でした。

その美しい島々で、自衛隊ミサイル部隊の配備、弾薬庫の増設、全島民避難計画など有事を想定した準備が進んでいます。戦争を防ぐという目的だったとしても、有事の際は真っ先に南西諸島の皆さんが標的にされていくことになります。

さらに撃ち込まれた1発のミサイルで失った命を取り戻すことはできません。自然災害と異なり、戦争は人間の意思で制御できるはずです。戦雲に脅える島民の皆さんの声を受けとめ、軍事衝突を絶対回避するための外交努力こそ実効ある安全保障の道筋だという思いを新たにした映画でした。

そもそも長文よりも簡潔で短い内容のほうが望ましいのだろうと受けとめています。SNS全盛の時代、小さな画面のスマホで閲覧する際、特に字ばかりの長文ブログは敬遠されがちなことも理解しています。それでも毎回2000字以上の内容となるスタイルは、これからも気負わず、気ままに続けていくのだろうと考えています。

今回「『戦雲』から平和を願う2024年末」というタイトルを付けた記事も、もう少し書き進めていきます。映画『戦雲』の中で、字数の制約がなければ紹介したかった場面がありました。与那国島に航海の安全や豊漁を祈願したハーリーと呼ばれる祭りがあります。

久部良地区の北、中、南の3つのチームの対抗レースがあり、地元の青年らが懸命に船を漕ぎながらゴールをめざします。そのメンバーの中には練習の末、漕ぎ手に選ばれた自衛隊員の姿も映し出されていました。力を合わせて一緒に船を漕ぐ姿から個々の自衛隊員が地元に受け入れられている一端を垣間見ています。

自衛隊員の子どもがカメラに向かって「この島が大好き、ずっといたい」と話す姿なども伝えています。このような日常的な関係性があり、地元住民に対する説明会の中で、ある自衛隊員が「有事の際は島民の方々の安全確保を第一に考えています」と語る一コマも伝えていました。

その自衛隊員の言葉は本心からのものだろうと思っています。しかし、ひとたび戦争に至ってしまえば、軍隊は住民を守ることよりも戦闘に勝つことを優先します。戦闘のマイナス要素を取り除くため、住民が邪魔になれば強制的に排除します。住民の生命や財産は二の次となり、とにかく国家として負けないことが至上命題とされていきます。

これまでの歴史や海外での現状を見た時、日本の自衛隊だけは絶対違うと本当に信じて良いのでしょうか。いずれにしてもミサイル基地を配備するということは敵対する国々からすれば標的にすべき島であることを示唆しています。自衛隊の増強は安心よりも危険度が増していくような危惧を抱かざるを得ません。

一方で、自衛隊の増強に反対することが平和を守ることであり、不戦の誓いであるという図式を強調した場合、それはそれで言葉や説明が不足しがちだろうと考えています。中国や北朝鮮の動きをはじめ、国際情勢に不安定要素がある中で「戦争は起こしたくない」という思いを誰もが抱えているはずです。

その上で、平和を維持するために武力による抑止力や均衡がどうあるべきなのか、手法や具体策に対する評価の違いが人によって分かれがちです。中国や北朝鮮こそが軍拡の動きを自制すべきであることは理解しています。しかしながら「安全保障のジレンマ」という言葉があるとおり疑心暗鬼につながる軍拡競争は、かえって戦争のリスクを高めかねません。

脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると言われています。だからこそ戦争に至る前の段階で「双方の言い分」に耳を貸していく外交努力をはじめ、国連という枠組みの中での英知が結実していくことを心から願っています。「標的の島」としないためにはミサイル基地を叩く力よりも、ミサイルを発射する「意思」を取り除く関係性の構築こそ実効ある安全保障政策の道筋だと考えています。

2024年末、南西諸島の皆さんが戦雲に脅える必要のない平穏な日常を取り戻し、さらに国際社会の中で戦火が消えることを祈念しています。このような願いは平和の話、インデックスⅣ」や「戦火が消えない悲しさ Part2」という記事などを通し、繰り返し訴えてきています。組合ニュースの原稿も字数の制約がなければ、きっと以上のような内容を付け加えていたはずです。

最後に、この一年間、当ブログを訪れてくださった皆さん、本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。これまで曜日に関わらず、必ず元旦に新年最初の記事を投稿しています。ぜひ、お時間等が許されるようであれば、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは少し早いかも知れませんが、 良いお年をお迎えください。

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2024年12月21日 (土)

『官僚制の作法』を読み終えて

前回記事「気負わず、気ままに1100回」の中では触れませんでしたが、高校生の頃まで希望する職業はマスコミ関係で、モノを書いて人に伝えるという仕事にあこがれていました。「大きな節目の1000回」の中では、大手の出版社から書籍を出すチャンスをいただきながら私自身の力不足から原稿をまとめ切れなかったことを伝えていました。

この時の望外な期待に応えられなかったことをずっと悔やんでいました。そのため、東京自治研究センターの季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」の依頼を受けた時は二つ返事で引き受けています。1回あたり6千円ほどの報酬を継続的に得るため、規則に基づき兼業許可申請書を人事課に初めて提出していました。

これまで『足元からの学校の安全保障 無償化・学校教育・学力・インクルーシブどうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命会計年度任用職員の手引き』『「維新」政治と民主主義公営競技史』『承認をひらく』と続き、次号では岡田彰さんの新著官僚制の作法』を紹介します。

それらの書籍を題材にした当ブログのバックナンバーは「ベーシックサービスと財源論 Part2」「会計年度任用職員制度の課題」「新着資料紹介『「維新」政治と民主主義』」「『公営競技史』を読み終えて」「『承認をひらく』を読み終えて」という記事タイトルのものがあります。

季刊誌の原稿の文体は「である調」で字数の制約もあり、そのまま利用できるものではありませんが、今回の新規記事も「『官僚制の作法』を読み終えて」という記事タイトルのもと入稿する原稿内容を意識しながら書き進めていました。

霞が関を敵に回す橋本行革は、いかにして達成されたのか。省庁半減をめぐる攻防の中で、省庁の存亡にかかる対処方針は異なる。行革反対で組織防衛を図る省庁もあれば、行革をチャンスと権限拡充を目指す省庁もある。これに族議員や圧力団体も絡む。行革は複雑な政治過程の一環である。

本書は特に行革の「勝ち組」の総務省(自治省)、経済産業省(通産省)、財務省(大蔵省)を取り上げる。三省のしたたかな行革戦略がわかる。霞が関の省庁は一体ではない。霞が関は連合体であり、日本の官僚制は各省官僚制である。著者は関係者の証言や貴重な一次資料から橋本行革の経緯と意義を掘り起し、「省」とは何かを辿る。さらに全則2か条の総定員法の智慧、安倍・菅政権の官邸支配の錫杖を明らかにする。

上記はリンク先に掲げられている書籍の紹介文です。岡田彰さんのプロフィールは1945年生、1974年法政大学卒業、博士(政治学)、行政学、地方自治専攻とされ、主著に『現代日本官僚制の成立』などがある方です。今年5月に『官僚制の作法』が発刊された直後、都政新報にその書籍が紹介されていました。

関係者の証言や貴重な一次資料から橋本龍太郎政権時の行政改革、いわゆる橋本行革の経緯と意義を研究者の視点から伝える著書です。学術書ということもあり、普段であれば手を出せないような価格の書籍でした。都政新報の「橋本行革の分析だけに収まる書ではない」という冒頭の言葉にひかれ、手にしていました。

明治維新の後、天皇の官吏として整えられた戦前の官僚制、敗戦後にはGHQとの対峙、第一次と第二次にわたった臨時行政調査会による行革、橋本行革等を経ながら変遷してきた主要な省の役割や官僚らの作法が綴られています。政策研究アーティストの鈴木崇弘さんの論評日本国のガバナンスの問題・課題そして今後を考える上での必読書『官僚制の作法』」では次のように紹介しています。

同書は、橋本行革の経緯と意義を軸に、明治維新以降の官僚制の生成から現在の官僚制までを、貴重な一次資料や関係者の証言などを基に、丹念かつ詳細に論じている。同書は、飽くまで優れた学術書であるが、日本という国家の近代から現在にいたるガバナンスとその構造の変遷をタペストリーのようなストーリーとして描いており、日本の官僚制の一大叙事詩となっており、非常に読みごたえがある。

そして同書は、日本は明治維新以降官僚機構を中心とする中央集権型の国家運営がなされたが、霞が関と呼ばれるその官僚機構は、実は一体的なものではなく、単なる連合体であるということを余すことなく示している。それはつまり、日本は、中央政府の官僚中心の国家であり、その官僚制は各省官僚制であり、「疑似国家」ともいえる異なる「省」の連合体というか連邦国家的な存在であるということを提示しているのである。

鈴木さんは「日本の官僚制の一大叙事詩となっており、非常に読みごたえがある」と絶賛しています。異なる「省」の連合体という見方は著者の岡田さんと共通した問題意識であり、「省益あって国益なし」と批判されがちな官僚組織のあり方です。岡田さんは著書の中で、なぜ、各省の「割拠主義」が徘徊するのか次のように説明しています。

法律では、省は国務大臣をその長に擁する「国の行政事務の第一義的に分配される単位」とされ、占領改革期にあっても従前の仕組みと運用が貫徹されてきたと説いています。さらに省ごとに採用し、年功序列による終身雇用システムが、省への帰属意識や忠誠心を涵養していると岡田さんは見ています。

かつて「政治は三流、官僚は一流」と評され、官僚が国家を運営する矜持を持ちながら政策立案で政治家をリードしてきました。特に大蔵省は強大な権限を持ち、予算編成権を掌握しているため、内閣のなすべき総合調整まで担っている関係性となっていました。官僚主導の弊害として、リスク回避のための作法として前例主義に陥り、迅速に新たな課題に対処できないと批判されがちです。

このような課題認識のもとに橋本行革は取り組まれ、省庁半減と政治主導への転換をめざしました。著書の中では、自治省が総務省、大蔵省が財務省、通商産業省が経済産業省、それぞれの内実を改めていく過程の攻防が詳らかにされています。

「橋本さんは大蔵省に対して一種の敵意を持っていました。大蔵省の権限を削減することに眼目に置かれていた」という生々しい証言も記されています。組織上、財政と金融は分離され、総理大臣のリーダーシップを発揮しやすいように内閣府や経済財政諮問会議を設置しています。

予算編成の流れは変わったかどうか、諮問会議を構想した橋本行革のブレーンの言葉が象徴的です。「武器は作ったけれども、それを使える人が出てくるかどうかが、一番肝心ですね。凡庸な総理は使いこなせるか、総理大臣の資質なんです」と語っていたことを著書の中で伝えています。

橋本行革で閣議人事検討会議を発足させ、各省の次官や局長等の幹部職員人事に政治が一定関与する道筋をつけました。その後、第二次安倍政権時に内閣人事局が設置され、官邸主導で幹部人事を決める体制が築かれています。しかし、岡田さんは、橋本政権と安倍・菅政権の姿勢、幹部人事の関与、行政と政権とのあり方は根本的に異なると指摘しています。

官邸主導から官邸支配まで進め、森友学園の問題で公文書改ざんなど政と官のバランスが壊れ「忖度」に官僚を走らせていると語っています。菅義偉元総理は、政策の方向性に反対する官僚には「異動してもらう」と公言していました。実際、ふるさと納税を巡り、課題を指摘した総務省の官僚が飛ばされそうになった事件もありました。

これまで政治主導のスローガンの下で、小選挙区制、党首討論、副大臣・政務官創設など英国モデルで進めてきました。その英国では「公務員の政治的中立性を尊重し、幹部公務員の人事への介入を自制する伝統があり、慣習として大臣は人事事項について基本的にすべて事務次官に委任し、これに介入しない」と著書の中に記し、岡田さんは日本の現状を憂慮されています。

官僚側からすれば是としてきた作法も、時代の移ろいの中で必要な見直しを受け入れざるを得なかったはずです。ただ見直した後の新たな仕組みも使い方を誤れば、もしくは使い手に問題があれば、望むべき成果からは程遠い現況に陥ることを痛感しています。『官僚制の作法』を読み終えて、そのような思いを強める機会となっていました。

最後に、その著書の中で「近年の愚策の代表はアベノマスクだが、失政・失策は表ざたを避ける、内々に処理するなど閉鎖的な対処がなされ、一連の政策情報が表に出ないこともあって、事案を能動的に学ぶ姿勢に遠い」という言葉に目が留まっていました。『「本当にふざけた話」“アベノマスク” 契約訴訟で裁判長も呆れた官僚たちの「ひどすぎる言い分」ムダ遣い400億円の闇』という見出しの記事を紹介しますが、まさしく愚策の代表を際立たせる事例だと言えます。

唖然とするような証言だーー。10月15日、朝日新聞は “アベノマスク” の契約をめぐる訴訟について報じた。「“アベノマスク” とは、新型コロナ禍でマスクが手に入らなくなったことを受け、2020年4月、安倍晋三元首相が主導し、各家庭に配られたガーゼ製の布マスクのことです。不織布マスクと比べてサイズも小さく、配布時に異物が混入していたなど、悪評の多い施策でした。

しかも、後になって、全体の3割にあたる8300万枚が配布されないまま保管されていることが発覚。400億円を超えるお金で調達したものの、税金のムダ遣いだとして批判されました」(事件担当記者)

政府は、このマスクを複数の業者に発注したが、社員が数人しかいないような小さな会社にも数十億円にのぼる発注をしており、時期によって1枚あたりの単価もバラバラであることから、どのような経緯で業者の選定や発注がおこなわれたのか、疑惑の目が向けられてきた。

15日に開かれた裁判は、裏金問題の追及で知られる神戸学院大学の上脇博之教授が、契約過程を示す文書を開示するよう国に求めた訴訟だ。朝日新聞によると、この日は複数省庁による『合同マスクチーム』のうち、業者と直接やりとりした職員ら3人が出廷しました。しかし、3人とも『やりとりは口頭が基本で、文書は残していない』と答えたそうです。

裁判長が『単価や枚数は間違えると大変なことになる。すべて記憶して口頭で報告していたのか』と突っ込みましたが、『そうです』と、やはり業者とのやり取りを示す文書は存在しないとの主張でした。また、自身が受け取ったメールについて、『容量が限られているため2~3日に1度消去していた』と証言する職員もいたそうです。

当たり前のことですが、“アベノマスク” の原資は国民の血税です。随意契約とはいえ、ムダにならないよう、少しでも安く、公正・公平に業者を選ぶのが当然。そして、後から検証できるように、行政文書として契約にいたる書類をすべて残しておくのも当たり前のはずです。嘘をついているとしたら大問題ですし、文書を残していないとすれば、それも問題です」(同)

同報道には、X上でも怒りの声が続々寄せられている。《本当にふざけた話だ》《アベノマスク、本来なら逮捕者が大量にでる案件だろ》《コロナで急ぎの対応が要求されていたにしてもまずすぎる対応》《訴訟の言い訳流石に酷すぎんか》

疑惑にまみれた “アベノマスク” の裏側を、政治部記者がこう語る。「当時、『マスクを配れば国民の不安はパッと消えます』と、発案した佐伯耕三秘書官は、自信満々に安倍首相にすすめたそうです。当時の官邸は、今井直哉補佐官と佐伯秘書官が経済対策のほぼすべてを決めている状態でした。この “密室” でマスクの配布も決まったんです。

すでに “アベノマスク” が決定した段階で、厚労省はマスク不足は3カ月程度で解消されると官邸に情報を上げていました。にもかかわらず、支持率の低下に苛立った安倍元首相がゴーを出したんです。試作品すらない状態で、佐伯秘書官が安倍元首相の前でガーゼを折って説明したといいます。

こうした背景を考えると、業者への発注をめぐり高度な不正があったというより、表に出せないほど杜撰で考えなしの発注をしていた、というのが実態ではないでしょうか」 いくらコロナ禍でも、「まずすぎる対応」だったのは確かだ。【Smart FLASH  2024年10月17日

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2024年12月14日 (土)

気負わず、気ままに1100回

前回記事は「高齢者雇用の課題」として、久しぶりに労使課題に関わる内容を扱いました。このブログ「公務員のためいき」を2005年8月に始めた際は、公務員バッシングという言葉をよく耳にしていた頃です。ブログのサブタイトルを「逆風を謙虚に受けとめながら雑談放談」とし、公務員やその労働組合役員の立場から様々な思いを発信してきました。

ブログを開設した切っかけは以前の記事「このブログを始めたイキサツ」の中で綴っていました。NHKと朝日新聞が「従軍慰安婦」関連番組への政治介入問題に絡み、真っ向から対立した報道を繰り広げていました。真実は一つでも、どちら側の報道内容に接するかどうかで、その真偽の評価や印象がガラリと変わっていました。 

ちょうど世の中は大阪市役所の厚遇問題などで、公務員への厳しい視線や声が強まっていた頃でした。当然、公務員やその組合側も改めるべき点は即座に改める必要があります。ただ主張すべきことは主張する必要性を強く感じていた時、誰でも簡単にインターネット上で意見を発信できるブログと出会いました。

このブログを開設した当初は毎日のように記事本文を更新していました。しばらくして週2、3回のペースとなり、1年後ぐらいから週1回の更新間隔が定着しています。2012年の春頃からはコメント欄も含め、週に1回、土曜か日曜のみにブログに関わるようにし、現在に至っています。

2023年1月に「大きな節目の1000回」を投稿し、2年近く経ち、今回、記事タイトルに掲げたとおり1100回目を迎えています。訪問されている方々にとって、この記事が何回目だろうと関係ないことは重々承知した上、これまで当ブログの更新回数が100を刻んだ時、次のような記事を投稿してきました。

100回の時は、あまり投稿数を意識していなかったため、100回目の記事という認識がないまま普段通りの内容を書き込んでいました。その直後、たまたまココログの管理ページを目にした際、直前に投稿した記事が100回目だったことに気付きました。そのため、101回目という少し半端なタイミングでのメモリアルな記事内容となっていました。

毎週1回の更新が定着し、先が読みやすくなっていた200回目以降は失念することなく、上記のような記事をピンポイントで綴ることができています。毎回、節目のタイミングを利用し、このブログがどのような性格のものなのか改めてお伝えさせていただく機会としていました。

前述したとおり実生活に過度な負担をかけないペースとして毎週1回、週末更新と決めたことが長続きできている秘訣だろうと思っています。「週刊」を習慣化できたことで、多忙な時期も、旅行と重なった週末も新規投稿を欠かさず、1100回までたどり着けているものと受けとめています。

元旦に新規記事を投稿しようと決めているため、年末年始だけ変則な投稿間隔となっています。2011年3月、東日本大震災の発生直後の週末も、ためらいながら「東日本巨大地震の惨禍」という記事を投稿し、被災された皆さんへのお見舞いの気持ちなどを表わしていました。

そのようにつながってきましたが、2019年3月1日に母が亡くなり、一度だけ新規記事の投稿を見合わせていました。母が亡くなった直後、とてもブログを更新する気にはなれませんでした。深い悲しみと落胆に沈み込んでいたことはもちろん、そのような時にブログに関わることの不適切さを感じていました。

再開した際の記事「母との別れ」は自分自身の気持ちの整理を付けていくための通過点とし、苦労を重ねてきた母親を偲びながら母と過ごした年月をずっと忘れないためにも初めて私的な内容を前面に出した記事を投稿していました。

これまで100回という節目で記事を投稿する際、次のような言葉を添えています。投稿した記事の数は自分自身の労力を惜しみ出したり、続けていく熱意が冷めてしまった場合、停滞してしまう数字です。加えて、健康上の問題や大きな天災などに直面した場合、自分自身の意欲や労力云々以前の問題としてブログの更新どころではなくなります。

そのような意味で毎回、節目の100回を刻むたび、そのメモリアルさとともに長続きできていることの意義をかみしめています。いずれにしても週1回の更新ペースを崩さず、継続できているのも多くの皆さんが訪れてくださるからであり、いつも心から感謝しています。

ただ以前に比べれば日々のアクセス数は激減しています。かつて1日あたりのアクセス数は1000件前後で推移していましたが、最近は100件に届かない日が多くなっています。その内訳も過去の記事へのアクセスが大半を占めています。 出入り自由な場としているコメント欄も閑古鳥が鳴いています。

新規記事を投稿しても、どれほどの方にご覧いただけているのか手応えが薄くなりがちな最近の当ブログのアクセス状況でした。そのような寂しさを感じ始めていた時、今年6月の記事「政治資金規正法改正の動き三多摩集中行進に参加の冒頭で、このブログを続けていることの励みになる出来事を紹介できています。

宮城県本部の皆さんや自治労都本部の副委員長が引き続き「公務員のためいき」を注目くださっていることを知り、たいへん感激していました。連合宮城に勤務されている方からは「時には自分の挨拶の時などに、文面を拝借しているそうです」という恐縮する光栄なお話を報告いただいていました。

このブログでの発信を一つの運動として位置付けているため、私自身の思いや言葉がつながっていくことを大きな励みとしています。このようなやり取りがあった際、私からは「やめるのはいつでもやめられますので、できる限り続けていきます」という決意をお伝えしていました。今回の記事タイトルに掲げたとおり気負わず、これからも気ままに1200回をめざしていくつもりです。

ちなみにブログを長く続ける中で注意している点は、不特定多数の方々に見られることを常に意識した記事内容の投稿に努めるという心構えです。不確かな情報や知識での断定した書き方はもちろん、賛否が分かれる問題についても結論を押し付けるような書き方は極力避けるように努めています。

誰もが閲覧できるブログでの発言の重さをいつも念頭に置きながらパソコンに向き合っています。このような意味合いから週に1回の定期更新は自己啓発の機会であり、頭の老化防止のためにも何年か先に「元公務員のためいき」というタイトルに変えた後も、できる限り長く続けられればと願っています。

最後に、金曜の正午前、たいへん驚き、たいへん悲しい連絡を受けました。私が執行委員長を担っていた時、書記長を務めてくださった方の訃報です。53歳という若さで、突然のお別れとなりました。とても残念な知らせでした。心からご冥福をお祈りし、謹んでお悔やみ申し上げます。

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2024年12月 7日 (土)

高齢者雇用の課題

少し前の記事「選挙結果が左右する政治の行方」の冒頭で「組合の定期大会が開かれました。再任用職員や会計年度任用職員の課題について出席した組合員から切実な訴えが示されています。これまで当ブログで取り上げてきた課題であり、機会があれば次回以降の記事で深掘りできればと考えています」と記していました。

その後「選挙結果が左右する政治の行方 Part2」「兵庫県知事選、いろいろ思うこと」「兵庫県知事選、いろいろ思うこと Part2」というタイトルの記事が続き、労使課題に関わる内容からは離れた投稿を優先しています。執行委員長を退任した後、政治的な話題を取り上げることが多くなっています。

特に最近、兵庫県の斎藤元彦知事に関わる動きが非常に気になっています。数日前に目にした〈兵庫県政大混乱〉政府が「公選法違反の恐れある」と答弁、再び窮地の斎藤知事…“二人三脚”のパートナー立花氏が流した「不同意性交等罪」というデマ』という記事など、まだまだ当ブログを通して伝えたい話題が後を絶ちそうにありません。

12月2日から紙の健康保険証が廃止されています。マイナカードの取得は任意のままで、マイナ保険証は義務付けるという矛盾した問題に憤りながら河野太郎氏  りんたろー。によるマイナカードへの“不満”に言及「やる気のある病院だったら」』という記事を目にすると、河野総理の可能性が消えていることに心底安堵しています。

政治絡みの話題を少しだけ触れましたが、ここからが今回の本題です。このブログで4年前に「雇用継続の課題」「定年延長の話」という記事を投稿しています。高齢者雇用の課題として、最近「50万円の壁」にも注目が集まっています。11月25日に開かれた厚労省の審議会で、高齢者の働く意欲をそがないような制度の見直し案が示されています。

人口減少が続く中、15歳から64歳までの生産年齢人口の比率は6割を切るようになっています。労働力不足を補うための方策として、高齢者の雇用のあり方が大きな課題として認識されています。一定の収入がある高齢者にも「年金制度を支える側にまわってもらう」という考え方のもと在職老齢年金制度を設けています。

65歳以上で賃金と厚生年金を合わせて収入が月50万円を超えた場合、上回った年金の半分が減額されます。この仕組みが高齢者の働く意欲をそいでいるとの指摘もあり、年金が減らされる基準を現行の50万円から62万円や71万円に引き上げる案をはじめ、制度自体を撤廃する案を厚労省の審議会が示していました。

高年齢者雇用安定法では使用者側に65歳までの雇用継続を義務化しています。70歳までは努力義務としています。今後、上記のような動きも踏まえ、ますます70歳まで、もしくはそれ以上に働く高齢者が増えていくのだろうと思っています。一方で、年金が支給されるまでの年齢の場合、「50万円の壁」からは程遠い現状です。

地方公務員の再任用制度や新たに施行されている定年延長で、従来の定年年齢だった60歳以降、それまでの年収が激減します。フルタイム再任用だった場合、60歳以前の勤務時間と変わらず、仕事に対する役割や責任が、まったく同じでありながら年収が極端に下がることを嘆く職員は少なくありません。

私どもの組合の定期大会で示された意見は、この問題についての切実な訴えでした。発言された組合員は係長だった方で、定年後、年収は半減したとのことです。その方は裁判での事例を示した上、定年後に年収が6割以下になることの問題性を強く訴え、組合執行部に早急な解決に向けた具体的な行動を求めていました。

同一労働同一賃金という原則から、その訴えのとおりの解決が求められていることは確かです。ただ高齢者の雇用継続に関する裁判の事例を改めて調べてみると、必ずしも原告の労働者側が勝ち続けている訳ではないようです。再雇用格差訴訟  過去の最高裁判断を踏襲「正社員と性質異なる」』という記事では次のように伝えています。

正職員と再雇用者の基本給格差を巡り名古屋自動車学校(名古屋市)の元従業員が起こした訴訟で、最高裁が20日、正職員の6割に満たない部分を違法とした1、2審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。不合理な労働条件格差を巡って最高裁が過去に示した枠組みや判断を踏襲し、基本給についても、各事業者ごとに異なる「性質や支給目的」をきめ細かく検討するよう求めた形だ。

最高裁は平成30年6月、今回と同様に定年後、再雇用された運送会社の嘱託社員の待遇格差を巡る訴訟の判決で「給与や手当などの個別項目ごとの趣旨を考慮すべきだ」との枠組みを初めて提示。令和2年10月には、大阪医科大と東京メトロの子会社で勤務していた契約社員らのボーナス(賞与)や退職金を巡る訴訟の判決で「性質や支給目的を踏まえて検討すべきだ」とする判断も示した。

今回の訴訟の1、2審判決では、仕事内容が同じ場合は「基本給が定年前の6割を下回る部分は不合理」との具体的な線引きが示されていた。だが、最高裁はこうした「数字」の是非には触れず、過去の判例で示された考え方を念頭に、基本給の性格などを詳細に検討していった。正職員の基本給は、勤続年数に応じた「勤続給」だけでなく、職務内容に応じて額が決められる「職務給」、職務遂行能力に応じて額が決められる「職能給」としての性質もあると指摘。

これに対し、再雇用の嘱託職員の場合は役職に就くことは想定されておらず、勤続年数に応じた増額もなかったことなどから「正職員とは性質や支給目的が異なる」とした上で1、2審判決はこうした点を「検討していない」と批判した。加えて、原告と自動車学校側が行っていた賃金面を含む労使交渉についても言及。1、2審判決では交渉の結果だけに着目し、具体的な経緯を勘案していないことも「法令の解釈適用を誤った違法がある」とした。【産経新聞2023年7月20日

上記の事例について、倉重公太朗弁護士の『「最高裁、基本給の同一労働同一賃金初判断」について解説』を読むことで「年功給である正職員と嘱託職員では基本給の性質が異なる」という論点を認識できます。差戻審の結果を待っている段階ですが、定年退職後、大幅に年収が下がることに対し、違法性が確定している訳ではないようです。

以前の記事「働き方改革への労組の対応」の中で、2018年6月1日に示されたハマキョウレックス事件と長澤運輸事件の最高裁判決について触れていました。ハマキョウレックス事件は正社員と有期雇用労働者の待遇の格差について、長澤運輸事件は正社員と定年後再雇用された嘱託社員(有期雇用)の待遇の格差について争われた事件でした。

ハマキョウレックス事件は労働者側が勝ち、長澤運輸事件は会社側が勝つという結果に分かれていました。ハマキョウレックス事件では有期雇用労働者と正社員との間に職務内容に差がないのにも関わらず、待遇に差があったことは労働契約法20条に違反すると判断されました。一方で、長澤運輸事件の有期雇用労働者は定年後に再雇用された高齢の労働者だったため、待遇差が不合理ではないと判断されていました。

もちろん組合執行部としては裁判の行方に関わらず、労使交渉を通し、もしくは自治労に結集しながら再任用職員の待遇改善に向けて全力を尽くしていかなければなりません。特に常勤職員に比べ、一時金の年間支給月数が半分程度にとどまっているため、いくつかの近隣市が実現しているように同一とする交渉結果を早期に勝ち得ることを期待しています。

最後に蛇足となりますが、私自身、来年春、また大きな節目を迎えます。健康だから働き続けられる、働き続けられるから健康を維持できる、このような思いのもと雇用継続を希望しています。使用者側にとって努力義務に過ぎませんので、来年4月以降、このブログのタイトルが「元公務員のためいき」に変わるかも知れませんが…。

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2024年11月30日 (土)

兵庫県知事選、いろいろ思うこと Part2

インターネット上の様々なサイトをスマホから閲覧される方が増え、SNSの中でブログはマイナーになりつつあります。特に文字ばかりの長文ブログは敬遠されがちな現状なのだろうと思っています。前回記事「兵庫県知事選、いろいろ思うこと」は今年7月以降の記事内容の一部を数多く再掲したため、いつも以上に長文ブログとなっていました。

これまで私自身が兵庫県の内部告発問題に対する情報にどのように接し、どのような問題意識を持ってきたのか、その時々に閲覧した関連サイトの見出しも紹介していました。それぞれリンクをはっていましたが、「指定されたURLは存在しませんでした。URLが正しく入力されていないか、このページが削除された可能性があります」という表示に変わっていたサイトが多かったようです。

Yahoo!に掲げられた記事が短期に削除されていますが、コメント欄に寄せられている意見も興味深いため、いつもYahoo!からの紹介を多用しています。削除されていることに前回記事を投稿する前に気付いていましたが、斎藤元彦知事の問題視された言動を把握する際、私自身がどのような情報に接してきたかを主眼にした再掲だったため、たいへん恐縮ながら手を加えず、そのまま掲げさせていただきました。

亡くなられた元県民局長のホームページ上のメッセージ、遺族から百条委員会に提出された陳述書と音声データに残された言葉などは、再掲した記事内容の本文としてお伝えできています。陳述書に残されていた元県民局長の「一死をもって抗議する」という強烈な訴え、このような言葉には胸が締め付けられていました。

自らの命を絶った元県民局長の言葉の重さに対し、あまりにも兵庫県知事選の顛末がかけ離れていたため、個人的には暗然たる思いを強めていました。公益通報者保護法に対する理解をはじめ、斎藤知事が初動対応を誤らなければ元県民局長の命は救えたはず…、このような忸怩たる思いは兵庫県知事選の結果によって、ますます深まっています。

前回記事の中で触れていましたが、斎藤知事陣営の選挙戦でのスローガンである「躍動を止めない!」という言葉を「騒動を止めない!」と見誤ったことがありました。この言葉は最初「躍動する兵庫」だったようですが、提案を受けて「兵庫の躍動を止めない!」に変更されたとのことです。

11月20日、 兵庫県西宮市のPR会社merchuの折田楓代表がブログサイト「note」に『兵庫県知事選挙における戦略的広報:「#さいとう元知事がんばれ」を「#さいとう元彦知事がんばれ」に』という記事を投稿していました。斎藤知事が再選を果たした選挙戦での内輪話を明かしながら折田代表の貢献度をアピールしている内容です。

投稿後、一部削除や修正が加えられていますが、この記事の内容が奇しくも兵庫県の新たな混乱と騒動を引き起こしています。折田代表は、県知事選で斎藤知事のSNS運用やPRを担当したと主張しています。公職選挙法では、選挙活動で報酬を支払える対象は事務員や車上運動員、手話通訳者らに限定されています。

折田代表の記事内容のとおりに選挙活動を仕事として引き受け、報酬を得ていたとすれば公職選挙法に抵触する疑いがあります。他にも法律違反を問われかねない問題が散見し、政治ジャーナリストの鮫島浩さんの記事折田楓社長を見捨て、斎藤元彦知事は生き延びる冷徹な防衛策~公選法違反と政治資金規正法違反を否定する反論会見の矛盾を突く!』の中で詳述されています。

この問題を受け、斎藤知事は公職選挙法に違反するようなことはないと認識している」と繰り返し答えています。既視感のある光景でした。公益通報者保護法の問題でも、一貫して違法性を否定する認識を示していました。パワハラについても同様です。とりわけパワハラに関しては加害側の認識の問題よりも、受け手側がどのように感じていたかが大きなポイントとなります。

最終的に白黒がはっきりするまで疑惑のままであることも確かです。しかし、疑惑を招く問題が斎藤知事には立て続いています。様々な法律に対する理解不足や認識の甘さがあるように思えてなりません。加えて、そのあたりの不充分さをフォローしていく人材が周囲にいないのか、進言できる関係性を築けないのか、省みる点が多々あるのではないでしょうか。

これまで当ブログを通し、多面的な情報に触れていくことの大切さを訴え続けています。ただ誤解を受ける時がありましたが、このブログの記事内容自体で、多面的で幅広い情報を発信している訳ではありません。つまり賛否両論を併記した内容ではなく、私自身の考えを前面に出し、立場を明確化した記事内容となっています。

しかし、ブログのタイトルが「公務員のためいき」であるため、地方公務員法第36条については常に念頭に置いて情報発信しています。このあたりの関係性は以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」などで説明してきています。このラインを踏み外すと問題である、このようなことを把握しているかどうかは絶対必要です。

今回の斎藤知事陣営の内情を『〈兵庫県政大混乱〉斎藤陣営スタッフ告白「脇が甘いPR会社が脇が甘い陣営に入ってきた」「折田社長は斎藤さんと仲がいいマスコミの人だと思ってた」』という記事が伝えています。このような情報に接すると折田代表が最初に投稿した内容は、ほぼ事実関係をそのまま明らかにしたのだろうと思わざるを得ません。

最後に『「風向きを変えたい」斎藤知事発言に橋下徹氏「権力の乱用そのもの…知事として一番欠けているところ』という記事を紹介します。大阪府の橋下元知事の「確かに兵庫県民の皆さんは、110万票を持って斎藤さんを当選させました。これは非常に重い結果です。民意です。ただ法律の分野においては、民意で決めてはいけません。あくまで法に従って考えなきゃいけない」「疑われることを避けなければいけない部分で問題になっていて、斎藤知事は権力者としての自覚が欠けているのではないか」という言葉に首肯しています。

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2024年11月23日 (土)

兵庫県知事選、いろいろ思うこと

兵庫県知事選の投開票日は先週日曜、11月17日でした。NHKによる当確情報は出されていませんでしたが、午後8時の段階で斎藤元彦知事の当確を報じたメディアもありました。兵庫県議会の全会一致での不信任決議案の可決を受け、 斎藤知事は9月30日に失職し、出直し選挙に臨んでいました。

無所属の新人候補6名との争いで、当初、前尼崎市長の稲村和美候補が優勢と見られていました。選挙戦半ばから斎藤知事は猛追し、111万3,911票を得て大逆転を果たしています。97万6637票を獲得した稲村候補に14万票ほど引き離した勝利でした。投票率は55.65%、3年前の知事選に比べ14ポイントほど上昇しています。

今週末の新規記事の内容は別な題材を考えていました。ただ兵庫県知事選が終わり、いろいろ思うことが頭の中で駆け巡っているため、その内容に絞った記事タイトルを付けて書き始めています。斎藤知事の勝因はSNSを駆使した驚異的な支持の広がりによるものだったと見られています。

選挙ドットコムの『ネット上にあふれた「真実」に寄せられた民意! 斎藤元彦氏を勝利に導いたネット世論をYouTubeデータからみる』という記事の中でフィルターバブル」という言葉が使われています。それぞれ信じやすい「真実」のみが増幅されていくという意味合いです。

このブログの前々回記事「選挙結果が左右する政治の行方」の中でもSNSが普及した結果、「人は自分と同じ意見や感性にしかアクセスしなくなった。異なる立場の人々の意見と接する機会がなくなり、人々は極端な意見をもつようになっている」という言葉を紹介していました。

このような傾向がSNSにあることを取り上げていくと、斎藤知事に投票された方々が「幅広い情報に触れることなく、虚偽の情報に騙されていた」と指摘しているように思われてしまうかも知れません。

ネット上では「学べば治る。賢くなれる」という兵庫県民の皆さんを愚弄するような言葉も目にしていますが、このような高慢な姿勢は絶対慎まなければなりません。それぞれ信じた「答え」の正しさがあり、二項対立の図式はその違いを際立たせるだけで、感情的な亀裂を深めるばかりになるものと思っています。

SNSから得られた情報を鵜呑みせず、取捨選択した結果、主体的な立場で斎藤知事を支持された方々が多いのだろうと受けとめています。それでも前回記事「選挙結果が左右する政治の行方 Part2」の中で記したとおり斎藤知事のパワハラ的な言動も含め、すべて「捏造」と決め付けている論調には物凄い違和感を抱いています。

中には、その論調を信じ、斎藤知事に反省すべき点が一切ないように理解し、熱狂的に応援されていた方の声もテレビ画面に映し出されていました。このような支持の広がりを東洋経済の記事『バッシングから熱狂へ…斎藤知事への世論はなぜここまで激変したのか、“使われた”元局長のプライバシー』が興味深く伝えています。

今回の選挙戦ではNHK党の立花孝志候補の果たした役割も大きかったようです。ただ関西テレビの「脅して『自死』しても困る」立花氏に脅されたと百条委の奥谷氏 「ネットの暴力。家族狂乱」辞職の議員』という報道のような行き過ぎた行動は、今後、しっかり検証していくべき問題だろうと思っています。

ディリー新潮の記事でも斎藤知事の対抗馬らが受けた暴言、いやがらせの数々を伝えています。「反斎藤派」とネットで名指しされた竹内英明県議は議会事務局に辞職願を提出しています。竹内県議は辞職理由について「言葉の暴力が拡散して、家族が狂乱状態までになった。家族から政治の道から退いて欲しいという話があったため」と説明しています。

SNSを候補者や支援者が積極活用することには何の問題もない。むしろ、今どきそうしたことができない候補者の方が問題だともいえる。が、上に挙げた事例はいずれも犯罪とされても不思議のない行為ばかり。「パワハラは冤罪だ」と主張している人たちが、他人にハラスメントを行っているのである。

上記はディリー新潮の記事の中に書かれている問題提起です。『兵庫県知事選期間中に稲村陣営のSNSアカウント2度凍結  後援会が偽計業務妨害の疑いで刑事告訴へ』という問題をはじめ、言葉の競い合いにとどまらず、相手方を貶める誹謗中傷や選挙妨害など数々の禍根を残した選挙戦だったと言えます。

いずれにしても「民意」によって斎藤知事は返り咲きを果たしました。しかし、事実関係を解明する百条委員会は継続しています。今後、解明された事実に基づき、相応の責任の処し方やペナルティも欠かせないはずです。選挙結果によって「禊が済んだ」で終わらせられるものではないはずです。

兵庫県職員の本音は斎藤知事の逆転勝利に「ゾッとする」「力が抜けて涙が止まらない」というものであり、「また同じ騒動が」と嘆く声が聞こえています。当選翌日の記者会見で斎藤知事は「民意を得て再び知事として就任させていただきます。職員の皆さんは、やはり知事部局として一緒にやっていくっていうことが、地方公務員としての責務」と発言しています。

この発言を「異を唱えることは許さない」という主旨として受け取り、戦々恐々された職員の皆さんが多かったようです。斎藤知事陣営の選挙戦でのスローガンは「躍動を止めない」でした。その言葉を「騒動を止めない」と見誤った方は少なくなかったかも知れません。

ここまで、今、いろいろ思うことを書き進めてきました。たいへん長い記事になって恐縮ですが、もう少し続けさせていただきます。 ネット上には兵庫県知事選の結果を踏まえた見方や論評が溢れています。そのような記事を紹介し、私自身の思いを添えていくと際限がなくなりそうです。

7月以降、このブログで斎藤知事の言動に絡む内容を数多く綴っています。これまで私自身が兵庫県の内部告発問題に対する情報にどのように接し、どのような問題意識を持ってきたのか、関連した箇所を再掲することで振り返ってみます。お時間等の許される方は、最後まで目を通していただければ幸いです。

              *                                                   *

2024年7月13日 政治家の好感度、その危うさ

見た目の好感度をはじめ、どの政党に所属しているのかどうかなどを決め手とし、候補者の資質が未知のまま一票を投じることは決して稀な話でありません。

今、そのことの悩ましさと苦しさを兵庫県職員は痛切に思い知らされているのかも知れません。自治労兵庫県職労は『知事の「パワハラ疑惑」告発の県幹部が死亡   職員労組に「辞職」求められた知事 「辞職ではなく職員との信頼関係を再構築し県政を立て直す」と表明』という記事のとおり斎藤元彦知事に対し、ただちに辞職するよう申し入れています。

斎藤知事は東大経済学部を卒業後、総務省に入り、大阪府の財政課長を経て、2021年7月の兵庫県知事選に立候補しています。 43歳という若さ、県政の刷新、大阪府との連携強化をアピールしながら初当選を果たし、大阪以外で初めて誕生した維新系知事でした。好感度は高く、未知の魅力や期待は、結果的に未知の危うさだったようです。

知事の「パワハラ疑惑」告発の県幹部が死亡   職員労組に「辞職」求められた知事 「辞職ではなく職員との信頼関係を再構築し県政を立て直す」と表明』『「兵庫県、はずかしい」知事のX投稿発掘→「ブーメラン」の指摘 告発された「パワハラ」体質、その素性を振り返る』『兵庫・維新系パワハラ県知事の「犠牲者」はもう1人いる! 別の職員の死亡「隠蔽」の疑い』という驚くべき事実関係が立て続けに報じられています。

最後に紹介するのはディリー新潮の『斎藤兵庫県知事 県政史上最低の会見、副知事辞任で四面楚歌に…「告発した元局長が亡くなってもパワハラを証言する人はいる」』という記事です。「知事寄りの会派は、無記名に反対するかも知れませんけど」という記述がありましたが、まだ斎藤知事を擁護しようとする動きがあることに驚いています。

その記事の中で、亡くなられた元県民局長のメッセージが掲げられています。元県民局長は現職時に毎月、県民や職員に向けてホームページ上でメッセージを送っていました。今年3月、懲戒処分を受ける前の最後のメッセージの一部は次のような内容でした。このような職員が書いた告発文を斎藤知事は「嘘八百」「公務員として失格」と切り捨てていたことを伝え、その記事は結ばれています。

このメッセージ欄は一般県民の皆さんの読者もいらっしゃるようですが、一方で、県職員の中にも何人かの愛読者がいるようです。自分は間もなく、県を退職します(予定)が、これから県を支えていく後輩の皆さんに最後に伝えておきたいことを書いておきます。

我々は公務員です。仕事は県民の皆さんのためにするものです。自分のために、自分の栄達のために、仕事をしてはいけない、仕事を利用してはいけない、県民を利用してはいけない。そして、自分の損得勘定で行動してはいけない、人を選別してはいけない。昇任、出世は結果であって、それを目的にしてはいけない。(中略)

最後に。人を大切にすること、義を通すこと、誠実であることを、ひとりの人間としてずっと心に持ち続けて欲しいです。そして、筋を通そうとして挫けることがあっても、理不尽な現実の壁に跳ね返されても、諦めないで下さいね。「いつかきっと」と心に念じながら。

素晴らしい人にたくさん出会えますように。県民の皆さんの心に残る仕事に出会えますように。長らくのご愛読ありがとうございました。お世話になりました。おわり。

2024年7月20日 過ちに対する責任の処し方と問い方

斎藤知事や側近の違法行為疑惑を告発した文書を警察やメディアに送った元西播磨県民局長は、県の懲戒処分を受けた後、自ら命を絶っています。

この問題に絡み、疑惑の真偽を調べる県議会の調査委員会が6月19日に開かれています。元県民局長は調査委員会で話す予定だったことを問答式の陳述書として書き残していました。その陳述書をはじめ、ワインをねだるやり取りを録音したデータなどが、次のような文書を添えて遺族から調査委員会に提出されています。

主人がこの間、県職員のみなさんのためをと思ってとった行動は、決して無駄にしてはいけないと思っています。主人が最後の言葉を残していました。そこには“一死をもって抗議をする”という旨のメッセージとともに、19日の委員会に出頭はできないが、自ら作成した「陳述書」および参考の音声データの提出をもって替えさせてほしいこと、そして百条委員会は最後までやり通してほしいことが記されていました。

斎藤知事のパワハラやたかり体質について『〈おねだり兵庫県知事・告発職員は死亡〉「まだ飲んでない」の一言でワインをゲット。一方「生意気で」「目立った」職員にはキレ散らかすパワハラ三昧…“妨害工作”もおこなわれた百条委員会の中身』という記事の中で詳しく書かれています。

今後、斎藤知事の疑惑は徐々に明らかにされていくはずです。責任の処し方として、今のところ本人は辞職を頑なに拒んでいます。しかしながら『辞職は不可避か、頼みの吉村大阪府知事からも苦言呈された斎藤元彦兵庫県知事「パワハラ疑惑」』という記事の中で伝える下記のような事実関係に注目しなければなりません。

この時期の知事の対応次第では、状況がここまで悪化することはなかったかもしれない。素直に自分の非を認めて「申し訳ありませんでした。今後は問題に丁寧に向き合い改善していきたいと思います」などと釈明をすれば沈静化する可能性もありましたが、知事にはそのつもりはさらさらなく、A氏に処分を下すことで乗り切ろうとしていました。

つまり斎藤知事が対応を誤らなければA氏とされている元県民局長の命は救えたはず…、このような見方が成り立ちます。斎藤知事にとって過酷な構図かも知れませんが、取り返しのつかない過ちを犯したことに間違いありません。重大な責任の問われ方として「辞職」一択にならざるを得ないことを真摯に受けとめて欲しいものと願っています。

2024年8月31日 総理大臣を選ぶ自民党総裁選

まず兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ等の問題に絡む県議会の調査特別委員会(百条委員会)についてです。「どこまでも被害者を馬鹿に」兵庫県・斎藤知事 亡きパワハラ告発者の懲戒処分は「適切だった」と強弁… “曲げない主張”にネット激怒』という記事のとおり斎藤知事は自分自身の致命的な誤りを認めていません。

橋下徹氏「権力者の資格なし」「適切なわけないやろ!」兵庫県知事の証人尋問での発言を批判』の記事の中で、橋下元大阪府知事は「ギリギリ許される答弁は法律違反ではなかったが、権力の行使のやり方は不適切極まりなかった」までだろうと指摘しています。

違法性を認めてしまえば刑事処罰が不可避のため、斎藤知事が言葉を選ぶことは分かりますが、この期に及んで懲戒処分が「適切だった」という発言は想像を絶する不誠実な姿勢だと思っています。他にも斎藤知事の暴虐ぶりや不適切な行為が続々と明らかになっています。

側近だった片山安孝前副知事らが斎藤知事の暴走を止めるどころか、亡くなられた元県民局長を追い詰める役割に加担していた事実なども明らかにされています。兵庫県の問題は書き進めると止まらなくなるほど陰湿で理不尽な話を多く耳にしています。

7月に投稿した記事「政治家の好感度、その危うさ」を通して訴えたことですが、ネガティブな情報に触れる機会がなく、表面上の好感度や評判のみが先行しがちな選挙戦の危うさを強く憂慮しています。その記事の中では次のような問題意識を綴っていました。

清新なイメージ通りの内実の伴った人物であれば問題ありません。しかし、中には意図的に表の顔と裏の顔を使い分けているケースもあるはずです。目上には従順で、自分より下だと思った相手には高圧的になる人物も少なくありません。そのような人物が重責を担う組織のトップや政治家になっていた場合、何らかの綻びが生じていきがちです。

まさしく兵庫県の現状を反面教師として、どのような選挙戦のあり方が望ましいのか、学ぶべき点が多々あるのではないでしょうか。

2024年9月7日 総理大臣を選ぶ自民党総裁選 Part2

自民党総裁選が主題ですが、今回も兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ等の問題に絡む県議会の調査特別委員会(百条委員会)について真っ先に取り上げなければなりません。「告発者は誰だ!」4人の県職員の1年分のメールを勝手に閲覧…徹底した“犯人さがし”と恫喝…百条委では産業労働部長がしどろもどろに「トータルでいえば知事の指示」とも』という報道のとおり許しがたい事実関係が明らかにされています。

兵庫県の斎藤元彦知事が職員へのパワーハラスメント疑惑などを文書で告発された問題で、県議会の調査特別委員会(百条委)は5日午前、告発者の元県西播磨県民局長の男性(7月に死亡)が公益通報をしたにもかかわらず懲戒処分を受けたことについて、参考人の奥山俊宏・上智大教授から見解を聞いた。

内部告発者の保護法制に詳しい奥山教授は県の対応について、「知事らは告発の矛先を向けられている当人であり、告発文書に関する判断から自ら身を引くべきだったが、正反対の行動を選んだ。冷静な対応ができず、まるで独裁者が反対者を粛清するかのような陰惨な構図を描いてしまった」とし「独立性を確保し、利益相反を排除すべきだった。公益通報者保護法の趣旨を逸脱している」と指摘した。

一連の問題は元局長が3月、知事のパワハラを含む七つの疑惑を告発する文書を報道機関や県議に配布したことで発覚した。元局長は県の公益通報窓口にも通報したが、県は通報者への不利益な扱いを禁じた公益通報者保護法の対象外と判断。内部調査を進めた結果、「核心部分が事実ではなく、誹謗中傷に当たる」と断じ、元局長を停職3カ月の懲戒処分にした。

元局長は7月、県内の親族宅で亡くなっているのが見つかった。処分に踏み切った県の対応に問題がなかったか百条委で調査が進められている。

知事は8月30日にあった百条委の証人尋問で告発文について「事実でないことが多く含まれ、誹謗中傷性が高いものだと判断して調査した」と説明。元局長を処分したことは「適切だと思っている」と正当性を主張した。一方、百条委では県職員が「公益通報の結果が出るまで処分しないほうがいい」と進言していたことが明らかになっている。【毎日新聞2024年9月5日

読売新聞の記事兵庫県知事「道義的責任が何かわからない」…告発者処分「法的問題なし」主張変えず』の中では、公益通報者保護法に詳しい淑徳大の日野勝吾教授(労働法)が「県庁内で制度への理解が徹底されていない状況が浮き彫りになった」と指摘しています。ただ「公益通報の結果が出るまで処分しないほうがいい」と進言した職員がいたことも間違いないようです。

結局のところ、この期に及んで道義的責任すら認めようとしないトップリーダーの存在が、職員二人を自死に追い込むような現在の兵庫県政の悲劇を招いていると言えます。強大な権力を有するトップリーダーが致命的な判断ミスを犯していけば、取り返しのつかない事態に至るという最悪な事例を目の当たりにしているものと思っています。

2024年9月14日 自民党総裁選と立憲民主党代表選

今回も少し触れていきますが、ついに日本維新の会も斎藤知事に辞職を求めるようになりました。県議86人全員が辞職要求する事態に至っています。

それでも最近の兵庫・斎藤知事に辞職要求も…「県議が高圧的・威圧的な態度で尋問」維新・藤田幹事長が他党に反発』という報道では、日本維新の会の藤田文武幹事長はパワハラ疑惑について「多くが誤情報や誇張だ」と述べるなど、斎藤知事を追及する他党に対して激しく反発していました。

さらに驚くべき維新の国会議員が問題発言 兵庫・斎藤知事疑惑の告発は「自民党とつくった怪文書」、元県民局長のプライバシー暴露も』という報道にも接していました。日本維新の会の掘井健智衆院議員は「亡くなった方(元県民局長)は、あれ(告発文書)は自民党さんらとつくった」と語っています。

このような声もあるため、四面楚歌となっている斎藤知事の到底信じられない居座りぶりを許しているのかも知れません。党のナンバー2の幹事長の発言をはじめ、この期に及んで告発文書の陰謀論を唱える国会議員の問題は、日本維新の会の組織的な体質を表面化させているように思えてなりません。

2024年9月21日 ネットに繋がらなかった日々から思うこと

兵庫県の斎藤元彦知事に対する県議会の不信任決議は全県議86名によって可決されました。しかしながら『土曜朝にネット騒然 不信任の兵庫知事→全国TVに生出演「自分の思い伝わり切れてない」と30分 辞職or解散は考え中「出てきた」「凄いな」』という記事のとおり想像を絶する厚顔無恥ぶりを発揮しています。

今後、このような政治家を誕生させないためにも、それぞれの選挙戦の中で各候補者のネガティブな情報も伝わった上で、貴重な一票が投じられていくことを理想視しています。

2024年9月28日 自民党総裁選が終わり、立憲民主党の野田代表に願うこと

兵庫県議会の不信任決議を受け、斎藤元彦知事は失職する判断を下しました。さらに兵庫・斎藤知事  高校生の手紙で出馬決意にSNS厳しい声「悲劇のヒーロー気取りか」「地元の声を聞け!」』という報道のとおり出直し選挙に出馬することを表明しています。本当に信じられないような思考回路の持ち主だと思っています。

斎藤知事の問題が注目を集めたことで維新の会に対する批判も強まっています。泉房穂氏、斎藤元彦知事へ「知事になるべき方ではなかった、担いだ維新と自民党の責任重い」私見』『兵庫の斎藤知事だけじゃない! 維新の議員・首長に相次ぐ不祥事 “スパイ”、町有地占有、不同意性交…』というような報道を立て続けに目にしています。

兵庫県・斎藤知事の“パワハラ問題”根源は「維新の傲慢体質にある」現職市議が決意の告発  大阪府議会議長から受けた公認取り消し圧力、恫喝、外見非難』という記事の中では次のような警鐘が鳴らされています。

世間をにぎわせた斎藤知事のパワハラ疑惑は、彼の失職だけで幕を下ろすわけではない。この問題の根源たる大阪維新の会の体質を変えない限り、“第二の斎藤”が現われるかもしれないのだ――。

2024年11月9日 選挙結果が左右する政治の行方

やはり選挙期間中のため、マスメディアの取り上げ方が極端に減っていますが、兵庫県知事選は来週日曜11月17日に投票日を迎えます。『斎藤元彦前知事“猛追”に慌てた前尼崎市長陣営が手法“丸パクり”再選なら“補助金問題で辞任”の恐れも』『「斎藤元知事のまさかの当選は」兵庫県知事選の現状と見通しについて』という報道のとおり斎藤前知事が猛追しているようです。

斎藤氏は失職後、積極的に街に出て県民に語り掛け、その様子をXに投稿している。その姿だけを見れば、低姿勢で好感が持てる「青年政治家」だと感じる人も少なからずいることだろう。

紹介した記事の中では上記のような見方が伝えられています。公益通報者を自死に追い込んだ責任を負っている斎藤前知事が、もし兵庫県政に返り咲いた場合、どのような混乱が待ち構えているのでしょうか。兵庫県民の皆さんが一票を投じる際、ぜひ、幅広い情報をもとに判断願えれば幸いなことです。

2024年11月16日 選挙結果が左右する政治の行方 Part2

このようなスキャンダル、政治家や政党にとってネガティブな情報が選挙前に明らかになっていた場合、国民民主党の躍進にもブレーキがかかっていたかも知れません。一方で、ネガティブな情報を「捏造だった」「陰謀だった」という説で打ち消し、SNS等を駆使しながらポジティブな情報を上書きすることで選挙戦を有利に展開していくケースがあります。

「パワハラ、おねだりは捏造」説が後押しする斎藤元彦前知事の復活劇斎藤元彦氏猛追の兵庫県知事選はデマと憶測が飛び交う異常な選挙戦…「パワハラは捏造」の陰謀論が急拡散』という記事のとおり疑惑に対する“疑惑” が高まり、斎藤前知事のパワハラ、おねだりが実は捏造だったのではないかという話が駆け巡っています。

より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせません。政治の行方を左右していく選挙戦の場合、それこそ各候補者や政党のネガティブな情報も含め、しっかり把握した上で一票を投じていくべきだろうと思っています。

上記は前回記事の中に綴った私自身の問題意識です。兵庫県民ではありませんが、このような問題意識のもとネット上から幅広い情報を確認しています。NHK党の立花孝志候補の動画をはじめ、斎藤前知事を擁護する数多くの声にも積極的に触れようと心がけています。確かに事実関係が明確化されていない事例も少なくありません。

しかし、斎藤前知事のパワハラ的な言動も含め、すべて「捏造」と決め付けている論調には物凄い違和感を抱いています。事実関係が不明確な段階であれば、伝聞での情報が中心となり、自分自身に不利益を被る証言を正直に明かせる関係者のほうが少なくても仕方ないことだろうと思っています。

その上で明確な事実として、斎藤前知事は兵庫県議全員から不信任を下されています。県職員との信頼関係も失墜しています。『兵庫県知事選、市長会有志22人が異例の稲村氏支持表明 「誹謗中傷や誤解広がり懸念」緊急的な対応強調』という報道に接しましたが、市長会長の丹波篠山市長は「県政の混乱がこれ以上続くのは許されない」とし、蓬莱市長は「今回の選挙ではデマが飛び交っており、県民の誤解を招くことがあってはならない」と語っています。

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2024年11月16日 (土)

選挙結果が左右する政治の行方 Part2

実生活に過度な負担をかけないためのマイルールとして、このブログには週末の土曜か日曜のみに関わるようにしています。それでも平日の合間にも次回以降の記事に向けて手を入れていく時があります。特に気になった時事の話題に対しては、取り急ぎ下書き原稿にリンクをはっておくことが増えています。

週明けに『「全力出せよ」石破茂氏、首相選出でつづった決意表明は「微力を尽くして」でツッコミ殺到…居眠りは “風邪薬” と釈明もSNS大荒れ』という記事が目に留まりました。風邪薬を飲んでいたとしても重要な場面での居眠りはNGであり、「微力ながら」と述べたかったのかも知れませんが、苦笑せざるを得ない言葉の使い方だったと言えます。

さて、前回記事は「選挙結果が左右する政治の行方」でした。選挙結果が政治の行方に大きな影響を与えていくことは、民主主義の社会では当たり前な関係性だろうと思っています。切に願うのは民意の反映が、より望ましい政治の実現につながり、より良い暮らしに結び付いていくことです。

前回記事でも触れましたが、国民民主党が強く主張する「年収103万円の壁」の見直しも、その一つに結び付いていくことを願っています。ただ財源の問題に対し、国民民主党の古川元久税調会長は「その税目だけ見るのではなく、歳入歳出100兆円の中で与党が考えること。我々与党ではないので全体を考えている訳ではない。そこに口が出せる訳でもない。責任がある訳でもない」と語っています。

財源確保は「与党の責任」という言葉は、現状を表わした正直な指摘なのかも知れません。だとすれば、歳入歳出の全体を考えた上で責任持った「答え」が与党から示された際、国民民主党側は真摯に吟味していかなければなりません。178万円という数字に固執することなく、「年収の壁」という根本的な問題を改善する機会につながっていくことを願っています。

連合の活動に関わってきた一人ですので、国民民主党の玉木代表の駅頭演説を間近で見聞きしたことがあります。テレビ画面を通して見る印象よりもスマートで、颯爽とした姿だったことを思い出しています。やはり週明けに『不倫玉木雄一郎氏、高松市内のホテル宿泊費22,000円の領収書巡り経緯説明「妻が同席しています」』という記事に接しています。

これまで玉木代表が訴えてきた政治家に求める資質やモラルに対し、巨大なブーメランとしてご自身に突き刺さる非常に残念なスキャンダルです。政治資金をホテル宿泊費に充てていることも「自分の秘書と面談するのに、なぜ22,000円もするホテルを使わなければならないのか? 自身の事務所にて行なえば済む話ではないのか?」という声も上がっています。

このようなスキャンダル、政治家や政党にとってネガティブな情報が選挙前に明らかになっていた場合、国民民主党の躍進にもブレーキがかかっていたかも知れません。一方で、ネガティブな情報を「捏造だった」「陰謀だった」という説で打ち消し、SNS等を駆使しながらポジティブな情報を上書きすることで選挙戦を有利に展開していくケースがあります。

「パワハラ、おねだりは捏造」説が後押しする斎藤元彦前知事の復活劇斎藤元彦氏猛追の兵庫県知事選はデマと憶測が飛び交う異常な選挙戦…「パワハラは捏造」の陰謀論が急拡散』という記事のとおり疑惑に対する“疑惑” が高まり、斎藤前知事のパワハラ、おねだりが実は捏造だったのではないかという話が駆け巡っています。

より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせません。政治の行方を左右していく選挙戦の場合、それこそ各候補者や政党のネガティブな情報も含め、しっかり把握した上で一票を投じていくべきだろうと思っています。

上記は前回記事の中に綴った私自身の問題意識です。兵庫県民ではありませんが、このような問題意識のもとネット上から幅広い情報を確認しています。NHK党の立花孝志候補の動画をはじめ、斎藤前知事を擁護する数多くの声にも積極的に触れようと心がけています。確かに事実関係が明確化されていない事例も少なくありません。

しかし、斎藤前知事のパワハラ的な言動も含め、すべて「捏造」と決め付けている論調には物凄い違和感を抱いています。事実関係が不明確な段階であれば、伝聞での情報が中心となり、自分自身に不利益を被る証言を正直に明かせる関係者のほうが少なくても仕方ないことだろうと思っています。

その上で明確な事実として、斎藤前知事は兵庫県議全員から不信任を下されています。県職員との信頼関係も失墜しています。『兵庫県知事選、市長会有志22人が異例の稲村氏支持表明 「誹謗中傷や誤解広がり懸念」緊急的な対応強調』という報道に接しましたが、市長会長の丹波篠山市長は「県政の混乱がこれ以上続くのは許されない」とし、蓬莱市長は「今回の選挙ではデマが飛び交っており、県民の誤解を招くことがあってはならない」と語っています。

最後に、選挙結果が左右する政治の行方に願いを込めながら立憲  紙の保険証“廃止延期”法案を提出  政府は来月廃止の方針』という動きにも触れます。マイナカードの取得は任意のままでマイナ保険証は義務付けるというチグハグさ、一大臣の思い付きで重大な方針が転換されたような経緯を省みれば、ぜひ、立憲民主党の法案が通って欲しいものです。

もう手遅れという見方もありますが、有効期限が来るまで紙の保険証を持たれている方々も多いはずです。私自身もその一人です。少し前に『「健康保険証」廃止期限は12月2日  医療現場で「マイナ保険証」のトラブル相次ぐ中“一本化”は拙速か』という記事が目に留まっていました。

このブログで紹介するのが遅れたため、リンク先の元の記事は確認できなくなっています。CBCテレビ解説委員の大石邦彦さんが寄稿した内容の一部は下記のとおりです。私自身、自分の車にETC車載器を取り付けたのは今年の夏でした。そのような意味合いからも大石さんの記事内容には強く「納得」と「共感」を覚えています。

制度などが変わる時、必ず何らかのハレーションは起きることは歴史からも明らかだ。ただ、もしも制度や仕組みを変えた方が利便性が増すなどのメリットを感じれば、人は自ずとそれを選択していくはずだ。国は、期限を切って制度を変えるのでなく、マイナ保険証がいかに便利でメリットがあるかを国民に提示することに力を注ぐべきた。

今や9割以上の利用率を誇る高速道路のETCカード、スタートは2001年だった。しかし、20年以上経過してもETCレーン以外に一般レーンを設けている。そう、ETCカードへの移行も、未だに二刀流なのだ。ただ、ETCの利便性を感じた国民が利用率を徐々に押し上げてきた。

愛知県保険医協会の荻野理事長も「保険証も移行するには、ある程度の時間が必要だ」と力説している。もっと時間をかけて、丁寧に国民の理解を求めていくことが必要なのではないだろうか? その理解には、もちろん「納得」と「共感」が含まれるのは言うまでもない。

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2024年11月 9日 (土)

選挙結果が左右する政治の行方

金曜の夜、私どもの組合の定期大会が開かれました。再任用職員や会計年度任用職員の課題について出席した組合員から切実な訴えが示されています。これまで当ブログで取り上げてきた課題であり、機会があれば次回以降の記事で深掘りできればと考えています。

前回の記事は「衆院選が終えて、2024年秋」でしたが、今回「選挙結果が左右する政治の行方」というタイトルを付けて書き進めていきます。与党が過半数割れした衆院選の結果を受け、国民民主党の公約である年収「103万円の壁」の見直しが現実味を帯びてきました。

ここで最近、実際にあった話を紹介します。私の職務は徴税吏員で、先日「年収を103万円超えないようにしていたのに住民税は納めなくてはならないのですか?」という問い合わせの電話を受けました。「103万円の壁」が注目を集めていますが、こちらは所得税がかかるかどうかのラインです。

その電話をされた方の年収は102万円だったため、住民税は「100万円の壁」であることを説明させていただきました。他にも年収の壁は社会保険料がかかるかどうか、企業規模によって「106万円の壁」「130万円の壁」というものがあります。これらの壁についても政治の場で議論が加速しているようです。

最低賃金が引き上げられ、パートやアルバイトの方々の年末に向けた働き控えする時期が早まっています。103万円となった1995年と比べ、最低賃金は1.73倍に伸びたことを根拠として、国民民主党は壁を178万円まで引き上げるよう主張しています。働き控えが解消されれば年末に向けた人手不足の現状を改善していけることは確かです。

ただ国と地方の税収は7~8兆円ほど減る見通しです。国民民主党は減収によって消費意欲が高まり、税収は増えると説明していますが、楽観的過ぎるという指摘を受けています。恒久的な制度の見直しですので、安定した財源確保の議論が必須だろうと思っています。

いずれにしても国民民主党の議席4倍増という選挙結果が、今後の政治の行方を揺り動かしています。「手取りを増やす」というキャッチコピーが若者を中心に広く共感を呼び、国民民主党のSNSを駆使した選挙戦術が効果を発揮したと見られています。

東洋経済の記事『テレビが選挙報道をやめた結果「起きた大逆転」 玉木雄一郎氏は「YouTube」をどう使ったのか』の冒頭で「若者層は国民民主に託して政治を変えようとしている。その間を取り持ったのはYouTube。テレビでも新聞でもない。若者がYouTubeで政治を動かしたと言える。この十数年起こらなかった大変革が起きた」と書かれています。

SNSの活用は選挙費用を抑えられるというメリットもあり、国民民主党の玉木代表は「小さな政党になったので、なかなかテレビとか新聞とかで取り上げられることが減ってきますので、自分のメディアを持たなきゃいけない」ということで6年前からYouTubeを始めたと語っています。

「先見の明があるとかじゃなく、背に腹をかえられなくてやって…」と玉木代表は説明していますが、動画配信アプリなどを使ったSNS戦略が今回の衆院選で開花したことは間違いありません。実は東洋経済の記事の中で目に留まった箇所があります。メディアコンサルタントの境治さんが次のような問題意識を示しています。

安倍政権がクレームをつけて萎縮したのだ。2014年に当時の自民党副幹事長・萩生田光一氏の名で選挙報道の公平を求め、「出演者の発言回数や時間」も同じにする旨の要望を各キー局に書面で送った。こういう「量的公平」は公平性の一部でしかない、とかなんとか猛反論すべきなのに、なし崩し的に萎縮していった。

境さんはTBSテレビの報道特集の中でインタビューを受けています。その時の放映内容は『「メディアが選挙期間中にもっと報道すれば、投票率も違う」放送時間は20年で半減…選挙報道とテレビの役割を検証【報道特集】』という見出しの付けられたサイトで確認できます。選挙報道の淡泊さが投票率を下降させている一因であるという特集でした。

テレビの選挙報道は2010年代に入ってから「選挙公示日を迎えたらもう割とハッキリね。最初に党首が何を演説したかというのは伝えるけど、それぐらいですよね」と境さんは指摘し、「このままでは選挙報道はYouTubeにとってかわられる」と問題提起しています。

それはそれで仕方のない流れなのかも知れません。ただ懸念すべきこともあります。かなり前に「SNSが普及した結果…」という記事を投稿しています。インターネットの普及は幅広く詳しい情報を手軽に素早くコストをかけずに入手できるため、大多数の方が「異なる立場の人々の意見と接する機会が増えている」傾向にあるものと考えていました。

しかし、その考えは誤りで、SNSの普及が真逆の流れを生み出しているという内容を取り上げた記事でした。法政大学の総長だった田中優子さんの「SNSが普及した結果、人は自分と同じ意見や感性にしかアクセスしなくなった。異なる立場の人々の意見と接する機会がなくなり、人々は極端な意見をもつようになっている」という言葉などを紹介していました。

より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせません。政治の行方を左右していく選挙戦の場合、それこそ各候補者や政党のネガティブな情報も含め、しっかり把握した上で一票を投じていくべきだろうと思っています。そのためにも萎縮せず、マスメディアが多面的な情報を発信していく役割を担っていかなければならないはずです。

アメリカ大統領選ではトランプ前大統領の返り咲きという結果が示されています。ハリス副大統領の「対立や恐怖、分断のページをめくる時が来た」という訴えに共感し、このような政治の志向性が、あらゆる国々で広がっていくことを望んでいたため、個人的には残念な結果でした。この選挙結果はアメリカ国内にとどまらず、ウクライナやパレスチナでの戦争の行方も左右していくのかも知れません。

やはり選挙期間中のため、マスメディアの取り上げ方が極端に減っていますが、兵庫県知事選は来週日曜11月17日に投票日を迎えます。『斎藤元彦前知事“猛追”に慌てた前尼崎市長陣営が手法“丸パクり”再選なら“補助金問題で辞任”の恐れも』『「斎藤元知事のまさかの当選は」兵庫県知事選の現状と見通しについて』という報道のとおり斎藤前知事が猛追しているようです。

斎藤氏は失職後、積極的に街に出て県民に語り掛け、その様子をXに投稿している。その姿だけを見れば、低姿勢で好感が持てる「青年政治家」だと感じる人も少なからずいることだろう。

紹介した記事の中では上記のような見方が伝えられています。公益通報者を自死に追い込んだ責任を負っている斎藤前知事が、もし兵庫県政に返り咲いた場合、どのような混乱が待ち構えているのでしょうか。兵庫県民の皆さんが一票を投じる際、ぜひ、幅広い情報をもとに判断願えれば幸いなことです。

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2024年11月 2日 (土)

衆院選が終えて、2024年秋

前回の記事は「明日は衆院選投票日、正直な政治への転換を!」でした。週に1回、土曜か日曜に更新しているブログですので鮮度の落ちた内容を1週間掲げがちです。新規記事を投稿するタイミングも旬を外しがちとなります。日曜が投開票となる選挙戦を扱った場合、そのような傾向が免れません。

3年前の衆院選直後の記事は定期大会を終えて、2021年秋」だったため、「衆院選挙が終えて思うこと」というタイトルの記事は投開票日から2週間余り経ってから投稿しています。個人的なブログですので臨機応変な対応もできますが、長続きできる秘訣の一つとして自分自身で定めた投稿間隔でした。

さて、10月31日までクールビズ、あまり気候の変化がない中、翌日11月1日からウォームビズに切り替わっています。私自身も金曜日から久しぶりにネクタイを締めて出勤していました。ようやく季節も秋と呼べる涼しさになっています。ただ爽やかな秋の時期は短く、すぐ寒さが身にしみる冬を迎えてしまうのかも知れません。

11月27日に投開票された2024年秋の衆院選の結果は、クールビズからウォームビズに切り替わったような変化につながるのかどうか不透明です。自民党191、公明党24、両党で215議席にとどまり、過半数の233議席を下回りました。自民・公明の与党が過半数を割り込むのは民主党政権が誕生した15年前の2009年以来となります。

一方で、立憲民主党は選挙前の98から50議席伸ばし、国民民主党は選挙前の4倍、れいわ新選組は3倍の議席を確保しています。野党の中でも明暗は分かれ、日本維新の会は6議席、共産党は2議席減らしていました。総理大臣を指名する11月11日の特別国会に向け、自民党は政権維持のための多数派工作を進めています。

選挙期間中、裏金議員との向き合い方に批判が集まり、自民党は議席を減らしています。批判を受けた後の釈明や迷走ぶりがお粗末でしたが、さっそく多数派工作の一つとして裏金議員を会派に取り込みながら、またしてもFLASHが伝える次の記事のような腰の定まらない迷走ぶりを発揮しています。

「姑息な世論対策」「“裏”所属議員」石破首相「萩生田・平沢を『自民党議員』扱いするな」の不可解指示に非難轟々…会派入り要請も国民大反発に迷走』という見出しを付けられた記事ですが、党内で定めたルールをねじ曲げた異例な対応をはかっていました。自民党が真っ先に掲げた公約の「ルールを守る」に反し、厳しい選挙結果を真摯に受けとめているのかどうか疑問視しなければならない対応ぶりです。

石破氏は2007年の参院選で自民が惨敗した際、安倍首相に退陣を迫った。09年の衆院選前にも、支持率が低迷していた麻生首相に退陣を促した。ケジメをつけることが大切だ、と主張していたのに、自らが首相の座に就くと責任論に目を背け、居座っているようでは、信頼を得られるはずがない。「ルールを守る」という衆院選で掲げたスローガンは、一体何だったのか。

上記は土曜朝に目にした読売新聞の社説に書かれていた一文です。このような見られ方が、ますます高まっていくのであれば石破総理の前途は多難だろうと思っています。それでもキャスティングボードを握っている国民民主党の動きを見ると、石破総理続投の可能性は高い見通しです。

国民民主党が強く訴えている年収「103万円の壁」の見直しについて、どこまで自民党が歩み寄れるのかどうか分かりませんが、このブログでも機会があれば「103万円の壁」問題を深掘りできればと考えています。今回の記事は衆院選が終えて、今後、どのような政治の枠組みになるのかも分かりませんが、改めて個人的に思うことを書き進めてみます。

衆院解散、より望ましい政治への転換を!」の中で、マイナ保険証の問題について触れていました。各論の一つとしての選択肢ですが、立憲民主党の立ち位置や軸足につながる総論的な話でもあると記していました。マイナカードの取得は任意のままでマイナ保険証は義務付けるという矛盾した不誠実な問題があり、国民の声に率直に向き合える政権なのかどうか試金石の一つだと思っています。

東京新聞の記事『自民惨敗でマイナ保険証一本化どうなる? 紙の保険証廃止まで1カ月 衆院選の結果に各党の考えは…』で、アンケート調査の結果、7割の人がマイナ保険証に関する各党の公約を考慮して投票したと答えていました。マイナ保険証の公約を考慮して投票した人の多くは、現行の保険証廃止に否定的だったことを伝えています。

石破総理は総裁選の時点では、マイナ保険証への一本化について「納得しない人がいれば、併用も選択肢として当然」と発言していました。しかし、この問題でも総理就任後に変節し、既定方針通り12月廃止のままとなっています。国民民主党も12月廃止を支持しているため、大きな方針転換を期待できない選挙結果になりつつあるのかも知れません。

確かにマイナ保険証に一本化できれば、効果的な医療提供やコスト削減につながるというメリットがあるのだろうと思っています。とは言え、現時点での国民からの不安や見込まれる混乱の大きさを考慮した場合、一度立ち止まるべき局面であるように考えています。

マイナ免許証が来年3月から始まりますが、こちらは従来の免許証も利用できる制度設計です。マイナ保険証も、もう少し普及に向けて時間をかけ、より慎重な判断を働かせていくべきだったはずです。東京新聞の『マイナ保険証ごり押ししてきた河野太郎氏が大臣退任 「軌道に乗せられた」 12月廃止には…』という記事の中で、信じられないような事実関係が伝えられています。

マイナンバーカードの普及に力を注いだ河野氏は2022年10月、「24年度秋に現行の保険証の廃止を目指す」と表明。現行保険証の選択の余地も残すとしていた政府の閣議決定を覆し、「完全廃止」へと転換させた。だが、東京新聞の情報公開請求や関係者への取材で、保険証廃止に至る決定経緯が分かる記録は公文書として残していないことが判明した。

前回の9月27日の会見で河野氏は、保険証廃止の方針について「大臣間で適宜、意見交換はしていた」と説明。一方で、大臣間の協議の事実を裏付ける記録は「ありません」と断言した。説明責任を問われても、「これからもさまざまな広報手段を用いて国民に対して丁寧で分かりやすい説明に努めていきたい」と述べるにとどまり、経緯の詳細は明かさなかった。

もちろん発案した河野前大臣だけを責めるべき話ではなく、内閣全体の責任に帰する問題だと言えます。それでも河野太郎氏がご乱心? 応援演説で聴衆に敵意ムキ出し「独裁政権」「工作員」のナゾ発言も』という記事などに目を通していくと、政治家としての河野前大臣の資質も厳しく問わなければならないように思っています。

別の候補の応援演説の際にはこんな事も言っていた。「おそらく、ここに集まっている人の中にも独裁政権の工作員と思われる人が紛れております。様々な形でお金をもらっているのかもしれない。様々な形で独裁政権から便宜を図ってもらっているかもしれない」

選挙の街頭演説を聞く人の中に独裁政権の工作員が紛れ込む? 独裁政権から便宜を図ってもらっている人がいる? おそらく、この演説を聞いた人は河野氏が言う独裁政権とは何を指すのか、工作員とは何かサッパリ分からないだろう。そもそも今は“ただの人”とはいえ、閣僚経験のある政治家だ。公衆の面前で発する言葉としては不用意ではないか。

上記は衆院選の最中に発せられていた河野前大臣の言葉を伝える日刊ゲンダイの記事からの抜粋です。妄想のような思い込みによる決め付けた言い方は、それこそ誹謗中傷の類いになりかねません。もう一つ重要な資質の問題を指摘しなければなりません。7月に投稿した「総理をめざす政治家に望むこと」という記事の中で次のような私自身の問題意識を示していました。

総理をめざす政治家に対し、「あらゆる人を “敵” と “味方” に分断する政治」とは真逆な政治的な姿勢や立場性を望んでいます。寛容さであり、包摂さです。自分自身の「答え」の正しさに自信を持っていたとしても、異なる考え方や立場も認め合いながら、最適な「答え」を見出す努力を尽くして欲しいものと願っています。

意見が激しく対立しても、敵視し合うことなく、対話を重ねることで合意形成をはかる政治が重要です。総論から各論まで共通する理念として、外交の場面や改憲議論を通しても意識していくべき心得だろうと思っています。どなたが総理になったとしても、このような心得のもとに寛容な政治を切望しています。

石破総理が続投した場合も、仮に別な人が新たに就任したとしても、寛容さを重視した政治が実現していくことを願っています。アメリカ大統領選でハリス副大統領は「対立や恐怖、分断のページをめくる時が来た」と訴えています。このような政治の志向性が、あらゆる国々で広がっていくことを切に望んでいます。

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2024年10月26日 (土)

明日は衆院選投票日、正直な政治への転換を!

明日日曜は衆議院議員選挙の投票日です。自民党総裁選で石破候補が勝利したことで、まさか10月中に投開票日を迎えるとは考えていませんでした。個人的な予定にも影響を及ぼし、せめて11月以降にして欲しかったという思いを強めていました。各自治体の選挙管理委員会事務局の皆さんの思いも同様だったのではないでしょうか。

私自身、何年も前から期日前投票で一票を投じています。今回もそのつもりでしたが、選挙公報が投開票日2日前の金曜朝になっても届いていませんでした。市役所のホームページを確認すると「選挙公報は、10月25日(金曜日)までに全戸配布する予定です」と記されていました。結局、じっくり選挙公報を自宅で確認できないまま金曜日に投票しています。

予想外の選挙日程に影響を受けたのかも知れませんが、期日前投票を予定している方々のことを考慮し、もう少し早い配布期限にして欲しかったものと思っています。投票入場整理券は公示日に届いていましたが、全国的には『投票入場券、全国で到着遅れ 「準備期間が短い」と選管』という混乱も生じているようです。

このような遅れは衆院選の期日前投票、20日までに467万人  前回比17%減』という期日前の投票率の伸び悩みにもつながっているはずです。前回記事は「衆院選に絡む個人的な思い」で、前々回記事は「衆院解散、より望ましい政治への転換を!」でした。記事タイトルに「!」を付けることは滅多にないのですが、今回も「!」を付けています。

自民党の公約6本柱の1本目が「ルールを守る」です。繰り返し指摘してきましたが、ルールを守ることは当たり前であり、そのような言葉を公約の1本目に掲げなければならない自民党の現状が極めて憂慮すべき事態です。金銭に絡むルールを守らなかった自治体職員は場合によって懲戒免職になります。民間企業でも厳罰は免れないはずです。

ルールを守れなかった自民党の裏金議員の大半が職を辞していません。衆院選に向け、当初、自民党執行部は裏金議員も「原則公認」する方針でした。しかしながら激しい批判にさらされ、一度決めた方針を変更しています。それにも関わらず、非公認とした候補が代表を務める政党支部にも公認候補と同額の政党助成金2000万円を支給しています。

「しんぶん赤旗」のスクープで、選挙期間中という微妙なタイミングでしたが、この問題は他のマスメディアも後追い報道しています。明石市長だった泉房穂さんが「もっと大々的に報道されてもいいはずだが」と指摘していました。結局、少し出遅れながらも政権与党に忖度しがちなNHKまで『“自民 非公認の候補者が代表の政党支部に2000万円支給”報道』と後追いせざるを得ない問題となっていました。

「偽装非公認」「なぜ税金2000万円が裏金議員に」自民党が非公認候補へ2000万円支給し国民怒り心頭、森山幹事長は「候補ではなく支部」言い訳の破廉恥』という記事では、あくまでも政党支部への支給であるという自民党側の認識を伝えています。さらに石破総理は遊説先で「報道に憤りを覚える」と語気を強めています。

「政党支部に出しているのであって、非公認候補に出しているのではない。報道、偏った見方に負ける訳にはいかない」と強弁し、活動費は「自民党の公約、政策を分かってもらいたいとの思いで支部に出している。選挙に使うこともまったくない」と断言しています。しかし、選挙期間中の党勢拡大のための活動は選挙そのものだと言わざるを得ません。

そもそも2000万円は衆院選公示後に支給されています。公認料500万円という内訳がありながら非公認候補の支部も一律2000万円だったことの明解な説明を耳にしていません。非公認候補の一人は「選挙中には使うなという指示があり、投開票の27日までは一銭たりとも使わない」と話しています。

とは言え、お金に色が付いている訳でもなく、選挙後に根拠ある収入と詳細な支出の内容について透明性を重視した報告がされない限り、額面通りに受けとめづらくなります。裏金事件も、政党支部への2000万円の支給問題も、その行為自体が批判の対象となります。しかし、それ以上に問題が発覚した後の自民党議員の言い分に驚かされることが多くなっています。

「見苦しい言い訳」「管理上おかしい」萩生田光一氏  自民党“裏公認2000万円”に「気づかなかった」「有難迷惑」怒り投稿も国民激高』という記事が伝えていますが、「気づかなかった」という言い分には唖然とします。このような大金の振込を把握できない金銭管理のお粗末さを語っているようなものです。

本当は把握していながら「気づかなかった」と語っているのであれば堂々と嘘をついていることになります。裏金事件を通して、たびたび耳にした「私は知らなかった」という言い分に似通った疑念を強めざるを得ません。いずれにしても今回の記事タイトルに掲げたとおり衆院選の結果が正直な政治への転換をはかる機会になって欲しいものと切に願っています。

3年前も投票日前日に「明日は衆院選、雑談放談」という記事を投稿していました。その中で「政権与党を評価する際にプラスの情報も、マイナスの情報もオープンにされなければなりません」と記していました。そのような意味で「しんぶん赤旗」のスクープは有権者の判断材料を広げるための貴重な情報だったと言えます。

最後に、もう一つ目に留まった報道を紹介します。民主党政権を首相"悪夢"表現』という時事通信が配信した下記の記事ですが、石破総理を多面的に評価するための判断材料の一つとなります。総理大臣になる前に訴えてきた持論を忘れてしまっているのかどうか分かりませんが、ますます納得と共感から遠ざかりがちな言動のように受けとめています。

石破茂首相は22日、愛知県豊田市での演説で、旧民主党政権を「悪夢」と表現した。「悪夢のような民主党政権と言うが、あのころのことを覚えている人はずいぶん減った」と指摘し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設や東日本大震災に関する当時の対応を批判した。

民主党政権を巡っては安倍晋三元首相がかつて「悪夢のような」とたびたび言及していた。石破首相は2019年2月、安倍氏の当時の発言について「過去に終わった政権のことを引き合いに出して『自分たちが正しいんだ』というやり方は危ない。国民が求めているのは民主党に対する批判ではない」と語っていた。【時事通信社2024年10月22日

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