猫撫ディストーション 結衣ルート

2人目の攻略ヒロインは、実姉・七枷結衣。
精神的や観念的なものではない、物理的に証明可能な「永遠」を手に入れることになる稀有なヒロインである。

あらすじ


「マクスウェルの悪魔」になり、三年前から「飛ん」で来た七枷結衣


三年前、琴子が死んでしまった日、タツキは世界を憎んだ。
終わりなんてなければいいのに。ずっとあのままでよかったのに。なにも変わらなければいいのに。

「じゃあ、そういうところへ行こうか?」


結衣は弟のその願いを叶えようとして、しかし失敗した。
雪の日に一晩中弟を連れ回した結衣は、大人たちにひどく叱られ、家族の関係に大きくヒビが入ってしまう。
そうして、タツキと同じく、結衣もまた世界を観ることをやめた。

そして三年後の現在、琴子が帰ってくるのと同時に、結衣もまた帰ってくる。
悪魔の力を手に入れた彼女は、今度こそタツキの願いを叶えるために現れたのだ。


「世界に……満足した?」


重なり合った世界の一つの可能性として、結衣は「黄昏の世界」を見せる。
そこはタツキしかいない、因果的に閉ざされた世界。タツキが観測し続ける限り、その世界はたしかに「永遠」だった。

「寂しくてもいいんだな?」
「姉さんが……ずっと観ててくれるなら」


しかし、それは不完全な永遠のかたち。
だからタツキは悪魔と契約を結ぶ。観測者である自分の想いをも永遠にするために。
そうして、この世界はオレンジ色の宝石として「確定」されるのだった。

「時よ止まれ、お前は美しい」
ゲーテ「ファウスト」第一部より


タツキが望んだ永遠と、結衣が望んだ永遠


俺が欲しいのは、形があるものじゃない。
かと言って、愛情とか優しさとか、そういうテンプレート的なものでもない。
俺はただ、あの頃の……あの感じが欲しいんだ。
たぶん、誰もが一つや二つは持ってる、『帰りたい時間』――。
それを思い出した時、胸に広がって行くあの感じだ。


オレンジ色の宝石は、タツキだけの永遠。
結衣がその可能性を見せたのは、それがタツキの本当に望んでいた永遠の形ではないことを知っているからであり、それが結衣の本当に望んでいた永遠の形ではなかったから。

しかし、結衣は結衣であって、もはや結衣ではない。彼女が永遠を手に入れるためには、結衣の身体を持ち、結衣の記憶を持つ、結衣ではない存在になるしかなかった。
だから彼女は自分からは言い出せなかった。
それでも、タツキは結衣に「結衣」を観て、結衣を求めた。
そうして、なにも変わらないところに連れて行ってくれる雪の中で結ばれた二人は、互いが互いを観測し、二人で完結する永遠を望むのだった。

「一緒に永遠になろうな? 琴子のように消えてしまう前に」


シナリオ考察


時間が経過すれば、エントロピーは増大する


ここでいうエントロピーとは、「乱雑さ具合」のこと。
タツキに「エントロピーってなに?」と聞かれた結衣は、段ボール箱の中身をブチ撒けて「これがエントロピーの増大した状態だ」と言う。
「タツキの部屋」という空間で、段ボールの中に秩序立って整理されていたものが乱雑に散らばることが、エントロピーの増大である。
タツキが部屋を片付けることで、タツキの部屋は秩序を取り戻す=エントロピーが減少する。
(タツキは家事をすることでエネルギーを使うので、世界全体でのエントロピーは増大している)

ここでは「寒い日にエアコンで温めた密室」を想像してほしい。
最初は部屋の上の方だけが温められ、下の方は冷たいままだ。これはエントロピーが少ない状態である。
しかし、時間が経過することで、だんだん部屋の温度は均一になっていく。
エネルギーには、温度差があれば高い方から低い方へ、差がなくなるように移動する性質があるからである。
これを「エントロピー増大の法則」と言う。


エントロピーが増大するにつれ、時間が経過している


この部屋をサーモグラフィーで撮影して温度の変化を観測すると、たとえ写真にタイムスタンプがなかったとしても、温度差が大きいほうが「過去」、差が小さい方が「未来」であることがわかる。
エントロピー増大の法則には可逆性がないからである。
これは「世界には無秩序になろうとする力が働いている」ことを示すと同時に、「時間」という概念が不可逆であることも意味している。

「どれだけ止まれと願っても、世界は変わってゆく。美しいものも、醜いものも、やがて全てが壊れ、無意味なものになってゆく。
 なぜなら、時間の矢は、壊れる方向だけを指してるから……」


エントロピーを減少させる「マクスウェルの悪魔」


エントロピーが増大した部屋の中では、振動量の大きい(温かい)分子と振動量の小さい(冷たい)分子が混ざり合って、一定の温度を保っている。
この部屋を、扉のついた仕切りで二つに分け、扉は任意に開け閉めができるようにする。
もし、部屋の中でそれぞれの分子の振動量(温度)を観測することができて、「温かい分子が右から左に行こうとする時」「冷たい分子が左から右に行こうとする時」にのみ扉を開いたら、仕切りの左右で温度差を作り出すことができることになる。
分子を観測して扉を開閉しただけで、気体にはなんのエネルギーも与えていないにも関わらず、部屋全体のエントロピーを減少させられる存在――それが「マクスウェルの悪魔」である。


エントロピーが減少するにつれ、時間は停滞する


エントロピー増大の法則が示しているように、世界には時間の経過と共に無秩序になろうとする力が働いている。
それはモノには劣化や散逸という形で現れ、生物には老化という形で現れる。

しかし、たとえば式子と電卓は、自らが溜め込んだ老いというエントロピーを減少させることで「若返った」ように見える。
これは二人が20数年という時間を「逆上った」と言えるだろう。
老いがなく、モノも壊れない、エントロピーがゼロの世界では、時間もまた停止するのである。


史実における悪魔の滅亡


19世紀後半に現れたこの悪魔だが、この存在が否定できなければ、熱力学上では「エントロピー増大の法則」に反する永久機関が可能であることになり、また(式子や電卓のように)時間の流れに逆らうことが可能であることにもなってしまう。
現実にはありえないこのパラドックスを、物理学は、21世紀を待って、ようやく「情報」という観点から打ち破ることになる。

この悪魔は、エネルギーを必要としない「観測」という行為のみでエントロピーを減少させることができると思われていた。
しかし、観測した情報は蓄積していく。いま観測した分子が温かいのか冷たいのかを判断するには、以前の情報と比較する必要があるからである。
そして、新しい情報を記録するためには、古い情報を消去する必要があるはずだ、という着想が得られる。
この観点から悪魔討伐に乗り出した結果、情報力学は、「観測」にはエネルギーを使わなくとも「消去」にはエネルギーが必要であることを証明し、「マクスウェルの悪魔」は滅ぼされることになるのだった。


エントロピーが減少し、「意味」だけが残り続ける世界


私たちの世界で悪魔が滅ぼされたのは、外部からのエネルギーによって情報が消去されたからだ。
しかし、この歪んだ世界は完全に外部から隔離されていて、情報を消去するエネルギーは得られない。
極限までエントロピーが減少し、時が止まってしまった世界でも、悪魔の観測する情報だけは増え続けていくのだ。

「世界が因果的に閉ざされていたら、エントロピーは情報という形で増大するんだ。
 やがてこの世界のエネルギーは全てが情報に変換され、時間の矢が失われた後も『意味』だけが残り続けるだろう。
 『永遠の世界』だよ、お前が望んでいたものだ」


歪んだ世界はゆっくりと熱量を失い、代わりに純粋さを取り戻していく。
それは例えば、雪が完全な結晶になったり、想いが宝石に変わったりするように。
タツキの時間はもう流れることはない。流れるべき時間はすべて情報に変換され、悪魔自身の「記憶」となるのだ。
それが、彼らの手に入れた永遠。願った家族のカタチだった。

シナリオレビュー


永遠の命、永遠の愛、永遠の喜び。
誰もが一度はそういったものに憧れた経験はあるだろう。だからいつも物語のテーマに選ばれてきた。
しかし、そんな物語の結末として、比喩としての永遠や、出ることのできない精神世界、想いの中で生きる――などといった小手先ではない、物理的に証明され得る「本物の永遠」を手に入れたヒロインは、(私の知る限りでは)結衣が初めてかもしれない。

そういった設定上のギミックの面での完成度はものすごく高い。
マクスウェルの悪魔をよく知らなかったから色々調べてみたのだけれど、調べれば調べるほどシナリオとリンクしているのがわかって、まるで謎解きみたいなカタルシスを得られるシナリオだった。

たしかに、それが本当に時を止めてしまいたいほどに美しい世界だったら、その瞬間を永遠にしたいと思う気持ちもわからないでもない。
いつかは飽きてしまうかも――などという心の変化すら起こらないのが、悪魔のもたらす永遠なのだから。

しかし、永遠を手に入れるためには、大晦日の夜にお外で全裸エッチしないといけないとなると、少し考えもの。
Hシーンは、寒そうすぎてもはやそれどころではない1H4CG。

姉属性のまったくない私だけれど、「傷ついた弟を慰めたくて悪魔になるお姉ちゃん」な結衣には、さすがにバブみを感じざるを得ない。
(妹もそうだけど)長い時間を一緒に積み重ねてきたからこその絆、っていうのは確実に存在していて、それは転校生や空から降ってきたヒロインには出せないもの。
(私にとっての「家族」は、つまりはそういうものだ)
特に結衣の場合、主人公視点では「グレちゃった姉」か「マイペースな姉」しか見えていなかった。なのに、それがすべて主人公を思いやった結果だった――というあたり、もはやギャップ萌えと言ってもいいのでは?
この味は、妹にはなかなか出せるものではない。そのあたりもポイント高し。

ただ、タツキと「こっちの結衣」のエピソードが、3年前の雪の日以外なかったのは、少し物足りない。
昔は仲の良かった姉弟――みたいな回想があれば、結衣のお姉ちゃんポイントがもっと稼げたと思うんですけども!
関連記事

コメント

非公開コメント