某一部上場企業のIR部門に所属し、育児休暇を取得中(ということになっている)の斗比主閲子です。
日々の子育ての最中、部下の育成についてふと思うところがありました。
部下を育てる面倒さ
仕事で部下を持ち最初に思ったのは、「なんでわざわざこの人を育てないといけないんだ」というものでした。
会社は、業務に精通した人間には管理者の役割を期待するものですが、管理者、つまり上司になる本人は、これまでやり慣れていた業務に違う形で携わることになります。
部下が最初から自分と同じ程度に業務をできればこんなに楽なことはありませんが、大体そう上手くはいきません。
キャリアステップとしてはこれは必要なものだと分かっていても、部下を育てることが面倒だと思う気持ちはなかなか捨て切れませんでした。
子供は親を選べないし、部下も上司を選べない
そんな面倒な部下育ても、子育て経験を持つとまた見え方が変わってきました。
まず、一番大きいのは、部下も自ら選んで私の下にいるわけでは必ずしもないことに意識が及んだことです。
成年養子となれば話は別として、普通は子供は親を選べません。生まれることさえも選べない。それと同じで大抵は部下も上司を選べません。嫌だと言っても、なかなかそう簡単に変えてはもらえない。
こう言っては何ですが、部下はかなり不憫な状態です。そう思えば、親のつもりとは言えずとも、せめて、自分の下にいる限りは、楽しく仕事をしてもらいたいし、私が上司で良かったと思ってもらえたらいいなという気持ちが湧きました。
「分かるよね?」は教える側に都合の良い言葉
人を育てている時についついやってしまうのが、「分かるよね?」と分かったことにして進めてしまうこと。
「分かるよね?」というのは、教える方が理解させたことにして楽をするために言ってしまう言葉です。これに対して、「分からない」と言える部下がいたとしたら度胸があります。また、度胸はあっても、上司の期待に応えるために空気を読んで「分かります」と言ってしまう部下もいる。
子供は分からないことのほうが多いですが、同じように「親が求める答え」を出そうとすることもあります。子育てで「親が求める答えを出そうとする」シーンに出会うと悲しい気持ちになります。「相手の反応を見て対応をするプロセス」は社会で生きる上で必要であっても、親である私の顔を見て答えを出そうとすることは、私がそれを期待して接していたことの裏返しとも言えるからです。
部下に何かを教える時に、最初は分からないのは当然。「分かるよね?」で無理に自分のペースに持ち込むのではなく、繰り返しを恐れず本当に理解させるまで付き合うことは、子育てを経て学んだことだと思います。
その期待は自分の「エゴ」ではないか?
教えるときにやってしまいがちなことのもう1つが、怒ること。
怒るというのは複雑な心理状態で、表面的には対称となるものを攻撃しているようで、実際はその下に「こうあってほしいのにそうはならなかったこと」に対する悲しみがあるものです。(だから、怒っている人には優しくしてあげるのがいいんですが、なかなかそうはできませんよね。これは別の話)
部下育てでも、こうあってほしい=自分の期待に応えて欲しいという欲求があり、その自分の期待を満たさないとついつい怒りたくなる。
子育てはもっと顕著で、大人と同じようにご飯を食べて、お風呂に入って、勉強して、寝て欲しい。そういう期待を持ちます。できれば、社会的に優れた功績を上げて欲しいと思うこともある。上手く生きて欲しい。親の持つ期待が大きければ大きいほど、子供が上手くできなかった時の自分の悲しみも大きくなります。結果、怒りも大きくなる。
愛のムチと言えば聞こえはいいですが、怒られることに対して寛容な人はそう多くはいません。特に、子供だったり、部下だったり、一見して上下関係があると、下にいる人間は上にいる人間の期待は見えずに、攻撃されているということだけに意識が向かい萎縮をしてしまう。
期待の高さを伝える方法は怒る以外にもあるし、怒られない方が大体は効率よく物事を吸収できるものです。そして自分の期待が本当に子供や部下が望むものと同じであるとも限らない。
などなど、自分の期待がエゴではないのかは子育てでは本当に思い悩むところです。部下育ても、怒りそうになる時に、自分の期待の方に間違いがあるかもしれないと考える習慣を作るように心がけています。
締め
こう書けば簡単に見える話でも、部下や子供を育てている時に整理して考えられるわけではありません。育てる時間も有限で、限られた資源でできることをするしかないこともある。
そして、そうやって一通り育てた部下が配置転換や転職等で自分の手から離れていくことにはまだまだ慣れないので、子供が独り立ちするのはもっと辛いことなんでしょうね。それを考えてもしょうがないので、今は子育てにしても部下育てにしても、プロセスを楽しむようにしています。
著者:斗比主閲子(id:topisyu)
「年齢は35-40歳。旧帝大卒業後、一部上場企業に勤務。外資系企業含め複数回転職を経験し、現在は某企業のIR部門に所属。2.5世帯住宅に住み、X人の子を育てながら日々姑と対決中……」ということになっています。
ブログ 斗比主閲子の姑日記