ある星がいま時速420万キロという超高速度で天の川銀河を脱出しようとしている。3月5日、科学誌「サイエンス」に発表された最新の研究成果によると、これまで見つかった星の中では最高の移動速度だという。
超高速度星はこれまでにも発見されているが、その多くは天の川銀河の中心にあるブラックホールの巨大な重力に弾かれるように、銀河の外に向かって投げ飛ばされたとされる。一方、今回観測対象となった星「US 708」はそうではないようだ。高速軌道に乗ったきっかけは、星の爆発の一種である「Ia(いちエー)型超新星」だという。単に「超新星爆発」とも呼ばれ、強さ、明るさともに宇宙で最大級のエネルギーのさく裂だ。Ia型超新星爆発が起こる理由はまだはっきりしないが、超高速で疾走中のUS 708が重要なヒントを与えてくれるかもしれない。
異例の軌道
超新星が宇宙のはるか遠くからでも観測できるほど激しい爆発になるのはなぜか、多くの天文学者が解明を目指している。専門家の間では、この現象を白色矮星の爆発とみる考えが有力だ。年老いた星が膨張して赤色巨星になり(太陽も約50億年後にはそうなると予想される)、外層を失うと白色矮星が残る。
この白色矮星に、対をなす伴星からの物質が大量に降り注ぎ、その量が限界に達すると熱核爆発を起こすというのが1つの仮説だ。また、2つの白色矮星が衝突してIa型超新星爆発が起こるとも言われる。そして2013年には、ある発見により第3の可能性が示された。ヘリウムを大量に有する高温準矮星のすぐ近くを公転する白色矮星が見つかったのだ。白色矮星にヘリウムが降り注げば、熱核爆発は容易に起こり得る。
ヨーロッパ南天天文台(ESO)のステファン・ガイアー氏らのチームはそのような星をとらえようと、高性能を誇るハワイのケック天文台を利用。高速で移動する高温準矮星US 708に照準を合わせた。その結果、移動速度が驚くほど速いことが判明。さらに軌道を計算すると、天の川銀河の中心にあるブラックホールから飛ばされてきた場合とは明らかに違う方向から来ていることが明らかになった。つまり、US 708はIa型超新星によって飛ばされた可能性が大きい。ガイアー氏はさらなる証拠として、「US 708は非常に速く自転していることから、かつてもう1つの星と対になり、近い距離で連星として軌道運動していたことを示しています」と指摘する。
ダークエネルギーの解明につながるか
Ia型超新星は非常に明るいため、天文学では遠くの銀河までの距離を測ったり、それらの銀河が地球から遠ざかる速度を算出したりするのに使われている。1990年代末、この速度が変化していることが判明して専門家らは衝撃を受けた。宇宙の膨張速度は数10億年前よりいまのほうが速くなっており、「反重力」効果を持つ未解明の力「ダークエネルギー」の存在を示していたのだ。
ダークエネルギーの正体を突き止めるには、宇宙の膨張がどう変化しているのか正確に知る必要がある。Ia型超新星について、正確な発生原因やそれにより放出されるエネルギーの大きさを含めた完全な解明ができれば、研究に大きく貢献するだろう。
今回得られた結果を元に、ガイアー氏ら研究者は天体望遠鏡での観測を再開している。これ以外の超高速度星や、今後爆発するかもしれない連星を探すのが目的だ。十分な例が見つかれば、激しい爆発が起こるプロセスを詳しく知る手掛かりになるかもしれない。
そうなれば、天体物理学の最も厄介な問題の1つが、超高速の星の貢献により解き明かされることになるだろう。