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2011.02.05

2/5 発掘した「市場重視の保育改革の経済分析」という良論文

先日、保育をめぐる多くの経済学者の議論が雑で、という話をしている中で、どんな論文がいいのか、と聞かれて思い出したものがあった。

日本総研調査部金融・財政研究センター新美一正主席研究員(当時)が執筆された、『「市場重視の保育改革」の経済分析』という論文は、日本総研「Japan Reserch Review」2002年4月号に所収されている。

論者は、市場原理による改革のバラ色未来vs質を守るための今の制度の継続、という保育業界の対立に中立的な立場で分析し
・女性の就業が社会にもたらす貢献は公的コストを上回っていて、保育コストを公的に負担することは社会的意義がある。
・育児サービスを市場に任せているアメリカは、低いサービスかつ高コストで市場の失敗に陥っている。
・規制緩和策は新規参入を促進する効果はほとんどなく、行政サイドの負担軽減のみ。
・保育の市場参入は、運営主体の問題ではなく、立ち上げ費用の公的負担と、公費の自由な処分が課題。
・従来型の公的分野と高いニーズの保育サービスを分け、公的責任と市場原理とを分離すべき。
・公立保育所については運営を活性化し、遅れている利用者ニーズ対応体制を整備することが喫緊の課題。
・高いニーズの保育サービスを民間に担わせ市場間競争をさせるべきである。
・基礎的な保育ニーズについては公立または非営利セクターが、より地域に密着した運営を徹底させ、対象も保育に欠けるから広げていくべき。そのためには保育現場への思い切った予算・権限の委譲と地域住民の保育所運営参加が不可欠
と書いている。2002年に提言まとめられたものだが、今でも同じ論点で議論が成立する。しかしこうしたまともな議論は、勢いだけの改革派政治家と、経済理論の形式的あてはめしかしないエコノミストたちによって無視され、混乱したまま今日に至っている。

新美氏について経歴を調べると保育の専門家でもないが、現実的に起きている現象をきちんとふまえて、説得力もあり、「保育の質守れ」の側がエコノミストや政治との対決のなかで、その自らの責任を逃避している現実的な改革課題(現場裁量権や地域密着型の運営)についても踏み込んでいるのが良い。

●補助金の使途制限についての是非について若干の考え方の違いはあるが、おおむね私の考えていることと同じである。
公立保育所について現場に予算と権限の委譲、というのは全く同感である。現場には保育内容以外の権限がなく、サービスの内容や運営に関する決定は多くは保育の専門性が問われない異動だらけの本庁の職員が行い、現場は保護者とのコミュニケーションと、子どもへの処遇にだけ権限を限られているからである。必要なことへの対応が、問題の現場で解決できず、たらい回しや生返事、時代遅れの保育理論や過度な親責任を持ち出してのサボタージュなどで問題をやり過ごしている。
保育の地方分権はそんな文脈で推進されているが、いくら推進しても、本庁と現場の関係、現場サービスやそこに携わる公務員のマネジメントのあり方を考え直さないと、変わらないだろう。今度の公務員制度改革で、これまで公務員の労使関係では賃金・労働条件だけに限定されていた交渉を、行政サービスの向上につながるという前提のもとにそれ以外の課題も労使協議に道が開かれる可能性がある。労働組合が媒介になって少し風穴をあけることができるかも知れない。

●この話をしているときに、どうして最近経済学者は保育とか介護に首つっこんでとんちんかんな福祉経営論でも経済学でも経営学にもならないような公に対するルサンチマンばかりの議論を展開するのですか、と聞かれて、製造業のような産業連関表みたいなことがなく収入=人件費+家賃+利潤という単純な経営モデルなので、景気に対する寄与を考えるときの道具にしやすい上に、公立または非営利セクターによって運営されているため、新自由主義イデオロギーからの批判として格好の標的になりやすいからではないか、と答えた。

●保育所を良くしていくために必要なことは現場裁量権の問題が大きく、それを新自由主義エコノミストは、民営化とか市場原理とか数値目標というきわめて観念的かつ保育制度の現実にそぐわないイデオロギーのあてはめの議論にすり替え、営利の保育業者を喜ばす結果しか生まないでいる。彼らの改革処方箋に乗っ取っても、保育所が抜本的に改善されるということはない。

●もしどらを読む。冒頭、相棒が死んだとき、最後のキャプテンのインタビューシーンが小説とし読むと陳腐。少し高校生には無理のある展開かも知れない。実用書としてはおもしろい。しかしこの世の中、マネージャーが多すぎる。公立保育園にもこうしたサクセスストーリーが可能だと、今のように一方的にレッテルを貼られて批判され続けたり、自治体の非正規低賃金労働の巣窟みたいにならなくて済むのだろう。

日本総研調査部金融・財政研究センター新美一正主席研究員(当時)『「市場重視の保育改革」の経済分析』要約

1.男女均等化社会構築への政策的対応として、あるいは進行しつつある少子高齢化への政策的処方箋として、保育サービスを巡る問題が喧しく論じられるようになって久しい。その際、深刻化する待機児童問題への対応の鈍さなどから、現在の保育供給システムに本質的な欠陥が存在するのではないかという見方が次第に広がりつつある。競争原理の導入を通じた制度改革の必要性を強調する「市場重視の保育制度改革」論が勢いを増しているゆえんである。一方、拙速な制度改革に対しては、保育の質を損なうという批判論も少なくない。本論では、以上のような現状認識に立ち、今後の保育制度改革の方向性に対して可能な限り中立的な立場から検討を試みた。

2.近年、保育サービスに対して、「保育に欠ける」児童に必要最小限の保育を供給するという枠組みを脱し、より普遍的な保育サービスを提供する必要性が強く主張されるようになった。これが「保育の多様化」論であるが、最近の保育を巡る議論においては、保育ニーズの多様化と「供給主体の多様化」を同一視し、またそれが「時代の流れである」という論調が支配的になりつつある。しかし、現行の認可保育所制度におけるコスト負担の太宗が公費によるものである以上、ニーズ多様化への対応については、どこまでを公的な供給責任とし、どこからを利用者責任とするかの明確な線引きが必要である。

3.本稿の実証分析結果によると保育所の整備は女性修行率と正の相関を示しており、また、保育需要の保育料に対する弾力性はかなり大きいことがわかった。したがって、保育所の整備や保育料補助などの施策は女性の就業を促進する効果を持つ。女性の就業が社会にもたらす貢献は公的コストを上回っており、保育コストの一部を公的に負担することは社会的意義がある。

4.育児サービス供給を民間の自由競争メカニズムに委ねているアメリカにおけるサービスの現状は芳しいものではない。低いサービスの質、供給量の絶対的な不足、質の高い育児サービスが極端に高価になること、サービス供給者の能力・経験不足と高い離職率、甚だしい情報の非対称性、等々、典型的な「市場の失敗」状態に陥っている。第三者費用か基幹や情報提供機関の設置、貧困層への資金援助などの措置が講じられているにもかかわらず、なお深刻な市場の失敗が発生し続けている点に、育児サービスを市場メカニズムに委ねることの難しさがある。

5.多様な保育所運営主体の参入を促すために行われた近年の規制緩和策のうち、保育士の配置や施設面積などに関する最低基準の緩和は、行政サイドの負担軽減のみをもたらし、新規参入を促進する効果はほとんどなかったように思われる。民間企業が保育サービス市場への参入をためらう真の理由は、使途規制によって運営費の自由な処分ができないことと、立ち上げ費用への公的補助がないことの2点である。このことは、担い手の属性に関係なく、保育ビジネスの量的拡大には国・自治体による補助が不可欠であるという冷徹な事実を示している。しかし、民間企業に対する公的援助は、その代償として行政による規制・支配の強化をもたらし、自由な企業行動を阻害するリスクを高める。全ての保育サービス供給を単一の競争システムの枠組みに一律に押し込もうという市場重視論者の改革コンセプトには無理がある。むしろ、今後の保育サービス供給システムのあり方としては、多様化するニーズに対応した多層的保育供給システムを構築することの方がはるかに望ましく、また現実的な対応である。

6.保育制度の改革には「子育ての社会化」に対して国民的なコンセンサスを得ることが大前提である。育児サービスの供給を質・量の両面で充実させるためには、それなりの国民的コスト負担増が不可欠だからである。そのうえで、具体的な政策の方向性としては、以下の3点を提言する。
 第1に、多層的保育サービス供給システムの基礎部分を担うことになる、現行の認可保育所制度内部における一層の主体的努力を求めたい。とりわけ公立保育所の運営を活性化し、遅れている利用者ニーズ対応体制を整備することが喫緊の課題である。第2に公的補助に依存しない健全な形で民間企業の保育サービスの参入を促進させ、多層的保育サービス供給の構想部分を担わせる必要がある。これら二つの市場は、市場間競争を通じて、利用者ニーズへの対応を問われることになる。第3に、基礎的保育サービス市場の主な担い手となる公立保育所ないし社会福祉法人、NPOなどの非営利主体については、より一層地域に密着した運営を徹底させる必要がある。中長期的にはこれらを保護者の就業に関わらず、その地域に居住する児童すべてを対象とする、いわば子育ての地域拠点、地域の子育てセンターとして機能させていく方向性が望ましい。この目的を実現するためには、保育現場への思い切った予算・権限の委譲と地域住民の保育所運営参加が不可欠である。

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