受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

よい医者、悪い医者(19)

(前回の続き) 手術当日。決戦の日だ。 といっても、戦うのは受験老人ではない。手術をするのはあくまで医者だ。 お昼近く、最後の診察を済ませた。 手術は毎日、夕方から始まるとのこと。受験老人はそのうちの1人にすぎない。 この時の診察のことはあまり覚えていないが、院長は、やはり持論を繰り返していた。 「大学病院は研修病院。だから失敗する。でも責任は取らない。」 「全国から目がつぶれそうになった患者が…

よい医者、悪い医者(18)

(前回の続き) 受験老人は憔悴しきった。 最後通牒を突き付けられたに等しかった。「失明宣告」。 受験老人は、清算するため、受付前で暗い気持ちで待っていた。 その時、看護師が、慌てたように、受験老人のところに息せき切ってやってきた。 「院長がお話があるそうですっ。」 看護師は受験老人を院長室にいざなった。 院長は、受験老人の入ってきたことにまるで気づいていないように、 何やら目を閉じて考え事をして…

よい医者、悪い医者(17)

(前回の続き) 横浜の病院は、個人の眼科医院だったが、結構大きかった。 朝一番で病院に行ったが、待合室は人であふれかえっていた。 100人以上いた。 椅子に座れず、立っている者もいた。 受験老人が手術を受けた大学病院の方がシステマティックで、清潔な感じがした。 しかし、この病院の検査は念入りだった。 朝から初めて、どれだけ検査しただろうか。 こんなにいろいろな検査があることを初めて知った。 そし…

よい医者、悪い医者(16)

(前回の続き) 「あなたは、左目だけでなく、右目も問題が起きています。」 上は目の断面である。 網膜上にあるへこみの部分を黄斑といい、そこに視細胞が集中している。 なので、黄斑が損なわれると視力ががくっと落ちる。きわめて大切な部分である。 医師は言った。 「あなたの場合、この黄斑の部分にそれを覆うように膜がかかっているのです。 そして、その膜が網膜を引っ張って、ひきつったようになり、黄斑が歪んで…

よい医者、悪い医者(15)

(前回の続き) 失明同然になっている目を抱え、大学病院から2通の紹介状をもらった受験老人。 もう1週間先には、受験老人がネットで探し出した横浜の病院に行くことになる。 だが、せっかくだから、もう1つ紹介状をもらった、熱海の病院にも行ってみよう。 そう考えて、熱海の病院に予約した。 予約日は奇しくも、横浜の病院の予約日の前日になった。 ・・・・とにかく、どちらでもいい。助けてもらいたい。 受験老人…

よい医者、悪い医者(14)

(前回の続き) 受験老人は、大学病院の受診日の朝、窓口に電話した。 あなたの病院で手術した結果、失明しかかっている。 他の病院で診てもらいたいので、 カルテの写しをもらえないか。 すると、にこやかに応答していた窓口の女性の声が、急に固くなり、別の部署に回された。 その部署の者が出た。 そのような場合に、病院のカルテが出せるかどうか、ちょっと検討します。 電話を切った後、受験老人は不審に思った。 …

よい医者、悪い医者(13)

(前回の続き) さて、受験老人は、DVDを見たことで、少し元気が出てきた。 この失明同然の目と一生つきあう覚悟も、徐々にできてはきていたが、 しかし、もう少し悪あがきしてみようと思いはじめた。 今までは、医者の言うことを一方的に信じていた。 だが、本当に治らないか、自分で確かめてみようという気持ちになった。 大学病院の医者は、もう治る方法はないと、一方的に言ったが、 もしかしたら、全国のどこかに…

よい医者、悪い医者(12)

(前回の続き) 受験老人が知人からもらったDVDに入っていたもう一つの話は、 「ブッダ真理のことば」 というものだった。 受験老人は、ふだんは仏の教えに対し、当たり前のことを言っているだけだとして、 深く考えることはなかった。 しかし、自分がひどい苦境にあったその時は、 砂に水がしみこむように一つ一つの言葉が受験老人の脳に入ってきた。 貴族の王子だったブッダは、ある日、生、老、病、死の苦しみを見…

よい医者、悪い医者(11)

(前回の続き) 苦境にあえいでいた私がもらったDVD、それは いろいろな本の紹介をする番組を録画したものだった。 正式には、NHKの「100分de名著」というタイトルで、伊集院光さんが進行を務めていた。 その中には2つの本の紹介が含まれていた。 受験老人は、目を開けるのもしんどかった。 失われた左目は開けることができず、残った視力0.02の方の右目も酷使で疲れ切っていた。 (実は右目の方も、この…

よい医者、悪い医者(10)

(前回の続き) さて、受験老人は退院後、精神を苛まれ、ずっと布団でふさぎ込んでいた。 もう、働くことはできないと思った。 眼が見えないのである。 左目はもはや使い物にならない。 残った右目は0.02。 しかし、とにかくずいぶん休んだ。 あまり休みすぎて、欠勤になるかと思った。 皆にも心配をかけた。一応、出勤しよう。 最寄りの駅までは妻に車で送ってもらった。 しかし、その後は霞が関まで電車に乗らね…

よい医者、悪い医者(9)

(前回の続き) 退院の日になった。 受験老人は、沈痛の極みだった。 退院に当たっての最後の診察は、受験老人の手術をした上級医師だった。 「本当に、何か良い方法はないのですか。なんとか治らないのでしょうか。」 しかし、上級医師は、首を振るだけだった。 「まあ、網膜は次第に動くから、少しずつ良くなるかもしれないですよ。」 そんなことを言われても、保証はできないし、納得はできない。 「左と右で度数が違…

よい医者、悪い医者(8)

(前回の続き) 前回の記事の最後が抜けていたため、もう一度。 このように見えた。 実は、当初、真ん中が見えないのでそちらの方ばかり考えていたが、 右下6分の1も見えなくなっているのに気付いた。 全体に大きくねじ曲がって見える上、つぎはぎだらけだった。 (実際には、これよりももっと激しくよじれて見えた。) 手術後2週間が経ち、うつぶせ寝が終了した。 受験老人は回診時、医師に聞いた。 「今、こんな感…

よい医者、悪い医者(7)

(前回の続き) さて、目の手術の後、うつぶせ寝を続けていた受験老人である。 何もせずに寝ているのは退屈で仕方なかったが、 このうつぶせ寝が終われば目がよく見えるようになるだろうと期待していた。 病院の部屋はまるでホテルのようで快適だった。 食事はおいしく、看護師さんたちは優しかった。 定期的に目の検診があった。 眼帯を外されて前方を見たが、濁って何も見えなかった。 おそらく手術の際、目の奥からひ…

よい医者・悪い医者(6)

(前回の続き) 手術は部分麻酔をしているので、医師や看護師のやりとりがよく聞こえる。 「先生、血圧が200超えています!!」 看護師が叫ぶように言う。受験老人は普段から血圧が高いうえに、臆病者だ。 眼の中で機械が操作されているのが分かる。 眼の底まで機会を突っ込むのだから、結構大変な手術 なんだろう。 網膜剥離の手術の場合、必然的に白内障の手術もする。 眼球の一番前についている、生まれながら持っ…

よい医者、悪い医者(5)

(前回の続き) 網膜剥離と診断された受験老人である。 いささかショックだった。 というのは、せっかく大きな、清潔でかつ豪華な病院だと思って来たのに、 医師の診察はことごとく裏目に出たのである。 1つ、東北の病院で、強く硝子体手術という根本治療を推奨されたにもかかわらず この病院ではレーザー治療で大丈夫、大丈夫と言われた。 しかし、とめたはずの穴から大量に混濁したものが流れ込んだ。 2つ、それでも…

よい医者、悪い医者(4)

(前回の続き) さて医師からは、10日くらいの間は激しい動きを慎むようにと言われ、そうした。 何日かすると、濁って何も見えなかった左目が次第に晴れてきた。 10日目になって大学病院を訪れた。 上級医師は、「もう大丈夫。運動もできますよ。」と太鼓判を押してくれた。 受験老人はほっとした。 ただ、その「大丈夫」という言葉は、これまでそこで何度か耳にしたが、 それに対する信頼感は、少し下がったように思…

よい医者、悪い医者(3)

(前回の続き) 地元にある豪華な大学病院で手厚い診断を受け、レーザー治療を受けた受験老人である。 さて、受験老人はその頃、役所の仕事とは別に、夏祭りの責任者をしていた。 これは結構大変で、仕事がおろそかになるほどだったが、 とにかく、各係の分担を決めて、しっかり進行させなければならなかった。 ところが、夏祭り当日の朝のこと。皆に集まってもらって役割分担を確認し、 本番に向けて忙しく立ち回っていた…

よい医者、悪い医者(2)

(前回の続き) さて、網膜に穴があいたという東北の大学病院での診察結果を受け、 詳しく診てもらうため、受験老人は地元の病院に行った。 その病院は創始者が新千円札の肖像になった、地元では有名な私立大学の附属病院だった。 この病院を訪れ、受験老人はびっくりした。 バカでかく、また、豪華で、また、人であふれかえっていたのである。 ロビーは広く、ゆったりしており、吹き抜けにエスカレーターが動いていた。 …

よい医者、悪い医者(1)

ここで、受験の話を少しお休みして、受験老人のある体験を書く。 それは、人生の危機に瀕した体験である。 同時に、受験老人が、医師を目指すきっかけになった出来事である。 受験老人は子供の頃から、ひどい近視だった。 家族には祖父母も含め、だれ一人、目の悪い者はいなかった。だから遺伝ではない。 これは受験老人が小さい時から、暗いところで本ばかり読んでいたせいだと思う。 さて、近視はどのようなメカニズムで…

経緯(13)~名医か仁医か~

(前回の続き) 集団面接の順位付け問題。再掲する。 A. 医療全般に豊富な知識を持っている医師 B. 専門分野についてすぐれた医療技術を持っている医師 C. 研究を行い研究能力を磨いている医師 D. 患者のことをよく思いやり、患者の気持ちがわかる医師 E. 地域医療に貢献しようとする医師 順位付けはなかなか難しい。 ぱっと見て、Dが何よりも大切だと考える人は多いだろう。 実際に、討論の最初の方で…